1-7 詐欺的行為

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 本項では,超心理学のコミュニティで過去に起きた2件の詐欺的行為の例を挙げる。そして,それに対するコミュニティの対処・対策を述べる。

<1> レヴィ事件

 この事件は1970年代の初頭,ラインのお膝元であるFRNMで起きた。ウォルター・レヴィという若い医学生が,ネズミを相手にしたPSI実験を実施し,有意な結果を次々と挙げたのだ。レヴィは小柄で色白で,髪を七三に分けて大きな眼鏡をかけ,「優秀さ」を絵に描いたような青年であった。彼の実験は,オリに流される電気ショックをネズミが予知的に避けるのを記録するものであった。レヴィの手によってほとんど自動化されていたところに,大きな特徴がある。
 彼はこの実験結果をもとに,ネズミにもPSI能力があると指摘し,超心理学のコミュニティに大きな期待を抱かせた。ネズミが使えれば,これまでよりも実験が容易になるのだ。ところが,レヴィの活躍が2年ほど続いた1974年,真実が暴露された。あまりに「きれいな」データが,それもネズミに対して安定的に得られていることに不信感をつのらせたFRNMのスタッフたちが,レヴィの実験を別の装置にも記録できるように細工をしたのだ。案の定,その記録はレヴィの申し出る結果とは異なっていた。有無を言わさぬデータを突きつけられたレヴィは,コンピュータのデータを改ざんしていたことを白状した。いい結果が出ないと研究が続けられないと思ったと,彼は口にした。
 レヴィは,ラインによって超心理学のコミュニティから,永久に追放された。その後,同様のネズミの追実験がなされたが,有意な結果にはならなかった。ただ,シュミットらの実験設定ではネズミでもPSIが見られている(3-6)。

<2> ソウル事件

 この事件は,1940年代に起きていたのであるが,一応の決着がついたのは,なんと1978年であった。事件の主役は,ロンドン大学の数学者サミュエル・ソウルである。彼は長らくライン流のカード当て実験を繰返していたが,有意な結果が得られないために,ラインの実験に対して批判的になっていた。ところが,一転して,顕著に有意な結果をおさめるようになったのである。その代表的な実験は,1943年に報告された,写真家のシャクルトンらを被験者にしたテレパシー実験である。
 このテレパシー実験では,送り手の被験者が5種類の動物カードうちの1枚の絵柄をターゲットに指定され,受け手の被験者がどの動物の絵柄かを当てるものである。送り手の絵柄は,乱数表に並んだ1から5までの番号によって決定された。ソウルの実験結果の特徴は,その頃話題になり始めた「時間的転移効果」(4-6)であった。すなわち,そのときのターゲットよりも,1つ先の回のターゲット(将来のターゲットであるから結果的に「予知」になる)と有意にマッチしたという。さらに実験をすばやく短時間で行なったところ,2つ先の回のターゲットと有意にマッチしたというのだ。
 ソウルの実験はその当初から怪しい指摘があった。送り手側の実験を管理していた共同実験者のグリータ・アルバートが,ソウルが判定用紙上のターゲット番号に記載されていた1の番号を上からなぞる形で,4や5に書き換えたうえで自らマッチの判定をしていたと主張したのだ。この指摘は,根拠のない濡れ衣だとして葬られ,ソウルは30年もの間,一流の超心理学者としての名声を保った。
 調査の本格的なメスが入ったのは,1970年代に入ってからであった。まず1971年にメドハーストによってソウルの実験データが再検討された。この時点では問題が発見されなかったが,1974年にスコットらによって,アルバートが実験者に加わっていたセッションでは,アルバートの指摘どおり,4と5のヒットが有意に多いことが明らかにされた。さらに,事態を決定的にしたのは,1978年のマークウィックのコンピュータを使った分析である。この分析で,ターゲットに同一パターンの乱数系列がたびたび使われていることが判明(これ自体は,被験者が異なればさほど問題ではない)し,その乱数系列から外れたところどころの数字が,まさにヒットに該当していることが明らかにされた。つまり,ターゲットとなっていた乱数系列を書き換えることで,ソウルがヒットを「作り出して」いたことが強く示唆される。その限りなく疑わしい判定用紙群に記されたソウルのサインは,明らかに通常のソウルのサインとは異なっていた。良心の呵責からサインが歪んだのだろうか。それとも「人格」が変わっていたのだろうか。
 ソウル自身は1975年に死去したが,それ以前もしばらくボケ状態になっていたため,この70年代の調査に対して反論の機会は与えられなかった。超心理学のコミュニティは,ソウルの研究成果をすべて超心理学の実績から外すと宣言した。

<3> 事件のその後

 これらの,超心理学上の汚点ともいうべきふたつの事件は,大きな波及効果を及ぼした。懐疑論者たち(1-4)は,「すべて研究者のでっちあげ」という仮説が具体的に例証されたと,あたかも鬼のくびを取ったかのごときに,その後の主張に事件を引用するようになった。
 超心理学者は,詐欺的行為が主に超心理学者の手によって暴かれてきたことを強調し,コミュニティに健全な自浄作用があることの証しだと主張した。加えて,コミュニティの倫理綱領の強化を図った(1-8)。また,超心理学の実験は,きちんと企画・実施されたものであれば,たとえ有意な結果が得られなくとも価値あるものであると,PAは1975年に,すべての実験結果の発表を奨励するようにした。これは,有意なデータが得られないと研究が続けられないといった,不適当な社会的圧力を防ぐ効果がある(さらにもう1つ,メタ分析に伴う「引出し効果」を防ぐ効果もあるが,これについては2-9で述べる)。
 どんな科学のコミュニティであっても,それが人間の営みである限り,ある程度の詐欺的行為はつきものであろう。むしろ,コミュニティ自体が詐欺的行為に対して頑強になっている必要がある。他の科学では,「でっちあげ」が起こっても,再度確かめれば白黒つくことが多く,疑わしい研究や研究者は自然に忘れられていくものである。超心理学では,再実験が難しいことが多いので,そうした自然な作用に期待がかけられないのだ。再実験が容易な研究方法論を模索すること(3-4)が,詐欺の問題のひとつの解決法となるだろう。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおけるパーマー氏の講演をもとにしている。


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