ここは「京劇演目紹介」第1倉庫です。「解説文」が順不同で収納されています。
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第1倉庫 収納目録 覇王別姫 包拯(ほうじょう)もの 水滸伝 拾玉鐲 秋江 虹橋贈珠 天女散花 白蛇伝([参考]) 西遊記 火神阻路 鳳還巣 遊龍戯鳳 廉錦楓 [人至]上墳 雁蕩山



覇王別姫(はおうべっき。力でのしあがった王が、愛する姫と別れる)

 「四面楚歌」の物語。秦の始皇帝が死んだあと、各地で無数の英雄が挙兵したが、最後に項羽と劉邦の二人が勝ち残った。項羽は、戦場では無敗を誇る勇将だったが、謀略や諜報戦で劉邦側に負け、垓下の地で劉邦軍に包囲された。ある夜、四方の敵陣から故郷の楚の歌が聞こえてきた。故郷はすでに、敵軍に占領されてしまったのか。項羽は、自分の最後が近いことを知り、妃の虞姫(ぐき)と別れの酒宴を開く。虞姫は見事な剣舞いを舞ったあと、項羽の足でまといにならぬようにと、自刎して果てる。
 梅蘭芳(メイランファン)の代表作の一つ。また陳凱歌監督の中国映画「覇王別姫−さらばわが愛」のヒットは記憶に新しい。
 ちなみに、私(加藤)は、この演目とちょっとした因縁があります。知りたい人は
秘密写真館へどうぞ。




包拯もの


烏盆記(うぼんき。黒い盆のものがたり)

 宋代の物語。南陽の緞子(どんす)商人・劉世昌(りゅうせいしょう)は、商売を終えて家に帰る途中、定遠県を通ったとき雨にあった。劉世昌は、趙大(ちょうだい)という男のところで雨宿りした。趙は劉の金を見て欲心を起こし、劉に毒の酒を飲ませて殺し、死体を焼いて「烏盆」(黒い焼き物のうつわ)にした。
 靴職人の張別古(ちょうべっこ)は、何も知らぬまま趙からその烏盆をもらった。劉は幽霊となって張に恨みを訴えたので、張は幽霊のために裁判所に訴えた。
 中国版大岡越前とも呼ぶべき包拯(ほうじょう)が真相を究明し、犯人である趙大を死刑にした。

探陰山(たんいんざん。死後の世界の山を探検する)

 宋代の物語。中国の大岡越前ともいうべき包拯(ほう・じょう)は、実在した人物である。後世の庶民は、包拯を敬慕するあまり、彼が超能力を駆使するオカルト的伝説を数多く作った。この話もその一つ。
 元宵節(げんしょうせつ)の夜。美少女・柳金嬋(りゅう・きんせん)は、灯火の夜景を楽しんでいた。無頼の徒・李保は、彼女を家に誘いこみ、関係をせまったが、断られる。李保は怒って、彼女の首を絞めて殺し、死体を別の場所に移動する。それを学生・顔査散(がん・ささん)が見付け、官憲に届け出た。しかし官憲は、顔査散を殺人犯として逮捕する。顔査散は無念の死をとげ、幽霊となって、包拯に無実を訴えた。
 包拯は超能力を発揮し、調査を開始した。彼は幽体離脱して、みずから「あの世」にくだり、閻魔(えんま)大王の部下・張宏に、人間の生死を記録した生死簿を調査させた。が「あの世」の生死簿にも、柳金嬋は顔査散に絞め殺された、と明記されていた。包拯が更に「あの世」での調査を進めた結果、あきれた事実が判明した。「あの世」の役人・張宏は、「この世」の李保の親戚で、李保をかばうため生死簿を改竄(かいざん)していたのだ。包拯は、閻魔大王とかけあって張宏を処刑し、柳金嬋らの霊魂を救い出して、彼女たちを「この世」に生き返らせた。

打竜袍(だりゅうほう。皇帝の服をぶつ)

