提案3 サーキュラーエコノミーに対応したプラスチックの研究背景 ~国際社会の動きからみる生分解性バイオマスプラスチック活用の意義について ~
- プロジェクトリーダー
- 永井一清教授
本提案で達成するSDGs
プラスチック製品のサーキュラーエコノミーの推進は、ヨーロッパから火が付きました。イギリスから始まった有志の取り組みが国際社会に広がり、世界共通の約束となる国際条約の策定にまで発展したのです。カギとなった取り組みは、以下の通りです。
・The New Plastics Economy(官公庁による和訳なし)(2016年開始)
・The Plastics Pact Network(官公庁による和訳なし)(2018年The UK Plastics Pactが発足、その後各地域に展開)
・A European Strategy for Plastics in a Circular Economy(欧州プラスチック戦略(環境省による和訳))(2018年策定))
・Ocean Plastics Charter(海洋プラスチック憲章(環境省による和訳))(2018年採択)
・The New Plastics Economy Global Commitment(官公庁による和訳なし)(2018年開始)
・The Resumed session of UNEA-5(UNEA-5.2、第5回国連環境総会再開セッション(環境省による和訳))(2022年開催)
・Intergovernmental Negotiating Committee to develop an international legally binding instrument on plastic pollution, including in the marine environment(INC、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた政府間交渉委員会(環境省による和訳))(2022年開始)
これらの繋がりを政府主導のものとそうでないものに分けて説明します。まずは、政府主導の取り組みについてです。国際社会が協調してプラスチック汚染の規制に取り組みだしたきっかけは、プラスチックごみによる海洋汚染が深刻化したことでした。2010年代以降、特に欧州を中心に海洋プラスチック汚染問題への懸念が高まり、2015年6月のG7エルマウ・サミット首脳宣言においては、附属書に「海洋ゴミ問題に対処するためのG7行動計画」が加えられ、プラスチックによる海洋汚染が国際社会全体の課題として広く認識されるようになりました[2]。ここでプラスチックのリユースとリサイクルの推進も示されました。さらに、2018年6月にはG7シャルルボワ・サミットにてOcean Plastics Charter(海洋プラスチック憲章)が提案されました[5]。ここにプラスチックのリユースとリサイクルの数値目標と達成年も明記されました。この憲章には日本とアメリカを除く5か国とEUが署名し、海洋環境保全を出発点とし、持続可能なプラスチック利用を推進することが合意されました。しかし、これには法的拘束力はなく、各国や企業の自主的な取り組みに任されていました。
EUは「循環経済(サーキュラーエコノミー)」の社会実装に本格的に乗り出し、2015年12月にClosing the loop - An EU action plan for the Circular Economy(循環経済行動計画)を発表しました[3]。2018年1月にはプラスチック分野の政策としてA European Strategy for Plastics in a Circular Economy(欧州プラスチック戦略)を発表しています[4]。EUが循環経済行動計画で掲げた「循環経済(サーキュラーエコノミー)」は、環境保全と経済成長の両立を図る新たなビジョンであり、資源に乏しい欧州諸国では、製造業をはじめとする自国産業の活性化と資源安全保障の観点から積極的に推進されてきました。中でもプラスチックは重点項目に位置づけられ、欧州プラスチック戦略ではリユース及びリサイクルを中心としたプラスチックの持続可能な生産・消費の実現に向けた具体的な目標が定められています。この戦略でコンポスト化が取り組みに加えられました。プラスチックを人間の手で循環利用するということは自然環境中に排出しないということです。サーキュラーエコノミーの推進はプラスチック汚染を止めることにも繋がります。
次に、有志の取り組みがどのように世界に広がっていったのかについて説明します。まず、2016年にEllen MacArthur財団がプラスチックのサーキュラーエコノミーを目指すThe New Plastics Economyを開始しました[6]。この報告書ではプラスチックの資源循環において、コンポスト化がリユースとリサイクルとともに重要視されていました。また、The New Plastics Economyの一環として、Waste & Resources Action Programme (WRAP) との協働により、2018年にイギリスでThe UK Plastic Pactが発足しました[7]。これは、プラスチック包装を中心に、そのリユースやリサイクルを加速させるために企業や政府を巻き込んだ国・地域単位の自主的な枠組みです。これを皮切りに、同様の取り組みが南アフリカ、チリ、フランス、アメリカ、インドなど各国で展開され、後にThe Plastics Pact Networkとしてグローバルに広がっていきました[8]。
2018年からはEllen MacArthur財団とUNEP(国連環境計画)が協働し、The New Plastics Economy Global Commitmentを始動しました[9]。これは、The New Plastics Economyのビジョンに賛同した企業や政府が具体的な目標を設定し、進捗を報告する枠組みを導入したものです。この活動の動きは私たちの2023年のグループワークでまとめていますので、詳細はそちらをご覧ください[1]。このうち、大きな転換期の一つが2020年でした。この年の報告書では「生分解という性質」を意味する「biodegradable」という言葉の使用が中止され「人工的なコンポスト化が可能であるという処理方法」を強調した「compostable」に統一されました。これは、プラスチックごみはきちんと人の手で回収されるシステムであるべきだということを念頭に置いているためであり、「生分解性だからポイ捨てしても大丈夫」という誤解を生まないためのものです。また、年次報告書から活動の展開を分析すると、次第に署名団体による自主的な取り組みの限界が認識されるようになり、法的拘束力のある国際文書の策定を通じて行動の継続と強化を求めるようになっていました。
以上のような国際社会の動きを受けて、2022年のUNEA-5.2(第5回国連環境総会再開セッション)では、End plastic pollution: Towards an international legally binding instrument(プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて)が採択され、国際約束の作成に向けて、Intergovernmental Negotiating Committee (INC) の設置が決定されました[10]。2024年11月には、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会(INC5.1)が開催され、今までの会議の議論をまとめたChair’s Textが公表されました[11]。不必要なプラスチックは使用することを止め、必要なプラスチックは安全にリユース、リサイクルまたはコンポスト化していくことで議論がまとまりそうです。ここで、不必要なプラスチックとしてポイ捨てされやすく回収が困難なシングルユースプラスチックなどの製品名が具体的に挙げられていました。
また、プラスチック包装に限ってみると、2024年4月にはEuropean ParliamentがPPWR(包装および包装廃棄物規制)の採択を発表しています[12]。規制の詳細なルールは2027年末までに策定される委任法、実施法によって定められますが、2030年以降はリサイクル可能な設計要件に適合しないものや、リサイクル材の最低限の割合を含まない製品の市場投入を禁止するといった規制が検討されています[13]。
