3-4 予感実験

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 予感実験は,近い将来の出来事を「無意識的に」(4-8)感じ取ることで引き起こされる,被験者の生理学的な指標の変化や,行動の変化を捉えようとするものである。基本的には予知実験であるので不備が入り込む割合が少なく,そのうえ実験の再現性が比較的高いため,PSIの存在実証に向いた方法となっている。超心理学の分野で現在もっとも話題を集めている実験は,この予感実験といえよう。

<1> クリントマンの先駆的実験

 1980年代にスウェーデンの心理学者クリントマンは,ストループ効果の実験中に奇妙な現象を発見した。ストループ効果とは,たとえば,赤色で「緑」と書かれた文字を音読させると,その読みの際に困難を伴う現象である。具体的には,赤色で「緑」と書かれた文字の読みは,緑色で「緑」と書かれた文字の読みに比べて遅れるという,応答時間の差異で捉えられる。色を解釈する無意識のプロセスと,文字の意味を解釈するプロセスが拮抗して,発話のプロセスに干渉すると考えられる。
 クリントマンは,別の実験設定として,赤色の斑点を提示した後に,「緑」という文字を被験者に提示し,その場合の「緑」という読みの遅れを調べていた。その実験の一環として,各プロセスの反応に要する時間を調べておこうと,斑点のほうの色名称を被験者に答えさせていた。すると,赤い斑点に「赤」と答える応答時間は,次に「赤」という文字が出るときよりも,「緑」という文字が出るときに,より遅れる傾向があることに気づいた。その後彼は,厳密なダブルブラインドの実験を繰返し,1984年のEJPの論文で,彼の5つの実験を合わせると50万分の1の確率で有意であると報告した。

<2> ラディンの予感実験

 ネバダ大学ラスベガス校意識研究室の(現在はノエティックサイエンス研究所に異動した)ディーン・ラディンは,クリントマンの成果をヒントに,生理学指標をもとにした「予感実験」を企画・実施した。彼の実験は,被験者の電気的皮膚活性度(EDA)を測ることで,被験者の予知的な感情の動きを捉えようというものである。EDAは,「驚き」や「恐れ」など,感情が高まるにつれて大きくなることが知られている,代表的な生理学指標である(2-5)。

 意識研究室のホームページ:http://www.psiresearch.org/

 ラディンは1997年,あらかじめ感情を高める画像(たとえばヌードとか死体の写真)と静める画像(たとえば風景画)を多数用意(現在ではフロリダ州立大学で標準化が進められたIAPSという画像セットを用いるのが主流になっている)し,それらの画像を見たときの被験者のEDA変化を調べた。具体的には,被験者が気持ちが落ち着いたと思う状態でボタンを押すと,その5秒後にコンピュータによって数百の画像セットから無作為に1枚の画像が選ばれて被験者に提示される。それは3秒間提示され5秒かけて次第に暗く消える。実験は,被験者がボタンを押してから,画像が完全に消えて5秒経過するまでの18秒間継続し,その間のEDA変化を記録・蓄積する。そして,画像が決定・提示される「前」のEDA変化を,「後」で感情を高める画像が出た場合と,静める画像が出た場合とで平均して比較する。
 ラディンの行なった4つの実験にわたって,31人の被験者が合計1060枚の画像を見たデータを分析したところ,感情を高める画像が将来出る場合は,静める画像が出る場合よりも,変動の標準偏差の4倍もEDAが大きいことが判明した。
 アムステルダム大学のビールマンは,ラディンと同じ画像セットだが,異なる実験機器とソフトウェアを用いて追実験を行なった。その実験の,16人の被験者が合計640枚の画像を見たデータでも,同様に極めて高いEDAの予知的な差異が得られた。ただし彼は,この種の実験では,感情を静める画像の次は感情の高まる画像ではないかという期待(ギャンブラーの誤り)がEDAを大きくする可能性があるので,その影響を割り引いて考える必要があると指摘している。
 また,ノーマン・ドンは,EDAでなく脳波の誘発電位を使って,ビデオギャンブルの課題における同様な事前変化を捉えた。