 宋(そう)の時代の物語。正義の役人・包拯(ほうじょう)は、偶然、現皇帝の実母である李后(りこう)を発見した。李后は、本来なら皇帝の母親として宮中にいるべき人なのに、今の皇帝を生んだとき、宮中の陰謀によって追放され、民間で苦労していたのだった。包拯は李后を連れて都に帰ってきた。が、数十年も生き別れになっている皇帝と、どうやって対面させるかが問題だった。
 包拯は、元宵節の夜、というチャンスを利用した。現皇帝・仁宗(じんそう)は、宮廷の南門で、元宵節の賑わいを見物した。そのとき包拯は、親不孝者が雷に打たれて死ぬという芝居をわざと上演させた。皇帝は、なぜ自分にそんな芝居を見せたのか、と包拯にたずねる。包拯は、陛下も親不孝者であるから、と答えた。皇帝は怒り、包拯を死刑にしようとした。
 総理大臣の王延齢が、皇帝に包拯を許すよう求めた。そして年老いた宦官(かんがん)も、現皇帝の出生の秘密を打ち明けた。皇帝は真相を知り、包拯を許した。そして当時、宮中の陰謀に荷担した郭槐(かくかい)を死刑にし、李后を宮中に迎えた。
 李后は、自分を長年、民間に放っておいた息子の皇帝を罰するよう、包拯に命じた。包拯は皇帝の服を脱がせ、その服を皇帝の代わりにぶった。

 


『水滸伝』もの


野猪林(やちょりん。地名)

 『水滸伝』(すいこでん)の一節。魯智深(ろちしん)は、宋の都・東京(とうけい)で林冲(りんちゅう)に会い、親交を結んだ。林冲のもとに、妻の侍女がとびこんできて、高世徳(こうせいとく)が林冲の妻・張氏を無理やり自分のものにしようとしている、と告げた。高世徳は、腹黒い大臣・高#(こうきゅう)(#は「ニンベン」に「求」)のどら息子である。林冲はすぐ家にもどり、高世徳を追い出した。
 高世徳は、父親に、なんとか林冲の妻を自分のものにしてくれ、と頼んだ。高#は、林冲を妻から引き離すため、林冲が自分の暗殺をたくらんだ、と因縁をつけて彼を逮捕し、追放刑に処した。そして、護送役の二人の役人に、途中で林冲を暗殺するよう命令した。林冲がまさに暗殺される寸前、あとをつけてきた魯智深が飛び出してきて、林冲の危機を救った。

烏竜院(うりゅういん。建物の名前)

 役人の宋江(そうこう)は、(えん)という名の女を妾(めかけ)にして、烏竜院に住まわせていた。宋江の同僚である張文遠(ちょうぶんえん)は、閻と浮気していた。宋江は浮気を察知して、閻に問いつめる。閻は、はじめはとぼけていたが、最後はひらきなおり、口汚なくののしった。宋江は怒り、二度とここに来ないことを誓った。

獅子楼(ししろう。建物の名前)

 武松(ぶそう)は、兄を毒殺した犯人として西門慶(せいもんけい)を県の役所に告訴した。しかし県の役人は西門慶から買収され、逆に武松を叱った。武松は刀を手に獅子楼に行き、西門慶を殺した。

武松打店(ぶそうだてん。武松が宿屋で戦う)

 宋代、『水滸伝』の一節。武松は、兄のかたきを討つため、潘金蓮(はん・きんれん)と西門慶を殺し、役所に自首した。彼は役人の手で孟州まで護送されることになる。
 一行は途中、十字坡という場所を通り、張青の経営する旅館に宿をとった。だがそこは、実は危険な旅館であった。張の妻・孫二娘は、夜闇にまぎれて彼を暗殺しようと、彼の部屋にしのびこんできた。二人は闇の中で格闘する。孫二娘が次第に圧倒されはじめたとき、ちょうど夫の張が帰ってきた。張は武に、それまでの経緯をたずね、互いに豪傑であることを知り、意気投合し、義兄弟の交わりを結ぶ。
 互いに見えていない、という設定で、男女が戦う立回りが見どころ。俳優の視線に注目してください。




快活林(かいかつりん。店の名前)

 宋代の物語『水滸伝』(すいこでん)の一節。「蒋門神」というアダ名をもつ蒋忠(しょう・ちゅう)は、悪いやくざだった。彼は、張団練という親分の威勢をかさにきて、施恩(せ・おん)が開いた宿屋「快活林酒店」を乗っとってしまう。施恩の親友・武松(ぶ・そう)は、酒に酔ったまま蒋忠を打ち負かし、快活林の店を取り返してやる。
 『水滸伝』屈指の豪傑・武松の、痛快な立回りが見どころ。




大名府(だいめいふ)

