step06 さまざまな情報システム(各分野の概説・事例発表の見本)

社会のさまざまな分野で情報システムが活躍しており、いまでは、それらの情報システムなしでは社会活動に支障をきたすほどである。
今後、この講座では、各分野別に情報システムを概説し(a枠)、皆さんに事例発表(ケーススタディ)を行ってもらう(b枠)。
ここで挙げた分野以外にも情報システムの分野はあるかもしれない。また、仮想現実や人工知能のように、他の分類とは直交する分類軸も入っているので、必ずしも論理的な分類でもない。それは事例発表が蓄積するに従って充実・精密化していくだろう。皆さんのご協力をお願いしたい。

社会インフラ分野の情報システム

官公庁や地方自治体などの業務効率化や、市民へのサービス向上のために、さまざまな情報システムが導入されている。市民の情報リテラシー向上と歩調を合わせなければならないので、導入の進み方は一般企業よりも遅いが、10年前、20年前と比較してみれば、格段に便利になっていることがわかる。
また、日本は災害大国であり、地震や津波、台風や異常気象、あるいは原発事故といった、市民への一刻も早い警告を要する事態が、毎年のように発生する。そのため、市民生活の安全を守るセキュリティー関連の情報システムが多く利用されている。これらの情報システムの要点は、広く、早く一般市民に情報を伝えるための伝達の方式にある。
さらに、度重なる個人情報流出事故や、公共システムへの侵入といった事態を受けて、情報システム自体のセキュリティー強化も、近年ではクローズアップされてきた。
また、人やモノの正確な位置を提供するGPS(全地球測位システム)や、正確な時刻を提供する電波時計システムのように、特定の機能を提供することによって、他の情報システムのサブシステムとして利用されるシステムもある。

教育・スポーツ分野の情報システム

国民の高学歴化や、求められる教育の質的向上のために、情報システムが利用されている。これらの情報システムの特徴は、長い歴史を持つ教育の実務や授業運営のあり方を変革する力を持っている点にあるだろう。特に期待できる点は、十把一からげの画一的教育方式を改善し、生徒1人ずつの進度や理解度に合わせた学習が可能なことである。CAI(コンピュータ支援教育)システムは、1人で何人もの生徒を教えなくてはならない(人間の)教師の限界を超えられるからだ。
また、人工知能やロボット、仮想現実のように、教育分野での利用に極めて適した周辺技術も存在する。
また、この講座では、スポーツも教育の一分野として扱うことにしよう。情報システムはさまざまな側面からスポーツに貢献している。
まず、選手の技能向上や指導・監督の支援、競技の分析や判定など、選手やチームの強化のための情報システムがある。つぎに、プロスポーツやオリンピックなどでは、観客により多様な娯楽を提供するための情報システムもある。これらは、既存スポーツのためのシステムである。
それらとは異なり、ルール自体の中に情報システムを組み込んだ、いわゆるeスポーツも、最近では盛り上がりを見せている。東京オリンピックでeスポーツを正式競技にしようという運動もあるようだが、いまのところ、全身運動とは言いがたいところや、ルールが無限に多様化するところなどが、スポーツ競技と呼ぶにはややためらわれる側面だろう。しかし、この分野は仮想現実(VR)など新たなユーザインターフェースや、人工知能(AI)を利用した人間以外のプレーヤーなどと融合することで、いままでにない娯楽を提供できる可能性を秘めている。それが既存の「スポーツ」という枠に収まるかどうかは、さして重要ではなかろう。
最後に、ロボットを競技者とするスポーツ大会も、以前から定期的に開催されてきた(ロボコン)。これは主としてロボット技術を向上させる動機付けとして貢献している。

人工知能分野の情報システム

正確には、これは「分野」というより、計算のパラダイムに近い。つまり、さまざまな分野における情報システムの高度化に役立つ技術である。
人工知能(Artificial Intelligence)の研究は、1960年頃から進められ、第1次、第2次の「ブーム」を経て、ディープ・ラーニング(深層学習)技術を核とした第3次ブーム(2012~)に至って、ようやく実用的な技術となった。現在は、第1次、第2次の時にはアイデアに過ぎなかった技術(機械翻訳、音声認識、自動運転など)が、ディープ・ラーニングによって次々と一般の利用に耐えるシステムになりつつある過程だといえよう。
だだし、人工知能については、将来の社会への影響について、過度に不安を煽る言論もあるので、その内容を正しく知り、正しく恐れる態度が大切である。

ロボット分野の情報システム

この分野は人工知能と関係が深く、はっきりとは分けられないが、人工知能技術とは関係なく、人間の作業を補助したり、煩雑で単調な作業や力仕事を代行・支援するためのロボットも多いため、独立分野として扱う※1
長年にわたり、産業用の組み立てロボット以外は研究レベルにすぎなかったが、最近では、より広い職場で活躍するようになっている。力仕事や生産だけでなく、オフィスで書類を届けたり、高齢者の話相手や食事介護をしたり、接客の手伝いをしたりするロボットシステムである。
しかし、ロボットはもともと、軍事利用を想定して発明された概念であるから、軍事利用を禁止するかどうかはともかく、国際的な交渉によって一定の歯止めをかけなければ、かつて核兵器で起こったのと同様な、際限ない軍拡競争の危険をも伴う。

