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2011.8.3.
私立大学戦略的研究基盤形成支援事業公開シンポジウム
「改正特許法の評価と課題 ―実務・理論の両面から」
中山信弘教授「開会の辞」
中山信弘 明治大学研究・知財戦略機構特任教授
本日はお暑いとこころ、本シンポジウムご参加いただき有難うございます。時節柄、冷房を十分に効かせるという訳には参りませんが、よろしくお願い致します。
私は、今回の改正については関与しておりませんので、詳しいことは判りませんが、か なり大きな特許法改正であることには間違いないと思います。ただ一般論としていえば、 法改正作業というものは、非常に難しく、改正後に、事態は立法担当者が思っていた通り に進展しないということは、ままあることです。私も関与しておりました前回の改正で は、包括ライセンスの規定が、鳴り物入りで成立をしました。形の上では、特許法改正で はなく、産活法改正ではあるものの、実質的には特許法の通常実施権の大きな改正でし た。経済界の要請も強かった改正で、おおいに利用されると考えておりましたが、結果は 惨めなもので、殆ど利用されないまま、今回の改正でこの制度は廃止になりました。通常 実施権の当然対抗の規定ができた以上、包括ライセンスの登録の意味がなくなり、廃止さ れるのは当然ですが、余りにも朝令暮改の感があります。今回新たに登場した通常実施権 の当然対抗の詳しい内容は今日のメインテーマですからそちらに譲りますが、今回の改正 こそ、空振りではなく、成功してほしいと願っております。
特許の世界においては、実は従来から、平時に通常実施権の対抗が問題となる事件は、 非常に少ないと思います。昔、借地権に関しては多くの地震売買が生じ、そこで借地権の 対抗が大きな社会問題となり、借地法ができました。特許の世界でも、理論的には同じ問 題が頻発してもおかしくないはずですが、特許の世界の住人は、皆さん、お行儀がよいせ いか、地震売買のような事件は聞いたことがありません。
ただそれはあくまでも平時の話であり、非常時においては話が違い、何が起きるのか、 判りません。そもそもこの通常実施権の当然対抗問題が表面化したのは、三田工業の破産 に伴い、お互いに包括クロスライセンスを締結していたキャノンとリコーの立場がどうな るのか、という事件に端を発しています。今回の改正で、通常実施権の当然対抗が認めら れましたが、通常実施権が問題となるのは、破産等の非常時である場合が圧倒的に多いと 推定されます。非常時では生きるか死ぬかの境目ですから、何が起きるかわかりません。 三田工業の倒産の場合も、粉飾が大きな問題となりました。単に契約がありさえすれば対 抗できるというのが新法ですが、破産という非常時には、契約書の書き換え等、いろいろ なことが起きてもおかしくありません。現在のように、クロスライセンスで世界中の企業 が結ばれる時代、その一角が崩れて、業界に大混乱が起きることは防がねばならず、その意味では、今回の改正は知的財産業界の関係者からは待望の改正であったといえます。た だ、今後は、破産時等の非常時に変なことが多発しないように願うところです。
また前回の工業所有権法学会のシンポジウムでも取り上げられたテーマですが、対抗で きるといっても一体何が対抗できるのかという点についても、今後の判例・学説に委ねら れています。実はこの問題は今回の改正により生じたものではありません。改正前の登録 された通常実施権においても同様の問題があり、その解決は判例・学説に委ねられており ましたが、未だ判例はない状況でした。今回当然対抗の規定ができたことにより、この問 題が顕在化するかもしれませんが、改正法では何も述べられていないために、相変わらず 判例・学説に委ねられ、今後の課題となっております。
また、今回新たに、冒認特許の取り戻しが可能となった。これはドイツの Erfinder Vindikation と呼ばれている制度と似たものであり、ドイツでは発明者主義をとる以 上、当然と考えられている規定のようです。今までの日本では、被冒認者は特許無効審判 を提起し、当該特許を無効とするか、侵害訴訟で無効の抗弁を提出する以外に打つ手はあ りませんでしたが、これでやっと取り戻しが可能となりました。尤も、今までも学説や判 例によって、ギリギリの解釈で、何とか救済された例もありますが、これでやっとすっき りしたといえます。そのような意味で、私もこの改正には賛成ではあるのですが、現実の 訴訟においては、疑問な点も多くあります。事件によっては、すんなり片がつく場合もあ るであろうが、盗まれた発明と、現実に出来上がった特許との同一性の証明は難しい場合 も多いでしょう。物の場合は、盗まれた物と返還する物とは、途中で加工される場合もあ りますが、通常は同一で問題はありません。発明は、途中で弁理士等が上手く明細書に仕 上げ、または補正を繰り返し、次第に完成に近い特許が出来上がってゆきます。このよう な場合に、何をどのように証明して行けばよいのか、今後の課題となるでしょう。また盗 まれた発明に、冒認者が改良を加えて出願し、特許とする場合もありえます。あるクレー ムは発明者のもの、あるクレームは冒認者のものという場合もあるでしょうし、また一つ のクレームの中でも、発明者と冒認者の発明が混在している場合もあり得ます。そのよう な場合、どのように処理すればよいのか、難しい問題が残ります。共有ということで処理 すると思われますが、持分等で難しい問題も残ります。また出願をしなかった者が、たま たま冒認出願されたために特許権を取得してもよいのか、という根本的な問題も残ってい ます。
以上のように、法改正というものは、なかなか思うとおりの結果とならない場合も多い のですが、このようなことは改正の常であり、多くは今後の判例・学説に委ねられること になります。その意味で、今日のような議論が進んで行くことこそ重要であろうと考えております。