 大名府の金持で、玉麒麟(ぎょくきりん)というあだなをもつ蘆俊義(ろしゅんぎ)は、立派な人物だった。彼は雪の日に、李固(りこ)という男を救い、自分の家の番頭にした。しかし李は、蘆俊義の妻である賈氏(こし)と不倫関係を結んでしまう。
 梁山泊(りょうざんぱく)の豪傑たちは、蘆俊義の人物に惚れ込み、ぜひ仲間にしたいと考えた。呉用(ごよう)、李逵(りき)、時遷(じせん)らの計略で、蘆俊義は水辺に誘い出されて捕まった。宋江(そうこう)らは、蘆俊義に仲間に加わるよう頼んだが、蘆は首をたてにふらない。
 一カ月たち、蘆は解放され自宅に帰った。李固と蘆の妻は陰謀をめぐらし、蘆俊義を監獄に入れた。二人はそのうえ、悪徳役人である梁世傑(りょうせいけつ)を買収し、蘆に追放刑を宣告させ、護送途中で暗殺させようとした。が、護送中の蘆は、間一髪のところで梁山泊の英雄に助けられた。
 そのあと蘆は、再び役所に逮捕された。死刑執行直前、梁山泊の石秀(せきしゅう)が助けに来るが、一緒に捕まってしまう。しかし時遷の活躍で、蘆俊義と石秀の命は救われた。呉用は、元宵節(げんしょうせつ)の賑わいに乗じて梁山泊の豪傑たちを町の中に送りこみ、大暴れさせ、蘆俊義と石秀を救出して梁山泊に帰還した。

李逵探母(りきたんぼ。李逵が母親に会いに帰省する)

 『水滸伝』(すいこでん)の一節。李逵(りき)は、梁山泊(りょうざんぱく)の仲間に入ったあとも、実家の老母のことが気掛かりだった。彼は、実家にもどり、母親に会った。
 李逵の兄は、なまけもので、ばくちが大好きというろくでなしで、母親をいじめていた。
 年老いた母親は、かわいい息子の李逵のことを思い、涙を流しすぎて、目が見えなくなってしまっていた。
 李逵は、母は自分のせいで失明したのだと悲しみ、梁山泊に引き取ることにした。李逵に背負われ、喜ぶ母親。だが、山道をゆく二人は、やがて身の毛もよだつ恐ろしい運命に見舞われることになる。

扈家荘(こかそう。扈一族の村)

 『水滸伝』の一節。梁山泊の頭目・宋江(そう・こう)は、部下を率いて祝家荘を攻めて来る。隣村の扈家荘扈三娘(こ・さんじょう)という女豪傑がいて、馬に乗って槍を振るい、救援に駆け付け、梁山泊側の王英を生け捕りにする。しかしその後の戦いで、今度は彼女が、梁山泊側の林冲に生け捕りにされてしまう。
 凛々しい女武将を演ずる役柄「刀馬旦」の代表作。馬の縫いぐるみを使わずに、馬に乗った様子を見事に表現する俳優の演技力が見どころ。

打漁殺家(だぎょさっか。漁師が悪党一味を皆殺しにする)

 『水滸伝』(すいこでん)の後日談。阮小二(げんしょうじ)は足を洗い、正体を隠すため名を蕭恩(しょうおん)と改めて、娘の桂英(けいえい)と漁をして生計を立てていた。そこへ昔の仲間の李俊(りしゅん)が倪栄(げいえい)と一緒に訪ねてきた。蕭恩らが船の中で酒もりしているところに、地元の親分である丁自変(ていじへん)の手下が、漁の場所代を集めにきた。しかし、もと梁山泊(りょうざんぱく)の豪傑たちとは格が違い、すぐに追い返された。
 丁自変は、今度は用心棒である「先生」を派遣するが、これもこてんぱんにやられて追い返される。蕭恩は、県の役所に行き、丁自変の横暴を訴えた。しかし県知事は、丁自変とグルだった。蕭恩は棒たたきの刑にされ、そのうえ丁自変への賠償を命令された。
 蕭恩は怒り、夜、娘の桂英を連れて川をわたった。そして宝物の「慶頂珠」を献上すると嘘を言って丁の屋敷に入りこみ、悪党一味を皆殺しにした。




拾玉鐲(しゅうぎょくしょく。宝石で出来た腕輪をひろう)

鐲は、「金」偏の右に「蜀」という文字。
 明代の物語。美少年・傅朋(ふ・ほう)は、農村の少女・孫玉嬌(そん・ぎょくきょう)に恋をした。彼はきっかけをつかむため、わざと孫家の門の前に玉#(ぎょくしょく。宝玉製の腕輪)を落とし、孫に拾わせる。が、二人の一部始終は、しっかり隣の劉おばさんに観察されていた。劉おばさんは、先刻の孫玉嬌の真似をして、さんざん孫を冷やかすが、最後は二人の仲を取り持ってやろうと一肌縫ぐことを快諾する。
 俳優の所作が中心の、笑える人情劇。




