敗戦時全国治安情報(全7巻)

● 粟屋憲太郎・川島高峰 編
● 定価 揃140000円
● A4版
● 総1900頁
● 1994年
★ ISBN4-8205-6215-0

刊行の言葉 立教大学教授 粟屋憲太郎

 本資料シリーズは、米国立公文書館炎略称(NA)に所蔵されている極東国際軍事裁判(東京裁判)の国際検察局(Internationa−Prosecution Section 略称IPS文書)のうち、Evidentialy Documntsにふくまれる膨大な原資料のなかから、重要度の高い資料を精選し、テーマごとに編集して、逐次刊行するものである。

 Evidentialy Documntsは、IPSが東京裁判の証拠用に押収した資料で、総点数は一万点を超、え、マイクロ・フィルム四七六本分に相当する。資料のなかには、一部に検察側法廷証拠として提出されたものもあるが、裁判で活用されず、長くNAに埋もれていた日本政府機関や軍などの重要機密資料が少なくない。これら日本側機密資料は、はじめて公刊されるものも多く、第一級の資料価値をもつ。順次、刊行される資料集によって、十五年戦争史の重大な空白が、さまざまに解明されうるものと考える。現代史研究において画期的な資料刊行であると信じている。

 刊行にあたっては、まず内務省関係の多量の機密資料を、内容別に編集する。第一回刊行は、「敗戦時全国治安情報」である。

 これは、日本敗戦直前から一九四五年一〇月はじめの時期の内務省警保局の各資料綴から、構成したものである。資料は、内務省本省のものもあるが、大半は各都道府県から本省に通報された治安情報である。日本敗戦という未曽有の衝撃のなかにあって、日本各地の軍隊、右翼、旧左翼、在日朝鮮人などの治安状況がなまなましく報告されている。

 また一般の民心の動向もさまざまに伝えられ、占領軍進駐をめぐる混乱と動揺が報告されている。敗戦前後は、戦後日本史の起点となるものだが、その歴史的実態は十分に解明されていない。本資料はこの空白を埋めるもので、日本敗戦五〇年を前にして好個の資料刊行と考える。

  構 成

主な収録内容(抜粋)



特秘
情報綴
米英重慶三国こ於ける日本降伏最後条件共同声明に対する反響に就て[1945.7.30]
帰還軍人の言動に関する件[1945.9.10]
情報綴
保安課長
貴族院制度改革問題ヲ繞ル各派ノ動向二就テ[1945.9.8]
不敬不穏投書落書其他取締状況[1945.11]
新無産政党創立準備懇談会開催二就テ[1945.9.17]
日本社会党(仮称)結成準備会開催ノ件[1945.9.20]
東久邇の外国記者との会談についての各層の反響
重要特異流言蜚語発生検挙[1945.10.1]
通牒寫綴
保安課
連合軍進駐に際し民心安定に関する件 内務省警保局保安課長[1945.8.22]
外事警察・外国人に対する処遇に関する件 内務省警保局保安課長[19458.24]
通信検閲廃止の件 内務省警保局保安課長[1945.8.25]



〔北海道〕 米英重慶ノ対日共同宣言及英内閣更迭二伴フ部民ノ意嚮二関スル件[1945.8.1]
〔秋田県〕 新内閣二対スル部民ノ反響二関スル件[1945.8.20]
〔岩手県〕 休戦後ノ東亜連盟同志会員ノ動静二関スル件[1945.9.12]
〔宮城県〕 連合軍駐屯地内二於ケル火災事故発生二関スル件[1945.9.22]
〔群馬県〕 進駐に伴う意嚮[19458.22]
〔栃木県〕 敗戦後の意嚮[1945.8.22]
〔茨城県〕 敗戦後の意嚮[1945.8.23]
〔千葉県〕 大詔煥発後採リタル措置[1945.8.22]
〔埼玉県〕 軍方面、一般民反響[1945.8.22]
〔東京都〕 護国同志会ノ結束状況
〔神奈川県〕 大東亜戦争終結二伴フ民心ノ動向二関スル件[1945.9.8]



〔長野県〕 戦争終結ヲ続ル諸動向二関スル件[1945.8.19]
軍並二革新陣営ノ動向二関スル件[1945.8.19]
国家主義系代議士ノ動向二関スル件[1945.8.29〕
〔山梨県〕 軍隊ノ移動二関スル件[1945.8.15]
治安状況二関スル件[1945.8.31]
〔静岡県〕 友軍機(海軍)伝単て撤布二関スル件[1945.8.17]
朝鮮人部隊ノ解体二伴フ措置二関スル伺ノ件[1945.8.19]



