1-8 倫理規範

明治大学情報コミュニケーション学部教授
メタ超心理学研究室 石川 幹人

 詐欺的行為(1-7)が発覚してきた1977年,PAはイアン・スティーヴンソンを座長に,ジョン・ベロフ,ジョン・パーマー,モンターギュ・ウルマンをメンバーにした委員会を結成し,倫理規範の草案が作成された。1980年には,スティーヴンソンに代わって,レックス・スタンフォードが座長につき,ウィリアム・ブロードをメンバーに加えて,草案に対する会員のコメントをもとに改訂を加えた。以下では,このPAの倫理規範のごく要点を述べよう(全文は19ページある)。

<1> 被験者などの参加者の保護

 インフォームド・コンセント:研究に参加する者に対しては,事前に研究の意義や参加者の役割,参加に伴う危険性を説明し,参加の意思を確認しなければならない。参加者が未成年や精神疾患患者の場合は,保護者や保護機関に確認を求める。ただし,研究について伝えることにより,研究の目的を損なう場合は例外となる。例外の適用については,参加者保護の立場から手順を慎重に検討する必要がある。たとえば,ヒーリングのダブル・ブラインド法を行なう場合(2-4)は,被験者に「ヒーリングが行なわれるかもしれないし,行なわれないかもしれない」と伝えて了承をとり,実験終了後に,ヒーリングが行なわれなかった被験者については,希望すれば同じ治療が受けられる,といった措置が奨励される。
 秘匿性:誰が研究に参加したかが原則わからないように匿名で研究が管理される必要がある。これは,超心理学研究に参加した被験者が社会から不当な扱いを受けるのを,未然に防ぐためである。
 フィードバック:被験者には事前に,その研究の結果が後でどのような範囲で知らされるかが,明示されているのがよい。そして,そうして約束された範囲の結果は,必ず正確に,また誤解がないかたちで伝えられるべきである。とくにPSI能力の有無に関する誤解が多いので,わずかな実験セッションでPSI能力の可能性をうんぬんできないことの説明が必要である。
 被験者の扱い:被験者は敬意をもって扱われなければならない。被験者の時間と労力は,科学上の必要性に供されるものであって,実験者の個人的な必要性に供されるものであってはならない。
 動物の扱い:動物を実験に使用する場合も,人間の被験者と同様,敬意をもって扱われなければならない。動物はたとえ不満に思っていても実験を放棄できないので,とくに注意が払われるべきである。

<2> 研究費が支給された研究

 研究費の用途:支給された研究費に用途が示されている場合は,許可なく他の用途に転用してはならない。
 研究公開:超心理学の研究は人類の利益を追求するものであるから,研究の成果は遅滞なく公開せねばならない。ただし,安全保障にかかわる場合などはこの限りではない。

<3> 共同研究における責任と権利

 代表研究者と他の共同研究者の役割:代表研究者は,研究の企画・実行・評価・報告の第一責任を負う。明確な承認がない限り,これらの責任が他の共同研究者へと渡ることはない。たとえば,代表研究者と意見が合わないからといって,他の研究者が勝手にその研究データを公表してはならない。しかし,一旦発表された研究データについては,誰でもが均しく意見を述べる権利を有する。共同研究者が,代表研究者の不正を知るところになった場合は,それを告発する義務を負う。代表研究者は,脅迫や賄賂などを用いてその議論が公になることを妨害してはならない。
 研究発表の著作帰属:研究発表の専門的内容に主要な貢献をした者だけが,その著者に挙げられるべきである。そのうちでとくに第一の貢献者が筆頭の著者になるべきである。著者とは,その研究の企画・評価・調査などに本質的貢献をした者であって,単なる研究の管理者などは著者に含めてはならない。研究に対する補助的な貢献者は,もれなく謝辞に入れるべきである。

<4> 科学的な発表に関する責任

 完全な公開:紙面の制約のなかで,研究について可能な限り詳しく,研究方法の問題点,分析結果の信頼性などをも含めて,専門家が読んで分かるかたちで公表すべきである。他の研究者の反論の手がかりになるからといって,情報を隠してはならない。また,関連データも,他の研究者から求めがあれば公開する義務を負う。
 論文の審査:発表論文の審査にあたっては,当該論文の発表に対して利害関係がある者は,審査にかかわってはならない。
 適切な引用:他の研究者の着想や表現を使用する場合は,出典を明記せねばならない。