秋江(しゅうこう。「秋の川」)

 宋代の物語。潘必正(はん・ひっせい)は若い受験生だった。彼は、おばの老尼の尼寺に居留し、都で科挙の試験を受けるための勉強をしていた。が、たまたま、寺の若い尼の陳妙常と知り合い、恋に落ちる。老尼は、おいの前途を考え、二人を引き離すため、潘必正をさっさと都にのぼらせてしまった。妙常はそれを聞き、寺を捨てて、潘を追い掛けて川まで来るが、すでに彼は船に乗って都に向かったあとだった。彼女はそこで、川の老船頭に頼んで彼の船を追い掛けてもらう。老船頭は彼女をあれこれとからかい、じらすが、最後は見事なかじさばきで追い付く。
 道具を使わずに舟や波を表現する俳優の演技力が見どころ。




虹橋贈珠(こうきょうぞうしゅ。虹橋にて宝石を贈る)

 神話劇。泗州城(ししゅうじょう)の凌波仙子(りょうはせんし)は、川の女神でありながら、人間の若者である白泳公子に惚れてしまう。ふたりは虹橋という場所で会い、互いに変わらぬ愛を誓う。凌波仙子は、彼に、愛のしるしとして宝石を贈る。しかし、古来、人間と人間以外の者の恋愛は、自然の摂理に反するとして神々の忌むところ。地上界の異変を察知した二郎神は、天兵天将を率い、二人の仲を割こうと攻めてくる。凌波仙子は水の生き物の一族を率いて迎えうち、二郎神らと奮戦して、みごと撃退。二人はめでたく夫婦となった。
 絢爛たる衣装をまとった神々の、勇壮な立ち回りが見どころ。




天女散花(てんにょさんか。天女、花を降らせる)

 維摩居士(ゆいまこじ)が病気になった。釈迦如来は、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)はじめ仏弟子たちを見舞いに行かせる。その中に天女もいて、彼女は仏の命を奉じて花をまく。
 不世出の名優・梅蘭花の十八番でもあった舞踊劇。シルクロードの仏教壁画中の天女が、舞台の上によみがえる。




白蛇伝(はくじゃでん。白蛇の精のものがたり)


 日本人にもよく知られた中国の物語。
 四川省の山奥で修行をした女仙・白素貞は、美女の姿をしているが、実は白蛇の妖怪。彼女は人間界の恋愛にあこがれ、妹ぶんの小青(実は青蛇の妖怪)を連れて、西湖の断橋に遊びに来たところ、そこで人間の男・許仙と出会い、恋に落ちる。白素貞は自分の正体を隠したまま、許仙と夫婦になった。
 だが、人間と妖怪の結婚は自然の摂理に反する行為であり、仏法の許さぬところ。金山寺の高僧・法海和尚は、法力でその事態を察知し、二人の仲を裂こうと、あれこれ画策する。白素貞は、法海のくりだす仏法の神々と戦うが、最後は負けて、西湖の塔の下に封じ込められてしまう。
 その後しばらくして、小青は塔の下の白素貞を助け出す。
 歌あり立回りありの長編ドラマ。時間的制約から、通し上演ではなく、有名な場面のみの抜粋上演が多い。




盗庫銀(とうこぎん。蔵の銀を盗む)

 白蛇伝の一節。白素貞は許仙と結婚し、二人は薬屋を営むが、貧しい人達からはお金を取らず、地元の人々から感謝された。一方、二人の住んでいた地方の県知事は悪徳官吏で、役所の蔵には、彼が賄賂や不正政治でためた銀がうなっていた。白素貞は小青に命じ、その銀を盗ませる。小青は、銀を守る蔵の神と戦う。




盗仙草(とうせんそう。仙山に生えている薬草を盗む)

 白蛇伝の一節。許仙は、法海和尚にそそのかされ、雄黄酒を白素貞に飲ませる。人間には無毒だが、妖怪には致命的な薬効のある薬酒である。白素貞は、自分の正体を疑われたくない一心で、雄黄酒を飲んでしまう。が、そのため蛇の正体を現してしまい、許仙を驚死させてしまう。白素貞は許仙を蘇生させるため、仙山に入り、霊芝を摘もうとするが、仙山を守る鶴や鹿の精と戦いになる。白素貞は死闘ののち、霊芝を手に入れる。




