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地域科学プログラム「文化交流論」
地球を旅する楽器 
ルーツ・ミュージックの世界

最初の公開 2001年4月24日  最新の更新 2006年4月11日   by 加藤 徹

 一口に「文化」と言っても、高尚なものばかりではなく、通俗的なものもある。
 また「文化交流」が起きる原因も、平和友好ばかりではない。現実の世界では、戦争や植民地化、貧困による移民などが「文化交流」を引き起こす原動力となることが多い。
 例えば、日本の「演歌」の誕生は、朝鮮半島の植民地化と密接な関係がある。
 アメリカの「ロック」音楽の源流は、かつて奴隷として強制連行されてきたアフリカ系が持ち込んだビート感と、かつて二級市民と見なされたアイリッシュ系が持ち込んだケルト音楽にある。
 この回では「文化交流」の一例として、ルーツ・ミュージック(roots music) と通俗音楽の関係を取り上げる。
キーワード
  • 階級(class)
    二級市民(second-class citizens)
  • ニッチ(niche)
    収斂(convergence)
    適応放散(adaptive radiation)
  • エスニシティ(ethnicity)
    エスニック・グループ(ethnic group)
  • 文化進化主義(cultural evolutionism)
    伝播主義(diffusionism)
  • 大伝統(great tradition)
    小伝統(little tradition)
  • 形式知(explicit/articulable knowledge)
    暗黙知(implict/tacit knowledge)
  • ワールド・ミュージック(world music)
    ルーツ・ミュージック(roots music)


「ルーツ・ミュージック」の例

沖縄音楽(琉球音楽)とアイルランド音楽(ケルト音楽)

例1:アイルランドのセッションの曲目。映画『タイタニック』三等船室のダンスのシーンで、ジャックとローズが踊る曲など。
  (参考HP:http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/accosession.html)
  演奏者:移民 使用楽器:イーリアン・パイプス、太鼓、フィドル(バイオリン)、マンドリン、アコーディオン、ギター、スプーン、etc.

例2:沖縄の踊りと器楽演奏。映画『ナビィの恋』『ウンタマギルー』など。
  演奏者:島民 使用楽器:三線(さんしん。蛇皮線)、太鼓、口笛など。

ルーツ・ミュージックの伝播
 昔:リアルな人的交流=移民、商人、軍人など「草の根」的な交流
 今:メディアの発達=録音、映画、テレビ、インターネットなど

ルーツ・ミュージックの楽器のコンセプト

加藤徹『京劇--政治の国の俳優群像』(中央公論新社 2002) 72頁-74頁
 バイオリンには数百年前製作、値段数億円という古銘器が存在する。が、京劇の伴奏楽器の寿命はいずれもせいぜい百年である。骨董品は鳴りが悪く、使いものにならない。(中略)京劇の伴奏楽器の寿命が短いのは、わざとそう作ってあるのである。(中略)京胡の基本コンセプトは「人間」への肉薄である。あえて人間の音域や寿命を越えぬよう、緻密な計算にもとづいて作られた楽器だからこそ、その限られた中で完全燃焼できるのだ。(中略)ルーツ・ミュージックはそれぞれの地域の人間に肉薄しているため、かえって普遍性をそなえているのだといえよう。人間の本質は、どこでも同じなのだから。

クラシック(古典)とトラディショナル(伝統)

・クラシック音楽:欧州の上流階級の音楽。学校教育等によって世界に広まる。「タイタニック号」の、上の船室の音楽。
・伝統音楽(トラッド):欧州の庶民の音楽。移民等によって世界に広まる。ロックの源流もこれ。「タイタニック号」の、下の船室(三等船室)の音楽。

 キアラン・カーソン著、守安功訳『アイルランド音楽への招待』(音楽之友社、1998)20-22頁より。
クラシック音楽
伝統音楽
ヴァイオリン

 ヴィブラートは不可欠のテクニックである。音色は華々しく力強い。弓使いは「縫い目」のないがごとくで、特別な効果をねらう時以外は、弓を返す時にアクセントをつけない。左手は指板の高いポジションまでくることもある。
フィドル(fiddle)

 ヴィブラートは使わない。音色は華々しいというより、むしろ、くつろいだものである。弓を端から端まで一杯に使って演奏することはまれである。弓を返す時は、アクセントがつく。弦を押さえる左手は基本位置に置かれている。
フルート

 音色は金属質で、きれいな音がする。息継ぎは、それとわからず取るのを理想とする。音域は三オクターヴである。
フルート

 音色は木質で、しわがれた音さえする。息継ぎはしばしば、意図的に強調される。音域は二オクターヴである。

 ヴィブラートや劇的でダイナミックな表現を使う。歌詞に歌われたさまざまな感情は、顔の表情で強調される。胸声で歌われ、鼻にかかった声は使わない。歌の最後は、華やかに終わる。

 ヴィブラートや劇的でダイナミックな表現は使わない。顔の表情で何かを表現することは少ない。頭声で歌われ、時に鼻にかかった声がする。歌の最後はさりげなく終わる。
 アイルランドの伝統音楽において、クレッシェンドやデクレッシェンドといった概念がまったく縁のないものであるということも、一般的には事実である。
 私は今までに、クラシック音楽の演奏家やリスナーたちが、伝統音楽では楽器の潜在能力を充分には生かしていない、と言うのを聞かされてきた。これは誤解である。楽器というのは、単に何かを表現するための手段に過ぎない。またある人は、ソネットという詩の形式はたった十四行しかないから可能性の限られたものだ、と言うかもしれない。逆に、アイルランドの伝統音楽の演奏家にしてみれば、クラシック音楽の演奏(特に彼らが伝統音楽を演奏しようとする時)は、大げさで、芝居じみていて、下品に聴こえる。
 つまり、クラシック音楽の訓練は伝統音楽の演奏家にとって邪魔になる恐れがある。

音楽におけるエスニシティとは何か?