〔新潟県〕 休戦ノ大詔煥発後管内二於テ発生セル特高事象概況[1945.8.16]
休戦後二於ケル駐屯部隊ノ動向並二将兵ノ特異言動二関スル件[19458.22]
〔宮山県〕 不穏文書貼付事件発生検挙二関スル[1945.8.24]
大詔煥発後二於ケル流言蜚語発生状況二関スル件[1945.8.28]
〔石川県〕 特別要視察人ノ注意言動二関スル件[1945.8.28]
〔石川県〕 天皇陛下退位説其ノ他ノ言動[1945.10.3]
〔福井県〕 朝鮮からの帰還機搭乗員の発言、新聞報道義勇隊の結成、ビラ(七生義軍)[1945.8.22]



〔愛知県〕 和平宣示二対スル軍部方面ノ動向二関スル件[1945.816]
流言蜚語発生状況二関スル件[1945.8.18]
終戦一ケ月後ノ民心ノ動向等二関スル件[1945.9.30]
〔岐阜県〕 最近二於ケル復員将兵ノ挙措ヲ繞ル民心ノ動向二関スル件[1945.9.19]
〔三重県〕 緊急世論指導実施二関スル件[1945.8.22]
連合軍進駐二伴フ管下部民ノ動向二関スル件[1945.10.2]
〔滋賀県〕 東亜聯盟関西支部代表者会開催状況二関スル件[1945.8.27]



〔京都府〕 革新陣営ノ動向二関スル件[1945.9.20]
進駐軍司令部ヨリノ要求二関スル件[1945.10.3]
〔大阪府〕 血書檄文貼付二関スル件[1945.8.11]
御大詔煥発後ノ治安状段[1945.8.16]
〔奈良県〕 管内状況報告[1945.8.14]
〔和歌山県〕 新事態二対スル国民ノ要望事項二関スル件[1945.8.30]
満州ヨリ帰還セル軍人ノ特異言動二関スル件[1945.9.3]
〔兵庫県〕 東亜聯盟同志会員ノ許可二関スル件[1945.9.5]



〔鳥取県〕 継続抗戦ヲ主張スル集団建白二関スル件[1945.8.22]
〔広島県〕 降伏文書調印二対スル各方面ノ意嚮二関スル件[1945.9.6]
〔徳島県〕 大日本政治会徳島県支部解散総会開催並徳島県復興協議会(仮称)設置二関スル件[1945.9.22]
〔香川県〕 治安情報蒐集二関スル件[1945.8.30]
〔愛媛県〕 部民思想動向二対スル特異言動二関スル件[1945.7.23]
〔高知県〕 反戦和平分子ノ発見処置二関スル件[1945.7.29]
〔福岡県〕 ソ連ノ対日宣戦布告並二新型爆弾二対スル民心ノ動向二関スル件[19458.11]
現政局二対スル民心ノ動向二関スル件[1945.8.13]
〔佐賀県〕 敵ノ対日申入レニ対スル各層ノ意嚮二関スル件[1945.7.30]
〔長崎県〕 停戦後二於ケル諸動向二関スル件[19458.22]
〔大分県〕 不敬並敗戦的和平論者検挙二関スル件[1945.8.2]
ソ連ノ宣戦等二伴フ県民ノ動向ノ件[1945.8.11]
〔熊本県〕 戦後対策建議二関スル件[1945.9.29]

  書 評

終戦、「特高」が記録 米の保存資料から発見 『朝日新聞』1994年08月12日 夕刊

 「玉音放送」の後も敗戦が理解できず、敗戦を実感すると、女性は「鬼畜」と教わった進駐軍から逃れようと列車に殺到する。終戦直後のこんな「民心」を、各府県警の特別高等課員が記録した内務省文書を、立教大学の粟屋憲太郎教授(日本近代史)が米国立公文書館の資料から発見した。「各県報告書」と「各種情報並ニ民心ノ動向」の二つの簿冊には、大阪、愛知、長崎など三十八府県分の状況が約二千ページにわたってまとめられている。極東国際軍事裁判(東京裁判)に備えて国際検察局が証拠として押収した。

    《徹底抗戦》一九四五年八月十五日正午からの「玉音放送」後も、長崎市内では、憲兵隊が「敵のデマ放送だ」と徹底抗戦を呼びかけた。愛知県では軍の一部が戦闘再開準備を始めると、住民が竹槍(やり)やとび口を持って集まる騒ぎがあったとの報告もある。

