読売新聞 2019/09/01 書評欄 掲載 『日本現代怪異事典 副読本』 朝里樹著 笠間書院 1800円 身近な恐怖の民俗学 評・加藤 徹 中国文化学者・明治大教授 日本人は怪異が好きだ。幽霊や妖怪、「学校の怪談」やネット上の都市伝説など、常識からはずれた不可思議な現象や存在は、今も多い。本書は、膨大な怪異を、話の趣向、出没場所、使用凶器、都道府県ごとに分類し、イラストをまじえて紹介する。同著者の前著『日本現代怪異事典』の副読本という位置づけだが、本書だけでも楽しめる。 夜、タクシーの運転手が、墓地の近くで女性客を乗せる。目的地に着くと、客の姿はいつのまにか消えている。客は実は幽霊で、自宅に帰ったのだ。この「タクシー幽霊」の類話は昔からある。乗り物は変わってきた。江戸時代には、駕籠(かご)や、馬子がひく馬。明治には人力車。 20世紀以降は自転車や自動車、電車。将来は「宇宙船幽霊」の怪異が出現するだろう。 新技術にも怪異は宿る。昔ながらの怪異は鏡の向こうの世界にひそむ。今はテレビやパソコンの中だ。ある小学校では、4月4日4時44分にパソコンを起動すると、画面に「AIババア」があらわれ、目の前の子どもをあの世に連れ去るという。時流に乗れぬ怪異もいる。筑波大学の学生新聞に載った「風化じいさん」は、ある宿舎に出現し、風化しかかった古文書をひたすら読む。なんか、身につまされる。 本書の隠し味は、知的な民俗学的考察だ。幽霊も妖怪も、男性より女性が多い。昔は雪女、産女(うぶめ)、砂かけ婆(ばばあ)、鬼婆、等々。今は口裂け女、トイレの花子さん、ひきこさん、カシマレイコ、等々。この背景として、著者は「社会的マイノリティへの不安」を指摘する。ただ、近年は男性の怪異も増加中だ。怪異は日本社会の鏡だ。 怪異は、本当かうそか。そんな詮索より、大事なことがある。著者は言う。「怪異を楽しめること、それはこの時代が平和であることの証左だ」。戦争や惨事の恐怖にロマンはない。怪異にはある。私たちが心の余裕を失わず、今後も怪異と隣あわせで暮らせることを願う。 |