目次
自然現象に関する言葉:天気、気候、寒気、暑気、大気、空気など。現代日本のSNSでも「気圧のせい」など、自然現象と自分の心を連動する言い方を見かける。
人間の体調・生命力に関する言葉:病気、元気、正気、陰気、陽気、気力、気概、覇気など。
感情・精神状態に関する言葉:気障(きざ)、気兼ね、 気が気でない、気苦労、呑気、短気、狂気など。
社会や人間関係に関する言葉:不景気、好景気、雰囲気、人気、殺気など。
気部(きがまえ)
【部首解説】「気」は、水蒸気が上がっていくさまを表す。これを部首として、「気」を含む漢字や、自然現象や、生命の元となると考えられたものに関する漢字が集められる。 構になるときは、特に「きがまえ」と呼ぶ。
气-0
4画7313 第二水準2167 U: 6C14 キ漢音 ケ呉音 去音「未」(qi)
【意味】 (名詞) いき。屈曲して出るいきや湯気。曲がってたち上る水蒸気。(同)気・汽
【解字】 气はガス(蒸気や息)がもやもやと屈曲しつつ立ち上る状況を想定した図形(象形)。「(空中に)いっぱい立ち込める」というイメージを示す記号となる。(同源語)気・氣・汽・乞
(甲骨文、金文、篆文の図は引用省略)
気(旧字体は氣)
コアイメージ:いっぱい立ち込める
初義:ガス状の物質
語源:「釈名」では「気は愾(ガイ)なり。愾然として声有りて形無きなり」とある。いっぱい立ち込めているが、声だけあって形のないものという解釈。
気は愾(胸いっぱいに感情がこもるさま)と同源で、「いっぱい立ち込める」というイメージがある。 ある空間内(宇宙と人間を含めて)に存在する目に見えない根源物質という概念が気である。
その由来は具体的なものから発想された。 穀物を炊くときにもやもやとしたもの(蒸気、湯気)がいっぱいに立ちこめる。 この状況から発想されて、目に見えるもの、見えないものに関わりなく、ガス状の物質(気体)を想定し、これを⁎ki'ədと名づけた。 ガス状の物質の意味から、宇宙に充満する根源的物質の意味、自然の現象を引き起こす力やエネルギーの意味、身体・精神に生命や活力を与えるものの意味などに展開。
き【気】[名詞]
[ 一 ] 変化、流動する自然現象。または、その自然現象を起こす本体。
�@ 風雨、寒暑など、天地間に現われる自然現象。
[初出の実例]「仲呂(ちゅうりょ)の節に当たりて、小暑の気様々催せども」(出典:海道記(1223頃)菊川より手越)
�A 陰暦で一年を二四分した一期、一五日をいう。「二十四気」
[初出の実例]「この気は十箇をへて、次第にうつりかはる也」(出典:名語記(1275)五)
�B 万物を生育する天地の精。天地にみなぎっている元気。
[初出の実例]「人死帰レ気、更不レ受レ生」(出典:秘蔵宝鑰(830頃)上)
�C 空気。大気。
[初出の実例]「中華の仙術かたちをはなれて、気をくらひ風をのみ」(出典:浄瑠璃・孕常盤(1710頃)一)
�D 雲、霧、煙などのように、上昇する気体。
[初出の実例]「気霽(は)れては風新柳の髪を梳る 氷消えては浪旧苔の鬚(ひげ)を洗ふ〈都良香〉」(出典:和漢朗詠集(1018頃)上)
�E そのもの特有の味わい、かおり。香気。「気のぬけたビール」
[初出の実例]「風香調(ふがうでう)の内には、花芬馥(ふんぷく)の気を含み」(出典:平家物語(13C前)三)
[ 二 ] 生命、精神、心の動きなどについていう。自然の気と関係があると考えられていた。
�@ いき。呼吸。「気の詰まりそうな雰囲気」 〔日本一鑑窮河話海(1565‐66頃)〕
�A 精気。生活力。
[初出の実例]「五蔵六府の病の品々、風・寒・暑・湿・き・血の虚実、内傷・外感の本を正しくして薬を与ふるに」(出典:仮名草子・浮世物語(1665頃)二)
�B 心のはたらき。意識。
[初出の実例]「礒之丞は猶赤面の覚(おぼえ)なき身の、気はうろうろ、せんかた尽きて切腹と」(出典:浄瑠璃・夏祭浪花鑑(1745)九)
�C 精神の傾向。気だて。気ごころ。
[初出の実例]「たのふだ人のきは某がしった」(出典:虎明本狂言・呼声(室町末‐近世初))
�D 緊張した、さかんな精神。気力。気勢。
[初出の実例]「又あらぬ人にあひて『鞠の手持ちやう、如何程もすわりたるよき』と仰せられき。是は其の人の気に対して教へかへられ侍るにや」(出典:筑波問答(1357‐72頃))
�E 何事かをしようとする心のはたらき。つもり。考え。意志。
[初出の実例]「我(われ)はしかといぬまひといふきか」(出典:狂言記・貰聟(1660))
�F あれこれと考える心。心配。
[初出の実例]「思ふやうにもない事を、わびかなしまふず事ではないと、自らおもひやって、気をなぐさめたぞ」(出典:三体詩素隠抄(1622)一)
�G 感情。気持。気分。
[初出の実例]「鼠ををぢ恐れて、逃げ隠れ、桁、梁をも走らず。歩くといへ共、さなりもなく忍び歩きのてい也。かかるきのうまき事なし」(出典:御伽草子・猫の草紙(江戸初))
「相助打(ぶ)たれて気が逆上(のぼ)せ上るほど痛く」(出典:怪談牡丹燈籠(1884)〈三遊亭円朝〉九) �H 根気。気根。→気が尽きる。
�I 興味、関心。また、人を恋い慕う気持。→気がある・気を取る。
�J 十分にはっきりとはしないが、そうではないかと思う考え。→気がする。
[ 三 ] 取引所で、気配(きはい・けはい)の事。人気。「気崩れ」「気直る」
【予告】#中国語ナビ (25)まだ間に合う!再入門スペシャル 初回放送日:2025年10月1日夜11時から 舌の動きや有気音を「見える化」する画期的な小道具も登場?? (皆さんもご自分で作ってみてください) 中国語の発音にモヤモヤ感があった柏木由紀さんも一瞬でスッキリ納得?? https://t.co/gx9iGRCre3 https://t.co/IICLItygle
— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) September 26, 2025
幽王の二年、西周の三川(さんせん:��水・渭水・洛水)で一斉に大地震が起こった。 太史(占い官)の伯陽父(はくようほ)は言った。cf.アリストテレスの『気象論』第2巻7・8章(紀元前340年頃)の風圧説。
「周はまもなく滅びるだろう。そもそも天地の気というものは、その秩序を失わないものである。もしその秩序をたがえてしまうなら、それは人間(の政治)がこれを乱しているからだ。 陽の気が地中に伏したまま外に出ることができず、陰の気に圧迫されて(上昇し)発散することができない、こういう時に地震が起こる。 今、三川で実際に大地震が起きた。これは、陽の気が本来の場所を見失って、陰の気に抑えつけられているからだ。 陽の気が本来の場所を失って陰の気のなかに没してしまうと、川の源流は必ず塞(ふさ)がってしまう。源流が塞がれば、国家は必ず滅びる。そもそも水と土が潤い通じ合ってこそ、民はそれを利用(して生活)できるのだ。 水と土が潤い通じ合わなくなれば、民は財用(生活物資)に窮乏する。滅びるのを待つ以外に、どうして他になろうか。 かつて、伊水と洛水が干上がって夏(か)王朝は滅び、黄河が干上がって商(しょう:殷)王朝は滅びた。今、周の徳はこれら二つの王朝の末期と同じよう(に衰退)している。 そのうえ川の源流がまた塞がってしまった。塞がれば必ず干上がる。そもそも国家は必ず山や川を頼りとするものであり、山が崩れ川が干上がるのは、滅亡の兆候である。 川が干上がれば、山は必ず崩れる。もし国家が滅びるとしても十年は超えないだろう。十年というのは数の「紀(ひとくくり)」だからだ。天が見捨てるものは、この「紀」を超えないものだ」
この年、三川は干上がり、岐山(きざん:周の聖地)が崩絶した。(それから)十一年、幽王はついに滅ぼされ、周は(都を東の洛邑へ)東遷することとなった。
幽王二年、西周三川皆震う。伯陽父曰く、「周将に亡びんとす!夫れ天地の気は、其の序を失わず。若し其の序を過ごせば、民これ乱すなり。 陽伏して出でる能わず、陰迫りて蒸す(昇る)能わず、ここに於いて地震有り。今三川実に震う、是れ陽其の所を失いて陰を鎮むるなり。陽失いて陰に在れば、川源必ず塞がる。源塞がれば、国必ず亡ぶ。夫れ水土演(ひろ)ごりて民これを用いるなり。水土演ごる所無くば、民財用を乏しくす、亡びずして何をか待たん?昔伊・洛竭(か)れて夏亡び、河竭れて商亡ぶ。今周の徳は二代の季の若し、其の川源又塞がる、塞がれば必ず竭る。夫れ国は必ず山川に依る、山崩れ川竭るは、亡の徴なり。川竭るれば、山必ず崩る。国亡ぶとも十年を過げず、数の紀なり。夫れ天の棄つる所は、其の紀を過ごさず。」是の歳や、三川竭れ、岐山崩る。十一年、幽王乃ち滅び、周乃ち東遷す。
幽王二年、西周三川皆震。伯陽父曰:「周将亡矣!夫天地之気、不失其序;若過其序、民乱之也。 陽伏而不能出、陰迫而不能蒸、于時有地震。今三川実震、是陽失其所而鎮陰也。陽失而在陰、川源必塞;源塞、国必亡。夫水土演而民用也。水土無所演、民乏財用、不亡何待?昔伊、洛竭而夏亡、河竭而商亡。今周徳若二代之季矣、其川源又塞、塞必竭。夫国必依山川、山崩川竭、亡之徴也。川竭、山必崩。若国亡不過十年、数之紀也。夫天之所棄、不過其紀。」是歳也、三川竭、岐山崩。十一年、幽王乃滅、周乃東遷。
食不厭精。膾不厭細。食饐而餲、魚餒而肉敗不食。色悪不食。臭悪不食。失飪不食。不時不食。割不正不食。不得其醤不食。肉雖多、不使勝食気。唯酒無量、不及乱。『論語』季氏第十六より。
(読み下し) 食(し)は精きを厭わず。膾は細きを厭わず。 食の饐えて餲せる、魚の餒えて肉の敗れたるは食わず。 色の悪しきは食わず。臭いの悪しきは食わず。 飪を失えるは食わず。時ならざるは食わず。 割くこと正しからざるは食わず。その醤を得ざるは食わず。 肉は多しと雖も、食(し)の気に勝たしめず。 唯だ酒は量無し、乱に及ばず。
(訳) (孔子は)飯は、白ければ白いほど好まれた。刺身やなますは、細く切ってあればあるほど喜ばれた。 飯が傷んで異臭がしたり、魚が古くなって腐りかけていたり、肉が傷んでいたりするものは、決してお食べにならなかった。 色が悪くなった料理も食べなかった。嫌な臭いのするものも食べなかった。火の通し方が適切でないものも食べられなかった。 季節や時期に合わない食材も食べなかった。肉の切り方が正しくないものも食べなかった。また、その料理にふさわしい調味料が添えられていなければ、食べなかった。 肉料理がたくさん出されても、主食より多く食べることはなかった。 ただし、酒については「これだけ」という決まった量を設けなかった。ただし、酔って判断力を失うほど飲むことはなかった。
孔子曰、君子有三戒。少之時、血氣未定、戒之在色。及其壯也、血氣方剛、戒之在鬪。及其老也、血氣既衰、戒之在得。『孟子』公孫丑章句上より。孟子は特殊な呼吸法で「浩然の気」を養っていた。
(読み下し)孔子曰く、君子に三戒有(あ)り。少(わか)き時は、血気未(い)だ定まらず、之(これ)を戒(いま)しむること色(いろ)に在り。 其(そ)の壮(そう)なるに及(およ)んでや、血気方(まさ)に剛(ごう)なり、之を戒しむること闘(とう)に在り。其の老いるに及んでや、血気既(すで)に衰(おとろ)う、 之を戒しむること得(う)るに在り。
(訳) 孔子はおっしゃった。 「君子(徳のある者)には、人生の段階において慎むべき3つの戒めがある。 若い時は、血気(肉体や精神のエネルギー)がまだ安定していない。だから、男女の情欲を慎まなければならない。 壮年期になると、血気がまさに盛んになる。だから、他人に勝とうとする闘争心を慎まなければならない。 老年期になると、血気はすでに衰えている。だから、執着する貪欲(どんよく)を慎まなければならない」