1 発表希望者も多いので、枠数を確保する思惑もある。

経済・流通・金融分野の情報システム

銀行や証券会社など、金融経済分野は、すでに1960年代から情報システムが使われてきた、いわば老舗の分野である。金銭・債権・証券などを直接扱う業種であるから、情報システムの主要要素であるコンピューターデータベースにより処理しやすいし、インターネットを利用した取引や送金などの効果も大きい。
ただし、古くから使われてきただけに、情報システムの形態としてはいわば保守的であり、事例調査の対象としては興味に欠けるところがある。実際、この分野のシステムは、ほとんどが定型的な業務をこなす基幹系システムで、一度運用を開始すると10年、20年と大きな変更なしに使い続けられることが多い。
やや畑違いの流通をこの分類に入れたのも、皆さんのテーマ選択の便宜を考えたからだ。販売や運送は、売り手と買い手、送り手と受け手のシーズとニーズをマッチングすることだから、情報システムの得意分野といってよい。そうした技術分野を、デジタル・マーケティングという。マクロなスケールで経営資源(人、時間、車、倉庫など)の最適化を図れば、そこから直接利益を生み出せる分野でもある。組合せ最適化問題の解決に特化した、量子アニーリングマシン(量子コンピューターの一形式)の利用も考えられている。
また近年では、やや革新が遅れていた金融分野でも、最新のICTを活用するフィンテック(Fintech = Finance + Technology)の機運が高まり、仮想通貨や、その中核技術であるブロックチェーン(分散型台帳)による新しい情報システムが多数生まれつつある。

農業生産分野の情報システム

この分野は、生き物(農作物や家畜)が相手なので、純粋に情報だけを扱うシステムは役立たない。工業生産分野もモノ相手だが、一定の操作によって一定の変化をする写像性というか予測可能性があるため、高精度・高能率な生産システムの構築が可能だった。生き物には、単なる物体や物質とは異なる、刺激に対する反応の非写像性または予測困難性があり、さらに天候のようなこれも予測困難な要素がからむので、より柔軟な制御が必要だ。それだけに、ファジー制御人工知能といった技術が活きる分野でもある。
農業を取り巻く社会状況としては、少子高齢化による人手不足や非耕作地の拡大、グローバル化やいわゆる6次産業化への要請などがある。このため、植物工場なども含む高度な自動化・省力化システムや、力仕事を支援するロボットなどのシステム事例も多数ある。

仮想現実(VR)・エンターテインメント分野の情報システム

百聞は一見にしかずというように、この分野には、一度経験したら誰でもわかるような本質的な新規性がある。このことから直ちに、VR映画、ゲーム、体験型アートといったエンターテインメントへの応用が考えられるし、事実、そうした事例もつぎつぎに発表されているので、発表テーマの決定には、困るどころか、むしろ目移りするほどだ。
実用的な情報システムやアプリケーションが役に立つことを目的としているのに対し、ゲームやアートなどの情報システムやアプリケーションは、おもしろいことを目的としている。その設計には、合理性よりもむしろ感性が問われる。
また、情報の受け手であるゲームのプレイヤーやアートの鑑賞者とのユーザ・インタフェース(UI)こそ、この分野の情報システムの差別化要素である。たとえば、プロジェクション・マッピングのような表現方法の工夫や、姿勢・手指の動き、視線、全身運動などによる入力インタフェース技術の出現により、VR空間で可能な行動は多彩になりつつあり、それに応じて可能な表現方法も広がりつつある。最終的には、現実世界でできることはすべてVR空間でもできるようになるであろう。そのような環境が可能になったとき、それに対してどのようなコンテンツ、すなわちどのような体験を用意するかが、この分野の情報システムにおける鍵になるに違いない。

工業生産・物流分野の情報システム

この分野は、モノが相手なので、純粋に情報だけを扱うシステムは役立たない。ロボットハンドなどの操作機械、ベルトコンベアなどの運搬機械、工作機械や加工機械など、さまざまな機械との組合せなので、生産装置情報システムの境界がはっきりしないゆえの扱いづらさもある。
また、生産システムは基幹系システムであるから、生産性向上・品質向上が至上命題であり、情報処理も重要ではあるが、それよりも機械工学・電気電子光学・食品加工学など、業種に応じたノウハウの方がより重要であり、情報システムを調査するという私たちの目的とはやや適合しない性格もある。
しかし、情報技術を活かした新しい製造法(たとえば3Dプリンタなど)や、消費者のニーズにきめ細かく応える多品種少量生産(その行き着く先がオンデマンド生産システムである)といった、最新の領域には、情報システムとして興味深い事例が多数存在する。
また、工業生産のための材料や、製品を運ぶ物流分野は、巧妙な情報処理で資源(人、モノ、車などの機材、時間、距離)利用を最適化できれば、直接利益につながるため、深層学習(ディープ・ラーニング)を始めとする高度な情報処理技術が活躍できる分野であり、システム事例もいくつかありそうだ。さらに、ドローン自動運転車を利用した物流システムの実験も始まっている。

