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第1倉庫 収納目録 覇王別姫 包拯(ほうじょう)もの 水滸伝 拾玉鐲 秋江 虹橋贈珠 天女散花 白蛇伝([参考]) 西遊記 火神阻路 鳳還巣 遊龍戯鳳 廉錦楓 打[人至]上墳 雁蕩山 |
京劇「白蛇伝」のコード 日本でもよく知られている京劇「白蛇伝」を例に、京劇コードを分析してみよう。 白蛇の精が、人間の青年と結婚するというこの異類婚姻譚の起源は、千年前の宋代までさかのぼるが、時代や文芸のジャンルによって、その内容は大きく変容し、「演変」の歴史を重ねてきた。 白蛇を悪役とする「古い白蛇伝」では、白蛇は高僧によって調伏される。明代の小説「白娘子永鎮雷峰塔」(『警世通言』)も、その翻案である日本の「蛇性の婬」(上田秋成『雨月物語』)も、この系統である。 白蛇を正義として高僧を悪役とする「新しい白蛇伝」の起源は、清朝の時代までさかのぼることができる。京劇「白蛇伝」は、こちらの系統である。 京劇「白蛇伝」のストーリーは、物語の類型(モチーフ・インデックス)の定石と、世界共通の普遍コードのあいまに、独特のコードが織り込まれている。 「借傘」 峨嵋山で修行して神仙となった白蛇と、その妹ぶんである青蛇は、それぞれ「白素貞」と「青児」と名乗り、女主人と侍女の姿になって、風光明媚な西湖に遊ぶ。白蛇は、許仙という青年に出会い、恋に落ち、結婚する。 「驚変」 金山寺の法海和尚は、白蛇が天の摂理に反して人間と結婚したことを、法力によって察知する。法海は、許仙のもとを訪れ、「そなたの妻は妖怪である」と告げる。許仙は信じない。法海は、雄黄酒を渡し「これを端陽節の日に、そなたの妻に飲ませよ。妖怪の正体を現すであろう」と告げて去る。一年に一度、端陽節の時期は、「陽」の気が高まるので、「陰」である妖怪は体力が衰え苦しむのである(女性の生理的周期の暗喩)。白蛇は妊娠中で、しかも周期のせいで弱っていたが、夫に疑われぬため、あえて雄黄酒を飲む。白蛇は倒れ、ベッドのとばりの中で寝込む。中をのぞいた許仙は、白蛇の真の姿を見て、ショックで死ぬ(「見るなのタブー」の変型)。 「盗仙草」 白蛇は、夫を蘇生させるため、仙山に薬草を採りに行く。仙草を守る鹿童や鶴童と戦闘になるが、つわりのため、うまく戦えない(生理描写抑制の裏コード)。白蛇の命がけの戦いぶりを見た南極仙翁は、心を動かされ、白蛇が仙草を持ち去ることを許す(難題婚のコード)。 「水漫」 許仙は、白蛇が持ち帰った仙草のおかげで蘇生した。が、法海にそそのかされ、白蛇と別れるため、金山寺に入る。白蛇は、夫に正体を知られたあとも、あきらめず、金山寺に行き、法海と交渉する(異類婚姻譚の裏コード)。法海に拒絶された白蛇は、青蛇や「水族」を率いて、金山寺を水攻めにして、天将天兵と戦うが、陣痛のため敗走する。 「断橋」 許仙は、白蛇を裏切ったことを後悔し、金山寺を抜け出して、白蛇と青蛇を追いかける。一同は、西湖の断橋で再会する。白蛇は許仙の不実を滔々と責めるが、最後は和解する。 「合鉢」 白蛇は一男子を生む。その後、法海と神将によって拘束され、雷峰塔の下に封じこめられる。青蛇は辛くも逃げる。 「団円」 修練をかさねた青蛇は、雷峰塔を倒壊させ、白蛇を救出する(神魔対決の裏コード)。白蛇は、許仙と、成長した息子と再会する。 現行の京劇「白蛇伝」は、田漢(1898−1968)が改編した「田漢本」にもとづく。それ以前の本来の京劇「白蛇伝」には、「借傘」の前に次の物語があった。 「下山」 白蛇の精は、天上の仏弟子と恋仲になった。仏弟子は、仏罰によって人間界に転生させられ、前世の記憶を失った。これが許仙である。白蛇は、恋人と再会するため、下界にくだる(贖罪型の貴種流離譚)。 「収青」 天からくだる途中の白蛇の精を、青蛇の精(男)が、わがものにしようと襲いかかる。しかし青蛇は敗れ、性転換して女となり、白蛇の下僕となる(変成女子譚)。 右の二つの話は、「輪廻転生」「性転換」というモチーフが、迷信的・倒錯的であるとして「中国共産党コード」に抵触したため、田漢本では削除された。ただし、中央の威令から比較的自由であった川劇などの地方劇では、いまも「下山」「収青」を残している。 また、現行の京劇「白蛇伝」の結末は、「光明のしっぽ」という中国共産党コードの影響で、「団円」というハッピーエンドに改作されているが、もともとの結末は「祭塔」という悲劇的なものであった。 現行の京劇「白蛇伝」の「驚変」の場面で、端陽節の陽気のせいで白蛇がダウンしているのに、青蛇が平気なのは、青蛇が本来はオスすなわち「陽」だからである。ところが現行版では、青蛇がオスであったという「収青」を削除してしまったため、そのあたりの辻褄があわず、破綻が生じてしまっている。 明代の小説「白娘子永鎮雷峰塔」は、世界共通の物語のコードをふまえた、おとなしい作品であった。しかしその後、口承文芸の世界で演変を繰り返すうちに、コードの創造的破壊が行われ、京劇「白蛇伝」のようになった。 京劇の演目作品には、このようなユニークな作品が多い。京劇コードを分析すると、近世中国の民衆が、世界的に見てもいかに豊かな発想をもっていたかが、よくわかる。 【自己引用、終了】 |