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京劇の楽器

Music Instruments of Beijing (Peking) Opera
最新の更新 2003年8月13日



 バイオリンには数百年前製作、値段数億円という古銘器が存在する。が、京劇の伴奏楽器の寿命はいずれもせいぜい百年である。骨董品は鳴りが悪く、使いものにならない。(中略)京劇の伴奏楽器の寿命が短いのは、わざとそう作ってあるのである。(中略)京胡の基本コンセプトは「人間」への肉薄である。あえて人間の音域や寿命を越えぬよう、緻密な計算にもとづいて作られた楽器だからこそ、その限られた中で完全燃焼できるのだ。(中略)ルーツ・ミュージックはそれぞれの地域の人間に肉薄しているため、かえって普遍性をそなえているのだといえよう。人間の本質は、どこでも同じなのだから。

加藤徹『京劇--政治の国の俳優群像京劇--政治の国の俳優群像』(中央公論新社 2002) 72頁-74頁より





 写真は、京劇の楽隊の一例。写真向かって左から、銅鑼(どら)、司鼓、京二胡(女性奏者)、中阮(後列・筆者演奏)、京胡(白い背広)、月琴(後列・京胡の演奏者の後ろに隠れて見えない)、堂鼓(後ろ向きに立っている男性が叩いている)。「秘密写真館」参照。

 京劇の楽器類は大きく分けて

1、弦楽器 2、管楽器 3、打楽器 4、その他


の4 種類に分けられます。初心者が聴くと、まず「カンカンカン」という激しい金属の打撃音、「キイッキイッ」と咽ぶ甲高い京胡の音色などが耳にジーンときて、よくわからないかもしれませんが、慣れてくると、実に巧みな楽器のアンサンブルであることが聞き分けられるようになります。
 ここでは、京劇で使用される楽器を簡単に紹介いたします。
 言葉による説明では隔靴掻痒(かっかそうよう)の感をまぬかれませんが、京劇の舞台を聴きにいったおり、あるいは録音を聴くおり、ああ、この音色はあの楽器なんだな、と聞き分けてみてください。京劇がいっそう面白く見られると思います。

目 次
京劇音楽の楽器
  1. 弦楽器類 京胡・月琴・京二胡・三弦・中阮・大阮・秦琴
  2. 管楽器類 曲笛・チャルメラ・海笛子・笙
  3. 打楽器類 檀板・単皮鼓・大鑼・鐃鈸・小鑼・堂鼓
  4. その他 西洋の楽器・電子楽器
付録:楽隊あれこれ

  

弦楽器類



京胡(きょうこ ジンフー jinghu)

 京劇で最も重要な地位をしめる擦弦楽器(さつげんがっき)です。

北京の留学生学芸会で京胡を弾きがたりする筆者。(秘密写真館)

