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国際標準化とプラスチック製品

1.標準化と規格

ゴールンデンウイークに海外旅行に行くのも普通になってきました。また、祝日もうまく利用して海外で過ごすライフスタイルも根付いてきたようです。

海外、特にヨーロッパの国に行って困るのが、プラグとコンセントの型式の違いではないでしょうか。形や大きさや電圧が異なり、空港でプラグセットを買っていったりします。逆にこれは海外から日本を訪れた方が困ることでもあります。一方、現地で切れても大丈夫なものが電池であり、どの国でも形や大きさや電圧が同じものが買えます。言葉が通じなくても、例えばお店で単三電池を見せれば同じものを出してきてくれます。前者が国際社会全体で標準化されていない例、後者が標準化されている例です。利用者にとってどちらが便利かというと、国際標準化されている方ではないでしょうか。

国際標準化組織には、国際標準化機構(International Organization for Standardization: ISO(図1参照))、国際電気標準会議(International Electrotechnical Commission: IEC)、国際電気通信連合(International Telecommunication Union: ITU)等があります。日本規格協会により、ISO/IECのルールブックである専門業務用指針(Directives)の和訳が出版されています(ISO/IEC専門業務用指針第2部、第8版英和対訳版、2018年7月1日発行)。これに基づくと、規格とは、“コンセンサスに基づいて制定され、認められた団体によって承認された文書であり、公共及び繰返しの使用のために、ある状況下で最適度の秩序を達成することを目的とし、活動又はその結果に関する規則(rules)、指針(guidelines)又は特性(characteristics)を提供する。”と定められています。そして “規格は、科学、技術、経験を集約した結果に基づいたもので、最適な社会的便益を目指すものであることが望ましい。”と注釈が添えられています。

日本語では標準化の結果を文章にしたものを規格とよんでいますが、英語では区別されずに共にstandardという一語で表されています。

図1 ISOのロゴマーク

2.自由貿易と国際規格との関係

1995年に世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)により“貿易の技術的障害に関する協定(Agreement on Technical Barriers to Trade: TBT)”が制定され、ISOやIEC等の国際規格に各国が整合性を取るようになりました。同協定が、各国に対し、強制規格、任意規格、適合性評価手続き等を作成、改正するときには、原則としてISOやIEC等の国際規格を基礎として用いることを義務づけたからであります。日本に当てはめると、ISOやIEC等の国際規格とJIS規格の内容を一致させるということです。ISO規格を和訳したものがJIS規格、逆に見るとJIS規格を英訳したものがISO規格というようなことを目指すというものです。

WTOは、国際間における自由貿易の促進のために設立されました。なぜ、“貿易”と“規格”が関係しているかというと、国によって規格内容が異なると、輸出入の際に国ごとに対応を変えなければならないため自由貿易を妨げることになるという考えからであります。規格が異なると、もし10カ国に製品を輸出しようとすると、1つの特性について各国毎に異なる検査を10通り行って10個の異なる検査表を作成しなければならなくなります。国際標準化により規格が1つに統一されると、同じく10カ国に輸出しようとする時に、1つの特性について1つの検査を行い検査表も1つ作成すれば済むことになり、貿易が促進されるという考えであります。

さらにWTOでは、1996年に“政府調達に関する協定(Agreement on Government Procurement)”を制定し、政府調達に関し原則としてISOやIEC等の国際規格に基づいた仕様とすることを義務づけました。

このようにグローバル化が進むにつれ、国際標準化の重要性は高まっています。2014年5月15日に経済産業省より標準化官民戦略が公表されました。国際標準化を日本が主導していくための人材の育成、国際的な連携や認証との一体的推進について、官民が協力して中長期的に取り組んで行くことが謳われています。標準化により新しい技術や優れた製品を速やかに普及させるオープンな部分と、特許により知的財産を守るクローズな部分をうまく組み合わせたオープン&クローズ戦略が重視されています。20世紀末はWTO/TBT協定によるグローバルな貿易対応で、研究開発・知財、標準化、規制引用・認証を、段階的に進行させていました(図2参照)。21世紀に入ると、企業の競争力の獲得と新市場の創出へと流れが変わり、現在は、研究開発・知財、標準化、規制引用・認証の整備を同時に進行させる必要がでてきました。研究開発の際に知財だけでなく標準化も考慮する必要が出てきたということです。

ご自宅でブルーレイディスク(Blu-ray Disc)を使用されていると思います。10年程前にはHD DVDという手法もあり商品化されていましたが、Blu-ray Discとの競争に敗れ、市場から無くなっていきました。企業連合が組まれ商品化された後の戦いは、敗者だけでなく勝者にも大きなダメージを与えてしまいます。異なった手法での研究開発が進めば進むほど歩み寄りは難しくなり、双方ともに引くに引けなくなります。そのため、研究開発の初期の段階から業界や国の垣根を越えて国際標準化を進め、技術や商品を普及させるオープンな部分は手を結んでおこうという考え方になっているということです。

また日本国内では、世の中の移り変わりから、標準化の対象にデータ、サービス等を追加し、「日本工業規格(JIS)」を「日本産業規格(JIS)」に、法律名を「工業標準化法」から「産業標準化法」に改められ、2019年7月1日から全面施行されることとなりました。

