5-2 進化適応の理論

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,我々がPSIという能力を持っていると仮定した場合,進化生物学から考えて,その性質はどのようなものかを検討する。

<1> PSIは進化によって獲得されたか

 ESPが五感と同様に人間の知覚能力の一部であり,PKが手足と同様に人間の運動能力の一部である,としてみよう。生物学的に考えれば,人間の能力は進化的に獲得されてきた。すなわち,生存競争に勝ち残ることによって,多くの変異種の中から環境に適応した種が繁栄する,そのプロセスで,必要な能力が獲得されるのだ。PSIが生物学的な能力であるならば,PSIは環境に適応的な役割を果たしていたので,我々に備わったことになる。他の個体よりも生存競争で優位に立ち,遺伝子を後世に残すのにPSIが利用されていたに違いない。
 確かに,ESP能力は食べ物を探すのに利用できるし,PK能力は食べ物を獲得するのに利用できる。PSI能力は高ければ高いほど,生存競争に有利であろう。ならば,何故我々は高いPSI能力を持っていないのだろうか。強靭な手足の筋力は生存競争に有利ではあるが,それを維持するのに多くのエネルギーが(すなわち多くの食べ物が)必要であるから,結局は進化の過程で最も効率が良い(現在の)手足の筋力に落ち着いたと考えられる。それと同じように,PSI能力の維持にエネルギーがいるのだろうか。残念ながら,PSIと物理的なエネルギーの関連は見出されていない(むしろ関係が無いと考える超心理学者が多い)。
 では,PSI能力の低さは,生物学的にどのように説明できるだろうか。そのひとつの可能性は進化的安定戦略である。

<2> 進化的安定戦略

 進化的安定戦略とは,進化生物学者のメイナードスミスが理論的に導いた,進化上獲得される行動形態のことである。直感的に言えば,ある行動形態は,その戦略をとる個体が増えても安定であり,かつその増えた状態で他の戦略をとる個体が優位にならない場合に,進化的に安定な戦略として,生き残るのである。
 戦いを好む個体(タカ派)と,好まない個体(ハト派)の例で考えてみよう。力が強く戦いを好むタカは,生存競争に勝ち残り子孫を増やす。ところが,タカが大勢を占めるようになると,戦いばかりが発生し,互いに傷つけ合って安定した繁栄が望めない。一方で,戦いを好まないハトは,大勢になっても問題は少ないが,その状態にタカが現われると,食べ物を独占できてハトが追われてしまう。タカもハトも進化的安定戦略ではなく,進化上は,タカとハトが混在した状態で推移する。
 しかし,それらの中間的な行動形態には,かなり進化的に安定な戦略がある。それはナワバリ派であり,自分のナワバリの内側ではタカとして振舞い,他の個体の進入に対して戦いで排除しようとする一方,ナワバリの外側ではハトとして振舞って,他の個体に資源(食べ物,水,住居など)を譲るのである。ナワバリ派は,同一戦略を取る子孫が増えても,ナワバリに十分な資源がある間は繁栄を続けられるし,単純なタカやハトより,通常は進化的に優位である。
 PSI能力は,進化的安定戦略として,ある種のナワバリの内側でのみ有効に働くように抑制されているのでないか,という可能性が考えられる。PSI能力を使って資源を奪い合う個体群は絶滅し,個体の周囲に限って,あるいはまさかの時のみにPSIが発揮されるような謙虚な個体群が,現に今,生き残っているとされる。この理論に基づいて想像力をたくましくすれば,ナワバリの外側でPSIを発揮する個体がいたら,皆がPSIを働かせてやっつけてしまうというプロセスで,隠蔽効果も説明できよう。また,PSIが意識的には働きにくいという観察事実も,意識的に働かせることによって破滅的結果を招いた進化の歴史上の必然から,意識とPSIとを切り離す突然変異が起きたとも説明できよう。

<3> 高級能力としてのPSI

 一方でPSIは,五感や手足のような原始的能力ではない可能性がある。PSIは,あまりに微弱(あるいは制御不能)であるため,進化上の環境適応手段として用いられてこなかった。ところが,人間が進化して意識が現われた進化の段階で,何らかの進化上の偶然で顔を出し始めた「高級な能力」なのかもしれない。
 こうした方向の研究は,意識の探究(8-4)を進めた上で,初めて取組めるものだろう。現在は「意識」の進化的説明に諸説が立てられている段階である。例えば,生化学者ケアンズスミスの『心はなぜ進化するのか : 心・脳・意識の起源』(青土社)を参照されたい。

<4> PSIは進化の原理を変えるか

 そもそもPSIが存在するのであれば,生存競争に基づく進化の原理は修正されねばならないという議論も成立つ。タートが唱えるように,PSIによって自他の分離が消える(8-5)ならば,個体の環境適応度は,その個体の持つ遺伝子に直接起因するわけではなくなる。
 またスタンフォード(5-3)やシュミット(5-6)らが主張するように,PSIに目的指向性があるとすると,進化生物学が葬ったラマルクの獲得形質遺伝説が,一転して現実味を帯びてくる。エジンバラ大学に超心理学講座を寄付したケストラーは,ラマルク説をあからさまに支持していた(『サンバガエルの謎 : 獲得形質は遺伝するか』サイマル出版会)し,デューク大学に赴任した頃のラインは,マクドゥーガルとともにネズミの迷路学習の実験を行ない,獲得形質の遺伝に対して肯定的な結果(迷路の学習が速くなる)を得ていた。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるブラウトン氏の講演と,まえがきに掲げた彼の「文献4」をもとにしている。


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