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CO2削減とエネルギー供給
その4:再生可能エネルギーの開発とエネルギー自給率の向上

1.はじめに

2050年にCO2削減80%を実現するためには、CO2を排出しない再生可能エネルギー(再エネ)が主要な一次エネルギーとなることが必要です。そのためには、現存する再エネの普及に加えて、従来の枠に囚われない斬新な発想で新たな再エネを開拓することも必要と考えます。

最終回は、新たな再エネ開発の可能性とエネルギー自給率への貢献について解説します。

2.再エネとエネルギー自給率

これまでは温暖化対策の視点から一次エネルギー供給を考えました。今回は、エネルギー安全保障の観点からもエネルギー問題を考えてみましょう。図4-1は、資源エネルギー庁のウエブサイトに掲載されている2017年の主要国のエネルギー自給率です。図で、日本のエネルギー自給率は9.6%で世界の中の順位は34位と先進国の中でも極めて低い数字です。自国に可採可能なエネルギー資源を持たない我が国が、石油、天然ガス、石炭を大量に輸入している結果です。

一部の化石燃料を除いて、国内で自給可能なエネルギーは、水力、太陽光、風力、地熱、バイオマス等の再エネと、原子力です。原子力はその原料としてウランを輸入しますが、一度輸入すると長期に亘り使用可能であるため自給可能な燃料と見なします。これらの自給可能なエネルギーはCO2削減に貢献する一次エネルギーと同じです。即ち、温暖化対策として再エネと原子力の非化石燃料の比率を高めることは、エネルギー自給率の向上にも貢献します。例えば、2030年に非化石燃料の4,493ペタジュール(PJ)を国内で生産することで、エネルギー自給率は2017年の9.6%から24%になります。(注:ペタジュール(PJ)はエネルギーの単位です。数値は、「CO2削減とエネルギー(その2)」の図3に記載の値です。)更に、2050年に非化石燃料を6,900PJに高めることで、単純計算ではエネルギー自給率が54%になります。エネルギー自給率を高めることはエネルギー安全保障の観点から極めて重要です。

現在までに実用化されている再エネは、地熱、バイオマス、風力、太陽光、水力です。これらの再エネによる一次エネルギー供給は、2013年度に1,580PJであり、最新の統計値がある2017年度には2,194PJです。と言うことは、直近の4年間で再エネの供給が614PJ増えたことになります。この増加量の614PJを100万kWの火力発電所に供給する一次エネルギーに例えると約8基分に相当します。また、この4年間における年間平均の増加率は約150PJ/年となります。

CO2削減目標を達成するためには、再エネの一次供給量を2013年から2030年までの17年間で1,000PJを増やして、引き続く2050年までの20年間で、更に3,400PJを増やすことが必要であることを述べました。仮に、直近の150PJ/年の増加率を維持できるとすれば、CO2の削減目標を達成するために必要な再エネの供給が可能です。一方で、現時点でも土地利用や電力の系統接続の制約が指摘されており、かなり積極的な対策を講じないと従来通りの再エネ増加率の維持は不可能と思います。この状況を打開するためにも、これまでに実用化されていない再エネも含めて革新的な技術の開発が必要です。

3.ESGと地球温暖化対策

ESGと言う単語を最近良く耳にします。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字で、企業の持続的な成長のためにはESGの3つの観点が必要だという考えです。ここ数年で、ESGの観点から企業価値を評価して投資する動きが世界中で活発になっています。このESG投資では、企業の積極的なCO2削減への取組みも評価します。逆に、CO2削減に消極的だと判断されると、投資家が投資を撤退する動きが見られます。最近のニュースでは、石炭の採掘や石炭火力発電からの投資撤退(ダイベストメント)が報じられています。

CO2削減対策と聞くと、何となく守りのイメージを持ってしまいます。しかし、ESG投資の対象となる地球温暖化対策に積極的に取組むことは、新たなビジネスの芽を作り出す機会になるかも知れません。

4.膨大な太陽光エネルギー

日本のCO2削減目標を達成して、且つエネルギー自給率も向上するためには、これまでに実用化されずに開発が停滞している技術も含めて、新規なエネルギー創成技術の開発が必要です。特に、再エネ分野における技術革新が重要と考えます。再エネとして利用可能なエネルギーは、太陽からのエネルギー(太陽光)と地球からのエネルギー(地熱)です。水力も風力も太陽光のエネルギーがその源です。

太陽から注がれるエネルギーは膨大です。図4-2に、太陽光の照射エネルギーと国内の一次エネルギーの供給量を示します。日本の国土に照射する太陽光のエネルギーは約1.6 x 1021Jであり、国内の一次エネルギー供給の約80倍です。また、日本の排他的経済水域に降り注ぐエネルギーは約1.9 x 1022Jで、一次エネルギー供給の実に約950倍です。この数字を見ると、太陽光エネルギーを今まで以上に有効に活用することが、CO2問題とエネルギー自給率問題を同時に解決するための特効薬になると考えてしまいます。

