http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/bunkakoryuron.html
地域科学プログラム「文化交流論」
地球を旅する楽器 
ルーツ・ミュージックの世界

最初の公開 2001年4月24日  最新の更新 2004年4月18日   by 加藤 徹

 「文化の交流」という言葉を聞いて、学生諸君は何を連想するであろうか?
 たぶん、「文化」という言葉から、文学とか思想など比較的高尚なものをイメージするのではないか。
 また「交流」という言葉からは、友好的な国際交流をイメージするのではないか。
 つまり、諸君は「世界平和のために、みんななかよく文化交流をしましょうね」という明るいイメージを連想するのではないか。
 たしかに、そんなパラ色の文化交流もある。
 だが、現実はきびしい。そもそも、食うか食われるかのシビアな現実世界では、文化の「交流」(双方向)は少なく、大半は「直流」(一方向)である。
 また、世界を行きかう「文化」の大半も、高尚なものではなく、通俗的なものである。
 「文化交流」が起きる原因も、貧困、悪政、戦争、棄民、飢饉など暗いものも少なくない。
 本授業では、現実世界の「文化交流」の一例として、アイルランドと沖縄の民族音楽を取り上げる。
キーワード
  • 階級(class) 二級市民(second-class citizens)
  • ニッチ(niche) 収斂(convergence) 適応放散(adaptive radiation)
  • エスニシティ(ethnicity) エスニック・グループ(ethnic group)
  • 文化進化主義(cultural evolutionism) 伝播主義(diffusionism)
  • 大伝統(great tradition) 小伝統(little tradition)
  • 形式知(articulable knowledge) 暗黙知(tacit knowledge)
  • ワールド・ミュージック(world music) ルーツ・ミュージック(roots music)


「ルーツ・ミュージック」の例

沖縄音楽(琉球音楽)とアイルランド音楽(ケルト音楽)

例1:アイルランドのセッションの曲目。映画『タイタニック』三等船室のダンスのシーンで、ジャックとローズが踊る曲など。
  (参考HP:http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/accosession.html)
  演奏者:移民 使用楽器:イーリアン・パイプス、太鼓、フィドル(バイオリン)、マンドリン、アコーディオン、ギター、スプーン、etc.

例2:沖縄の踊りと器楽演奏。映画『ナビィの恋』『ウンタマギルー』など。
  演奏者:島民 使用楽器:三線(さんしん。蛇皮線)、太鼓、口笛など。

ルーツ・ミュージックの伝播
 昔:リアルな人的交流=移民、商人、軍人など「草の根」的な交流
 今:メディアの発達=録音、映画、テレビ、インターネットなど

ルーツ・ミュージックの楽器のコンセプト

加藤徹『京劇--政治の国の俳優群像』(中央公論新社 2002) 72頁-74頁
 バイオリンには数百年前製作、値段数億円という古銘器が存在する。が、京劇の伴奏楽器の寿命はいずれもせいぜい百年である。骨董品は鳴りが悪く、使いものにならない。(中略)京劇の伴奏楽器の寿命が短いのは、わざとそう作ってあるのである。(中略)京胡の基本コンセプトは「人間」への肉薄である。あえて人間の音域や寿命を越えぬよう、緻密な計算にもとづいて作られた楽器だからこそ、その限られた中で完全燃焼できるのだ。(中略)ルーツ・ミュージックはそれぞれの地域の人間に肉薄しているため、かえって普遍性をそなえているのだといえよう。人間の本質は、どこでも同じなのだから。

クラシック(古典)とトラディショナル(伝統)

・クラシック音楽:欧州の上流階級の音楽。学校教育等によって世界に広まる。「タイタニック号」の、上の船室の音楽。
・伝統音楽(トラッド):欧州の庶民の音楽。移民等によって世界に広まる。ロックの源流もこれ。「タイタニック号」の、下の船室(三等船室)の音楽。

 キアラン・カーソン著、守安功訳『アイルランド音楽への招待』(音楽之友社、1998)20-22頁より。
クラシック音楽
伝統音楽
ヴァイオリン

 ヴィブラートは不可欠のテクニックである。音色は華々しく力強い。弓使いは「縫い目」のないがごとくで、特別な効果をねらう時以外は、弓を返す時にアクセントをつけない。左手は指板の高いポジションまでくることもある。
フィドル(fiddle)

