5-3 PMIR理論

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,超心理学の知見からボトムアップに生まれた,最も洗練された理論と言われる,PMIRを解説する。

<1> スタンフォードの洞察

 レックス・スタンフォードは,テキサス州オースティンにあった超心理学研究センターで,無意識に働くPSIに注目した研究を行なった(現在はセント・ジョーンズ大学)。彼は1974年,「PSI媒介道具的反応(PMIR)」という理論を提唱した。「道具的反応」とは,何らかの目的を達成するための手段(途中段階)として現われるプロセスであり,PMIRでは,そこにPSIが働くとしている。
 彼がPMIRの着想に至った手がかりは,第1に,PSIは,意図せずに無意識に働く傾向がある(4-8)こと,第2に,複雑な機構にも問題なくPSIが働く(3-5)こと,第3に,PSIは,必要性,目的,報酬,動機づけなどがあるところに現われる(4-1)ことであった。
 PMIRでは,PSIは常に主体から世界へと(環境をスキャニングするように)広がっており,目的を達成する最も「倹約的な」プロセスを発見して働くと見なされる。最も倹約的プロセスを選ぶので,PSIは結果的に,意識的に自覚されることさえも回避すると言う。これは例えば,歩行時に足の出し方が意識されると歩き方がぎこちなくなるので,歩行運動が無意識的に行なわれるのと類似した事柄である。

<2> PMIRに影響する要因

 スタンフォードは,PMIRが次のような要因に影響されるとした。促進要因は,目的を達成する必要性の高さや報酬への動機づけの高さである。抑制要因は,PSIに対する心配や不安,恐怖や罪の意識である。PSIは,こうした要因のバランスで,働いたり働かなかったりする。また,PSI発揮主体とターゲットとの間が,時空間上で近接している場合ほど起きやすいともされる。
 「意識すること」は多くの場合,抑制要因になるので,あまり意識しないときに偶発的にESPが働いたり,努力をやめたときにPKが発揮されたりするのだ。PSI発揮に対して責任を回避できる状態も,罪の意識が低くなりPSIが発揮されやすい(5-1)。
 予感実験(3-4)でPSIが検出されやすいことは,PMIRの観点からうまく説明できる。予感実験では,無意識に起きるPSIを捉えようとしているし,誘引動機が高い性的なターゲットや,排除動機が高い死にまつわるターゲットを使用している。

<3> サイバネティック・モデル

 脳が,五感を通じて外界の情報を収集し,身体運動を制御して行動を生み出しているという考え方を,サイバネティック・モデルと呼ぶ。これは情報工学における典型的な人間の捉え方であり,脳は情報処理の拠点となるコンピュータで,身体はあたかもロボットのように,脳の指令によって動作すると考えられる。PSIをこのモデルに当てはめて考えると,外界の情報がESPを通じて脳に運ばれ,脳の意図はPKによって外界に影響するとなる。サイバネティック・モデルは,我々にとって理解しやすく,超心理学者の多くも,PSIはそのように働くと漠然と考えている。
 けれどもPSIの性質を深く考えると,サイバネティック・モデルでは不適当な点が見受けられる。PMIRも基本的にはサイバネティック・モデルに沿っており,あたかも脳がESPで環境をスキャニングして,目的を達成する手段がないかどうかいちいち調べている,というようなメカニズムが想定されている。しかし,そう考えると,脳の負荷が高すぎる。目的を達成する手段が複雑ならば,脳は複雑な処理を行なわねばならないだろう。これでは,複雑な機構にも問題なくPSIが働くという点との矛盾が感じられる。スタンフォードはPMIRを改訂して,サイバネティック・モデルを脱却した「適合行動理論」を提唱した。

<4> 適合行動理論

 1978年にスタンフォードが提唱した適合行動理論によると,変動が大きく,非決定的な物理系は,「傾向性を持つシステム」の傾向性(主体にとっての必要性や目的を外的見方に言い替えた用語)に適合するよう,自然に決定づけられるとした。すなわち,傾向性という目的を動因として(PSIによって)適合行動が生まれるという,目的指向性の強い理論である。適合行動理論によれば,この決定づけこそがPSIなのであり,ESPもPKも一元的に理解される。
 適合行動理論の内容を具体的に説明しよう。スタンフォードは,非決定的な物理系の代表として乱数発生器を挙げている。乱数発生器にミクロPKが働いたように見えるのは,PKを働かせたいと希望する人間(傾向性を持つシステム)の傾向性に駆動されて,乱数発生器が,その希望にかなう状態に適合するのである。テレパシーの場合は,例えば,送り手の希望により,受け手の脳の非決定的な物理系が,自然に,ターゲットのイメージを写し出した状態になると理解される。言わば脳は大きな「乱数発生器」であるのだ。透視の場合は,希望する人間と,脳という「乱数発生器」を持っている人間とが,たまたま同じである,と考えれば良い。なお,乱数発生器の状態がどのようにして傾向性に適合するか,は示されてない。スタンフォードは,とにかく「そうなるのだ」ということを「万有引力はあるのだ」と同じように,そっくり受け入れたうえで考えようとしている。
 適合行動理論は,目的や希望というような心的世界から,物的世界への「ある種」の因果性(5-8)を認める方向性を持っており,心身問題の解決の観点から興味深い(8-3)。また,傾向性を持つシステムは,人間である必要はなく,原始生物や機械でもよさそうである。傾向性を物質から定義し,適合行動が物理的な法則として記述できれば,唯物論としての包括的な理解に到達する可能性もあろう。哲学者であり超心理学者のエッジは,適合行動理論の哲学的妥当性を議論している。
 だが,適合行動理論は,哲学的含蓄は深いものの,超心理学の実験結果を説明する度合いという点では,PMIR理論と大差ない。スタンフォードは,他の超心理学者の反応がかんばしくないためか,その後は適合行動理論を強くは主張しなくなってしまった。代わりに1982年と1990年には,PMIR理論における「必要性」を「傾向性」に,「道具的反応」を「目的に合う反応」と言い換えた。PMIR理論の方を適合行動理論へと若干近づけたと言えよう。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるパーマー氏の講演をもとにしている。また,まえがきに掲げた「文献2」と「文献3」も参考にしている。


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