明治大学リバティアカデミー教養文化講座「文化としての生老病死」第3講 2009/10/19「死と再生の儀礼と演劇の起源」 明治大学「日本文化の深層を探る」2009年度前期火曜5限(16:20〜17:50) |
さて、ではなぜ私たちには見えない幽霊が、ワキだけに見えるのか。引用終了。
ワキとは本来は着物のワキの部分を指します。着物はこのワキを境にして前身頃と後身頃とに分かれます。前と後ろを分ける部分としてのワキです。
かりに私たち生者の住む世界が前身頃だとすれば、幽霊たちの住む世界は後身頃。あ、ちなみに日本古来の考えではカミ(神)と幽霊は同じ世界=常世(とこよ)に住んでいます。これについてはいつかお話しましょう。
娑婆世界の住人である私たちと、常世の国の住人である神霊たちは、紙の表面と裏面にいるようなもので、ふつうならば会うことはありません。が、ワキはこの世でもあの世でもない、その境界の世界、すなわち「ワキ世界」の住人であるから、ふとあちらの世界の住人である幽霊や神霊と出会ってしまうのです。
境界に生きるマージナル・マン、それがワキなのです。
真っ暗闇の「人生の深淵」を覗いてしまう となると次に気になるのは、なぜワキは人間なのに「ワキ世界」の住人になったのか、ということです。
最初に結論。彼は「欠落した人」だからです。ぶっちゃけていうと人生を落伍したか、あるいはイヤになってしまった人です。
能のワキは無名の人が多いのですが、それもその一証。「諸国一見(諸国の旧跡や寺社を一見する)の僧」や「一所不住(住処を定めない)僧」が定番。彼らには名もないし、住所もない。住所不定、氏名未詳なんていうと、いまだとちょっとアブナイ人になってしまいますが、そう、そんな人がワキなのです。
『怖い女 怪談、ホラー、都市伝説の女の神話学』 沖田瑞穂著 評・加藤徹(中国文化学者・明治大教授) 恐怖と憧れが同居 神話の時代いまだ終わらざるなり。太古の昔も、21世紀の現代も、人は母胎の暗闇から生まれ落ち、性や病気、老化など自然の摂理に翻弄(ほんろう)され、最期はふたたび底なしの暗闇にのみ込まれる。ドロドロとした母胎の暗闇は怖いが、いつか帰るべき故郷でもある。恐怖と憧れの同居。本書は、この内臓感覚的なゾクゾク感に満ちた「怖い女」たちの系譜を明らかにする。 都市伝説の「口裂け女」も、太古の女神イザナミも、もとは美女だったが、後に恐ろしい容貌(ようぼう)となり、人を追いかけて命をのみ込む怖い女になった。神話学では、ユニコーンの角や天狗(てんぐ)の鼻を力強い男性器のシンボルと見なす。口裂け女の口は……この先は本書にゆずる。著者は、世界各地の民話の女妖怪や、現代日本の創作作品も援用し、のみ込む女の本質を分析する。 生命を回収する箱の話は、女性の子宮と関係がある。ギリシャ神話のパンドラの箱、民話の玉手箱、ネット怪談のコトリバコ、美内すずえ作の漫画『妖鬼妃伝』、京極夏彦作の小説『魍魎(もうりょう)の匣(はこ)』、等々。現代日本のホラー作品『呪怨(じゅおん)』『リング』『着信アリ』の怖い女たちも、神話や民話の類話、実際に起きた猟奇事件の女性犯人などと比較され、分析される。 著者はインド神話、比較神話を専攻する研究者である。世界各地の神話から現代のサブカルチャーまで縦横無尽に語る視野の広さには驚かされるが、語り口はエッセー風で、一般の読者にもわかりやすい。圧巻は「あとがき」だ。著者は、自分の母親との個人的な事情を簡潔に述べる。あえて内容の紹介はひかえるが、神話の時代も現代も変わらぬ人間の宿命が、著者に本書を書かせたことがわかる。 本書を読み終え、ふと思った。『怖い男』という本は、ありうるだろうか。怖い男は、避ければいい。しかし怖い女からは、だれも逃げられない。人はみな、残酷で優しい母なる存在から生まれ、その女神の闇に還(かえ)るのだから。 ◇おきた・みずほ=1977年生まれ。専門はインド神話、比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』。 原書房 2300円 https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20180319-OYT8T50065/ |