 しかし、間もなく新潟県の農民は「最後まで戦って勝ち抜くという政府の言葉にだまされていた」と嘆いている。

    《進駐への不安》八月十八日付の石川県からの報告には、中国に駐屯した復員兵が「当時を偲(しの)び今般連合軍各地に駐屯し傍若無人の行動をなすは見るに忍びず」と不安を口にしている。その中心は女性への暴行だ。

 長崎、佐世保両市内では、町内会を通じて女性の近郊避難を勧めたところ、「長崎駅発列車は超満員にて」、警察官が出動する騒動になった。当局は不安解消のため、「慰安婦のあっせん準備」を進めていると記されている。

 《皇位》内務省保安課は、皇位に関する国民の言動についてもまとめている。愛知県の証券会社課長は「陛下は戦争の最高責任者」と指摘し、新潟県の会社社長は「皇太子殿下が践祚(せんそ)遊ばされ、皇太子殿下は米国御遊学との事である。今後天皇は祭事をのみ営まれる」と予想していた。

    ◇

 粟屋教授は「警察資料という限界はあるが、『玉砕』というスローガンに反して、国民の戦意が空洞化していたこと、慰安施設の設置に当局がからんだり、皇位について内務省にも動揺があって各方面からの意見を聞いていたことがうかがわれる」と話している。

 この資料は「敗戦時全国治安情報」として今秋、日本図書センター(東京都文京区)から刊行される。

特攻からみた敗戦の記録−現代史の貴重な資料 歴史学者 藤原 彰

 八月十五日の突然の降伏発表で、日本中が茫然自失としているときに、国体議持、革命阻止の使命感に燃えて、以前にもまして活発な活動をつづけていたのが特高警察である。特高そのものは十月四日の指令で廃止させられるが、なまじ活動をつづけていたことによって、敗戦前後から二カ月間の貴重な記録を米軍に押収される結果となった。この三十人都道府県の「各種情報並二民心の動向」と「各県報告書」によって、敗戦直後の民衆生活の混乱やその中での民心の不安と動揺の状況、また官憲が占領軍のための慰安婦の準備にうろたえるありさまなどを、手にとるように見ることができる。「国際検察局押収重要文書」の中でも、この「敗戦時全国治安情報」は現代史の大きな転換点において、日本国内がどのような状態にあったかを知るための貴重な資料集である。

敗斬前後における各地の民心の動向を語る第一級史料 京都橘女子大学教授 松尾尊~

 今回の企画のリストと、内容の一部に眼を通して驚いた。一九六七年にはじめてアメリカ議会図書館を訪問したとき、占領軍が押収したおびただしい内務省警保局文書を見つけ、そのマイクロ化に協力した。今回の編者でもある粟屋憲太郎氏がかなりの部分を、『資料日本現代史』(大月書店)シリーズの中に、「敗戦直後の政治と社会」と題する二冊の本としておさめた。内容の大半は、特高体制解体直前の、警視庁および各府県から内務省に宛てた治安情報である。 今回刊行されるものは、議会図書館に保管されたものとは別物の、しかも同種の警保局文書である。まさかまだこんなものが残っていたとは、というのが私の驚きの内容である。両者は相互補完の関係にあり、今回の刊行により、敗戦前後における中央と地方の政情と民心の動向が、一段と綿密に把握されること疑を入れない。

十五年戦争を再検討し日本人の歴史意識を問うための貴重な資料 中央大学教授 吉見義明

 極東国際軍事裁判は、膨大な証拠書類が集められたという点で、資料の宝庫である。この裁判をめぐっての激しい論争は現在も行われているが、検察側が集めた資料にまで遡っての東京裁判の検討は、殆ど行われてこなかった。今回、「国際検察局押収文書」が総点検され、特に重要なものが、原文のまま資料集として公刊されることは、一五年戦争を根本から再検討し、日本人の歴史意識のあり方を問う上でも、大きな意味がある。出来るだけ早い資料集の完結を今から期待したい。
 第1期の「敗戦時全国治安情報」は、警察による国民各層の動向・意識の克明な調査であり、占領軍による改革が始まる前に、日本人が自主的に何を考えていたかが明らかになる。これにより、右翼団体が率先して占領軍慰安所を設置していたという新事実が明らかになったが、これはほんの一例であり、多様な動きが浮かび上がってくるであろう。

  研 究

論文「日本の敗戦と民衆意識 天皇制ファシズムから天皇制デモクラシーへ」[pdf]

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