米軍占領下の反戦平和運動

現代史料出版 ; ISBN: 4877850392 ; (2000/10)

 史料集『米軍占領下の反戦平和運動』はGHQ参謀U部に提出された日本警察の報告を 集成したものである。

 朝鮮戦争下の反戦平和運動は、「聯合国占領軍の占領目的に有害な行為に対する処罰等に関する勅令」(「勅令311号」)の違反として取り締まられた。天皇の名の下に逮捕され、占領軍軍事法廷で裁かれたのである。

 当時の主たる運動主体は、全学連、共産党、在日コリアンであったが、このうち共産党は非合法化され、在日コリアンも最大の民族団体だある在日朝鮮人連盟が強制解散命令を受けていた。

 その上、「反米」、「反戦」文書の撒布・掲示はおろか、それを所持したり、その種の言動を行っただけでも逮捕されたのである。米軍占領下、戦争の批判は事実上、不可能であった。

 本史料集はこの抑圧と抵抗の実態に戦後平和運動の原点を求め、これを取締当局の史料か ら明らかにするものである。

 

  構 成

目 次

解説
第1章 人民大会事件・質問書事件
第2章 勅令第三一一号違反「治安速報」報告書
第3章 全学連一斉捜査関係
第4章 『アカハタ』発行禁止処分関係
第5章 在日韓・朝鮮人関係




収録資料抜粋

  書 評

朝鮮戦争前後に日本の警察、反戦言論取り締まり GHQ内部史料
                       2000年06月24日 夕刊


 五十年前の六月二十五日に始まった朝鮮戦争前後に日本の警察が戦争批判の言論活動を取り締まっていた実態が、国立国会図書館に保管されている連合国軍総司令部(GHQ)の内部史料で明らかになった。朝鮮戦争が始まる一カ月ほど前から戦争ぼっ発の約二カ月後までに、在日朝鮮人や共産党員ら五百人以上が、占領政策に有害な行為などを定めた旧「勅令三一一号」(当時政令に変更)違反容疑で警察に逮捕され、GHQ参謀二部(G2)に報告されていた。史料を分析した明治大学の川島高峰講師(政治学)は「朝鮮戦争下の日本では戦争批判そのものがほとんど不可能だったことを表している」と話している。

 川島講師は十年ほど前から、同図書館憲政資料室や米国立公文書館に保管されている占領軍関係の史料の収集・分析を続けている。その中から旧勅令違反に関係する史料が見つかった。

 「犯罪即報」(一部は「速報」)などのタイトルでまとめられ、当時の国家地方警察からG2に提出されていた。朝鮮戦争が始まった前後の約三カ月間で、こうした報告書は五十通以上に及んだ。

 これらによると、朝鮮戦争直前の一九五〇年六月六日、大阪市内では「戦争が起こってから出す勇気を今出して戦争に反対しましょう」との壁新聞を張った男性が逮捕されていた。七月十八日、静岡県三島市でも「戦争反対原爆中止」などを書いたビラを電柱に張った男性が逮捕されていた。また、八月七日には、仙台市内で「反米ビラ」を配った男性が現行犯逮捕され、軍事裁判にかけられた結果、重労働十年、罰金五千ドルの判決を受けたとされる。

 また、開戦三日後、GHQの発注で韓国軍を激励するためのビラを印刷していた大日本印刷の東京・市ケ谷工場では「君の作っているのは紙の武器のようなものだからそんな仕事はよした方がいい」といった言動が問われ従業員三人が逮捕された、との記録が残っていた。

 六月一日から八月二十二日までの逮捕件数は二百九十三件にのぼり、被疑者は五百四十六人。多くは在日朝鮮人と日本共産党員で、学生も多く含まれていた。

 勅令違反による逮捕は、五〇年五月三十日に皇居前でデモ中の労組関係者らが米軍人に暴行を加えた事件の直後から増え始め、対象がなし崩し的に反戦言論全体に広がっていったという。こうした当局の動向は当時、ほとんど報道されなかった。