夫志、気之帥也。気、体之充也。夫志至焉、気次焉。故曰「持其志、無暴其気」。「既曰『志至焉、気次焉』、又曰『持其志、無暴其気』者、何也」。 曰「志一則動気、気一則動志也。今夫蹶者趨者是気也而反動其心」。「敢問夫子悪乎長」。曰「我知言、我善養吾浩然之気」。 「敢問何謂浩然之気」。曰「難言也。其為気也至大至剛、以直養而無害、則塞于天地之間。其為気也配義与道、無是餒也。 是集義所生者、非義襲而取之也。行有不慊於心則餒矣。我故曰、告子未嘗知義。以其外之也。 必有事焉而勿正、心勿忘、勿助長也。無若宋人然。宋人有閔其苗之不長而?之者、芒芒然帰、謂其人曰「今日病矣。予助苗長矣」。 其子趨而往視之、苗則槁矣。天下之不助苗長者寡矣。以為無益而舍之者、不耘苗者也。助之長者、?苗者也、非徒無益、而又害之」。 「何謂知言」。曰「?辞知其所蔽、淫辞知其所陥、邪辞知其所離、遁辞知其所窮。生於其心、害於其政。発於其政、害於其事。聖人復起、必従吾言矣」。『荘子』知北遊篇より。生命現象の本質は「気」の離合集散である、という、現代の「散逸構造」の生命観に似た主張。
(読み下し) 夫れ志は、気の帥なり。気は、体の充なり。 夫れ志至れば、気次ぐ。故に曰く、「其の志を持し、其の気を暴すること無かれ」と。 「既に『志至れば、気次ぐ』と曰い、又『其の志を持し、其の気を暴すること無かれ』と曰う者は、何ぞや」 曰く、「志一なれば則ち気を動かし、気一なれば則ち志を動かすなり。今、夫の蹶く者、趨る者、是れ気なり。而して反って其の心を動かす」。 「敢えて問う、夫子は何にか長じたまえる」 曰く、「我、言を知り、我、善く吾が浩然の気を養う」。 「敢えて問う、何をか浩然の気と謂う」 曰く、「言い難し。其の気たるや至大至剛、直を以て養いて害すること無ければ、則ち天地の間に塞がる。其の気たるや義と道とに配す。是れ無ければ餒う。 是れ義を集めて生ずる所の者にして、義の襲いて之を取るに非ざるなり。行いて心に慊たらざれば、則ち餒う。故に我曰く、『告子は未だ嘗て義を知らず』と。其れ之を外にするを以てなり。 必ず事有りて、而して正すること勿く、心に忘るること勿く、助けて長ぜしむること勿かれ。宋人の若く然すること無かれ。 宋人に其の苗の長ぜざるを閔えて、之を?く者有り。芒芒然として帰り、其の人に謂いて曰く、『今日病れたり。我、苗を助けて長ぜしめたり』と。 其の子、趨りて往きて之を視れば、苗則ち槁れたり。 天下の苗を助けて長ぜしめざる者は寡し。益無しと為して之を捨つる者は、苗を耘らざる者なり。之を助けて長ぜしむる者は、苗を?く者なり。徒に益無きのみに非ず、而も又之を害す」。 「何をか言を知ると謂う」 曰く、「?辞には其の蔽する所を知り、淫辞には其の陥る所を知り、邪辞には其の離るる所を知り、遁辞には其の窮する所を知る。 其の心に生ずれば、其の政を害し、其の政に発すれば、其の事を害す。聖人復た起こらば、必ず吾が言に従わん」。
(訳) 「志」は、人間の「気」を導く司令官である。一方、「気」は身体を満たしている生命力である。 志がしっかりと定まれば、気はそれに従う。だから、「自分の志をしっかり保ち、気を乱暴に扱ってはならない」と言うのである。 弟子が尋ねた。 「先ほど先生は『志が定まれば、気がそれに従う』と言われました。それなのに、なぜ『志をしっかり保つと同時に、気を乱暴に扱ってはいけない』とも言われるのですか」 孟子は答えた。 「志が一つの方向に集中すれば、気にも影響を与える。逆に、気が一つの方向に偏れば、志にも影響を与えるからである。 たとえば、つまずいたり、あわてて走ったりすると、人は身体の気が乱れて、そのために心まで動揺してしまうだろう。これがその例である」 弟子が尋ねた。 「先生は、どのようなことを得意としておられるのでしょうか」 孟子は答えた。 「私は、人の言葉を聞けば、その言葉の本当の意味や問題点を理解することができる。また、私は『浩然の気』を養うことを得意としている」 「その『浩然の気』とは、いったい何でしょうか」 孟子は答えた。 「これは言葉で説明するのが難しい。 それは非常に大きく、非常に強い気である。それを正しい道によって養い、決して傷つけることがなければ、その気は天地の間いっぱいに満ちるほどになる。 この気は、正義と道に結びついている。正義と道から離れてしまえば、この気は弱まり、しぼんでしまう。 浩然の気は、日々正しい行いを積み重ねることによって生まれるものである。『正義』というものを一度に取り込んで身につけようとするものではない。 日頃の行いが自分の心に対して恥ずかしく、納得できないものであれば、浩然の気は弱まってしまう。 だから私は、『告子はまだ本当の意味で義を理解していない』と言ったのである。告子は、義を自分の心の外にあるものだと考えているからである。 浩然の気を養うには、日々、正しいことを実践しなければならない。しかし、『これをやれば浩然の気が育つはずだ』と結果を先回りして期待してはいけない。 また、浩然の気を養っていることを忘れてはいけないが、無理に育てようとしてもいけない。 宋の人のようになってはいけない」 そして、孟子は一つのたとえ話をした。 宋の国に、自分の畑の苗がなかなか伸びないことを心配して、苗を手で引っ張って伸ばした男がいた。 男は、苗を一生懸命に引っ張ったので、すっかり疲れ果てて家に帰った。そして家族に、 「今日は本当に疲れた。私は苗が早く育つように手助けしてやったのだ」 と言った。 それを聞いた息子が、急いで畑へ行ってみると、苗はすべて枯れてしまっていた。 世の中には、苗を無理に引っ張って育てようとしない人は少ない。 「そんなことをしても役に立たない」と考えて、苗の手入れをまったくしない人は、畑を耕さず、雑草も取らない人である。 一方、苗を早く育てようとして引っ張る人は、あの宋の人と同じである。 前者は何の役にも立たないだけだが、後者は、無理に結果を出そうとすることで、かえって苗を枯らしてしまう。 人間の修養も同じである。正しい行いを日々積み重ねることは必要だが、結果を焦って無理に自分を変えようとしてはいけない。 さらに弟子が尋ねた。 「先生がおっしゃった『言を知る』とは、どういうことでしょうか」 孟子は答えた。 「偏った言葉を聞けば、その言葉が何を見落としているのかが分かる。 度を越した大げさな言葉を聞けば、その人がどこに陥っているのかが分かる。 邪な言葉を聞けば、その人が正しい道からどこで離れているのかが分かる。 言い逃れの言葉を聞けば、その人がどこで行き詰まっているのかが分かる。 こうした問題は、まず人の心の中に生まれ、それが政治に現れると、その政治を害する。そして、その悪い政治が実際の政策や仕事に現れると、社会のさまざまな事柄を害することになる。 もし今、聖人がもう一度この世に現れたとしても、きっと私のこの言葉に賛同するであろう」