水漫金山寺(すいまんきんざんじ。金山寺を水びたしにする)

 白蛇伝の一節。許仙は蘇生するが、今度は法海和尚みずからの手で金山寺に拉致されてしまう。白素貞小青を連れ金山寺の門下に行き、法海和尚にむかい夫を返すよう辞を低くして懇願したが、拒絶される。法海和尚は天兵天将をくりだし、白素貞は水の生き物の一族を動員して戦う。が、善戦むなしく、妊娠中というハンデを負った白素貞は、最後に敗れ去る。

参考
【拙論「京劇コードの特異性」(「東方」2007年1月号 ,pp.2-7,2007年1月)より、京劇「白蛇伝」について。自己引用開始】
  京劇「白蛇伝」のコード
 日本でもよく知られている京劇「白蛇伝」を例に、京劇コードを分析してみよう。
 白蛇の精が、人間の青年と結婚するというこの異類婚姻譚の起源は、千年前の宋代までさかのぼるが、時代や文芸のジャンルによって、その内容は大きく変容し、「演変」の歴史を重ねてきた。
 白蛇を悪役とする「古い白蛇伝」では、白蛇は高僧によって調伏される。明代の小説「白娘子永鎮雷峰塔」(『警世通言』)も、その翻案である日本の「蛇性の婬」(上田秋成『雨月物語』)も、この系統である。
 白蛇を正義として高僧を悪役とする「新しい白蛇伝」の起源は、清朝の時代までさかのぼることができる。京劇「白蛇伝」は、こちらの系統である。
 京劇「白蛇伝」のストーリーは、物語の類型(モチーフ・インデックス)の定石と、世界共通の普遍コードのあいまに、独特のコードが織り込まれている。

「借傘」 峨嵋山で修行して神仙となった白蛇と、その妹ぶんである青蛇は、それぞれ「白素貞」と「青児」と名乗り、女主人と侍女の姿になって、風光明媚な西湖に遊ぶ。白蛇は、許仙という青年に出会い、恋に落ち、結婚する。
「驚変」 金山寺の法海和尚は、白蛇が天の摂理に反して人間と結婚したことを、法力によって察知する。法海は、許仙のもとを訪れ、「そなたの妻は妖怪である」と告げる。許仙は信じない。法海は、雄黄酒を渡し「これを端陽節の日に、そなたの妻に飲ませよ。妖怪の正体を現すであろう」と告げて去る。一年に一度、端陽節の時期は、「陽」の気が高まるので、「陰」である妖怪は体力が衰え苦しむのである(女性の生理的周期の暗喩)。白蛇は妊娠中で、しかも周期のせいで弱っていたが、夫に疑われぬため、あえて雄黄酒を飲む。白蛇は倒れ、ベッドのとばりの中で寝込む。中をのぞいた許仙は、白蛇の真の姿を見て、ショックで死ぬ(「見るなのタブー」の変型)。
「盗仙草」 白蛇は、夫を蘇生させるため、仙山に薬草を採りに行く。仙草を守る鹿童や鶴童と戦闘になるが、つわりのため、うまく戦えない(生理描写抑制の裏コード)。白蛇の命がけの戦いぶりを見た南極仙翁は、心を動かされ、白蛇が仙草を持ち去ることを許す(難題婚のコード)。
「水漫」 許仙は、白蛇が持ち帰った仙草のおかげで蘇生した。が、法海にそそのかされ、白蛇と別れるため、金山寺に入る。白蛇は、夫に正体を知られたあとも、あきらめず、金山寺に行き、法海と交渉する(異類婚姻譚の裏コード)。法海に拒絶された白蛇は、青蛇や「水族」を率いて、金山寺を水攻めにして、天将天兵と戦うが、陣痛のため敗走する。
「断橋」 許仙は、白蛇を裏切ったことを後悔し、金山寺を抜け出して、白蛇と青蛇を追いかける。一同は、西湖の断橋で再会する。白蛇は許仙の不実を滔々と責めるが、最後は和解する。
「合鉢」 白蛇は一男子を生む。その後、法海と神将によって拘束され、雷峰塔の下に封じこめられる。青蛇は辛くも逃げる。
「団円」 修練をかさねた青蛇は、雷峰塔を倒壊させ、白蛇を救出する(神魔対決の裏コード)。白蛇は、許仙と、成長した息子と再会する。

