超音波診断-AEセンサを用いた高温超電導線材の状態推定

右の図は希土類系高温超電導線材(REBCO線材)の写真と典型的な構造を示しています。最近では,ハステロイ基板の厚みを薄くして線材全体の厚みを薄くした線材や安定化層で全体を覆った線材も市販されています。

REBCO線材は,高磁場中でも良好な臨界電流(超電導状態を維持できる最大電流)を有することから,超電導の電力応用や高磁場超電導コイルの開発を可能にする超電導線材として期待されています。しかし,REBCO線材は,安定化層,保護層,超電導層,中間層,金属基板(ハステロイ)からなるテープ状の積層構造となっており,コイル巻線時,冷却時,通電時など種々の機械的ひずみが印加される場合,積層構造の層間剥離や超電導層の破壊などREBCO線材内部で発生する機械的欠損が臨界電流の劣化,さらには超電導状態そのもの破壊を引き起こすことが懸念されます。当研究室では,外見では判別しにくいREBCO線材の積層構造内部で発生する機械的欠損を超音波を用いて診断する技術的手法の可能性について研究を進めています。

材料が変形または亀裂が発生するとひずみエネルギーが解放され弾性波が発生します。 この弾性波をAE(アコースティック・エミッション)といいます。例えば,割り箸を折るときに音が鳴るように,ものが壊れるときには音波が発生します。この音波は耳に聞こえる音だけとは限らず超音波が発生する場合もあります。圧電素子でできたAEセンサを用いた非破壊検査は,地震検出や構造物の欠陥検出などで実用化されています。

右の図はAEセンサを用いたREBCO線材内部の状態推定を行う診断原理を示しています。一対のAEセンサをREBCO線材を挟むように配置し,線材の一方に設置したAEセンサから超音波を送信し,他方に設置したAEセンサでその信号を受信します。送受信信号の周波数解析を行い信号伝達特性の変化を評価してREBCO線材内部の機械的欠損の有無を診断します。本研究で使用したREBCO線材では,1 μsの断続的なパルス波を送信した場合,370 kHz,420 kHz近傍で共振点が確認されています。この研究では,AEセンサを用いた状態推定を常温環境下で行います。超電導機器の場合,液体ヘリウム(4.2 K)や液体窒素(77 K)など極低温下で動作するため,非破壊検査も動作環境に合わせて極低温下での実施を試みるのが通常の考え方です。これに対して,当研究室では,「室温環境下で超電導線材や機器の劣化診断の可能性を探り極低温下での運転特性を推定する」という視点で検査環境と動作環境とが全く異なる状態で機械的欠損を診断しようとする極めて挑戦的な研究を試みています。

右の写真は,試作した診断装置写真です。診断の再現性を向上させるために適宜改良を加えながら,学生自身が設計・製作した診断装置です。使用したAEセンサは厚み2 mm,直径5 mmのチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の圧電素子であり,市販の5 mm幅のREBCO線材の状態推定を実施しました。AEセンサは,ばねで押し当ててREBCO線材表面に圧接しています。XステージでREBCO線材短尺試料を2.5 mm間隔で走査し,1箇所の測定に就きAEセンサを取り外し・取り付けを5回繰り返して常温中で信号伝達特性を評価しました。

この診断手法では,信号特性の再現性を十分に担保し診断精度を高めることが非常に重要になります。そのため,圧力センサを用いてAEセンサの押し付け圧力を管理し,AEセンサと線材との接触面の位置決め精度を向上させるよう装置に改良を加え,音響インピーダンス改善のためAEセンサに塗布するグリース量を2マイクロリットルで管理しました。

検証実験では,REBCO線材短尺試料をはんだごてで加熱し層間剥離させたサンプルと機械的に層間剥離させたサンプルを用意して超音波伝達特性,線材厚み,臨界電流を測定しました。その結果,層間剥離させた箇所において健全な状態に比べて超音波伝達特性の減衰が確認され,高温超電導線材内部で発生する機械的欠損の可能性のある部位を検出できる可能性を示すことができました。しかし,機械的剥離サンプルでは,臨界電流特性の大幅な低下に対してAE センサーの押し付け圧力の大きさによっては超音波伝達特性の大幅な減衰が確認できない場合があることも判明しました。現段階では,超音波伝達特性と臨界電流特性の関係性について定量的な評価が可能な状態には至っておらず,層間剥離に限らず機械的なひずみによる超電導層の劣化状態の推定など,引き続き統計的な調査が必要であることがわかりました。将来的には,超電導線材レベルだけでなく,超電導コイルでも本診断法の有効性を示すためにも,研究を継続し詳細な検討が必要であることが明らかとなっています。