『荘子』知北遊篇より 人之生,氣之聚也,聚則為生,散則為死。若死生為徒,吾又何患。『礼記』郊特牲より。魂気と形魄の分離が死という現象であると説く。
(読み下し) 人の生くるは、気のあつまるなり。あつまればすなわち生と為し、散ずればすなわち死と為す。 若(も)し死と生と徒(とも)と為さば、吾れまた何をか患(うれ)えんや。
(訳) 人が生きているのは気が集まっているからだ。集まった状態が生(せい)、散った状態が死だ。 生と死がセットだとすれば、私は何を心配する必要があろうか。もう死なんて怖くない。
凡祭,慎諸此。魂氣歸于天,形魄歸于地。故祭,求諸陰陽之義也。殷人先求諸陽,周人先求諸陰。
凡(およ)そ祭は、諸(こ)れを此(ここ)に慎(つつし)む。魂気(こんき)は天に帰し、形魄(けいはく)は地に帰す。 故に祭は、諸(こ)れを陰陽の義に求む。 殷人はまず諸(こ)れを陽に求め、周人はまず諸(こ)れを陰に求む。
およそ祭祀(さいし)というものは、このことを慎重かつ真剣に行わなければならない。 人間の「魂気」は天へと帰り、「形魄(けいはく。肉体のたましい)」は地へと帰る。 それゆえ祭祀は、天と地、すなわち陰陽の道理に求めるのである。 殷(いん)の時代の人々は、まず陽の要素を先に追い求め、周の時代の人々は、まず陰の要素を先に追い求めた。
故頭之円也、象天、足之方也、象地。天有四時・五行・九解・参百六十六日、人亦有四支・五蔵・九竅・参百六十六節。 天有風雨寒暑、人亦有取与喜怒。故胆為雲、肺為気、肝為風、腎為雨、脾為雷、以与天地相参也、而心為之主。 是故耳目者日月也、血気者風雨也。日中有踆烏、而月中有蟾蜍。日月失其行、薄蝕無光、風雨非其時、毀折生災、五星失其行、州国受殃。
(読み下し) 故に頭の円なるや、天に象り、足の方なるや、地に象る。 天に四時・五行・九解(九野)・参百六十六日有り、人に亦た四支・五蔵・九竅・参百六十六節有り。 天に風雨寒暑有り、人に亦た取与喜怒有り。 故に、胆を雲と為し、肺を気と為し、肝を風と為し、腎を雨と為し、脾を雷と為し、以て天地と相参(まじ)はりて、心、之が主たり。 是の故に耳目は日月なり、血気は風雨なり。日中に踆烏(しゅんう)有り、月中に蟾蜍(せんじょ)有り。 日月、其の行を失へば、薄蝕して光なく、風雨其の時に非ざれば、毀折して災を生じ、五星其の行を失へば、州国、殃(わざわひ)を受く。
(訳) それゆえ、人間の頭が丸いのは天をかたどっており、足が四角いのは地をかたどっている。 天に四季(四時)・五行・九つの大区切り(九解)・366日があるように、人にもまた四肢(両手足)・五臓・九つの穴(九竅)・366の関節(節)がある。 天に風・雨・寒・暑があるように、人にもまた(感情や行動の)取捨選択(取与)や、喜び・怒り(喜怒)がある。 したがって、人間の胆(きも)は雲となり、肺は気となり、肝(かん)は風となり、腎(じん)は雨となり、脾(ひ)は雷となる。このようにして人間は天地と互いに組み合わさって(連動して)存在しており、なかでも心(精神)がその主宰(主人)となっているのである。 このために、人間の耳と目は(天における)太陽と月であり、血気は(天における)風と雨なのである。 太陽の中には(三本足の)カラス(?烏)が住んでおり、月の中にはヒキガエル(蟾蜍)が住んでいる。(それと同じように、人間の目にも宿るものがある。) もし太陽と月がその運行の軌道を誤れば、日食や月食(薄蝕)が起きて光を失い、風や雨がふさわしい季節に降らなければ、万物が破壊されて災害が生まれ、五つの惑星(五星)がその運行を狂わせれば、地上の国々が災い(殃)を受けることになる。
黄帝問於岐伯曰「首面与身形也、属骨連筋、同血合於気耳。天寒則裂地凌氷、其卒寒、或手足懈惰、しかし其面不衣、何也。」
岐伯答曰「十二経脈、三百六十五絡、其血気皆上於面而走空竅、其精陽気上走於目而為睛、其別気走於耳而為聴、其宗気上出於鼻而為臭、其濁気出於胃、走唇舌而為味。 其気之津液、皆上燻於面、而皮又厚、其肉堅、故天熱甚寒、不能勝之也。」
(読み下し) 黄帝、岐伯に問うて曰く「首面と身形(しんけい)や、骨に属し筋(すじ)に連なり、血を同じくし気において合わせるのみ。 天寒ければ則(すなわ)ち地を裂き氷を凌(しの)ぐ。その卒(にわ)かなる寒に、或(ある)いは手足懈惰(かいだ)す。然(しか)るにその面(かお)衣(ころも)せず、何(いずく)んぞや。」
岐伯答えて曰く)「十二経脈、三百六十五絡、その血気皆(みな)面に上りて空竅(くうきょう)に走る。 その精陽の気上(のぼ)りて目に走りて睛(せい)と為(な)り、 その別気耳に走りて聴(ちょう)と為り、 その宗気上りて鼻に出(い)でて臭(しゅう)と為り、 その濁気胃より出で、唇舌(しんぜつ)に走りて味と為る。 その気の津液、皆上に燻(くん)じて面に、而(しか)して皮又(また)厚く、その肉堅し。故(ゆえ)に天熱甚だ寒くとも、これに勝つこと能(あた)わざるなり。」
(訳) 黄帝が岐伯(きはく)にたずねた。
