Research

Chronobiology TEAM

私たちのチームでは、マウスをモデルとして、哺乳類の概日時計中枢である視交叉上核(suprachiasmatic nucleus, SCN)による全身の制御メカニズムを探求しています。  

体内時計における神経回路の探索

この研究では、ベラ・ハラスという20世紀中盤ごろに活躍した神経内分泌学者の名前(Bela Halasz, Department of Anatomy, University Medical School, Pecs, Hungary)を冠したナイフを用いた実験を行います。このナイフはハラス氏が視床下部遠心路(視床下部から脳内のほかの部位へ伸びる神経)を切除するために考案したマイクロナイフです。私たちは視床下部内にある視交叉上核(SCN)と呼ばれる小さな神経核からの遠心路を切除するため、ハラス氏が考案したマイクロナイフをもとに以下の図1に示すマイクロナイフを作成して実験を行っています。SCN遠心神経を切断することはSCNからの時刻情報出力経路のうち、ホルモンなどの液性シグナル因子による出力を残し、神経伝達による出力のみを阻害することを意味しています。 

 私たちの研究対象であるマウスは夜行性であるので、明期と暗期が12時間ずつの照明条件下において回し車のついたケージ内で飼育すると、明期に休息し、暗期に活動する(回し車を回す)リズムを記録することができます(図2)。私たちはマイクロナイフを用いて、マウス脳内のSCNから伸びる神経を切除する手術を行うと上述の輪回し行動に異常が見られることから、SCN内の一部の情報は神経線維により伝達されていると考えています。そして最近、私たちはSCNから伸びる神経を切断することにより、上述の輪回し行動に反映される雌性マウスの性周期が消失することを発見しました。この結果はSCNから伸びる神経線維が出力する時刻情報が生殖機能に重要であることを示しています。

 今後は、SCNと生殖機能の関係をより詳細に調べていくと共に、SCN遠心路を切除した際の脳内神経発火活動リズムや、体温リズム、培養系での末梢臓器の活動リズムを見ることで、SCNが末梢時計を調節するメカニズムにおける神経線維の重要性をより詳細に調べていく予定です。


図1左
図1. マイクロナイフの概観、ボールペンとの比較図
ナイフの先端はアーチ状となっており、この部分が回転することで、視床下部内に「島」状のSCN切片を形成する。
図1左 図1左
図2. 輪回し行動のリズム
(左図)輪回し画像
(右図)マウスの輪回し行動を記録したアクトグラム。日付のダブルプロットで示しており、一定時間ごとの輪回しの回転数を黒棒で表記したものである。LDは明期(黄色い四角で示した期間)と暗期(黒い四角で示した期間)が12時間おきに繰り返される照明環境を意味し、DDは恒常暗期を意味する。夜行性のマウスは証明環境に同調して、暗期で輪を回し(黒い縦線が多く集まっている)、明期に休息する(黒線なし)ことがわかる。恒常暗期では、マウスが体内に持つ時計にしたがって行動するため24時間からはズレたリズムを示す。
視交叉上核隔離が脳内神経発火リズムに与える影響

 ここでは上述のSCN遠心路を切除する手術(SCN隔離手術)を用いて、SCNが周辺の神経核へ概日シグナルを送るメカニズムについて検討しています。

 運動機能に重要な大脳基底核の線条体(caudate putamen, CPu)をターゲットに記録電極を慢性的に挿入し、自由行動下のマウスのin vivo マルチユニット神経発火活動リズムと同時に輪回し行動を記録しました(図3)。偽手術したマウスでは輪回し行動依存的なメリハリのあるリズムが確認できますが、SCN隔離をするとリズム自体は残るものの、リズムのメリハリが消失しました。このことから私たちは、SCN神経性出力はリズム振幅(正確性・頑強性)に重要で、リズム維持そのものには必ずしも必要ではないことを発見しました。今後はSCN液性出力に注目し、上述の手法を用いてSCN液性概日リズム出力を担う液性因子の同定を行う予定です。

図3左 図3中 図3右
図3. 脳内神経発火活動と輪回し活動の同時リズム記録
(左図)活動記録の様子
(中,右図)コントロール群、SCN隔離群から得られたアクトグラム。SCN隔離手術はリズム振幅の減少をもたらす。