図2 オープン&クローズ戦略の移り変わり

3.プラスチックの国際標準化

学校や会社、商業施設等で「ISO 9001」や「ISO14001」という表示を見たことがある方もいることでしょう。もし見たことがない人がいたら、街中を歩くときに意識してみてください。ISO 9001は、品質マネジメントシステムに関する国際規格で、一貫した製品・サービスを提供し、顧客満足を向上させるためのマネジメントシステム規格です。最も普及しているマネジメントシステム規格であり、全世界で170カ国以上、100万以上の組織が利用しているとのことです(日本規格協会ISO認証ISO 9001(品質)2019年4月1日現在)。また、ISO 14001は環境マネジメントシステムに関する国際規格で、環境を保護し、環境パフォーマンスを向上させるためのマネジメントシステム規格です。社会経済的ニーズとバランスをとりながら、環境を保護し、変化する環境状態に対応するための組織の枠組みを示しています。これらの国際規格では規則(rules)や指針(guidelines)を定めています。

プラスチックはどうでしょうか。プラスチックの国際標準化は、主にISOの専門委員会(technical committee)のISO TC61プラスチック委員会で行われています。2019年4月1日現在、11の分科委員会(subcommittee)が活動しています(表1参照)。さらに各分科委員会の下に作業グループ(working group)が置かれています。プラスチックに関わるISO規格の新規制定、規格の維持管理、既存規格の改廃等がここで決められています。ISO規格やJIS規格は、日本規格協会のホームページ(https://www.jsa.or.jp/)で購入することができます。

「フードロスとプラスチック包装」で解説したバリア機能を例に説明します。バリア機能で重要なフィルムが水蒸気をどれだけ通してしまうのか、すなわち水蒸気の透過する速度を測定する規格もISO TC61プラスチック委員会で制定されました。ISO 15106シリーズ(Plastics-Film and sheeting-Determination of water vapour transmission rate-)であり、現在までに第7部まで制定されています。そして上述したWTO/TBT協定に基づき、対応するJIS規格はISO規格と内容を合わせ、JIS K 7129シリーズ(プラスチック-フィルム及びシート-水蒸気透過度の求め方-)として制定されています。余談ですが、ISOではアメリカ英語ではなくイギリス英語が使用されており、蒸気のスペルはvaporではなくvapourとなっています。また、酸素ガスの透過性を測定する方法はISO 15105シリーズ(Plastics-Film and sheeting-Determination of gas-transmission rate-)であり、第2部まであります。その対応JIS規格はJIS K 7126シリーズ(プラスチック-フィルム及びシート-気体透過速度の測定-)です。このようにプラスチック製品に関する規格は、主にプラスチック材料の特性(characteristics)の試験方法です。

プラスチック材料を包装用途に用いた場合のISOの専門委員会もあり、ISO TC122包装委員会で審議されています。

4.プラスチック包装のオープン&クローズ戦略

プラスチック包装のオープンな部分とクローズな部分を、食品用の袋状包装(パウチ)を例に説明してみます。酸化劣化し易い食品の包装を設計するとしますと、パウチ内へ透過した酸素量と食品の酸化速度から賞味期限を決定することになります(図3参照)。

酸素ガスが通らないようにバリアフィルムを用いて密封したパウチを作ります。酸素ガスが通り難い素材をラミネート等で積層させるとパウチ内に酸素ガスが入るスピードが遅くなります。この際に、商品デザインを印刷し易い素材を挟み、最内面には密封するためにヒートシールといってのりしろ部分に熱をかけてフィルムを溶かし圧力をかけて熱溶着するための素材も組み合わせておきます。

しばらくすると酸素ガスの透過する量が一定速度になる期間があり、ここで透過度を測定します。パウチ内に酸素が入り込むとパウチの外と内との圧力差が徐々に小さくなり透過速度も遅くなってきます。これらはパウチの形状や大きさと内容物の量にも依存してくるものです。

図3のグラフに当てはめてみますと、研究開発では ①、②、③、④を考慮する必要があり、この内、 ①、③、④は各社のノウハウか特許となっています。クローズな部分でいわゆる競争領域です。一方、製品化後の品質検査では検査項目として②を使用します。② はJIS規格やISO規格で規定されているものです。こちらはオープンな部分で非競争領域となっています。

オープン&クローズ戦略といわれるように「&」でつなげられている理由は、オープンな部分とクローズな部分を別々に捉えるのではなく、上手につないで戦略的に取り組んでいこうという考え方からです。

図3 プラスチック包装を設計する際の考え方の例

5.おわりに

国際標準化の重要性を語る時に、スポーツのルール作りに例えられる場合があります。過去に柔道であったり、ノルディックスキーであったり、活躍していた日本選手がルール変更で成績が振るわなくなってしまったことがありました。ルール変更が選手の人生を変えてしまうことがあるということです。

決められたルールに従うだけでなく、自分達でルールを作っていく時代になっているのではないでしょうか。この時に注意しなければならないことがあります。国際標準化は、特定の国や企業だけが得をするためのものではなく、ISO/IEC専門業務用指針で謳われているように“最適な社会的便益を目指すもの”でなくてはならないと考えます。私達は、プラスチック産業において公平かつ公正なルールの下で自由に競争ができる環境を整える活動を進めます。

皆さん、ぜひ私達の取り組みに協力してください。

(永井一清)

(2019年4月22日アップロード)