「中国農民工の組織化をめぐるガバナンスの変容――中華全国総工会と労働NGOとの関係性(基盤研究A)」の研究成果のまとめに向けた内部研究会(2023年4月〜6月)の報告

中国農民工の組織化をめぐるガバナンスの変容――中華全国総工会と労働NGOとの関係性(基盤研究A)の共同研究者、石井知章(明治大学商学部教授)、澤田ゆかり(東京外国語大学総合国際学研究院教授)、梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)、山口真美(アジア経済研究所新領域研究センタージェンダー・社会開発研究グループ研究員)、阿古智子(東京大学大学院総合文化研究科教授)、及川淳子(中央大学文学部教授)は、2023年4月から6月にかけて、研究成果のまとめに向けた内部研究会を開催した。

第一回 内部研究会

日時 2023年4月15日
場所 明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント

石井知章(明治大学商学部教授)は「底辺・縁辺労働者の組織化をめぐる中華全国総工会の対応」と題して、深圳市総工会の先進的取り組みを紹介した。大学生や社会サービスNGOに従事する青年スタッフを市内の産業地区に密着させる「組合オルグ」として多数雇用、国際NGOの労使コミュニケーション促進を図る参加型の「団結プロジェクト」の採用、地域の労働者に開かれた「職工の家」を活動拠点として設置するなど、労使矛盾の根源に迫る労働側のガバナンスの模索を紹介した。石井報告の補足報告として、明治大学国際労働研究所リサーチアシスタントの稲垣豊は、深圳市総工会の組合オルグとして雇用された青年スタッフの処遇からみた根源的ガバナンスの実態の一端を紹介した。

澤田ゆかり(東京外国語大学総合国際学研究院教授)は「社会保険改革から見る農民工の新たな役割:フレキシブル・ワークの包摂に向けて」と題して報告した。老舎の代表作「駱駝祥子」の時代に、もしも社会保険制度があったらと想定した切り口から、現代のデジタル社会のフレキシブル・ワーカーと社会保険との距離を、フード・デリバリーの最大手「美団」の配達員を例にして紹介。ポスト・コロナや人口減を背景として、農民工の社会保険(退職年金)や労働組合への加入を推奨する政府の意図を紹介しつつ、保険料を支払うことによって芽生えるメンバーシップ=権利意識にも着目した。

第二回 内部研究会

日時 2023年5月20日
場所 明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント

梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)は「中国における非正規労働者(霊活用工)の労働状況の実態と課題:家計調査データを用いた整理」と題して報告した。『中国霊活用工発展報告2022 』を用いて、労務派遣、伝統的非正規労働者、プラットフォーム労働者(ギグワーカー)、労働実習生などの非正規労働者の社会保険加入率や収入が他の類型と比べて低い現状を統計で確認した。家計調査を用いたクロス集計では、プラットフォーム労働者が含まれるとみられる非正規あるいは自由業の回答者の収入を比較し、社会保険や労組加入率の低さ、親世代の階層、インターネット・リテラシーの現状を分析した。

山口真美(アジア経済研究所新領域研究センタージェンダー・社会開発研究グループ研究員)、および稲垣豊(明治大学国際労働研究所リサーチアシスタント)は「農民工と大学生の間:中国における後期中等職業教育と技能労働者養成の実態と課題」と題して報告した。山口は中国の後期中等職業教育の歴史と現状を概括し、内発的経済発展(江蘇省)、外発的経済発展(広東省)および広東省等への送り出し地域となっている内陸(四川省)における職業教育の地域類型の先行研究を紹介し、政策と市場のミスマッチや高学歴化などの問題点を指摘した。稲垣は2010年中国ホンダのストライキを担った職業学校の卒業生らの主体性と今日の調査報道にみられる職業学校生の受動性(アパシー)との比較に焦点を当てるとともに、職業学校・総工会・企業の提携による育成工政策を紹介した。

訪日中であった中国労働法の権威、常凱氏(中国人民大学教授)にも研究会に参加いただき、中国社会や労働現場の現実を踏まえた貴重なコメントをいただいた。

第三回 内部研究会

日時 2023年6月3日
場所 あじあんこもんず(共同研究者の阿古智子氏の研究スペース)

阿古智子(東京大学大学院総合文化研究科教授)は「若者を通してコロナ後の中国を考える〜白紙運動参加者の分析を中心に」と題して報告した。強権的なゼロ・コロナ政策のなかで起きた諸事件を紹介し、ゼロ・コロナ政策を終わらせる契機となった「白紙運動」に参加した若者世代を紹介した。一方、社会不安の最大要因である経済格差の下位にある人々の存在を参与観察的手法で紹介した。ポスト・コロナの中国社会における若者、とくにフェミニズムとの関連を提起するとともに、国家安全維持法下の香港での抵抗についても言及した。

及川淳子(中央大学文学部教授)は「中国における若者世代の就労意識」の報告で、過酷な競争社会や労働実態を表現した「寝そべり族」等の流行語の紹介を通じて、中国の若者たちの労働・社会意識を分析した。また習近平政権が重視する「人民の獲得感・幸福感・安心感」(三感)の根拠となっている「社会心理白書」を紹介し、習近平体制が掲げる「共同富裕」政策が社会不安の払しょくを意図しながらも、実際には高まる失業率など若者世代に与える不安感をぬぐえない実態に言及した。

まとめ

3年におよぶ厳しいゼロ・コロナ政策で実地調査ができない状況のなか、盤石に見える習近平指導体制において大きく揺れ動く中国の労働・社会環境を動態的にとらえた研究・分析の報告が行われた。この内部研究会の報告は、共同研究者相互の問題提起を活性化させ、今後のさらなる研究課題を踏まえた研究成果をまとめる作業の契機となった。

以上