「人間の顔も体も、同じように骨や筋肉でつながっていて、同じ血液やエネルギー(気)が巡っているはず。 それなのに、大地が裂け氷が張りつめるような真冬の厳寒では手足はかじかんで動かなくなるのに、なぜ顔だけは服を着せなくても平気なのか?」
岐伯は答えた。
「十二の経脈と、三百六十五の絡脈、その血気(血液とエネルギー)はすべて顔へと上昇し、空竅(五官の穴)へと走っています。 その精陽の気(精微な陽気)は上って目へと走り、睛(視覚)となります。 その別気(経脈から別れた気)は耳へと走り、聴(聴覚)となります。 その宗気(胸に集まる気)は上って鼻へと出で、臭(嗅覚)となります。 その濁気(胃からの濃い気)は胃から出で、唇や舌へと走り、味(味覚)となります。 これらの気の津液(潤い)は、すべて上って顔を燻(いぶ)して温めており、しかも顔の皮膚は厚くその筋肉は堅実です。 それゆえ、天候が非常に暑く、あるいは非常に寒くとも、暑さや寒さが顔に勝つことはできないのです。」
| 杞国有人憂天地崩墜、身亡所寄、廃寝食者。又有憂彼之所憂者、因往暁之、曰:「天、積気耳、亡処亡気。若屈伸呼吸、終日在天中行止、奈何憂崩墜乎?」 |
昔、杞の国に、天と地が崩れ落ちて自分たちの身を寄せる場所がなくなってしまうのではないかと心配して、夜も眠れず飯も喉を通らない者がいた。
また、その男の心配ぶりを心配した別の者がいて、わざわざ出むいて説得しようとした。 「天というのは気が集まっただけのものだ。気が存在しない場所などない。私たちが身体を動かし息をしているのも、一日中その気の中で行動し生活しているのだ。どうして天が崩れ落ちるなどと心配するのかね?」 |
| 其人曰:「天果積気、日月星宿、不当墜耶?」 | 男は言った。 「天が本当に気が集まったものだとしても、太陽や月、星々が落ちてくることはないのだろうか?」 |
| 暁之者曰:「日月星宿、亦積気中之有光耀者。只使墜、亦不能有所中傷。」 | 説得する者は答えた。 「太陽や月や星々もまた、気が集まった中で光を放っているものに過ぎない。仮に落ちてきたとしても、誰かにぶつかって傷つけるような実体はないのだ。」 |
| 其人曰:「奈地壊何?」 | 「では、大地が崩れて壊れてしまったら?」 |
| 暁者曰:「地積塊耳、充塞四虚、亡処亡塊。若躇歩跐蹈、終日在地上行止、奈何憂其壊?」 | 「大地は土の固まりが集まったものに他ならない。東西南北のあらゆる空間を満たしており、土の塊がない場所はない。 私たちはこうして歩いて地面を踏みしめ、一日中地上で暮らしているというのに、どうして大地が崩れるのを心配するのかね?」 |
| 其人舎然大喜、暁之者亦舎然大喜。 | これを聞いて男は胸のつかえが下りて大喜びした。説得した者もまた胸をなでおろして大喜びした。 |
| 長廬子聞而笑之曰:「虹蜺也、雲霧也、風雨也、四時也、此積気之成乎天者也。山岳也、河海也、金石也、火木也、此積形之成乎地者也。知積気也、知積塊也、奚謂不壊? 夫天地、空中之一細物、有中之最巨者。難終難窮、此固然矣。難測難識、此固然矣。憂其壊者、誠為大遠。言其不壊者、亦為未是。天地不得不壊、則会帰於壊。遇其壊時、奚為不憂哉?」 |
学者の長廬子はこれを聞くと、笑って言った。 「虹も雲霧も、風雨も四季の移り変わりも、これらは天において気が集まってできたものだ。 山岳も河川や海も、金属や岩石、火や木も、これらは地において形のあるものが集まってできたものだ。 『気が集まったもの』『土の塊が集まったもの』だとわかっている以上、なぜ『壊れない』と断言できるのか。 そもそも天地は、無限の空間に浮かぶ一つの微小な物体に過ぎないが、世界に存在するあらゆる物の中では最も巨大なものである。 消滅しにくく極めつくしにくいのは確かだし、推し量りづらく理解しがたいのも確かだ。 だから、天地が壊れるのを心配するのはあまりに現実離れした取り越し苦労だ。とは言え、『壊れることはない』と断言するのもまた間違いだ。 天地もいつか崩壊を免れぬのなら、いつか必ず崩壊するだろう。もしその崩壊の時に遭遇したなら、どうして憂えずにいられようか。」 |
| 子列子聞而笑曰:「言天地壊者亦謬、言天地不壊者亦謬。壊与不壊、吾所不能知也。雖然、彼一也、此一也。 故生不知死、死不知生。来不知去、去不知来。壊与不壊、吾何容心哉?」 |
列子はこれを聞いて笑って言った。 「天地が壊れると断言する者も間違いであり、天地は壊れないとと断言する者も間違いである。天地が壊れるか壊れないかは、人類が知り得ることではないのだ。 結局、壊れることも一つの可能性、壊れないことも一つの可能性だ。そもそも、生きている者に死後のことはわからない。死んだらもう生の感覚はわからなくなる。 来る者は去り行く者のことはわからず、去り行く者は来る者のことはわからない。壊れるか壊れないか、なんて、私ならそんな心配はしない。」 |
妖怪とは、おそらく天地の精気が物に宿って現れたものである。人間の内側で気が乱れると、その変化が外の世界に物の異変となって現れる。つまり、形あるものと神気との関係は、表と裏のようなものである。
その根本には五行の原理があり、人間社会のさまざまな事柄とも通じている。天地の気は、盛んになったり衰えたり、上昇したり下降したり、変化したり動いたりして、さまざまな現象を生み出す。しかし、その現象が吉兆なのか凶兆なのかについては、一定の原則に基づいて考えることができるのである。
夏の桀王の時代には、�試Rが消えた。秦の始皇帝の時代には、三つの山が消えた。周の顕王三十二年には、宋の大丘にあった社(神を祀る場所)が消えた。漢の昭帝末年には、陳留の昌邑にあった社が消えた。
『京房易伝』には、「山が何もないのにひとりでに移動するのは、天下に戦乱が起こり、国家が滅びる前兆である」と記されている。