 川島講師は「GHQと日本の警察は、朝鮮戦争が始まる前からすでに戦争に備えた治安体制を敷いていたのではないか」とみている。

 これらの史料は、近く現代史料出版から出版される「米軍占領下の反戦平和運動 朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)前後」に収められる予定だ。

 ○取り締まった側、公安史料は貴重

 竹前栄治・東京経済大教授(日本占領史)の話 G2が日本の警察を使ってどのように情報収集をしていたか、また当時の日本の公安調査がどのようにされていたかが手にとるようにわかる。これまで、取り締まられた側の史料や証言はあっても、取り締まった側の史料は、ほとんど見つかっていなかった。公安関係史料そのものが表に出にくい中で、極めて貴重な発見といえるのではないか。

臨場感あふれる根本史料 京都橘女子大学教授 松尾尊発

 朝鮮戦争下、共産党弾圧とレッド・パ−ジの嵐の中で、果敢な反戦平和運動が展開されたことは、部分的・表面的には知られている。川島高峰氏は、厖大なGHQ文書の中から戦争勃発前後の治安情報を探索し、ここに運動の実態に初めて光をあてる史料集成を刊行された。たとえば『資料 戦後学生運動』2(三一書房、1969年)は、6月に全学連書記局が配布した「軍事基地の実態を見よ!」のビラと、7月の全学連一斉捜索の新開記事を掲載してむいるが、今回の警察文書で、両者の関係および検挙者の氏名から取調べ状況までを詳細に知ることができる。本書は戦後日本の労働、学生、在日朝鮮人の各運動史研究者にとっての必読文献であるばかりでなく、地方自治体史編纂にも新史料を提供する。朝鮮半島に新情勢が訪れようとするとき、かつての反戦平和運動の意義を再考する手がかりともなろう。

朝鮮戦争前後の貴重な公安史料 東京経済大学教授 竹前栄治

 朝鮮戦争(6・25動乱)勃発50年目を迎えた節日の年に、韓国大統領と朝鮮民主主義人民共和国国防委員長による主脳会談が行われて、平和統一への歴史的第一歩が印された。このような時期に、今までずっと秘密のベールに包まれていた公安関係史料が初めて刊行される意義は誠に大きい。

 史料は、日本の公安当局がGHQk参謀第2部に報告していた朝鮮戦争前後の反戦・平和運動、反占領軍活動、朝鮮戦争をめぐる在日韓国・朝鮮人グループや共産党細胞などの動向、勅令(政令)31l号違反による検挙者などの刑事公安関係などに関するものである。これまで、取り締まられた側の史料や証言はあっても、取り締まった側の史料はほとんど見つかっていなかっただけに、極めて貴重な発見といえる。本史料の利用により、占領史研究、反戦・平和運動研究、在日コリアン研究、左翼労働運動・非合法下共産党史研究における大きな進展が期待される。

おおくの論点と課題をつきつける刺激的な史料
                著述業・日本近現代史・国際関係史 岡部牧夫


 私の歴史研究の中心は十五年戦争期で、戦後は本領ではない。だが小学校3年のとき朝鮮戦争がはじまり、休戦交渉や対日講和会議のころには、子どもながら世界の動きにも関心をもつ年ごろになっていた。新聞写真の記憶などはいまも鮮明だ。1950年代は私の同時代史の第一ページであり、歴史的存在としての自分自身の原点を確認するためにもふかく多面的に知りたむいと思う。

 この史料集におさめられる朝鮮戦争期の日本の治安当局の文書を見ると、取り締まる官憲の感覚は敗戦前のそれとまったく変わっていない。当時の支配勢力が天皇制の意識構造をたもったまま、占領軍というあらたな高位の権力に奉仕することで、冷戦の時代に自己を適応させたことがよくわかる。

 なぜそうだったのか、そのような体質はいまの日本にもあるのではないか、ならばそれをどう克服すべきか。
 おおくの論点と課題を50年後の私たちにつきつける刺激的な史料集である。

  研 究

米軍占領下の反戦平和運動 ―占領期治安情勢研究序説―
                日本現代史研究会報告・2000年6月24日

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