  1. [語源]  京劇で使われる「胡琴(フーチン huqin)」が語源です。
  2. [音色] バイオリンに似た高音でキイキイ咽(むせ)び泣くように弾きます。
  3. [構造]  肉厚の太い竹筒の本体に蛇の皮をきつく張った本体と、細い竹のさおの二つの部分から成り立っています。竹のさおの先には、二本の木製の「糸巻き」が付いています。それぞれの糸巻きからは胴に向かって二本の弦が張られます。二本の弦のあいだには、(バイオリンのと同じような形の)弓がはさまっています。
     弦は昔は絹(きぬ)製だけでしたが、現在では金属弦が普及しています(西洋の羊腸弦は中国にはありません)。京胡専用の弦も中国では市販されています。日本の三味線(しゃみせん)の絹弦でも代用することができます。
     弓は、バイオリンと同様に馬のしっぽが張ってあります。これもバイオリンと同様「松やに」が必要です。バイオリンでは松やにを弓の毛にゴシゴシこすりつけますが、京胡では松やにを火で溶かして楽器の共鳴胴のさおのつけ根の部分にたらし、演奏中、弓の毛でこすれて自動的に「松やに」が補給されるようにします。ちなみに弓は半消耗品で、中国では簡単に買えますが、日本では(当然のことながら)市販していません。京胡の弓はバイオリンの弓よりも長いので、使いまわしもできません。日本では大事に使いましょう。
  4. [調弦] 役者の声の高さ、曲目などによって絶対音高は変わりますが、二弦が五度になるように調弦します。たとえば裏弦(内側の弦、太い方)をCに調弦するときは、外弦(細い方)は五度高いGに調弦します。
  5. [奏法]  左手で楽器の本体の「さお」を斜めに持ち、左の腿(もも)に楽器の胴を乗せます。右手で弓を 持ち、二本の弦のどちらか一方にこすりつけながら押し弾きします。旋律は、左手の親指をのぞく四本の指で弾きます。楽器の構造上、バイオリンのように二本の弦を同時に弾き鳴らすことはできません(つまり和音演奏は不可能)。その反面、バイオリンのような指板がなく弦が中空に浮いているだけなので、ヴィブラートなどの表情がきわめて付けやすくなっています。
     左手の指づかいもさることながら、右手の弓の動きが音色を決定します。たとえば二黄(アルホアン)のふしまわしのときは長弓、つまり弓を大きくなめらかに動かす奏法をします。西皮(シーピー)のふしまわしのときは短弓、つまり弓をはげしく動かす奏法をします。弓を左右に動かす動かしかたには厳密なきまりがあるので、教則本や個人指導によって正確に勉強する必要があります。
     基本的に京劇のうたの場合は、前奏や間奏のほか、役者のうたをなぞるように演奏します。ただし、うたの旋律を基本旋律としながらも、細かい無窮動(むきゅうどう)的装飾音を加えてゆきます。これを「加花」(ジャーホア)といい、京胡の最も基本的な演奏法になっています。
  6. [歴史] 京胡は京劇の歴史とともにありました。つまり今から二百年前、京劇と一緒に地方から北京にやってきた楽器です。ただし、昔の京胡は今のもとにくらべるとずっと華奢(きゃしゃ)なつくりで、弓も丸く弱い張力で張られていました。今でも、日本の長崎などで伝承されている「明清楽」(みんしんがく)で使用されている京胡は、百年前の中国の京胡の華奢な面影をよく伝えています。その後中国本土では、京胡は、より大きく力強い表現ができるように頑丈なつくりになり、弓も太くまっすぐなものが使われるようになりました。
  7. [特長] 弦楽器でありながら笛のように途切れない音を出すことができます。また共鳴胴に膜(蛇の皮)が張ってあるため、バイオリンよりもさらにいっそう、人間の声に近い声を出すことができます。
  8. [設計思想] 音域の広さは役者の声域を越えてはならない。楽器本体の寿命は人間の寿命を越えてはならない(バイオリンには数百年前の古銘器があるが、京胡にはあり得ない)。そうした枠(わく)をあえてもうけることで、ギリギリまで緻密(ちみつ)な表現力を追究することが可能になります。つまり細かい装飾音つきの単旋律を叙情豊かに弾くため、それ以外の一切のムダを捨てたスペシャリストとしての楽器。ーーーこれが京胡の基本コンセプトです。
  9. [ヴァリエーション] 京胡はもともと一種類でしたが、現在では、やや小型の「西皮用」タイプと、やや大きめの「二黄用」タイプ、およびその中間型の汎用(はんよう)タイプの3種類があります。プロ奏者は西皮用・二黄用をまめに使い分けますが、汎用タイプ1本のみで両方を弾きこなす人もいます。
  10. [その他] 日本語では中国の胡琴類も「胡弓」(こきゅう)と言ってしまいますが、日本の伝統楽器である胡弓と、胡琴は、まったく別構造の楽器です。また、中国の胡琴類のなかでも、京胡はかなり特殊な部類に属します。二胡(アルフー)のプロの名手でも、修練を積まねば京胡を弾くことはできないほど難しいのです。
     昔は、京劇の一流の名優は、自分だけの専属の琴師(チンシー)、つまり京胡弾きをかかえていました。京劇のうたは、役者と琴師が作ってきたといっても過言ではありません。
  11. [注意] 一般に京劇で使う弦楽器はみなそうですが、演奏が終わったら弦は必ずゆるめてください。西洋のギターは一年中弦を緊張させっぱなしでOKですが、京劇の弦楽器は、弦をフレット・指板から高い位置に張るという設計思想の関係で、演奏時以外は弦をゆるめる必要があります。
     また、胴体に蛇の皮が張ってある楽器を日本に持ち込むためには、日本の税関が指定する書式の証明書が必要です。来日する京劇団が演奏のために日本に持ち込む場合は、税関から「一時持ち込み」の許可をもらっています。