エネルギー分野の情報システム

いうまでもないが、情報システム自体はエネルギーを生み出さず、むしろ消費する。情報システムが役立つとすれば、発電や送電の制御という面においてである。
発電システムは、規模の大小を問わず、情報システムによって制御されている。もちろん、家庭の太陽光発電よりも、原子力発電所や火力発電所、水力・地熱などのいわゆる再生可能エネルギーの発電所の方が、精確な制御を必要とする。安全性確保はもちろんだが、発電効率(出力される電気エネルギー/入力されるその他のエネルギー)が、制御方式によって大きく左右されるからである。発電所の種類毎に、長年にわたってノウハウが蓄積されているので、短時間で論じるのはやや難しいかもしれない。
一方で、送電システムは、電力の需要と供給をきめ細かく把握し、最適化した上で送電を行うものであるから、情報システムの進歩次第では、国や地方といった大きなレベルでエネルギー消費を節約できる可能性がある。各家庭の太陽光発電や、自治体レベルの小水力発電などからの電力買い取りなどにより、制御の前提条件は格段に複雑さを増しており、ブレイクスルーが求められている。
その対極にあるものとして、1軒の家という単位で、電力の購入を不要とするようなシステムの事例も登場している。

交通分野の情報システム

人間を単なる物体だと思えば、交通は物流と等しくなる。実際、交通システムに物流システムのノウハウを応用できる場合も多い。資源(時間や交通手段、エネルギーなど)の最適配分という問題に落とし込めるからである。
もちろんそれは第1次近似というべきであり、人間は商品などの物体とは異なる。まず同じモノが存在しない。同じ商品なら近くの店舗から配送するというわけにはいかないのである。加えて、人間が移動する目的は単純でない。人間は自分の意思で、行きたいところに行くからである。他人の移動のためにある程度以上待たされることにも、不満を持つだろう。
そうした点に配慮しながらも、渋滞を解消し、快適に移動するための情報システムは、つぎつぎに作られている。料金徴収の待ち時間を軽減する自動改札システムETCシステム、あと何分で目的のバスが到着するかをバス停に表示するシステムなどである。
また、エネルギー消費を減らし、経済的にも利点をもたらすカーシェアリング・システムなど、シェアリング・エコノミーと呼ばれる流れに属する動きもある。
また、人間が自分で運転しなくてはならなかった乗り物を、自動運転するシステムも開発されている。電車(または新都市交通システム)ではすでに実用化されているし、自動運転車も、あと数年で実用化するだろう。もちろん、この場合、人間(運転者や、歩行者など他者)の安全が最優先事項なので、慎重なテストと細部に至るブラッシュアップが必要だ。これはロボット分野における、最も複雑なタスクかもしれない。
航空・宇宙も、これからの交通手段として重要である。
航空機は、そもそも単独で航行していない。管制塔と常に通信しつつ、他の航空機とのトラブルが起きないよう、指示を受けながら飛ぶのである。つまり、空港の管制塔には、離発着する多数の航空機を調和的に行動させるための管制システムが備わっている。 宇宙船に至っては、地上の管制センターからの制御がなくては、無事に発射も、地上への帰還もできないのだから、宇宙船自体も、そのシステムの一部分とみることもできる。

参考:パーソナル(個人の知的生産活動)分野の情報システム

知的生産活動とは、学生時代の勉強や、社会に出てからの仕事など、明確なアウトプットを伴う知的活動の総称である。この分野では昔からパソコンやインターネットが用いられてきた。そもそも、パソコンは個人の知的生産活動のために作られた機械なのである。
知的生産は、図6-1に示す4つのフェーズに分けて考えると分かりやすい。

図6-1: 知的生産の4フェーズ(段階)
情報の収集・入力
世界に遍在する情報の中から、自分の目的にあったものを取捨選択して取り入れる
情報の整理・保存
いつでも使えるように、情報を体系的に整理し、保存する
情報の加工・出力
既存の情報を加工して、自分なりのオリジナルな情報に作り替える
情報の発信・出力
知的生産物(知的成果物)として世の中にアウトプットする

個人がパソコンのアプリを利用するとき、それはこの4フェーズのいずれか、あるいは複数にからめて利用している。また、たとえば、新たなICT要素技術が登場したとき、それが自分の関心分野に対して導入する価値があるかどうかを検討する場合、こうしたフェーズ毎の考察が役立つ。
そして、個人としての勉強や仕事の流れが決まってくると、個別のアプリを利用するだけでなく、それらを組み合わせて自分だけの情報システムを構築するという段階に進む。この時、何か1つの言語でもプログラミングのスキルがあると、クラウド・サービスなども活用してより使い勝手のよいパーソナル情報システムを制作できる。
パーソナル情報システムのタスクには、以下のようなものが考えられる。