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明治大学農学部生命科学科

プロテオミクス研究室

研究内容

 

研究内容

酵母の老化と非対称分裂

 出芽酵母は母細胞から出芽により娘細胞が生じることで非対称な細胞分裂を行います。一つの母細胞から生じる娘細胞の数には限界があり、通常は20~30個ほどの娘細胞を産生したのちに母細胞は分裂能を消失し、それ以上は分裂することができません(図1)。これを分裂寿命と呼びます。

 一方で母細胞から生じた娘細胞はその分裂寿命がリセットされ、あらたに母細胞となり20~30個の娘細胞を産生することができます。分裂寿命の原因として、ミトコンドリアや液胞などの細胞小器官の機能低下や凝集したタンパク質の蓄積、また ribosomal DNA に由来する環状 DNA の増加、などが知られています。しかしながら、酵母が老化する過程でどのようなタンパク質の量的または質的な変化が起きており、それらがどのように細胞老化に関わっているのかは、ごく一部のタンパク質について調べられているだけです。

 私たちの研究室では、細胞の分裂寿命や非対称分裂に関わるタンパク質群を明らかにするために、母細胞と娘細胞でプロテオームの質的な違いを調べる方法を考案しました(図2)(Okada et al. 2017)。

 この方法では、母細胞をビオチン標識することで同調培養後に母細胞と娘細胞をきれいに分けることができます(図3)。さらに母細胞と娘細胞が分裂するあいだに合成されたタンパク質だけを同位体標識することで、タンパク質の古さを見分けることができます(図2、3)。

私たちはこれまでに、より老化が進んでいる母細胞で娘細胞に比べて古くなったタンパク質を約20種類見出すことができました(図4)(Okada et al. 2017)。

 現在は、これらのタンパク質が酵母の老化や分裂寿命に関わっているのかを調べるために、短寿命変異株のプロテオーム解析や古くなったタンパク質の選択的除去による効果などを調べています。

プロテオームの絶対定量計測

 細胞内に存在する数千以上のタンパク質の機能や相互作用の全体像を理解するためには、個々のタンパク質のコピー数(絶対量)そのものを網羅的かつ正確に定量することが重要です。質量分析を利用したタンパク質コピー数の計測方法には様々なものがありますが、我々は安定同位体標識した既知量のスタンダードを用いる手法として、これまでに「PCS-MS法」を開発してきました(Kito et al. 2007Kito et al. 2016)。この方法では、定量対象となるタンパク質由来のペプチドを単一の人工タンパク質中に連結して、安定同位体標識した標準タンパク(Peptide-Concatenated Standard:PCS)として用います(図5)。これを定量したいタンパク質試料に混合し、試料中のタンパク質に由来する非標識のペプチドと、PCSに由来する標識ペプチドとの量比を質量分析でのピーク強度比から求め、各タンパク質のコピー数を定量します(図6)

 これまでに、「PCS-MS法」によりタンパク質複合体を構成するサブユニットの存在量比(ストイキオメトリー)やタンパク質間相互作用の時間経過に伴うダイナミックな変動を定量することに成功してきました(Kito et al. 2007Kito et al. 2008)。さらに、複数のスタンダードの量を同時かつ正確にモニタリングする手法(図7)を考案し、約80種類のタンパク質について高精度なタンパク質コピー数の計測が可能となっています(図8)(Kito et al. 2016)。

 現在は、より多数のタンパク質を広いダイナミックレンジで定量可能な手法の開発や、酵母プロテオミクスへの更なる応用を計画しています。

酵母種間におけるプロテオームの比較解析

 S. cerevisiae を含め、これまで数多くの酵母のゲノムが解読されてきました。そのなかでサッカロミセス科に属する酵母には、グルコースが潤沢に存在している環境では酸素の有無に関わらず解糖系が ATP 産生の主たる代謝経路となる S. cerevisiae やその近縁種と、一方で TCA 回路や酸化的リン酸化の代謝活性が増殖環境に関わらず比較的高い酵母種のグループ(K. waltiiK. lactis など)が存在します(図9)。また、S. cerevisiae とその近縁種では、約1億年前に全ゲノム重複(WGD:Whole Genome Duplication)が起こり、その全体の約10%(約500)の遺伝子ペアが重複遺伝子として現在の酵母でも残っています(図9)。これらの酵母は、全ての生物における基本的活動である代謝や、動物・植物も含めて多くの生物群での進化過程で重要な役割を担ってきたと考えられている遺伝子重複などの研究において、非常に興味深い生物種グループです。

 これまでに、S. cerevisiae を含めて計4種類の酵母について異なる培養条件での大規模なプロテオーム解析により(図10)、特徴的な代謝酵素群や重複遺伝子のタンパク質発現プロファイルの違いや類似性を明らかにしてきました(Kito et al. 2016)。興味深いことに、種によって解糖系酵素群やタンパク質翻訳関連分子の発現量が大きく変化していました(図11)。また配列保存性の高い重複遺伝子のタンパク質発現量は、遺伝子重複の有無に関わらず種間であまり違いが見られませんでした。

 現在は、これら種間での発現プロファイルの違いの代謝・ストレス応答・進化などにおける意味・役割を調べるとともに、他の酵母種・増殖環境でのプロテオーム発現プロファイルの違いを解析しています。