月琴(げっきん ユエチン yueqin)




 京胡の次に重要な地位をしめる、撥弦楽器(はつげんがっき)です。
  1. [語源]  満月のように丸く平たい胴体をもつことから。
  2. [音色] マンドリンに似た高く澄んだタラララ・・・という音です。
  3. [構造]  塗装をしていない桐(きり)製の円形の胴体から、短いネック(首)がのび、ネックの先には糸巻きと雲首(装飾部分)がついています。ネックから胴体にかけてはフレット(柱)が並んでいます。
     弦は昔は絹(きぬ)製や、まれに銀製でしたが、現在では鉄線のまわりにナイロン繊維をまいた月琴専用の「ナイロン鋼糸弦」が普及しています。日本では、クラシック・ギターの弦でも代用できます。
  4. [調弦] 月琴の弦の本数は演奏音楽のジャンルによってかなりバラつきがあります。京劇では、一本だけ太い弦をはります(役者の声の高さ、曲目などによって絶対音高は変わりますが、Dが標準)。しかし伝統的な中国音楽では、細い複弦を2セット、計4本張ります(DD-aaで、京胡に準ずる)。複弦というのは、二本の弦をまったく同じ音高さに調弦して同時にかき鳴らすことで、例えばマンドリンや12弦ギターのような独特な共鳴効果を得ることができます。また弦を3本張る場合もあり、その場合は(A-D-a)のようになります。京劇でも演目によっては3本張る場合があります。
  5. [奏法]  椅子にすわり、両方のもものあいだに楽器の丸い本体を置いて安定させます。左手で楽器のネックを斜め45度に持ち、右手で弾片(ピック)を持ちます。ピックは、昔は「べっこう」や「牛角」を用いていましたが、最近はプラスチック製が普及しています(日本では、三角形のベース・ピックで硬さ35くらいのもので代用します)。左手は、親指をのぞく四本の指で弦をおさえてメロディーを弾きます。左手の指は、フレットとフレットのあいだの中空で弦を押さえます。右手はピックをつまみ、連続的に弾き、ちょうどマンドリンのように演奏します。
     月琴の胴体を自分の体に密着しすぎると、音が人体に吸収されてしまい響かないので、楽器のかかえ方は注意しましょう。
     月琴は京胡の旋律を、その細かい装飾音もふくめて、ひたすら影のようになぞります。打楽器も兼ねているので、歯切れ良く弾くリズミカルに弾くのがコツです。月琴はマンドリンやギターと違い、胴体に共鳴口があけていないので、残響が短く、それだけ歯切れよい音が出せるような構造になっています。
  6. [歴史] 月琴は京劇や京胡よりも古い歴史を持つ楽器で、京劇以外の伝統音楽でも広く使われています。古いタイプの月琴は、いまでも韓国などに残るタイプはそうですが、ネックの部分が現在のものよりずっと長いタイプでした。しかし、力強い高音を歯切れ良く出すために改良が加えられ、ネックの部分は次第に太く短くなり、また、楽器の本体も頑丈につくられるようになりました。
     月琴は日本にも伝わり、江戸時代後期から明治までは、「明清楽(みんしんがく)」の伴奏楽器として日本国内でも大量に製作されていました。そのため、現在でも骨董屋(こっとうや)さんなどで、百年以上前の月琴をけっこう見かけます。ただし、これらの月琴はフレットの位置も楽器本体の頑丈さも現在のものとは違うため、京劇の伴奏に使うことはできません。
  7. [特長] 京胡よりも習得が簡単で、歯切れ良いリズム感を与えることができます。京胡および歌唱者(俳優)の声が飴のように伸びるのに対して、月琴の音はピアノのようにポツポツきれます。この組み合わせが、なんとも言えずいいのです。またメンテナンスも京胡よりもずっと楽で、もちろん空港の税関でも問題なく持ち込めます。
  8. [設計思想] 京胡同様、細かい装飾音つきの単旋律を歯切れよいリズム感で弾くことに徹した楽器です。この目的のために、京劇用の月琴は、半音用のフレットを間引いてフレットの間隔をひろげ、また音域が狭くなることを覚悟でわざと弦の数を減らしています。
  9. [ヴァリエーション] 月琴は基本的に一種類ですが、張る弦の数(糸巻きの数)、フレットの位置(半音までびっしりはめこむか、全音階だけにするか)、胴体内部に金属片やバネなどの共鳴材を入れるか否か、など、演奏者のコンセプトによって形態をいろいろ変えることができます。昔の京劇伴奏者の多くは、半音フレットなし、弦は一本のみ、共鳴材として金属片を胴体に入れる、というスタイルを好みました。現在では、半音フレット付きで弦を三本張り、胴体内に共鳴材は入れないという近代的な月琴を京劇で使用する演奏者も見られるようになっています。
  10. [その他] 京胡とちがい、月琴は京劇以外の劇音楽や、民謡、伝統音楽でもよく使われます。そのため、中国では大きなデパートの楽器売り場でも売っているポピュラーな楽器です。ただし、モノの良し悪しはピンキリ。ベニヤ板同然の安いつくりのものから、特注の手工品まで、いろいろあります。
  11. [注意] 同じ「月琴」という名前であっても、悠久の中国のこと。地方や時代の差で、ずいぶん形態が違うので、注意しましょう。例えば、雲南省(うんなんしょう)の少数民族がつかっている角(かく)ばった月琴と、韓国の細長い月琴とでは、音色も形もまったく違います。 