 現行の京劇「白蛇伝」は、田漢(1898−1968)が改編した「田漢本」にもとづく。それ以前の本来の京劇「白蛇伝」には、「借傘」の前に次の物語があった。

「下山」 白蛇の精は、天上の仏弟子と恋仲になった。仏弟子は、仏罰によって人間界に転生させられ、前世の記憶を失った。これが許仙である。白蛇は、恋人と再会するため、下界にくだる(贖罪型の貴種流離譚)。
「収青」 天からくだる途中の白蛇の精を、青蛇の精(男)が、わがものにしようと襲いかかる。しかし青蛇は敗れ、性転換して女となり、白蛇の下僕となる(変成女子譚)。

 右の二つの話は、「輪廻転生」「性転換」というモチーフが、迷信的・倒錯的であるとして「中国共産党コード」に抵触したため、田漢本では削除された。ただし、中央の威令から比較的自由であった川劇などの地方劇では、いまも「下山」「収青」を残している。
 また、現行の京劇「白蛇伝」の結末は、「光明のしっぽ」という中国共産党コードの影響で、「団円」というハッピーエンドに改作されているが、もともとの結末は「祭塔」という悲劇的なものであった。
 現行の京劇「白蛇伝」の「驚変」の場面で、端陽節の陽気のせいで白蛇がダウンしているのに、青蛇が平気なのは、青蛇が本来はオスすなわち「陽」だからである。ところが現行版では、青蛇がオスであったという「収青」を削除してしまったため、そのあたりの辻褄があわず、破綻が生じてしまっている。
 明代の小説「白娘子永鎮雷峰塔」は、世界共通の物語のコードをふまえた、おとなしい作品であった。しかしその後、口承文芸の世界で演変を繰り返すうちに、コードの創造的破壊が行われ、京劇「白蛇伝」のようになった。
 京劇の演目作品には、このようなユニークな作品が多い。京劇コードを分析すると、近世中国の民衆が、世界的に見てもいかに豊かな発想をもっていたかが、よくわかる。
【自己引用、終了】




『西遊記』もの


鬧天宮(とうてんきゅう。天宮をさわがす)

 昨夏、青森の
八戸三社大祭で子どもたちが熱演したのが、この演目。
 『西遊記』の一節。孫悟空が、三蔵法師の弟子になる前の話。
 天帝は、下界の暴れ者である孫悟空を丸めこむため、彼に「斉天大聖」(天と同格)の称号を与える、と甘い言葉で騙す。その後、西王母が蟠桃会(ばんとうかい)を開いたとき、悟空は招かれなかった。彼は真相に気付いて怒り、天上界に忍び込み、神々の桃や酒や仙薬を盗み食いしてうさを晴らしたあと、下界に帰った。天帝は天将天兵を下界に攻め込ませるが、悟空はこれを撃退する。




美猴王大鬧地府(びこうおうだいとうちふ。美しきサル王、地獄で大騒ぎ)

 『西遊記』の一節。孫悟空が三蔵法師と出会う前の話。
 美猴王を名乗った悟空は、武器を手に入れるため、海中の竜宮城に攻め込み、如意棒を奪った。竜宮城の主人・東海竜君は、地獄の閻魔大王に泣き付いた。閻魔大王は、生死簿を改竄して悟空の寿命をごまかし、悟空の霊魂を地獄に引っ張ってくる。が、悟空は霊魂になっても強く、地獄で大暴れしたあげく、生死簿を破り捨てて不死身となり、地上界に凱旋する。




十八羅漢闘悟空(じゅうはちらかん、とうごくう。十八羅漢、孫悟空と闘う)

 『西遊記』もの。孫悟空がまだ三蔵法師と出会っていない頃の話。
 いまだ乱暴者だった孫悟空は、天上界で大あばれして捕まり、老子によって八卦炉で焼かれた。ところが孫悟空は逆に神の火で焼かれたことで鍛練され、火の目、金の瞳を持つ不死身の肉体となり、八卦炉を破って飛び出した。中国の最高神・天帝は、孫悟空をもてあまし、西の釈迦如来に救援を依頼する。釈迦如来は仏弟子たる十八羅漢を率いて悟空と戦うが、悟空は神通力を発揮して善戦し、最後は悠々と花果山に引きあげる。
 それぞれ個性的な技をくりだす十八人の羅漢に対し、悟空がどう戦うかが見どころ。




孫悟空三借芭蕉扇(そんごくうさんしゃくばしょうせん。孫悟空三たび芭蕉扇を借る)