<5> 同僚研究者などに対する責務

 データの共有:古いデータであっても新しい分析によって新たな知見が見出される可能性がある。超心理学では,サイコロPK実験のデータから後になって下降効果が検出された。データを研究者の間で共有することが奨励される。
 公開討論の条件設定:研究発表に関する批判や議論は,科学的発展に不可欠である。公開討論に対して妨害や報復行為を行なってはならない。批判された研究の著者に対しては速やかに公の反論の機会が与えられるべきである。また批判者は,そうした反論に対しても速やかに応答せねばならない。
 真実性:科学の営みは論文の正確さと真実性に依存している。事実を正確に論文に報告することは,科学者の基本的な責務である。誤表記や不正は,研究分野の進展に重大な影響を与える。一部の詐欺的行為は,近隣の善良な同僚研究者までもが疑われて研究費が打ち切られるなど,研究を退行させてしまう。とくに超心理学などの批判が多い研究分野では,致命的な影響がある。PAは,告発を受けた疑わしき研究発表を査定する仕組みを有している。
 被験者による詐欺:超心理学では,トリックを弄する被験者に悩まされてきた。一般に被験者は科学者ではないので,研究上の科学的価値観を共有できないことも多い。被験者によっては,能力者としての評判を高めたい(あるいは維持したい)と思っていたり,研究者に自分を認めてもらいたいと思っていたりするので,トリックに対する誘惑も大きい。ゆえに超心理学者は,PSIである可能性を高めるために努力し,トリックが可能になるような緩い条件の実験を行なわないことである。一方で,PSIのトレーニングには緩い条件で行なうのがよい,という主張もある。そうしたアプローチをとる場合でも,緩い条件の実験は,才能ある被験者を選び出す過程に過ぎないことを認識しておくべきである。逆に被験者がトリックを使う現場を研究者が捉えた場合も,慎重な判断が必要である。研究者がその事実を公表する仕方によっては,被験者が過度に不当な扱いを受けてしまう可能性がある(7-4)。

<6> 一般大衆への責任ある情報伝達

 アカデミックな研究発表に先立って,一般大衆への情報伝達を行なってはならない。同僚研究者の批判を経た上での信頼性の高い情報を,一般大衆へ供するべきである。研究発表したデータでは保証されないような憶測的解釈を,メディアに向かって述べてはいけない。メディアは研究者の主張を,すでに結論づけられた極めて重要な話題として,センセーショナルに取り上げる傾向がある(1-6)。研究者にはメディアによるこうした曲解の責任の一端を担う姿勢が必要である。研究者は,一般大衆が正しい情報を正確に享受できるように,努めなければならない。

<7> 分野の専門性の保護

 超心理学者は,超心理学分野の科学性の維持に努めねばならない。とくに次の点に注意が必要である。
 1.科学的な裏づけがないPSI現象について,裏づけがあるかのように言及してはならない。
 2.超心理学者でない者が,超心理学者を装うことを支持してはいけない(名前が利用されないようにする)。
 3.PAによって文書で表明されてない主張を,PAの公式見解であるかのように語ってはならない。

<8> 会員の非倫理的行為に対する訴え

 PA会員が非倫理的行為を行なっているという告訴を,PAの評議委員会で受付ける。告訴状を証拠となる物とともに評議委員へ送られたい。評議委員会では精査の上,倫理規範違反があると判断された会員は,その程度によって除名をするなどの措置をとる。

<X> 付記

 本項の内容はSSPにおける倫理ワークショップと,その配布資料である超心理学協会(PA)倫理規範をもとにしている。倫理ワークショップでは,パーマー氏によって倫理的に問題のありそうな20例ほどの状況が準備され,参加者で議論するのであるが,中には実際に過去に発生したものもあり,パーマー氏のコメントも結構重みのあるものとなった。
パーマー氏ジョン・パーマー博士


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