 ヴィブラートは使わない。音色は華々しいというより、むしろ、くつろいだものである。弓を端から端まで一杯に使って演奏することはまれである。弓を返す時は、アクセントがつく。弦を押さえる左手は基本位置に置かれている。
フルート

 音色は金属質で、きれいな音がする。息継ぎは、それとわからず取るのを理想とする。音域は三オクターヴである。
フルート

 音色は木質で、しわがれた音さえする。息継ぎはしばしば、意図的に強調される。音域は二オクターヴである。

 ヴィブラートや劇的でダイナミックな表現を使う。歌詞に歌われたさまざまな感情は、顔の表情で強調される。胸声で歌われ、鼻にかかった声は使わない。歌の最後は、華やかに終わる。

 ヴィブラートや劇的でダイナミックな表現は使わない。顔の表情で何かを表現することは少ない。頭声で歌われ、時に鼻にかかった声がする。歌の最後はさりげなく終わる。
 アイルランドの伝統音楽において、クレッシェンドやデクレッシェンドといった概念がまったく縁のないものであるということも、一般的には事実である。
 私は今までに、クラシック音楽の演奏家やリスナーたちが、伝統音楽では楽器の潜在能力を充分には生かしていない、と言うのを聞かされてきた。これは誤解である。楽器というのは、単に何かを表現するための手段に過ぎない。またある人は、ソネットという詩の形式はたった十四行しかないから可能性の限られたものだ、と言うかもしれない。逆に、アイルランドの伝統音楽の演奏家にしてみれば、クラシック音楽の演奏(特に彼らが伝統音楽を演奏しようとする時)は、大げさで、芝居じみていて、下品に聴こえる。
 つまり、クラシック音楽の訓練は伝統音楽の演奏家にとって邪魔になる恐れがある。

音楽におけるエスニシティとは何か?

音階のいろいろ
十二音音階bレbミファ#ファbラbシ
長音階ファ
ヨナヌキ長音階
自然的短音階ファ
ヨナヌキ短音階ファ
商調式音階ファ
沖縄音階ファ
わらべ歌音階bミファbシ
律音階ファ
都音階bレファbラ

リズムと身体感覚
・西南戦争のとき、薩軍と戦った農民兵は、集団移動もできず、行進もできず、駆け足もできず、突撃もできず、方向転換もできず、匍匐前進もできず、つまり戦闘ができず、旧士族の薩軍に対して歯が立たなかった。戦後、明治政府はその対策として、ヨーロッパ式体操と西洋音楽によるリズム教育を義務教育に導入して強兵の策をとり、国民の運動や姿勢をかえ、あげくに、伝統的な舞踊や劇の仕種との断絶を招いた。(小倉朗『日本の耳』33頁)
・日本音楽は本質的に二拍子のリズムに属している。しかし、ヨーロッパの音楽は三拍子系のリズムを持っている。日本の音楽には見られない早いリズムがヨーロッパの音楽にあるということも、彼我の生活から解くことができる。(『日本の耳』38-39頁)

  [参考] ウマの歩様(gaits)とリズムの関係 walk <amble <trot <pace <canter <gallop

参考ホームページ

京劇の音楽・楽器 http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/KYY.html
アイリッシュの棚 http://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/accosession.html
CCE Japan (英語・日本語) http://www.comhaltas-jp.com/index_j.html
コーナーハウス(日本語) http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1292/index.html

参考図書

加藤徹『京劇--政治の国の俳優群像』中央公論新社 2002
小倉朗『日本の耳』岩波新書 1977
佐藤貞樹『高橋竹山に聴く--津軽から世界へ』集英社新書 2000
キアラン・カーソン著、守安功訳『アイルランド音楽への招待』音楽之友社 1998
守安功『アイルランド 人・酒・音』東京書籍 1997
守安功『アイルランド・大地からのメッセージ』東京書籍 1998
渡辺芳也『アコーディオンの本』春秋社 1993
(小説)E.アニー・プルー作、上岡伸雄訳『アコーディオンの罪』集英社 2000

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