 『西遊記』の一節。西に向かう三蔵法師たち一行は、炎の山にさしかかった。炎を消さねば、前には進めない。山の炎を消せるのは、鉄扇公主(ひめ)が持つ魔法の扇だけである。悟空は、鉄扇ひめのもとに扇を借りに行ったが、鉄扇ひめは、かって自分の息子が悟空にやっつけられた恨みがあるので、扇を貸そうとしない。悟空は、鉄扇ひめの扇で、吹き飛ばされてしまう。悟空は霊吉菩薩の助けを得て、再び扇を借りに行く。鉄扇ひめと、今度は夫の牛魔王までが出てきて、戦いになる。最後に悟空は扇を借りることに成功し、山の炎を消して、一行は西への旅を続ける。




火神阻路(かしんそろ。火の神、行く手を阻む)

 神話劇。あるとき白猿が、自分の母の命を救うため、天上界にある蟠桃園に行き、神の桃を摘もうとした。が、途中で、火神に道をさえぎられる。白猿は火神に勝ち、桃園に走って行った。




鳳還巣(ほうかんそう。鳳凰が巣に帰る)

 人々の様々な思惑が、次々と誤解と行き違いを生む、軽快なラブコメディー。
 ときは明の時代。もと兵部侍郎(軍事大臣)の程浦は年老い、退職して田舎に引っ込んだ。彼には娘が二人いた。長女の雪雁は醜く、次女の雪娥(せつが)は妾腹だったが聡明な美女だった。
 程浦はある日、明の皇族である朱煥然と春の郊外に散歩に行った。たまたま、亡き親友の息子・穆居易(ぼく・きょい)と会った。年頃の娘を持つ程浦は、これぞ天の配剤と喜び、自分の誕生祝いに穆居易を招くことにした。
 程浦は帰宅し、にそのことを言った。程浦は美しい次女の雪娥を穆居易に嫁がせるつもりだった。が、妻は、自分の生んだ長女の雪雁を穆居易に嫁がせたがった。夫婦は喧嘩して、意見は物別れに終わる。
 誕生祝いの当日。まず、明の皇族である朱煥然が先に来た。程浦の妻は、てっきり朱煥然を穆居易と勘違いして、自分の生んだ長女の雪雁を娶ることを暗に認める。穆居易は少しおくれてやってきた。程浦はそこで穆居易に、次女の雪娥と結婚するよう勧めた。雪雁はその事情を聞いて、その夜、穆居易のもとに会いに行き、自分が雪娥なのだと嘘をついた。穆居易は、彼女が醜いので逃げだした。その途中、朱煥然とぶつかった。朱煥然は、ライバルが自分から消えてくれるとはもっけのさいわい、と、穆居易に逃げるなら遠くへ逃げろとけしかけた。
 引退していた程浦は、皇帝の特別の命令でまた召し出され、軍務に復職した。たまたま周監軍と一緒に軍隊を見回っていたとき、穆居易に会った。程浦は、娘を見て夜逃げした穆居易をなじったが、結局、彼とともに従軍することになった。
 一方、朱煥然は、穆居易が逃げ出したのをさいわいに、自分が穆居易であると嘘をついて美人のほまれ高い雪娥と結婚しようとした。が、程浦の妻は、長女の雪雁を雪娥の代わりに嫁がせる。朱煥然は結婚初夜の部屋の中で、初めて妻の顔を見て、こんなはずではなかったと愕然とし、後悔した。
 その後、程浦の田舎が反乱に巻き込まれた。程浦の妻は、婿の朱煥然のもとに避難しようとしたが、雪娥は随おうとはしない。そうこうするうちに、程浦が軍を率いて反乱軍を平定し、雪娥を軍中に迎えた。程浦は、今度こそ雪娥を穆居易の妻に、と、二人を強引に結婚させることにした。穆居易は、最後まで嫌がったが、新婚初夜の部屋の中で初めて雪娥の美しい顔を見て、今までの誤解をすべて悟り、謝罪した。
 こうして程浦の一家は、また皆で仲よく暮らすようになった。




遊龍戯鳳(ゆうりゅうぎほう。プレイボーイの竜が鳳凰をからかう。又の名を美龍鎮)

 軽快なラブコメディー。明の武宗(朱厚照)は、型破りの青年皇帝だった。あるとき、彼はおしのびで大同に遊び、李龍の経営する旅館に泊まった。武宗はその旅館で、李龍の美しい妹・鳳姐に一目惚れしてしまう。武宗は、李龍が外出したすきに乗じて、鳳姐に言い寄り、あれこれちょっかいを出そうとするが、最後は自分の正体と真情を打ち明け、鳳姐を正式に妃として宮中に迎え入れる。