一方で、太陽光のエネルギー密度は約1,200kWh/年(約4.3GJ/年)と小さく、一次エネルギーとして必要な量を確保するためには膨大な受光面積が必要となります。例えば、太陽光発電の変換効率が20%の場合に1PJの電力を得る場合には、1辺が1.1kmの正方形に相当する約1.2km2の受光面積が必要となります。2050年にCO2削減80%を実現するためには、今から追加で4,400PJの再エネの供給が必要です。仮に、この半分の2,200PJを太陽光発電で供給する場合には、1辺が約50kmの正方形に相当する約2,500 km2の大きな受光面積が必要となる計算です。これは太陽光パネルの発電に係る受光部分の面積です。実際に太陽光発電設備を設置するためには、この2倍程度の面積が必要と思います。このため、国土が狭い日本では、陸上に新たに太陽光発電設備を設置する際に立地条件の制約を受ける可能性が大きいです。

5.太陽光エネルギーと海洋の活用:米国ARPA-E MARINERプロジェクト

エネルギー密度が低い太陽光エネルギーを有効に活用する方法として、広大な海洋の利用が提案されています。米国では、2017年9月に米国エネルギー省がARPA-E MARINERと称する国プロを立ち上げて、液体燃料の生産に用いることを目的に、マリンバイオマスである大型藻類を育成する基礎研究に取り組んでいます。この国プロでは、米国の排他的経済水域の1.4%を活用して、米国の運輸部門のエネルギー消費の約10%に相当する2,800PJの液体燃料の製造に必要となる乾燥重量約5億トンの大型藻類の生産を目指しています。この2,800PJのエネルギーは、日本で2050年に必要な再エネの約半分の供給量に相当します。

図4-3は、ARPA-E MARINERにおける取り組みの概念です。海洋を活用することで、土地不要(No Land)、淡水不要(No Freshwater)と肥料不要(No Fertilizer)で、燃料の原料となる「大型藻類の栽培と収穫の高度なシステム」を開発します。ARPA-E MARINERで注目したいのは、再エネとして液体燃料の生産を目指すことです。日本で生産する再エネのほとんどは電力です。電力はエクセルギーが100%の理想的なエネルギーですが、大量の貯蔵が難しいことが課題です。一方で液体燃料の場合には、大量の貯蔵と運搬が容易です。エネルギー源の多様化を考えた場合には、液体の再エネは重要な選択肢のひとつです。

6.ブルーCOPと海洋利用

海洋利用に関するトピックスとして、昨年12月にスペインで開催されたCOP25があります。COPとは、国連気候変動枠組条約締約国会議の略称で、世界各国の首脳が一堂に会して温暖化対策を議論する場です。因みに、2015年に開催されたCOP21でパリ協定が採択されています。COP25では、チリの環境大臣からCO2削減を目的とした海洋利用が提唱され、この海洋を意識した取組みからブルーCOPと称されました。

明治大学高分子科学研究所でも、日本の排他的経済水域を活用するマリンバイオマス燃料化を提案しています。この提案は、排他的経済水域に浮かぶ海洋牧場で大型藻類を生産して、この藻類を原料として革新的な分離膜を利用することで安価にアルコールを生産する内容です。合わせて、海洋牧場では魚類の育成も目指しています。

海の自然を守りながら、その豊かさを活用することが出来れば、地球温暖化問題とエネルギー自給率の低迷と言う日本が抱える2つの課題を同時に解決できるかも知れません。加えて食料の増産で食料自給率の向上にも貢献すると思います。課題は多いですが、海と正しく向き合うことで、海は我々に恵みを与えてくれると信じています。

7.まとめ

“CO2削減とエネルギー供給”と題して、全4回で温暖化対策とエネルギー供給の時事問題を解説しました。人類は産業革命以降に、化石燃料を燃やしてエネルギーを得ることで、CO2の排出と引き換えに豊かさを手に入れました。その結果として、温室効果ガスであるCO2の大気中濃度が増加して、地球温暖化と言う課題に直面しています。一方で、世界を見渡すと発展途上国では今でも十分にエネルギーが供給されていません。国際連合の「持続可能な開発目標(SDGs)」の17のゴールの中で最初に掲げられたゴールが「貧困の撲滅」です。この貧困を撲滅するためには、7つ目のゴールである「エネルギーへのアクセス」が必要になります。

エネルギーは我々の生活に豊かさを与えてくれます。そして世界では、このエネルギーの約85%を化石燃料に依存しています。そのため、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、2050年までに80%の温室効果ガスの排出を削減するためには、化石燃料に代えてCO2を排出しない再エネを主要エネルギーとすることが必要です。決して平坦な道のりではありませんが、技術革新を目指して一歩一歩着実に歩むことが重要と考えます。科学技術は万能では有りませんが、きっと皆が納得して嬉しく思える答えを用意してくれると考えます。

国や民間企業が積極的にCO2削減に取り組むべきは勿論のこと、我々一人一人の意識改革と具体的な行動が必要です。先ずは自らが出来ることから取り組む。これが大切です。パリ協定の約束期間の2030年まで残り10年です。2030年に、皆さんが身の回りでCO2の排出を26%削減するとしたら何から取組みますか。2050年に80%削減するとしたらどうしますか。

これからも一緒に、エネルギー・環境問題を考えて行きたいと思います。

(客員研究員 風間伸吾)

(2020年4月24日アップロード)


CO2削減とエネルギー供給 

その1:地球温暖化とCO2の排出削減

その2:CO2排出削減のための国内一次エネルギー供給

その3:CO2削減シナリオの実現に向けた取組み

その4:再生可能エネルギーの開発とエネルギー自給率の向上