1999.2
大登殿(だいとうでん)Da-deng-dian

 これからご覧いただくのは、大登殿、威風堂々と宮殿に乗り込む、という御芝居です。
 京劇「三撃掌(さんげきしょう)」「武家坡(ぶかは)」の続きの物語。若いころ中国で苦労した薛平貴(せつへいき)は、西の外国の王女・代戦公主(だいせんこうしゅ)と結婚して国王となり、外国の軍隊をひきいて中国を征服し、とうとう中国の皇帝の座につきました。
 薛平貴の妻・王宝釧(おうほうくん)は、夫と別れてひとり中国に残っていた十八年間のあいだ、苦労をかさねていましたが、今や皇后の座につきました。かって薛平貴をいじめた妻の父親や義理の兄は、それぞれ罰を受けました。
 苦労のすえ天下を取った男の胸のすくような歌声が聞きどころである京劇「 大登殿」、どうぞお楽しみください。

(時間45-50分)

 薛平貴が幕の中で歌います。
「宮殿で皇帝の服に着がえた」
 まず家来や大臣たちが舞台に登場してならび、そのあと主人公の薛平貴が登場して歌います。
「このわたしにも、とうとうこのハレの日が来た。
さて、皇帝として馬達(ばたつ)と江海(こうかい)のふたりに命ずる。
余はいま、みやこ長安(ちょうあん)の宮殿の中にあり、
めぐり歩いて、玉座(ぎょくざ)の間(ま)にゆく。
抜群の功績をたてた蘇竜(そりゅう)を、ここに呼べ」

 蘇竜がやってきました。彼は、薛平貴の義兄にあたります。

 薛平貴は気前よく、蘇竜に位を授けてやります。
 蘇竜は喜んで、薛平貴の前からさがります。

 次に呼ばれたのは、妻・王宝釧の父親である王允(おういん)です。
 薛平貴は、義父の顔を見てかんかんに怒ります。義父が薛平貴と王宝釧のことを迫害してきたからです。
 薛平貴は、妻の父の首を切り落としてしまえ、と、命令します。

 そこへ薛平貴の妻・王宝釧があわててかけつけてきました。
 彼女は夫にむかって、父親の命ごいをして歌います。
「もし父親の命をたすけてくれなければ
今まであなたと苦労をともにしてきた私も死にます」

 父親が目をこらしてみると、自分の命を救ってくれたのは、今までいじめてきた娘でした。

 父親は、娘が薛平貴への愛をつらぬこうとしたことが気に入らず、彼女をいじめてきたのですが、その娘にいま自分の命を助けてもらったことを知りました。

 王宝釧は父親にむかって、うらみごとを歌います。
「二人のお姉さまはそれぞれ結婚して幸せになったのに
私だけが、結婚したあとつらい目にあいました。
しかし、最後の出世頭(しゅっせがしら)はわが夫
今や夫は皇帝になったのですもの」

 王宝釧の父親は、薛平貴の前に謝罪します。

 次に呼ばれるのは、薛平貴のもう一人の義兄である魏虎(ぎこ)です。

 父親の命ごいをした王宝釧も、姉の夫に対しては容赦はしません。

 魏虎はあっさり首を切られ、死刑になりました。

 次に呼ばれたのは、薛平貴の二番目の妻となった、外国の王女・代戦公主です。
 彼女は服装も髪形も、そして歩きかたも、中国のお姫さまとはちがいます。
 外国からきた彼女は、中国の宮殿のなかを珍しげに見回します。

 代戦公主は、はじめて王宝釧と体面します。
 ふたりは一人の男を夫とするライバル。一瞬の緊張感が舞台のうえに張りつめます。

 王宝釧は微笑し、両方の袖を軽く振って挨拶します。代戦公主は「中国の挨拶は、まるで鳥がはばたいてるみたいね」と、驚きます。

 王宝釧は、代戦公主の若くあでやかな姿を見て、しみじみと歌います。
「彼女の姿は仙女(せんにょ)と見まごうばかりに美しい
夫が十八年もの長いあいだ、彼女の国にとどまって帰ってこなかったのも、もっともなこと
これから私はあなたの姉となり、あなたは私の妹となり
ふたりで仲良く夫につかえしましょう。
妹よ、十八年ものあいだ、あの人の世話を外国でしてくれて、ありがとう」

 代戦公主も歌います。
「お姉様こそ御立派ですわ
十八年ものあいだ、帰らぬ夫を待ち続け
家族からのいじめに耐えつづけたのですから」

 薛平貴は、前からの妻と新しい妻が仲良く理解しあったのを見て、ほっとして歌います。
「ふたりとも私の愛する妻だ。両方に高い位を与えよう。これから私たち三人で中国を治めていこう」

 王宝釧と外国の王女は、たがいにゆずりあいながら夫に仕えることを誓います。

 次に呼ばれたのは、妻の母親でした。
 薛平貴は、自分が皇帝の位についたお祝いとして、天下の罪人たちの罪をゆるして釈放すること、税金を安くすること、などを命令します。

 妻の母親が、車にのってやってきます。京劇では、俳優が手に「車」という文字を書いた旗を持つことで、車に乗っていることを表わします。
 彼女は感慨深げに歌います。
「宮殿の中にすわっているのが、あの、むこどのか
昔はまずしく、みすぼらしかったあの彼が
今は皇帝となって、堂々と王座にすわっているとは」

 代戦公主は、王宝釧の母親に初対面の挨拶をします。
 王宝釧の母親は、父親とちがい、王宝釧にやさしくしていました。
 薛平貴も、義理の母親には頭をさげます。そして義理の母親が、余生を楽しく送れるよう、彼女に宮殿をひとつプレゼントします。

 王宝釧の母親は、しょんぼりした父親にむかって歌います。
「あなたはずっと口ぐせのように
『女の子なんぞ生んでも役にたたぬ』とおっしゃっていましたが
ほれ、ごらんなさい、立派な娘ひとりは、ボンクラ息子十人にまさるのです
さあ、余生をたのしく、ふたりで一緒に過ごしましょう」

 薛平貴は、義親にむかって歌います。
「父上、あなたを『養老院の大臣』に任命いたします
ただし、名誉職で、実権はなにもありません」

 王宝釧の父親は、 ため息をつきながら下がってゆきます。

 薛平貴は、人生最良の日の喜びを、苦労を共にした妻や仲間たちとかみしめるのでした。

(完)


[「京劇実況中継」目次に戻る]