羅成叫関(らせい、関所で叫ぶ)

 羅成は、忠と勇を貫いたため非業の死を遂げざるを得なかった悲将である。
 後世「唐の太宗(たいそう)」として名君の代名詞となる李世民も、まだ皇子だった若いころは、暗愚な父と腹黒い兄弟のせいで苦労を重ねた。
 羅成は、李世民の腹心の家来だった。李元吉は、弟の李世民の勢力をそぐため、わざと羅成に困難な作戦を命令した。羅成が苦戦の末、敵に敗れて味方の城に帰ってみると、城門は堅く閉ざされていた。羅成の養子・羅春は、城門にのぼり、人目をしのびながら羅成に真相を打ち明けた。元吉は初めから、敵の手を借りて、羅成を殺すつもりだったのだ。羅成は憤り、指を噛んでその血で血書をしたためると、それを羅春に託し、自分は戦場に引き返した。そして壮烈な戦死を遂げたのだった。
 羅成が、チャルメラの吹奏にあわせてかん高い声でうたう悲憤の「うた」が聞きどころの悲劇。




廉錦楓(れんきんふう。女性の名前)

 唐の則天武后(そくてんぶこう)の時代の、中国版「ガリバー旅行記」。
 科挙の試験に落第した唐敖(とうごう)は、友人である林之洋(りんしよう)、多九公(たきゅうこう)とともに、航海の旅に出て、君子国(くんしこく)に至った。
 廉錦楓(れんきんふう)という名の、親孝行な娘がいた。彼女は、病気の母親に好物のナマコを食べさせるため、海にもぐってナマコを取り、母親に食べさせていた。ある日、彼女は、青丘国(せいきゅうこく)の漁師である呉士公(ごしこう)夫婦の網にかかってしまう。夫婦は悪人で、彼女を漁船の船首に縛り付け、売り飛ばしてしまおうと考えた。
 唐敖は、金銭を夫婦に渡し、廉錦楓の身をあがない、解放してやった。廉錦楓は、海にもぐってナマコを取り、また、海底にある屹度珠(きつどしゅ)という宝物を取り、唐敖に贈った。




[人至]上墳(だしじょうふん。打ちのめされた甥が、墓参りする)

 陳伯愚(ちんはくぐ)の兄は、臨終のとき、息子の陳大官(ちんたいかん)の養育を伯愚に頼んだ。それから何年かたち、大官は成長した。が、彼は他人からそそのかされ、育ててもらった恩も忘れて伯愚と家督を争い、分家したいと主張した。伯愚はしかたなく、財産の半分をおいの大官に与え、自立させてやった。
 大官は、やがて、もらった財産を浪費して使い果たし、乞食になった。彼は、叔父の伯愚が私財をなげうって貧乏人に食料をめぐんでいることを聞き、たよりに行った。伯愚は、おろかなおいをなじり、打った。伯愚の妻、すなわち大官の義理の叔母は、大官に同情し、夫に内緒で彼に銀を贈った。大官は自分の行いを後悔し、亡き父親の墓にもうで、父の霊前で泣いた。陳伯愚も、兄の墓参りに来た。墓前で泣く大官の姿を見た伯愚は、大官にまだ見所があること、肉親の情が残っていることを知り、彼を許して、自分の家に連れて帰った。
 それ以後、陳大官は生まれ変わったように発奮して勉強し、みごと、難関の科挙の試験に一番で合格した。




雁蕩山(がんとうざん。戦場の地名)

 曹州(そうしゅう)の孟海公(もうかいこう)は、隋(ずい)王朝の圧政に対して立ち上がった。政府軍の将軍・賀天龍(がてんりゅう)は、孟海公ひきいる反乱軍と戦って敗れ、雁蕩山の地まで退いた。反乱軍は山にのぼって追撃し、夜襲をかけて政府軍を撃滅。政府軍が湖の中に逃げ込むと、反乱軍はさらに湖上まで追撃し、水戦でも勝利をおさめた。賀天龍は、残った政府軍をまとめて雁[令羽]関(がんれいかん)に入り、ここを最後の防衛ラインとして死守を図った。が、反乱軍は関所を破って攻撃し、隋軍を全滅させた。
 1952年の作。うたもセリフも無く、舞踏の動作と音楽伴奏だけで全劇が進行するという異色の京劇。




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