会稽郡山陰県と瑯邪郡のあたりには、「怪山」と呼ばれる不思議な山がある。昔から、この山はもともと瑯邪郡東武県の東にある海中の山だったと伝えられている。 ある夜、突然、激しい風雨が起こり、あたりは真っ暗になった。翌朝になってみると、そこには見たこともない山が現れていた。人々は不思議に思い、その山を「怪山」と呼ぶようになった。 一方、東武県にあった山も、ある夜、一夜のうちに跡形もなく消えてしまった。その山を実際に見たことのある人々は、「東武の山が移動して、こちらに来たのだ」と考えたのである。現在、怪山の麓には「東武里」という地名が残っている。これは、この山が東武から移ってきたことを記念した名前なのである。 また、交州・脆州にあった山が青州まで移動したという話もある。このように、山が移動することは、いずれも天下に重大な異変が起こる前兆である。 ただし、この二つの出来事がいつ起こったのかについては、詳しい年代は分からない。
『尚書』の「金縢篇」には、次のような意味のことが記されている。
「山が移動するのは、君主が正しい政治の道を行わず、賢者が登用されないためである。政治の権限が君主のもとから離れ、賞罰も君主の意思によって行われなくなる。そして、君主の側近たちが徒党を組み、国の危機を救おうともしなくなる。その結果、王朝が交代し、国の名前や制度まで変わるのである」
古人は、「天のことを正しく語ろうとするなら、必ず人間の世界に照らして考えなければならない。逆に、人間のことを論じるなら、必ず天のあり方を根本に置いて考えなければならない」と説いた。
天には四季があり、太陽と月が互いに運行し、寒さと暑さが交互に入れ替わる。この天地の気が調和すれば雨となり、激しく動けば風となり、散れば露となり、乱れれば霧となり、凝り固まれば霜や雪となり、空中に立ち上がれば虹となる。これが天地の正常な働きである。
人間にも四肢と五臓があり、目覚めたり眠ったりし、息を吸ったり吐いたりしている。体内の精気が巡り、それが血や栄養となり、外に現れれば顔色となり、発すれば声となる。これもまた、人間の正常な状態である。 ところが、四季の運行が乱れ、寒さや暑さが本来の時期から外れると、五つの惑星の運行が乱れ、星々の動きも通常とは違ってくる。太陽や月が異常を起こし、彗星が現れることもある。これは、天地が危機に陥っていることを示す「診断」のようなものである。
寒さや暑さが季節に合わなくなるのは、天地の病気のようなものである。 石が地面から突き出し、土が盛り上がるのは、天地にできた「こぶ」のようなものである。 山が崩れ、大地が陥没するのは、天地にできた「腫れ物」のようなものである。 激しい風や暴雨は、天地の中を暴れ回る「気」のようなものである。 雨が降らず、川や水路が干上がるのは、天地が干からびてしまった状態なのである。
商の紂王の時代には、大きな亀に毛が生え、ウサギに角が生えた。これは、戦争が始まろうとしている前兆である。
周の宣王三十三年、のちの幽王が生まれた。この年、一頭の馬が狐に変化した。
周の恵王二年、恵王が鄭に滞在していたとき、鄭の人々が王の倉庫に入ったところ、そこにいた多くの生き物が「?」、つまり異形の虫に変化して人を射たという。
周の隠王二年四月、斉の土地が突然、一晩のうちに大きく盛り上がった。高さは一丈余り、幅は一尺五寸ほどであった。
『京房易妖』によれば、土地が季節に合わない時期に突然盛り上がる現象は、春と夏なら吉兆、秋と冬なら凶兆であるという。 また、歴陽郡では、一夜のうちに土地全体が地中へ沈み、その跡が湖となった。現在の歴湖がそれである。これがいつ起こったのかは分からない。
『運斗枢』には、「町が地中に沈むのは、陰の力が陽の力を飲み込み、下の者たちが互いに殺し合うことの前兆である」と記されている。
周の哀王八年、鄭で一人の女性が一度に四十人の子を産んだ。そのうち二十人は普通の人間として生まれ、残り二十人は死んでいた。 その翌年、晋では豚が人間の子を産んだという。
呉の赤烏七年には、一人の女性が一度に三人の子を産んだ。
周の烈王六年、林碧陽君の召使いの女性が、二匹の龍を産んだ。
魯の荘公八年、斉の襄公が貝丘で狩りをしていたところ、豚が現れた。従者が「これは公子彭生の霊である」と言った。 襄公は怒って、その豚を弓で射た。すると豚は人間のように二本足で立ち上がり、悲鳴を上げた。襄公は恐ろしくなって馬車から転げ落ち、足を負傷し、履物まで失った。
漢の劉向は、これは「豚による災い」の前兆であったと考えた。
魯の荘公の時代には、宮中の蛇と宮外の蛇が争ったことがあった。鄭の南門のところでは、内側にいた蛇が外から来た蛇と戦い、内側の蛇が死んだ。
劉向は、これも「蛇による災い」の前兆であると考えた。
『京房易伝』には、「後継者を誰にするか決められず、君主が迷っているときには、蛇が国の門に現れて争うという異変が起こる」と記されている。 魯の昭公十九年、鄭の都城の城門の外にある?淵という淵で、二匹の龍が争った。 劉向は、これも「龍による災い」の前兆であると考えた。
『京房易伝』には、「人々の心がまとまらず、不安定になっているときには、その町の中で龍が争うという異変が起こる」と記されている。
魯の定公元年には、九匹の蛇が柱に巻きつくという異変が起こった。 これは、「九代にわたって祀るべき祖先の霊廟が、きちんと祭祀されていない」ことの前兆だと考えられた。そこで、煬公のための宮を新たに建てたのである。
天には五気(木・火・金・水・土)があり、万物はこれによって化成する。cf.愚公移山
木気が清ければ仁であり、火気が清ければ礼であり、金気が清ければ義であり、水気が清ければ智であり、土気が清ければ思(思慮)である。五気がことごとく純粋であれば、聖徳が備わるのである。
木気が濁れば弱となり、火気が濁れば淫となり、金気が濁れば暴となり、水気が濁れば貪となり、土気が濁れば頑となる。五気がことごとく濁っていれば、民の下(最下等の者)である。
中土(中央の地)に聖人が多いのは、和気が交わる所だからである。絶域(果ての地)に怪物が多いのは、異気が生み出す所だからである。