リズムと身体感覚
・西南戦争のとき、薩軍と戦った農民兵は、集団移動もできず、行進もできず、駆け足もできず、突撃もできず、方向転換もできず、匍匐前進もできず、つまり戦闘ができず、旧士族の薩軍に対して歯が立たなかった。戦後、明治政府はその対策として、ヨーロッパ式体操と西洋音楽によるリズム教育を義務教育に導入して強兵の策をとり、国民の運動や姿勢をかえ、あげくに、伝統的な舞踊や劇の仕種との断絶を招いた。(小倉朗『日本の耳』33頁)
・日本音楽は本質的に二拍子のリズムに属している。しかし、ヨーロッパの音楽は三拍子系のリズムを持っている。日本の音楽には見られない早いリズムがヨーロッパの音楽にあるということも、彼我の生活から解くことができる。(『日本の耳』38-39頁)

・ウマの歩様(gaits)とリズムの関係  walk <amble <trot <pace <canter <gallop
馬の歩様の名称英語リズム蹄音の擬音語
常歩(なみあし)walk, amble4拍子ポックラ、ポックラ、・・・
速歩(はやあし)trot, pace2拍子トントン、トントン、・・・
駆歩(かけあし)canter3拍子タカタッ、タカタッ、・・・
襲歩(しゅうほ)gallop4拍子タタタタ、・・・

 稲作農耕のリズム=平板四拍子
  > 日本人の身体感覚のリズム
  > 日本音楽、日本語(特に韻文)、日本舞踊、日本人の歩様、・・・・・・

 騎馬の歩様のリズムの影響=強弱・垂直志向系
  > 韓国(朝鮮)人や西洋人など騎馬文化をもつ民族のリズム

民俗音楽のダンスのリズムと馬の歩様の対応
 pace(側対速歩) → 四分の二拍子 ポルカ(polka)など
 canter(緩駆歩) → 四分の三拍子/八分の六拍子 ワルツ(waltz)やジグ(jig)、スライド(slide)など
 gallop(襲歩=競走駆歩) → 四分の四拍子 リール(reel)など

重心の移動アクセント身体感覚
日本の踊り水平志向
(横ノリ系)
平板すり足安定感
アイリッシュ・ダンス垂直志向
(縦ノリ系)
強弱跳躍躍動感

アイリッシュ音楽(ケルト音楽の一種)のリズムの例:
 映画「タイタニック」(1997年アメリカ)三等船室のダンス・パーティーの場面の曲
 (1)ブラーニー・ピルグリム(The Blarney Pilgrim) ジグ=八分の六拍子
 (2)ジョン・ライヤンズ・ポルカ(John Ryan's Polka) ポルカ=四分の二拍子
 (3)ケッシュ・ジグ(The Kesh Jig) ジグ=八分の六拍子
 (4)ドロウズィー・マギー(Drowsy Maggie) リール=四分の四拍子



音階のいろいろ
十二音音階bレbミファ#ファbラbシ
長音階ファ
ヨナヌキ長音階
自然的短音階ファ
ヨナヌキ短音階ファ
商調式音階ファ
沖縄音階ファ
わらべ歌音階bミファbシ
律音階ファ
都音階bレファbラ

音階・和音が心理に与える影響
例1 長調と短調
  ドミソ=Cメジャーコード:明るい 楽しい 軽やか
  ラドミ=Aマイナーコード:暗い 悲しい 重い
例2 旋法とエスニシティ
  ラドレミソラ(わらべ歌音階) → 日本本土のわらべ歌など
  ドミファソシド(沖縄音階) → 沖縄の民謡など
  レミファソラシドレ(商調式音階/ドリア旋法) → イギリス民謡など
 参考:鍵盤楽器の裏技:黒鍵だけを弾くと「五音階」音楽になる。
      「アメイジング・グレイス」(白い巨塔)、「男はつらいよ」、「笑点」のテーマ、など。

例3 旋律線
  アイリッシュ・ダンスの曲: 垂直志向 跳躍進行 天へ天へとのぼる {参考サイト}
  日本の踊りの曲: 水平志向 順次進行 横へ横へと進む

参考:西洋音楽の教会旋法
 イオニア、ドリア、フリギア、リディア、ミクソリディア、エオリア、ロクリア
 十七世紀ごろから、西洋音楽はイオニア・モード(長音階)とエオリア・モード(短音階)の二つに整理され、今日に至る。


参考ホームページ

京劇の音楽・楽器 http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/KYY.html
アイリッシュの棚 http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/accosession.html
CCE Japan (英語・日本語) http://www.comhaltas-jp.com/index_j.html
コーナーハウス(日本語) http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1292/index.html

参考図書

加藤徹『京劇--政治の国の俳優群像』中央公論新社 2002
五木寛之『サンカの民と被差別の世界(日本人のこころ中国・関東)』講談社 2005
佐藤貞樹『高橋竹山に聴く--津軽から世界へ』集英社新書 2000
森達也『放送禁止歌』知恵の森文庫 2003
小倉朗『日本の耳』岩波新書 1977
キアラン・カーソン著、守安功訳『アイルランド音楽への招待』音楽之友社 1998
守安功『アイルランド 人・酒・音』東京書籍 1997
守安功『アイルランド・大地からのメッセージ』東京書籍 1998
渡辺芳也『アコーディオンの本』春秋社 1993
(小説)E.アニー・プルー作、上岡伸雄訳『アコーディオンの罪』集英社 2000

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