
不思議の国のプラスチック:膜の世界
私たちは、(1)温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の分離回収、クリーンエネルギーである水素(H2)の精製、石油ガス分離、天然ガス処理、バイオエタノール分離回収のためのガス分離膜、(2)コンタクトレンズ、人工肺のためのガス透過膜、(3)有機EL、太陽電池、フレキシブルディスプレイ、及び包装用途のためのハイバリア膜など、次世代高分子機能膜のための新素材の開発を行っています。
かみくだいた説明は高校生の皆さんへをご覧ください。
学術論文や特許等の研究業績は、Researchmap(永井一清)をご覧ください。
天然資源のモノマテリアルでの工業利用は可能か?
このところの不安定かつ不透明な国際情勢もあり、世界各国において自国内で確保できる天然資源の大切さが再確認されています。膜材料に限らずプラスチックは、枯渇性資源かつ座礁資産化している石油を原料にしています。日本は石油だけでなくほぼすべての天然資源を海外に頼っています。買い負けることやお金を出すと言っても売ってくれないことがあることも分かりました。ここで、人間の生活している時間軸で繰り返し得られる、すなわち再生可能な天然資源の重要性が増しています。工業で利用されている天然資源の代表例がセルロースです。製品名のセロハンやレーヨンといった方が分かりやすいかと思います。その他の天然物はサプリメントや食品添加物などとして活躍していますが工業的には不向きとされています。
私たちは、セルロース以外に膜材料として“工業利用”できる天然資源が本当に無いのかどうか、探索研究を行っています。今までに、ヒアルロン酸(hyaluronic acid)、ヒアルロン酸ナトリウム(sodium hyaluronate)、
特に私たちの生活に身近なプラスチック包装材料として、モノマテリアルで利用できるかどうかを研究しています。使用後にコンポスト(堆肥)処理することを念頭においていることから、コンポスト化を妨げる添加物は加えないで製品に必要な特性が出せるかどうかを本探索研究のポイントとしています。なぜコンポストなのかというと、製品として使用した後にごみ(廃棄物)として処分されないためです。ここで得られたコンポストを使い植物を育て、またプラスチックとして利用する“地産地消型資源循環”を考えています。サーキュラーエコノミーの1つの形として新しいビジネスが生まれることも期待しています。また、カニやエビは、食べてはいけない宗教はほとんど無いと思いますので、日本よりもむしろ海外において養殖で生産量を増やすことにより、世界人口の増加に向けて食料の安定した供給にも貢献できると考えています。
CO2分離・H2精製やバイオエタノール精製のための膜
本提案で達成するSDGs
膜は2つの相の間において物質の移動をコントロールする役割を果たし、ガスと液体、イオン、生体物質の分離などの特定の機能を発現します。膜分離技術は低温下での等温操作、添加剤が不要、低エネルギー消費、他の分離や反応プロセスへの統合の容易性などの観点から従来の方法よりも様々な利点があります。近年、この技術は空気分離、窒素ガス精製、天然ガス分離、燃焼排ガス精製、脱水、揮発性有機化合物の回収などあらゆる方面で日々進歩しています。特に、クリーンエネルギーである水素を生成する技術と地球温暖化の原因となるCO2を削減させる技術は世界中で注目されています。しかし、高圧CO2はガラス状高分子膜を可塑化させてしまうため膜の分離性能が低下してしまいます。
そのため天然ガス精製(CO2/CH4分離)、火力発電所から排出されるCO2削減 (CO2/空気分離)、そして燃料電池や石油精製のための水素精製(CO2/H2)などの気体分離においては高分子膜の可塑化によって悪影響が出てしまいます。実際、膜の特性は高分子の化学構造及び微細構造に強く依存しています。従って、膜材料として分子設計した新規な高分子の合成は、新しい膜材料の開発に貢献するだけではなく、膜の科学技術における重要な進歩につながります(図1参照)。私たちの目標は地球温暖化対策として、温室効果ガス(特にCO2) などの高分子分離膜を創製することです。
最近では、バイオマス発酵から得られたバイオエタノールを選択的に分離回収する分離膜の研究にも力を入れています。石油の代わりにバイオエタノールを原料として、バイオマスプラスチックを合成したり、水素ガスやメタンガス(都市ガス)を製造したりしたいと考え、研究に取り組んでいます。
図1 お米から作られた高分子膜
プリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスデバイス用の膜
