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学び直しの中国古代史
開封 敦煌 杭州 三つの古い都市

最新の更新2025年7月5日   最初の公開2025年7月5日

以下、
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=8022688より引用。
 中国史では 西安(長安)・洛陽・北京・南京を「四大古都」と言い習わしてきました。20世前半、北宋(960年 - 1127年)の首都であった開封が、南宋(1127年 - 1279年)の首都であった杭州(臨安)が加わり「六大古都」となりました 本講座では、大運河の水運で宋代に最盛期を迎えた開封と杭州、そして同じく宋代にシルクロードのオアシス国家として栄えた敦煌という3つの都市を取り上げ、この三つの古都の歴史と魅力を、豊富な図版を使い、予備知識のないかたにもわかりやすく解説します。(講師・記)
曜日・時間 第2火曜日 15:30〜17:00 教室・オンライン自由講座 見逃し配信あり 千葉教室
  1. 7/8 開封
  2. 8/5 敦煌
  3. 9/9 杭州

第1回 開封
 中国の中央部に位置する開封は、紀元前4世紀、戦国時代の魏が首都・大梁をこの地に置いて以来、五代十国の諸王朝や北宋の首都が置かれました。 特に北宋時代の開封は、活気に満ちた商業都市としても繁栄し、庶民文化が花開きました。開封の繁栄ぶりは、『東京夢華録』や『清明上河図』などの歴史資料でも描かれています。 また、古典小説『水滸伝』や井上靖の歴史小説『敦煌』、日本でも放送された中国の歴史ドラマでも開封は物語の舞台として登場します。
YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=PL6QLFvIY3e-nTiYQZVyiDeaHy3V9DDt4d

○開封市について
歴史的都市名としては「かいほう」と読むが、現代日本では「かいふう」と読む人も多い。
河南省の東部に位置する地方都市で、人口は527万、総面積は6444平方キロメートル(ちなみに千葉県の人口は628万人で面積は5,157平方キロ)。市街地の人口は90万人(ちなみに千葉市の人口は97万人)。
全国を統治した統一王朝の首都となったのは、北宋の時代だけだが、11世紀から12世紀にかけて世界最大級の都市であった。
日本では、埼玉県戸田市と姉妹都市。
cf.戸田市公式サイト 「中国・開封市(かいふうし)と友好都市締結35周年」 https://www.city.toda.saitama.jp/koho-toda/190701/topics04.html ★歴史的な都市としての開封が登場する作品
井上靖の小説『敦煌』 時代設定は北宋。映画化もされた。
中国の古典小説『水滸伝』 時代設定は北宋末期。北方謙三氏の「大水滸伝シリーズ」など、水滸伝ものの創作作品は多い。
中国のテレビドラマ『中国ドラマ 開封府〜北宋を包む青い天〜』 https://www.bs-tvtokyo.co.jp/kaihofu/
漫画家の青木朋氏による歴史漫画『天上恋歌〜金の皇女と火の薬師〜』(連載中)
他多数


○ポイント、キーワード
○辞書的な説明

○略年表 ○その他

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第2回 敦煌
 敦煌(とんこう)は、シルクロードの要衝として栄えたオアシス都市です。今から2千年あまり昔、前漢の武帝(前141年-前87年)が都市としての敦煌郡を設置して以来、中国本土への出入口となり、東西交流の歴史を積み重ねてきました。 昭和期の日本では、井上靖の小説『敦煌』(1959年刊)や1980年代のドキュメンタリー番組『NHK特集 シルクロード』など敦煌のブームがありました。
YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=PL6QLFvIY3e-l3sjLfwGP690wY7jL1Rdoc

○キーワード・ポイント
 敦煌は、現在は地方の小都市であるが、シルクロードの全盛時代には中国の「大西北」の中心地であった。
 敦煌の全盛期は、前2世紀の漢の武帝の時代から、8世紀の唐の玄宗皇帝の時代までである。敦煌は明の後半から清の初期まで、およそ2百年にわたる空白時代にいったん荒廃したが、近世に復興した。
 仏教関係の「敦煌石窟」「敦煌壁画」や、「敦煌文書」などが有名。敦煌郊外の莫高窟(ばっこうくつ)は1980年のNHK特集で日本でも有名になった。
現在の敦煌は、中華人民共和国甘粛省の「県級市」で、甘粛省酒泉市の一部である。「河西回廊」の西端に位置し、甘粛省・青海省・新疆ウイグル自治区の3つの地域を結ぶ要衝である。
 地図 https://ja.wikipedia.org/wiki/敦煌市
敦煌市の面積は3万1200平方キロメートルと広大だが(北海道の面積は8万3456平方キロ、岩手県は1万5278平方キロ)、人口は2020年11月1日現在で18万5231人にすぎない(東京都立川市の人口は18万4266人)。
 敦煌市は観光産業に力を入れている。コロナ前は、人口19万ほどのこの都市に、年間900万人の観光客が訪れていた。
・国家重点風景名勝区:鳴沙山、月牙泉
・全国重点文物保護単位:莫高窟、玉門関、万里の長城ののろしの遺跡、など
参考記事 「観光を軸にインテリジェントな街づくりを目指すスマート敦煌」 2018.07.06
https://www.huawei.com/jp/publications/huawave/30/hw30_winners

○辞書的な説明

○略年表
○その他  井上靖の歴史小説『敦煌』にも出てくる「敦煌文書」には、以下のような文書も含まれている。
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第3回 杭州
 杭州(こうしゅう)は、風光明媚な景観と豊かな文化を誇る歴史都市です。 今から5500年前の良渚文化(りょうしょぶんか)は、現在の杭州市余杭区の良渚遺跡にあった稲作都市文明です。 隋の煬帝が築いた大運河の南の起点となって以来、経済の発展と文化の洗練が進みました。 唐の白居易や北宋の蘇東坡はじめ、歴代の文人墨客は杭州をほめたたえました。 南宋(1127年〜1279年)の時代には臨安と称されて国都となり、元の時代に杭州を訪れたマルコ・ポーロは世界最大の都市としてその繁栄をヨーロッパに紹介しました。 21世紀の現在も経済的に発展した大都市でり続けています。
YouTube https://www.youtube.com/playlist?list=PL6QLFvIY3e-nP0GwJSkqo-7esSIv1Jmjs

○ポイント、キーワード
○辞書的な説明
○略年表
○その他
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