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CO2削減とエネルギー供給
その1:地球温暖化とCO2の排出削減

1.はじめに

地球温暖化と言う言葉を良く耳にするようになりました。地球温暖化とは、文字通り地球の気温や海水温が上昇する現象です。IPCCの評価報告書によると、1880年から2012年までの約130年間に、地球の平均気温は約0.85℃上昇しました。ここでIPCCとは、「気候変動に関する政府間パネル」のことで、1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された組織です。各国代表の科学者が、世界中の論文や観測・予測データなどを科学的・中立的な立場から分析・評価して、評価報告書にまとめて公表します。そのため、この報告書は国際的に強い影響力を持っています。IPCCの活動に対して、2007年にノーベル平和賞が授与されています。

このIPCCの第5次評価報告書(2013年発刊)では、地球温暖化は95%の確率で二酸化炭素(CO2)を主とする温室効果ガスが原因であると指摘しており、同時に温室効果ガスの削減に向けた指針を提示しています。温室効果ガスの中でもCO2に因る影響が一番大きく、このCO2はエネルギーを得るために化石燃料を燃焼することで発生しています。従って、CO2を削減するためには化石燃料の使用を減らしてCO2が発生しない非化石燃料に転換することが必要となります。

これから4回で、学生の皆さんを対象として、CO2削減とエネルギー供給に関する日本の事情を解説します。

2.日本における温暖化現象

日本においても、この100年間で気温が約1.2℃も上昇しており、この温暖化の影響は国内の色々なところで観察されています。例えば、桜の開花ラインの北上が有ります。関東地方で4月1日までに桜が開花する地域は、1961年から1970年までは東京以南の海岸沿いでした。一方で、2001年から2010年には北関東までの関東地方全域で、4月1日までに桜が開花するようになりました。つまり、この40年間で桜の開花ラインが100km以上も北上したことになります。農産物についても同様です。温暖化の影響でキウイフルーツなどの産地が北上する傾向が見られます。一方で、暑さに弱いリンゴなどは全国的に収穫量が減っていると言われています。

日本近郊の海水温もこの100年間で約1.2℃上昇しています。この影響として指摘されているのが異常気象の発生です。テレビの天気予報では、「ゲリラ豪雨」とか、「数十年に一度の記録的な大雨」との表現を、最近は頻繁に耳にします。確かに、数十年に一度の異常気象が毎年のように発生するのは尋常ではないと思います。

海水温の上昇は海域の生態系にも悪影響を及ぼしています。その代表例が、サンゴ礁の白化現象です。また、漁業にも悪影響が出始めています。海水温の上昇による海流の変化が原因で不漁が発生すると言われています。

このように地球温暖化による影響を我々の身近でも感じるようになりました。この温暖化の原因として指摘されているのが、CO2を代表とする温室効果ガスです。人為的に排出された温室効果ガスの大気中の濃度が増加することで気温が上昇すると言われています。

3.温室効果ガスと排出量

表1-1に、国連気候変動枠組条約(1994年3月発効)で指定された温室効果ガスを示します。温室効果ガスとしては、CO2以外にもメタンなどの合計で7種類のガスが指定されています。表に示した地球温暖化係数は、温暖化に及ぼす影響の大きさを示す値で、CO2を1として表示します。メタンの地球温暖化係数は25で、同じ量でも温暖化に及ぼす影響がCO2よりも25倍も大きいことを示します。最も大きい六フッ化硫黄の地球温暖化係数は、実に22,800です。

図1-1に、2017年度の国内における温室効果ガスの排出量を示します。棒グラフの左が排出量の実測値で、右側がCO2換算した後の排出量です。ここでCO2換算とは、それぞれの温室効果ガスの排出量の実測値に地球温暖化係数を乗じた値を意味します。地球温暖化への影響を考慮した値なので、温室効果ガスの排出量はCO2換算の値で表します。

図で、温室効果ガスの排出量の実測値は、11億9,151万トンで、その内のCO2の割合は99.89%です。この図から、国内で人為的に排出される温室効果ガスの中でCO2が圧倒的な排出量であることが分かります。世界でも温室効果ガスの排出量に占めるCO2の割合は99%以上です。

一方でCO2換算では、温室効果ガスの排出量は12億9,170万トンとなり、その内のCO2排出量は11億9,020万トンで、割合は92.1%です。表1の地球温暖化係数が示すように、同じ量のCO2に比較して1万倍以上も温暖化に悪影響を及ぼす温室効果ガスもあります。しかし、この地球温暖化係数の違いを考慮しても、日本ではCO2が地球温暖化に及ぼす影響は温室効果ガス全体の90%以上であり、大きな影響力です。そのため、地球温暖化対策では、主としてCO2の排出削減を取り扱います。

勿論、その他の温室効果ガスの対策も必要です。国内で排出されるメタンの実測値は約120万トンで割合は約0.1%ですが、地球温暖化係数が25倍と大きいことから、CO2換算後の値は約3,000万トンで地球温暖化への影響は2.3%です。また、冷媒に使用されているハイドロフルオロカーボン類は地球温暖化係数がCO2の1,430倍などであり、温暖化への寄与度は3.5%です。CO2と同様に、これらのガスを削減する取り組みも行われています。