かりそめにもこの気を稟(う)ければ、必ずこの形が生じる。かりそめにもこの形があれば、必ずこの性が生じる。 故に、穀物を食べる者は智能にして文雅であり、草を食べる者は力多くして愚かであり、桑を食べる者は糸を有して蛾となり、肉を食べる者は勇敢にして悍(荒々しい)であり、土を食べる者は無心にして息(やす)まず、食気する者は神明にして長寿であり、食さざる者は死せずして神(神仙)となる。
大腰の生き物(オオバチの類)には雄がなく、細腰の生き物(ジガバチの類)には雌がない。雄なき者は外接(外部から気を受けること)し、雌なき者は外育(他者の子を育てること)する。 三化の虫(蚕など)は先に孕んで後に交わり、兼愛の獣(自ら雌雄を兼ねる獣)は自ら牝牡となる。 寄生植物は高木に因(よ)り、女蘿(サルオガセ)は茯苓に託し、木は土に株し、萍(ウキクサ)は水に植(根づ)く。鳥は虚(空)を排して飛び、獣は実(地)を跖(ふ)んで走り、虫は土閉して蟄居し、魚は淵潜して処する。
天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しみ、時に本づく者は傍に親しむ。各々その類に従うのである。
千歳の雉は海に入って蜃(大蛤・大蛇)となり、百歳の雀は海に入って蛤となり、千歳の亀・黿(スッポン)は人と語ることができ、千歳の狐は起(たたず)んで美女となり、千歳の蛇は断ち切られても復(ま)た続き、百歳の鼠は相卜(占うこと)ができる。これは数の至(極み)である。
春分の日は鷹が変化して鳩となり、秋分の日は鳩が変化して鷹となる。これは時の化である。
故に腐草が蛍となり、朽葦が蛬(キリギリス)となり、稲がイネムシとなり、麦が蝴蝶(蝶)となる。羽翼が生じ、眼目が成り、心智が備わる。これは「無知」から化して「有知」となり、気が易(変わ)ったからである。
雀がノロとなり、蛬がエビとなるのは、その血気を失うことなくして、形と性が変化したからである。
このような類いは、挙げて論じきれないほどである。変化に応じて動くこと、これが順常(道理に従うこと)である。もしその方向を誤れば、妖しい怪異となる。
故に、下体が上に生じたり、上体が下に生じたりするのは、気の反(逆転)である。人が獣を生み、獣が人を生むのは、気の乱である。男が化して女となり、女が化して男となるのは、気の貿(貿易・入れ替わり)である。
魯の牛哀という者は病を得て、七日で化して虎となり、形体が変易し、爪牙が張り出した。その兄が戸を開けて入ってくると、これを搏(とら)えて食べた。彼が人間であった時には、まさか自分が虎になるとは知らなかったし、現に虎となっている時には、自分がかつて人間であったことを知らなかった。
また晋の太康年中、陳留の阮士?はハブに傷つけられ、その痛みに耐えかねて数々その傷の匂いを嗅いでいたところ、やがて双(二匹)のハブが鼻の中に成った。
元康年中、歴陽の紀元載は客として道中で食したスッポンにより、やがて?(腹の中の塊)が成った。医者が薬でこれを攻めたところ、銭ほどの大きさで頭・足・殻が備わり、文甲(甲羅の模様)もことごとく具わった亀の子を数升吐き下した。ただし薬に当たって既に死んでいた。
夫婦は化育の気ではなく、鼻は胎孕の所ではなく、享道(消化器官)は下物(生物を生み出す)の具ではない。
これよりこれを観れば、万物の生死やその変化というものは、通神の思(神に通じる深い思慮)によらなければ、これを自己の中に求めたところで、どうしてその自ら来る所がわかろうか。わかるはずはない。
しかしながら、朽草が蛍となるのは腐によるものであり、麦が蝴蝶となるのは湿によるものである。そうであれば、万物の変化にはみな原因があるのである。 農夫が麦の変化を止めるのは、これを灰でひたすからである。聖人が万物の変化を理するのは、これを「道」で済けるからである。とは言うものの、真実は果たしてそうか、それともそうではないのか。
参考 原漢文
天有五氣,萬物化成:木清則仁,火清則禮,金清則義,水清則智,土清則思:五氣盡純,聖德備也。木濁則弱,火濁則淫,金濁則暴,水濁則貪,土濁則頑:五氣盡濁,民之下也。中土多聖人,和氣所交也。絕域多怪物,異氣所產也。苟稟此氣,必有此形;苟有此形,必生此性。故食穀者智能而文,食草者多力而愚,食桑者有絲而蛾,食肉者勇橄而悍,食土者無心而不息,食氣者神明而長壽,不食者不死而神。大腰無雄,細腰無雌;無雄外接,無雌外育。三化之蟲,先孕後交;兼愛之獸,自為牝牡;寄生因夫高木,女蘿托乎茯苓,木株於土,萍植於水,鳥排虛而飛,獸跖實而走,蟲土閉而蟄,魚淵潛而處。本乎天者親上,本乎地者親下,本乎時者親旁:各從其類也。千歲之雉,入海為蜃;百年之雀,入海為蛤;千歲龜黿,能與人語;千歲之狐,起為美女;千歲之蛇,斷而復續;百年之鼠,而能相卜:數之至也。春分之日,鷹變為鳩;秋分之日,鳩變為鷹:時之化也。故腐草之為螢也,朽葦之為蛬也,稻之為也,麥之為蝴蝶也; 羽翼生焉,眼目成焉,心智在焉:此自無知化為有知,而氣易也。雀之為獐也,蛬之為蝦也:不失其血氣,而形性變也。若此之類,不可勝論。應變而動,是為順常 ;苟錯其方,則為妖眚。故下體生於上,上體生於下:氣之反者也。人生獸,獸生人:氣之亂者也。男化為女,女化為男:氣之貿者也。魯,牛哀,得疾,七日化而為虎,形體變易,爪牙施張。其兄啟戶而入,搏而食之。方其為人,不知其將為虎也;方有為虎,不知其常為人也。故晉,太康中,陳留阮士瑀,傷於虺,不忍其痛,數嗅其瘡,已而雙虺成於鼻中。元康中,歷陽紀元載客食道龜,已而成瘕,醫以藥攻之,下龜子數升,大如小錢,頭足殼備,文甲皆具,惟中藥已死。夫妻非化育之氣,鼻非胎孕之所,享道非下物之具:從此觀之,萬物之生死也,與其變化也,非通神之思,雖求諸已,惡識所自來。然朽草之為螢,由乎腐也;麥之為蝴蝶,由乎濕也。爾則萬物之變,皆有由也。農夫止麥之化者,漚之以灰;聖人理萬物之化者,濟之以道:其然與;不然乎?