視交叉上核隔離が体温リズムに与える影響
 

 人やマウスのような哺乳類は体温がほぼ一定の恒温動物です。しかし一日中まったく同じ体温というわけではありません。休息しているときは下がり、活動しているときは上がるように体温は1日の中で規則正しくリズムを刻んでいます。睡眠覚醒・行動リズム・ホルモン分泌などは体内時計の中枢のSCNにより制御されており、この体温リズムもこれらと同様に制御されていると考えられています。

 私たちは、視交叉上核の外科的隔離手術や破壊手術およびサーモクロンという体温測定機器(図4)を用い、体温リズムにおいてSCNの神経性出力が担う機能について研究しています。
 

図4
図4. 体温測定機器の概観、百円玉との比較図
雌性生殖機能におけるSCNのGABA作動性ニューロンの役割
 

 動物には発情周期や月経周期といった性周期があり、効率的な繁殖を可能にしています。この性周期の機序としては、血中エストロゲンの濃度が高まると、性腺刺激ホルモンの一過性分泌(GnRHサージ)及び、それに続いて黄体形成ホルモンの一過性分泌(LHサージ)が起こり、その結果、排卵します。このLHサージはげっ歯類では発情前期の夕方に起こる事が知られており、SCNを破壊すると起こらなくなります。すなわち、SCNからの時刻情報は排卵などの生殖機能に不可欠であるということが示唆されました。また解剖学的検討から、SCNに豊富に存在する神経ペプチド陽性細胞であるAVP・VIP細胞からGnRHサージ中枢への直接的・間接的な神経接続が報告されています。

 私たちはこれまでに、「AVP細胞特異的にGABAのトランスポーター(Vgat) を欠損させたマウスは性周期が消失する」ことを示し、AVP細胞を介したGABA作動性の神経出力の重要性を確認しました。現在は、Vgatレスキューや光遺伝学的手法を用いて、上記に関する詳細なメカニズムの解明に努めています。
 

雌性生殖機能における視交叉上核AVPニューロンの役割

1950年代初頭にEverettとSawyerが提案した排卵を誘発するLHサージを引き起こすためにcritical window(臨界時間枠)という時間帯(ZT9-11)に何らかの神経シグナルが必要であるということが分かっています。また、排卵に必要なGnRHサージを生む領域である視床下部の前腹側室周囲核(AVPV)のキスペプチンニューロンに、SCN内のAVPニューロンが投射していることが報告された。私たちはそれらの仮説に基づいて、光遺伝学的手法を用いて、特異的にAVP細胞をその時間帯に抑制することによって、AVP細胞の雌性生殖機能における役割を検討しています。 

 私たちはこれまでに、critical windowの時間帯にAVPニューロンを抑制すると、通常4日間で回復する性周期が延長することが観察されました。この結果から、LHサージをはじめとする雌性生殖機能にSCN内のAVPニューロンが重要な役割を果たしている可能性があることが示唆されました。現在は、同じ方法を用いてVIPニューロンの役割も検討しています。


VIPニューロンの特異的遺伝子KOマウスの行動解析

SCNは性質の異なる複数の神経細胞から成り立っていて、特にVIP細胞がSCN細胞間のコミュニケーションに重要な役割を果たしていると考えられています。また、SCN細胞は神経伝達物質であるGABAによる神経伝達も行っています。しかし、SCNからの時刻情報がどのシグナル(細胞種)を介した経路で伝達されるかはまだ分かっていません。そこで、雌性マウスでSCNのVIP細胞特異的なGABAシグナリングが雌性生殖機能に果たす役割を検討しています。加えて、雄性マウスでは概日リズムの行動解析を行うことによって、VIP細胞でのVgatの役割を検討しています。 


女性の月経周期アルゴリズム構築

 人の女性に焦点を当て、睡眠時間の変動や心拍数の変動から、月経周期のステージの予測を可能にする事を目的としています。ウェアラブル端末を使用し、成人済の女性から各種データを計測し、月経周期のステージに応じて変動するデータを広く検討しています。 現在、有意差こそ明らかになっていませんが、排卵日と月経日の前後で睡眠時間の位相変動が起こる事結果が複数見られています。また、心拍数において、卵胞期と黄体期の有意差が明らかになりました。 今後は、低用量ピルの服用者の方にもご協力いただき、更に広く様々なデータを活用し、解析を進めていきます。


