大登殿(だいとうでん)Da-deng-dian
これからご覧いただくのは、大登殿、威風堂々と宮殿に乗り込む、という御芝居です。
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薛平貴が幕の中で歌います。
「宮殿で皇帝の服に着がえた」
まず家来や大臣たちが舞台に登場してならび、そのあと主人公の薛平貴が登場して歌います。
「このわたしにも、とうとうこのハレの日が来た。
さて、皇帝として馬達(ばたつ)と江海(こうかい)のふたりに命ずる。
余はいま、みやこ長安(ちょうあん)の宮殿の中にあり、
めぐり歩いて、玉座(ぎょくざ)の間(ま)にゆく。
抜群の功績をたてた蘇竜(そりゅう)を、ここに呼べ」
蘇竜がやってきました。彼は、薛平貴の義兄にあたります。
薛平貴は気前よく、蘇竜に位を授けてやります。
蘇竜は喜んで、薛平貴の前からさがります。
次に呼ばれたのは、妻・王宝釧の父親である王允(おういん)です。
薛平貴は、義父の顔を見てかんかんに怒ります。義父が薛平貴と王宝釧のことを迫害してきたからです。
薛平貴は、妻の父の首を切り落としてしまえ、と、命令します。
そこへ薛平貴の妻・王宝釧があわててかけつけてきました。
彼女は夫にむかって、父親の命ごいをして歌います。
「もし父親の命をたすけてくれなければ
今まであなたと苦労をともにしてきた私も死にます」
父親が目をこらしてみると、自分の命を救ってくれたのは、今までいじめてきた娘でした。
父親は、娘が薛平貴への愛をつらぬこうとしたことが気に入らず、彼女をいじめてきたのですが、その娘にいま自分の命を助けてもらったことを知りました。
王宝釧は父親にむかって、うらみごとを歌います。
「二人のお姉さまはそれぞれ結婚して幸せになったのに
私だけが、結婚したあとつらい目にあいました。
しかし、最後の出世頭(しゅっせがしら)はわが夫
今や夫は皇帝になったのですもの」
王宝釧の父親は、薛平貴の前に謝罪します。
次に呼ばれるのは、薛平貴のもう一人の義兄である魏虎(ぎこ)です。
父親の命ごいをした王宝釧も、姉の夫に対しては容赦はしません。
魏虎はあっさり首を切られ、死刑になりました。
次に呼ばれたのは、薛平貴の二番目の妻となった、外国の王女・代戦公主です。
彼女は服装も髪形も、そして歩きかたも、中国のお姫さまとはちがいます。
外国からきた彼女は、中国の宮殿のなかを珍しげに見回します。
代戦公主は、はじめて王宝釧と体面します。
ふたりは一人の男を夫とするライバル。一瞬の緊張感が舞台のうえに張りつめます。
王宝釧は微笑し、両方の袖を軽く振って挨拶します。代戦公主は「中国の挨拶は、まるで鳥がはばたいてるみたいね」と、驚きます。
王宝釧は、代戦公主の若くあでやかな姿を見て、しみじみと歌います。
「彼女の姿は仙女(せんにょ)と見まごうばかりに美しい
夫が十八年もの長いあいだ、彼女の国にとどまって帰ってこなかったのも、もっともなこと
これから私はあなたの姉となり、あなたは私の妹となり
ふたりで仲良く夫につかえしましょう。
妹よ、十八年ものあいだ、あの人の世話を外国でしてくれて、ありがとう」
代戦公主も歌います。
「お姉様こそ御立派ですわ
十八年ものあいだ、帰らぬ夫を待ち続け
家族からのいじめに耐えつづけたのですから」
薛平貴は、前からの妻と新しい妻が仲良く理解しあったのを見て、ほっとして歌います。
「ふたりとも私の愛する妻だ。両方に高い位を与えよう。これから私たち三人で中国を治めていこう」
王宝釧と外国の王女は、たがいにゆずりあいながら夫に仕えることを誓います。
次に呼ばれたのは、妻の母親でした。
薛平貴は、自分が皇帝の位についたお祝いとして、天下の罪人たちの罪をゆるして釈放すること、税金を安くすること、などを命令します。
妻の母親が、車にのってやってきます。京劇では、俳優が手に「車」という文字を書いた旗を持つことで、車に乗っていることを表わします。
彼女は感慨深げに歌います。
「宮殿の中にすわっているのが、あの、むこどのか
昔はまずしく、みすぼらしかったあの彼が
今は皇帝となって、堂々と王座にすわっているとは」
代戦公主は、王宝釧の母親に初対面の挨拶をします。
王宝釧の母親は、父親とちがい、王宝釧にやさしくしていました。
薛平貴も、義理の母親には頭をさげます。そして義理の母親が、余生を楽しく送れるよう、彼女に宮殿をひとつプレゼントします。
王宝釧の母親は、しょんぼりした父親にむかって歌います。
「あなたはずっと口ぐせのように
『女の子なんぞ生んでも役にたたぬ』とおっしゃっていましたが
ほれ、ごらんなさい、立派な娘ひとりは、ボンクラ息子十人にまさるのです
さあ、余生をたのしく、ふたりで一緒に過ごしましょう」
薛平貴は、義親にむかって歌います。
「父上、あなたを『養老院の大臣』に任命いたします
ただし、名誉職で、実権はなにもありません」
王宝釧の父親は、 ため息をつきながら下がってゆきます。
薛平貴は、人生最良の日の喜びを、苦労を共にした妻や仲間たちとかみしめるのでした。
(完)