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工尺譜の読み方について(明清楽資料庫)


2008-12-17 最新の更新2012-2-7
[工尺譜の読み方]  [工尺譜と五線譜]  [工尺譜の音長表記]
[太極図]  [音律配当図]  [和漢洋十二音律対照表]
[中国の民間工尺七調]  [「宮商角徴羽」と「民間工尺」の関係]


工尺譜(こうせきふ)の読み方
工尺譜を「こうシャクふ」と読む人もいるが、正しくは「こうセキふ」と読む(「尺」の呉音はシャク、漢音はセキ)。
中国語では「尺」の発音は chi3とche3の二種類があるが、「工尺譜」は「gong1che3pu3」と読む。
英語では工尺譜を“gongche notation”と、朝鮮語では“공척보”と言う。

読み方
ホースイイージヤンチヱコンハンリウウーイー
工尺
西洋音階
ファ
※本websiteのローカル・ルールとして、一オクターブ違いの「ドレミ…」を「どれみ…」と表記することがある。

九連環」の工尺譜。
【参考】一オクターブ高い漢字の「(10進文字)HTMLユニコード」
[イ凡][イ六]亿
仩伬仜無し無し伍亿
ふぁ
※「凡」と「六」の右横にニンベン「イ」を付けた漢字はHTMLユニコードに無いので、合成文字で表す。


工尺譜と五線譜
 私(加藤)が作った曲を実例として示します。
左の工尺譜の実演(YouTube)↓。詳しい説明は[こちらの頁]。





工尺譜の音長表記について
【参考】加藤徹「日本における中国伝来音楽伝承の特異性 ――清楽曲「九連環」工尺譜の音長表記を例にして」 『明治大学人文科学研究所紀要』第70冊(2012年,印刷中)

 音長表記とは、個々の音符の長さの表記のしかたを言う。
 西洋の五線譜では、四分音符や八分音符など、音符の形やデザインを変えることで音の長さを表す。
 西洋の数字譜では、音高を示す数字の下に、単純下線や二重下線、三重下線などを付加することで、音の長さを表す。
 東アジアの工尺譜においては、音長の表記法は時代や地域ごとにバラバラで、ローカルルールが多い。 それらのローカルルールには、それぞれの「合理性」と、そのような方式を採用する社会的背景(教授者と学習者の関係、など) を濃厚に反映していると考えられる。上記の小論は、音長表記スタイルの変遷から社会的背景を読み取る試みである。
 以下の分類は、加藤の私案である。

譜面のレイアウトによる分類(1)

譜面のレイアウトによる分類(2)

付加記号による分類

西洋の楽譜の影響を受けた方式




太極図
清楽曲牌雅譜』1877より。「三分損益法」と「五度圏(circle of fifths)」の概念を理解していないと、 わかりにくいかもしれない。
清楽曲牌雅譜,十二律,雅楽音階
「太極図」の円上の音階は、子(ド、宮)→未(ソ、徴)→寅(レ、商)→酉(ラ、羽)→…のように、五度ずつ上がってゆく。



音律配当図
清風雅唱(1891)第三巻より。クリックすると拡大。
明楽は一越調=黄鐘宮(D調)だが、清楽は半音高い断金調=大呂宮(D#調=E♭調)とされている。また「凡」は「ファ」ではなく「#ファ」に当てている。



和漢洋十二音律対照表
大塚寅蔵『
明清楽独まなび』(京都・十字屋楽器部,明治42年=1909年11月)より。



補足:中国雅楽の五音(正声、五正)「宮商角徴羽」(きゅうしょうかくちう)と「民間工尺」の関係。
西洋階名DoReMiFaSolLaSiDo
「簡譜」1#12#234#4
♭5
5#56#6
♭7
7

1
五正声
七音(1)
古音階二変


七音(2)
新音階二変


七音(3)
清商音階二変

日本雅楽







民間工尺(旧)
民間工尺(新)
参考:『中国音楽詞典』(人民音楽出版社、1985、北京)p.299
参考サイト:[
雅楽的音楽研究所][吟詠音階の理論的考察]
一口メモ:西洋音楽の「フラット」「シャープ」にあたる半音の変化を、漢文では「変」「清・嬰」、現代中国語では「降」「昇」と言う。