<3> メイの改良予感実験

 エドウィン・メイ(3-3)は,ラディンらの実験で使用されている感情刺激画像を,個人差が激しく不適当であるとして,代わりにぎくっとするような騒音を用いて同様な実験を行なっている(筆者がIAPS画像セットを見た範囲でも,「燃える十字架」や「電気椅子」などは一般的日本人には感情の高まる画像に該当しないのでは,という文化的差異を感じた)。彼の実験では,被験者のEDAをとりながら,騒音と無音とを無作為に20回繰返して聞かせる。その際,被験者に次の刺激のタイミングを期待させないように,40-80秒の無作為に変動する間隔を無作為に設ける。そして騒音(100デシベルで1秒間)の前のEDA変化を,無音の前のEDA変化と比較対照する。
 メイは,EDAの分析についても,ふたつの新たな工夫を行なった。ひとつはEDAのベースラインの変動を取り除く処理,もうひとつは有意性を分析するためのモンテカルロ・アセスメントである。モンテカルロ・アセスメントとは,まず管理されたデータ(騒音のデータ)と比較対照するデータ(無音のデータ)とを混ぜて(1万回ほど)無作為に2群に分け,両群の測定値差異(この実験の場合は変動の面積差)を比べた値の母集団(ほぼ正規分布に分布する)を作る。その母集団に対して正しい管理データと比較対照データとの測定値差異がいかに偏っているかを検定するものである(2-8)。
 メイの実験結果では,117セッションで,Z=3.37,エフェクトサイズ0.284が得られている。ラディンの実験で問題になるような期待効果も,提示タイミングを変動させることで,問題にならないことが示されている。さらに現在は,ブラウトンとともに感覚刺激画像を使用した場合と,騒音を使用した場合とで比較する実験が進んでいる。

<4> ベムの改良予感実験

 「自己知覚理論」などで著名な心理学者であるダリル・ベム(1-5)は,すでに10版以上の版を重ねている心理学の教科書(注)の共著者である。1980年代から,超心理学に興味を抱き,その教科書に超心理学を紹介する章を設けるのに一役買っていた。またホノートンのガンツフェルト実験(3-2)などに関して,メタ分析などの複数の実験を比較する超心理学の共著論文を書いている。そのうちのひとつは,奇しくもホノートンの最期の論文となった。そのベムが,自ら企画・実施した初めての超心理実験が次に述べる改良予感実験である。
 (注)この本は初版の著者に敬意を表して「ヒルガードの心理学」と呼ばれるようになった。第13・14版がブレーン出版より邦訳出版されているが、14版からベムは共著者を降りている(2006年5月)。

 ベムのホームページ:http://www.dbem.ws/
 ↑移動していたので改訂した(2005年5月)

 ベムが注目したのは,ラディンの実験で使われるEDAは,変動が大きく扱いにくいという点である。そこで彼は,EDAを使わずに,サブリミナル提示される感覚刺激画像を,被験者に選択させるという方法を考案した。彼の改良実験では,同じジャンル(エロティック,バイオレンスなど)に属するIAPS画像を2枚1組にしてコンピュータ画面上に一緒に提示する。被験者は好きなほうを選択するのであるが,選択が済むと無作為に一方が選ばれ,その画像が6回,同じ画面にサブリミナル提示されるのである。ベムの仮説によると,エロティック画像の場合,将来サブリミナル提示されない画像のほうを選択し,バイオレンス画像の場合,将来提示される画像のほうを選択するという。画像は長く見ていると印象が飽和して新鮮さが失われるので,エロティック画像は長く見てないほうが刺激が大きくて好ましく,バイオレンス画像は,長く見たほうが刺激が小さくて好ましいと予想される。そして,「事後」の刺激であっても印象の飽和が起き,かつサブリミナル提示はPSIの誘発をしやすい(4-6)と見込んでいる。
 ベムが行なった被験者50人のパイロット実験では,瞑想経験のある女性13人のデータで,両方の仮説とも5%有意になっているという。制御プログラムはベーシック言語で10ページほどであり,他に刺激画像を用意すれば,誰でも簡単に追実験ができる。この実験で,懐疑論者にPSIの有無を自分で確かめてもらおうというのが,ベムの構想である。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるメイ氏,ブラウトン氏,ベム氏,ドン氏の講演をもとにしている。また,まえがきに掲げたラディンの「文献5」で補っている。
 関連活動実績:ベムの実験 ラディンの新著


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