4.パリ協定と日本のCO2削減への貢献

2015年12月に、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」を定めたパリ協定が採択されました。この2℃よりも十分に低く保つ目標を「2℃目標」と呼びます。パリ協定は、1年後の2016年11月に発効しました。そして2019年12月の時点で、187の国と地域でパリ協定が批准されています。それぞれの国の事情は異なりますが、これだけ多くの国と地域が地球温暖化対策に取り組む意向を表明したことの意義は大きいです。

パリ協定の2℃目標を達成するために、各国が自主的に温室効果ガス削減への貢献を数字で示しています。これは、「国が決定する貢献(NDC)」と呼ばれています。日本のNDCは、温室効果ガスを2030年度に2013年度比26.0%削減の水準(約10億4,200万t-CO2)にすることです。このNDCを実現するために、日本政府は色々な施策を最大限に実行することを世界に約束しています。

5.CO2削減の難しさ:2050年には80%のCO2削減

日本政府は、パリ協定で2030年に温室効果ガスを26%削減する貢献を表明しています。一方で、この26%削減はパリ協定が目指す温暖化対策の通過点に過ぎません。

日本政府は、地球温暖化対策計画(2016年5月に閣議決定)の中で「地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す。」ことを定めて、この80%削減の目標を世界に発信しています。諸外国においても、温暖化対策に積極的な欧州が、2050年に温室効果ガスの排出ゼロを目指しています。

この80%削減は非常に高いハードルです。身近な例で考えてみましょう。図1-2は、家庭からのCO2排出量とその内訳を示した図です。国内の平均的な一世帯から年間に約4,480kg(約4.5トン)のCO2が排出されています。CO2排出源の内訳には日常生活に必要な項目が並んでいますが、これらの中から80%を削減するとしたら、皆さんは何を選択しますか。例えば、寒い冬でも暖房を使わないとか、お湯は使わないとか。スマホも含めて電化製品を極力使わないとか。でも、このように考えると何となくブルーな気分になります。家庭で排出されるCO2の殆どは化石燃料を燃焼してエネルギーを得ることで発生しています。このエネルギーを使うことと生活の豊かさは密接に関係しています。そのため、CO2削減のために単純にエネルギー供給を削減することは、生活の質を下げることに繋がります。

国におけるCO2削減対策でも同じことが言えます。エネルギーは産業の基盤です。CO2対策の目的で単純にエネルギー供給を減らすことは、国内産業にとって大きなダメージとなります。また、CO2対策の結果として、エネルギーコストが上がることも国内産業の国際競争力の低下に繋がります。

6.燃料のCO2排出係数と価格

表1-2に、各種燃料から1ギガジュール(GJ)のエネルギーを得るためのCO2排出係数と価格を示します。ここで、ジュール(J)とはエネルギー量を表す単位です。ギガ(G)は、10の9乗を表します。電力のエネルギー単位である「kWh」に換算すると、1GJは約277kWhです。これは、一世帯のひと月の電力消費に相当するエネルギー量です。燃料の価格は、石炭とLNGでは輸入価格(CIF価格)から算出しました。水素の価格は、水素基本戦略に記された2030年の値:30円/Nm3からの算出です。この表から、単位エネルギー当たりのCO2排出係数と価格の比較が可能となります。

表から、1GJのエネルギーを得るために、石炭(原料炭)からは89.5kg/GJ、液化天然ガス(LNG)からは51.2kg/GJ、水素からは0~36.4kg/GJのCO2が排出されます。ここでは水素のCO2排出係数の上限値の36.4kg/GJとして、欧州のCertifHyプロジェクトが製造時のCO2排出が少ないプレミアム水素として認定する値を用いました。天然ガスを改質して水素を製造する際の約4割のCO2発生量となります。

CO2排出係数が少ない水素を用いることはCO2排出量の削減に繋がります。一方で、燃料の価格は、石炭が一番安く、LNG、水素の順に高くなります。水素はCO2削減の切り札として期待されていますが、燃料を水素に置換すると石炭に対して約4倍、液化天然ガスに対して約2.3倍のコスト増になります。水素基本戦略で目指す2050年の水素価格は20円/Nm3ですが、それでも石炭やLNGの価格に比較すると割高です。

政府は、地球温暖化対策計画の中で「地球温暖化対策と経済成長の両立」を目指しています。そのためには、経済合理的な価格でプレミアム水素などのCO2フリー燃料が供給されることが必要です。このCO2フリー燃料を安価に大量に供給することは困難が伴う難課題ですが、日本が持続的に成長するためには避けては通れない課題です。これらの課題の解決も含めて、国内外でCO2削減のための革新的な技術の開発が推進されています。

(客員研究員 風間伸吾)

(2020年4月24日アップロード)


CO2削減とエネルギー供給 

その1:地球温暖化とCO2の排出削減

その2:CO2排出削減のための国内一次エネルギー供給

その3:CO2削減シナリオの実現に向けた取組み

その4:再生可能エネルギーの開発とエネルギー自給率の向上