中国の民間工尺七調
 中国の民間音楽では、「小工調」と「正宮調」が比較的多い。
音高民間工尺七調
京劇の「調門」
京劇調門異称清・方苞『通雅』
笛上七調
1=A乙字調子母調
1=#G正宮半調
1=G正宮調正工調(誤称)、五字調(廃称)正調
1=#F六字半調六半調
1=F六字調凄涼調
1=E凡字半調趴半調(俗称)
1=E凡字調 (注1)(小工半調)、趴字調(貶称)、扒字調(貶称)(注2)弦索調
1=D小工調平調(注3)
1=#C尺字半調
1=C尺字調背工調
1=B上字半調
1=B上字調梅花調
※(注1)中国伝統音楽における「凡」は、西洋音階の「ファ」より高いが「#ファ」よりは低い音なので、 「凡字調」も理論的にはbEとEのあいだ、ということになる。 実際、骨董品の笛などの穴の位置を見ても、西洋のファよりずれた音がでる「平均孔」が多い。 しかし、現代中国の伝統音楽の教育の現場では、すでに西洋音楽の知識が導入されて久しい。 昔の楽人はさておき、現代中国の演奏家は、伝統音楽の凡字調を、1=bE(現代中国語では「降E調」)と割り切って演奏するのが常である。
※(注2)「趴字調」は「低いところをはいずりまわる音調」という意味の貶称ないし蔑称。
 清朝時代の京劇は高音の美をたっとび、また崑曲(昆劇)など先行劇種の音楽理論の影響もあり、 G調を「正調」として、これを「正宮調」と呼ぶようになった。
 ただし、後の京劇では役柄や曲調に応じて、 適宜、乙字調から小工調までの調門を使い分けるようになり、現在に至っている。 例えば「老生」の役者が「二黄」を歌う場合、全盛期の高慶奎は乙字調で歌ったが、 晩年の馬連良は凡字調や小工調で歌った。現在の老生や正浄の役者が 二黄を歌う場合は六字調が普通で、のどの良い役者でもせいぜい正宮調くらいである。 例えば、1979年に来日公演を行った中国京劇院三団の舞台の録音を聴くと、 正浄の李欣氏は正宮調で二黄を歌っているが、現代の京劇俳優としては高音の美声である。 いっぽう、同じ正浄の役でも、李長春氏はその美声で有名であるが、音高はやや低く、 その録音は凡半字調が多い。
 凡字調も、女役の「二黄」の歌などでは普通の調門となって、すでに久しい。 こうした京劇音楽の現状にかんがみると、凡字調は特別低いとは言えず、もはや「趴字調」という蔑称はふさわしくない。
 ちなみに『中国戯曲曲芸詞典』や『京劇知識詞典』のこのあたりの説明は杜撰で、多数の誤りを含むため、注意を要する。 詳細は次の参考サイトをご覧いただきたい。参考サイト:中国戯曲学院、曹宝栄「
与《京劇知識詞典》部分音楽声腔条目作者探討」2006-11-8。このサイトにも書いてあるが、「六字調」よりほんの少し低めの調子を「軟六字調」などとと言うことがある。 「軟〜」とは、役者ののどのコンディションにあわせて京胡の弦をごくわずかゆるめ、 音を本来の高さより少しだけ低めにして、歌いやすくすることを意味する。ただし、決して半音も下げるわけではない。 音を下げる巾は、せいぜい、半音のさらに半分ていどである。
※(注3)日本の雅楽の「平調(ひょうじょう)」は「1=E」で、中国音楽の「平調(へいちょう)」より高い。 日本の清楽譜にたまに見られる「平調」の音高指定は、中国の「平調(へいちょう)」ではなく日本の雅楽の 「平調(ひょうじょう)」を指すと考えられる場合も多いので、区別に注意すること。

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