宋家の母
魏(ぎ)の黄初(こうしょ)年中のことである。
清河(せいか)の宋士宗(そうしそう)という人の母が、夏の日へ浴室へはいって、家内の者を遠ざけたまま久しく出て来ないので、人びとも怪しんでそっと覗(のぞ)いてみると、浴室に母の影は見えないで、水風呂のなかに一頭の大きいすっぽんが浮かんでいるだけであった。たちまち大騒ぎとなって、大勢が駈け集まると、見おぼえのある母のかんざしがそのすっぽんの頭の上に乗っているのである。
「お母さんがすっぽんに化けた」
みな泣いて騒いだが、どうすることも出来ない。ただ、そのまわりを取りまいて泣き叫んでいると、すっぽんはしきりに外へ出たがるらしい様子である。さりとて滅多(めった)に出してもやられないので、代るがわるに警固しているあいだに、あるとき番人の隙(すき)をみて、すっぽんは表へ這い出した。又もや大騒ぎになって追いかけたが、すっぽんは非常に足が疾(はや)いので遂に捉えることが出来ず、近所の川へ逃げ込ませてしまった。
それから幾日の後、かのすっぽんは再び姿をあらわして、宋の家のまわりを這い歩いていたが、又もや去って水に隠れた。
近所の人は宋にむかって母の喪服を着けろと勧めたが、たとい形を変じても母はまだ生きているのであると言って、彼は喪服を着けなかった。
狸老爺(たぬきおやじ)
晋(しん)の時、呉興(ごこう)の農夫が二人の息子を持っていた。その息子兄弟が田を耕(たがや)していると、突然に父があらわれて来て、子細(しさい)も無しに兄弟を叱(しか)り散らすばかりか、果ては追い撃とうとするので、兄弟は逃げ帰って母に訴えると、母は怪訝(けげん)な顔をした。
「お父(とっ)さんは家(うち)いるが……。まあ、ともかくも訊いてみよう」
訊かれて父はおどろいた。自分はさっきから家にいたのであるから、田や畑へ出て行って息子たちを叱ったり殴ったりする筈がない。それは何かの妖怪がおれの姿に化けて行ったに相違ないから、今度来たらば斬り殺せと言い付けたので、兄弟もそのつもりで刃物を用意して行った。
こうして息子らを出してやったものの、父もなんだか不安であるので、やがて後から様子を見とどけに出てゆくと、兄弟はその姿を見て刃物を把(とり)直した。
「化け物め、また来たか」
父は言い訳をする間もなしに斬り殺されてしまった。兄弟はその正体を見極めもせずに、そこらの土のなかに埋めて帰ると、家には父がかれらの帰るのを待っていた。
「化け物めを退治して、まずまずめでたい」と、父も息子らもみな喜んだ。化け物が父に変じていることを兄弟は覚(さと)らなかった。
幾年か過ぎた後、ひとりの法師がその家に来て兄弟に注意した。
「おまえ達のお父(とっ)さんには怖ろしい邪気が見えますぞ」
それを聞いて、父は大いに怒って、そんな奴は早速逐(おい)出してしまえと息子らに言い付けた。それを聞いて、法師も怒った。かれは声を※(「がんだれ+萬」、第3水準1-14-84)(はげしゅう)して家内へ跳り込むと、父は忽ち大きい古狸に変じて床下へ逃げ隠れたので、兄弟はおどろきながらも追いつめて、遂に生け捕って撲(うち)殺した。
不幸な兄弟はこの古狸にたぶらかされて、真の父を殺したのである。一人は憤恨のあまりに自殺した。一人も懊悩(おうのう)のために病いを発して死んだ。
まさか、NHKの語学番組で「心霊特集」か?? #中国語ナビ 公式サイト?? https://t.co/gx9iGRCre3 来週(2025年8月20日)放送回の予告写真が怖すぎて、視聴者のあいだに「#ゆきりん 大丈夫??」と心配する声が広がっています?? https://t.co/OcB0cKkN5F
— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) August 13, 2025
天地之間、有理有気。理也者、形而上之道也、生物之本也。気也者、形而下之器也、生物之具也。是以人物之生、必禀此理、然後有性。必禀此気、然後有形。其性其形、雖不外乎一身、然其道器之間、分際甚明、不可乱也。若劉康公所謂天地之中、所謂命者、理也、非気也。所謂人受以生、所謂動作威儀之則者、性也、非形也。今不審此、而以魂魄鬼神解之、則是指気為理、而索性於形矣、豈不誤哉。所引礼運之言、本亦自有分別。其曰天地之徳者、理也。其曰陰陽之交、鬼神之会者、気也。今乃一之、亦不審之誤也。詩曰「天生烝民、有物有則」。周子曰「無極之真、二五之精、妙合而凝」。所謂真者、理也。所謂精者、気也。所謂則者、性也。所謂物者、形也。上下千有余年之間、言者非一人、記者非一筆、而其説之同、如合符契、非能牽連配合而強使之斉也。此義理之原、学者不可不察。cf.朱子学の影響を受けて、漢詩の「正気歌」(正気の歌)が作られるようになった。
(訳) 天地の間には、「理」と「気」という二つのものがある。 「理」とは、目に見える形を超えた世界の原理であり、万物が生まれる根本となるものである。一方、 「気」とは、形ある世界を成り立たせている具体的な材料のようなものであり、万物を生み出すための働きである。 したがって、人間やその他の生き物が生まれるときには、必ず「理」を受けて「性」、つまりそのものの本質を得る。また、「気」を受けて、具体的な身体や形を得るのである。 「性」と「形」は、どちらも一人の人間の中に存在している。しかし、「形而上」の理と「形而下」の気・形との間には、はっきりとした区別がある。この二つを混同してはならない。 たとえば、春秋時代の劉康公がいう「天地の中にあるもの」や「天から人に与えられた命」というものは、「理」にあたるのであって、「気」のことではない。また、人間がこの世に生まれたときに受けるものや、人間の行動や立ち居振る舞いの基準となるものは「性」であって、目に見える身体や形のことではない。 ところが、この区別をよく考えずに、それらを魂魄や鬼神の働きによって説明してしまうと、「気」を「理」だと考え、「形」の中に「性」を求めることになってしまう。これは大きな誤りではないか。 また、古典の『礼記』「礼運篇」に引用されている言葉についても、本来はきちんと区別して考えなければならない。 そこにいう「天地の徳」とは「理」のことである。一方、「陰陽が交わること」や「鬼神が集まること」とは「気」の働きである。この二つを一緒にしてしまうのも、物事をよく見分けていないことから生じる誤りである。 『詩経』には、 「天は多くの人々を生み、そのすべてのものには、それぞれの形があり、それぞれの法則がある」 とある。 また、周濂渓は、 「無極の真と、陰陽五行の精が、巧みに結び合って形を成す」 と述べている。 ここでいう「真」とは「理」のことであり、「精」とは「気」のことである。「則」とは、それぞれのものが本来持っている「性」のことであり、「物」とは具体的な「形」を持った存在のことである。 このように、時代をさかのぼれば千年以上もの隔たりがあり、これらについて語った人も一人ではなく、それを記録した文章も一つではない。それにもかかわらず、そこに示されている考え方は、まるで符を合わせたように一致している。 もちろん、後世の人がさまざまな説を無理につなぎ合わせて、同じ考えになるように仕立てたわけではない。 これは、「理」と「気」、そして「性」と「形」をめぐる、儒学の根本的な考え方である。学問をする者は、この点を十分に理解しておかなければならない。