本提案で達成するSDGs
有機発光ダイオード(LEDs)や太陽電池、バッテリー、ディスプレイの分野において、フレキシブル化を実現するために、現在、プラスチック基板の使用が検討されています。しかしながら、ガラス基板と比較すると、プラスチック基板は水蒸気や酸素に対するバリア性に劣ってしまう問題点があります。例えば、有機LEDsの使用においては、水蒸気透過度(WVTR)が10-6 g m-2 day-1未満の基板が必要とされています(図2参照)。この透過度は現在用いられている商業用技術の分析限界よりもはるかに低い値となっています。そのため、有機–無機多層フレキシブルフィルムのような10-4 g m-2 day-1未満のWVTRを有するハイバリアフィルムの透過性を決定することは非常に困難とされています。現在までに、様々なハイバリアの分析方法が提案されており、今なお新しい技術が開発されています。私たちの目的は機能性ハイバリアフィルムの開発とそのバリア特性の測定方法の確立です。
図2 要求される水蒸気と酸素バリア特性
プラスチックごみの削減に向けた地球に優しいプラスチック
本提案で達成するSDGs
2016年1月1日に発効した国際連合の“持続可能な開発のための2030アジェンダ”に掲げられた“持続可能な開発目標 Sustainable Development Goals(SDGs)”に基づき、低炭素社会、自然共生社会など持続可能な社会づくりが進められています。我が国においては、2000年に“容器包装リサイクル法”が完全施行されました。そして大量消費から3R(リデュース・リユース・リサイクル)による循環型社会への転換が行われ日常生活の中に根付くまでになり、ごみの削減に効果が表れてきています。
その一方で、使い捨てのプラスチック容器包装等が原因の一つとされる海洋に流出したプラスチックごみは、景観だけでなく海洋生物にも影響を与えていることが明らかになってきました。とりわけ、「微小化したプラスチック海洋ごみ(マイクロプラスチック)」の誤食による海洋生物の生態系への悪影響等の新たな国際的な課題も見つかってきております。陸上では、タイヤ、繊維や塗料から摩耗等により発生したマイクロプラスチックの影響についても議論が始まっています。
環境問題や資源の有効利用等の対策が国際的に厳しくなる中、特に複数のルートで大量に流通しかつ使い捨てが念頭に於かれている包装材料に対しては、回収ルート等の物流も含めたライフサイクル全体で資源循環を考えなければならない時代に入っています。また、現在の包装材料へのバーコード印刷による品質や物流の管理を、IoT(Internet of Things)やAI(Artificial Intelligence)の導入でより効率的に高度な管理をし、「食品ロス(フードロス)」の削減につなげる動きも出ています。また、容器包装の高機能化として、エレクトロニクス分野の有機EL用途の透明プラスチックフィルムは、現在は価格が桁違いに高く食品や医薬品等の包装材料に利用できませんが、“透明で内容物が見える安心”が求められる用途への将来の応用展開が期待されています。
素材に目を向けると、バイオプラスチックの利用が消費者にアピールされるようになってきており、植物由来の原料から合成されたポリエチレン(PE)やポリエチレンテレフタラート(PET)が、Bio PE、Bio PETとして普及してきています。生分解性を有するポリ乳酸の利用も積極的に行われるようになってきています。温室効果ガスの排出量削減やリサイクルへの影響等の地球環境についての多様な観点から、世界的にバイオプラスチックの需要が伸びていくものと見られています。
私たちの目標は、プラスチックごみの削減に向けて、地球に優しいプラスチックを創製することです。
おわりに・・・
私達の暮らしの中にはプラスチックが満ち溢れていることに気が付いていると思います。しかし生活を快適にしようとすればするほどゴミの量が増えていく現実があります。そのためには3Rの推進と地球に優しいプラスチックの研究を加速させなければなりません。すでに自然界に廃棄されてしまったゴミの回収も重要です。
明るい未来に向けて、究極の“人が人工的に作り出したものを自然界に出さない社会”を目指したいと考えています。プラスチックごみだけでなく、CO2も排気ガスも工業排水も生活排水も自然界に出さないということです。人が人工的に作り出したものは全て回収し、再生して有効活用し何度も循環利用する社会です。皆さん、ぜひ私達の取り組みに協力してください。
連絡先
永井 一清
明治大学理工学部応用化学科
神奈川県川崎市多摩区東三田1-1-1
E-mail: nagai@meiji.ac.jp