このように、今後市場に投入されるプラスチック製品には、サーキュラーエコノミーに適合する設計・仕様が求められていくことは明らかです。では、サーキュラーエコノミーに適合する仕様とは具体的に何でしょうか。それは、INCで議論されているように、必要なプラスチックを、安全にリユース、リサイクル、またはコンポスト化により活用できることです。
材料面からのリサイクル性向上のトレンドはモノマテリアル化(単一素材化)です。これはコンポスト化の向上にも当てはまります。プラスチック製品を使用後にどのように分別回収するのか、そしてリサイクルやコンポスト化施設に運ぶのかなどのインフラを含めた社会システムの構築も考える必要があります。さらに、昨今の不安定な国際情勢に伴い、座礁資源化しつつある石油の代替としてバイオマス資源の活用も進められています。
そこで私たちでは、「コンポスト可能なバイオマスプラスチックのモノマテリアル利用の研究」を行っており、昔から工業生産されているセルロース以外に、膜材料として工業利用可能な天然資源由来の高分子材料を探索する研究に注力しています。2024年11月に開催されたTOKYO PACK2024では、これまで私たちが取り組んできた天然資源のモノマテリアル研究について紹介しました[14]。この中で紹介しているキチンやキトサンなどの天然物由来の多糖は、コンポスト化が可能で、地域偏在性が少なく、安定的に供給可能な物質として着目しています。このような材料研究を進めることで、生分解性バイオマスプラスチックを活用したサーキュラーエコノミーの実現を目指しています。
[1] 「The Global Commitment - Progress Report」(Ellen MacArthur財団/国連環境計画)から見たプラスチックを取り巻く国際社会の動き(2023年版)
https://www.isc.meiji.ac.jp/~polymer/topics/topic16.html
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[2] 外務省, 2015 G7エルマウ・サミット首脳宣言(仮訳)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_001244.html
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[3] European Commission, Closing the loop - An EU action plan for the Circular Economy (2015)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52015DC0614
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[4] European Commission, A European Strategy for Plastics in a Circular Economy (2018)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?qid=1516265440535&uri=COM:2018:28:FIN
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[5] G7 2018 CHARLEVOIX OCEANS PLASTIC CHARTER
https://www.consilium.europa.eu/media/40516/charlevoix_oceans_plastic_charter_en.pdf
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[6] The Ellen MacArthur Foundation, The New Plastics Economy: Rethinking the future of plastics
https://www.ellenmacarthurfoundation.org/the-new-plastics-economy-rethinking-the-future-of-plastics
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[7] Waste & Resources Action Programme, THE UK PLASTICS PACT
https://www.wrap.ngo/taking-action/plastic-packaging/initiatives/the-uk-plastics-pact
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[8] The Ellen MacArthur Foundation, The Plastics Pact Network
https://www.ellenmacarthurfoundation.org/the-plastics-pact-network
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[9] UNEP, The New Plastics Economy Global Commitment
https://www.unep.org/new-plastics-economy-global-commitment
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[10] 環境省, 第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)の結果について
https://www.env.go.jp/press/110635.html
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[11] UNEP, First part of the Fifth Session (INC-5.1)
https://www.unep.org/inc-plastic-pollution/session-5l
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[12] European Parliament, New EU rules to reduce, reuse and recycle packaging
https://www.europarl.europa.eu/news/en/press-room/20240419IPR20589/new-eu-rules-to-reduce-reuse-and-recycle-packaging
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[13] European Union, Regulation (EU) 2025/40 of the European Parliament and of the Council of 19 December 2024 on packaging and packaging waste, amending Regulation (EU) 2019/1020 and Directive (EU) 2019/904, and repealing Directive 94/62/EC (Text with EEA relevance)
https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2025/40/oj/eng
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
[14] 【番外編】「包装産業×包装学」と天然資源の包装産業での活用
https://www.isc.meiji.ac.jp/~polymer/topics/topic18.html
(最終閲覧確認日2025年5月9日)
(プロジェクトメンバー)小野寺壯真、大熊楓、木脇英祐、小林愛莉、齋藤虎之亮、矢島克樹、山川志朗、米田昌弘
(指導教授)永井一清
(2025年6月4日アップロード)