マウスにおける休眠がSCNリズムに与える影響

休眠中の動物は、遺伝子の転写や翻訳が著しく抑制されていることがこれまで知られています。そのため、動物が保有している概日時計が休眠中も維持されるのかということが議論されてきました。本研究では、マウスの休眠開始~覚醒までにおけるin vivoでのSCNリズムの変化を解明していくことで、休眠制御に中枢時計の影響があるのかを明らかにしていきます。

  
ハムスターにおける光周性反応メカニズムの解明(時計遺伝子の役割)

光周性反応とは、生物が日長の変化を感知し季節に応じて示す年周期的な反応のことです。この反応機構には視交叉上核(SCN)が関わっていますが、その脳内メカニズムは未だ解明されていません。SCNは体内時計の中枢でもあり、全身の時計遺伝子のリズムを駆動しているため、この時計遺伝子が光周性反応のメカニズムに関与しているか検討します。ハムスターの雄は、長日条件で精巣重量が増加するという顕著な光周性反応を示します。そこで、i-GONAD法を用いて時計遺伝子Bmal1KOハムスターを作成し、様々な日長条件下で光周性反応を示すか否かを調べ、時計遺伝子が光周性反応に関与するかを検討します。この研究は、ヒトにおける光周性である、季節性鬱発症のメカニズムの解明につながります。


加齢による概日リズム低下神経機構の解明

生物が持つ概日リズムは、加齢に伴ってその周期性に異常が見られるようになることが分かっています。そこで私たちの研究室では「加齢」に着目した研究を行い、老齢マウスにおけるSCNからの神経出力が弱まっている事や、ex vivoでのSCNの細胞内での時計遺伝子Per2の発現リズムは通常の明暗条件に置いた老齢マウスと若齢マウスでは差がないことなどを明らかにしました。しかし、加齢によるSCN内の細胞時計の変化についてin vivoで調べたものはまだありません。そこで本研究は、時計遺伝子Per1のSCN内での発現リズムをin vivoで測定し、老齢マウスと若齢マウスで比較することを目的としています。加齢と時計遺伝子の関係性を解明することで、老化の予防や老化症状の改善の一助となることを期待しています。


マウス脳内におけるGABAリズム

GABA(γ-アミノ酪酸)は、中枢神経系における重要な抑制性の神経伝達物質です。概日時計の主時計であるSCNにおいても例外ではなく、その神経細胞のほとんどがGABA作動性であることが知られています。しかし、SCNにおいてGABA分泌量の概日リズムに関する研究は未だありません。そこで本研究では、in vivoでのマウスのSCN内におけるGABAの細胞外濃度を計測・分析することで、概日リズムの有無を明らかにしていきます。ほかの神経伝達物質の概日リズム等と比較することによって、SCNにおけるGABAの機能解明の一助となることを期待しています。


時計遺伝子per1,2,3欠損マウスにおけるin vivoでのSCNリズムの解明

時計遺伝子period1,2,3欠損マウスを恒暗条件(DD)下で輪回し行動させると、短周期の記録が見られることが知られており、in vitroにおいては対になっているSCNの左右で逆位相のリズムを示すことが先行研究で明らかになっています。短周期化の理由として、分子機構のフィードバックループの周期が短くなっていることが考えられますが、in vivoでperiod1,2,3欠損マウスのSCNリズムがどのようになるか未だに分かっていません。本研究では、period1,2,3欠損マウスのin vivoのSCN細胞集団の神経活動リズムを明らかにし、輪回しの行動リズムと比較することを目的とします。


VIP及びVIPニューロンが雌性生殖機能に与える影響

VIP(血管作動性腸管ペプチド)はヒトでも全身に発現しているペプチドで、特に哺乳類ではSCN(視交叉上核)の腹側領域に多く分布しています。また、メスのマウスでは4~5日の性周期中1回排卵が起こりますが、排卵にはSCNからの時刻情報が必要であることが分かっています。しかしSCNの中でも特にどのニューロンが重要であるかはまだはっきりと解明されていません。そこで本研究では、全身VIP欠損マウスやSCN特異的VIP欠損マウスを用いて性周期の観察を行い、VIPの有無が性周期にどのような影響を与えるのかを解明することを目的としています。


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