    京二胡(きょうにこ ジンアルフー jing'erhu)

     京胡・月琴に次いで重要な弦楽器です。
    1. [語源] 京劇用の二胡(アルフー)、から。
    2. [音色] 京胡より一オクターブ低い、バイオリンのような音色です。ただし京胡ほどの音量は出ません。
    3. [構造]  蛇の皮をはった六角形(ないし八角形)の木製共鳴胴から、木製のさおがまっすぐ伸び、さおの先には二つの糸巻きがついています。京胡よりも大型化ですが、二胡よりもやや小さめです。
    4. [調弦] 二本の弦を、それぞれ京胡より一オクターブずつ低くなるように張ります。
    5. [奏法]  京胡に準じます。
    6. [歴史] この楽器の歴史はあさく、名優・梅蘭芳(メイランファン)の京劇改革期のとき、それまで高音域に偏していた京劇音楽を是正するため、導入された楽器です。
    7. [特長] 京胡に準じた楽器でありながら、作りが大きく、より低音であるため、京胡よりは弾きやすい楽器です。そのため、まず京二胡で練習してから京胡を弾く人もいます。
    8. [設計思想] あくまでも、ナンバー・スリーの楽器に徹するため、没個性の個性に徹しています。
    9. [ヴァリエーション] 基本的に一種類です。
    10. [その他] 京二胡は二胡の一種なので、京劇以外の曲、例えば民謡なども弾くことができます。
    11. [注意] 京胡と同じく蛇の皮が張ってあるので、証明書がないと日本に持ち込めません。





    三弦(さんげん サンシエン sanxian)

     沖縄の三線(さんしん)、日本の三味線(しゃみせん)のルーツにあたる楽器です。京劇では、楽隊の人数に余裕のあるときに使います。


    1. [語源] 文字どおり、三本の弦があることから。
    2. [音色] 日本の三味線や、西洋のバンジョーに似た、ポンポン・・・、という暖かみのある音です。
    3. [構造] 日本の三味線そっくりですが、猫の皮ではなくヘビの皮がはってあります。フレットがないので、半音や微分音なども自由に出せます。
    4. [調弦] 三本弦の月琴に準ずる場合はA-D-aのように張っても良いのですが、ただこれだと指のはばが広くなりすぎるので、A-E-aのように張ったりします。
    5. [奏法] 三味線のような大きなバチはつかわず、小さな弾片か、あるいは、つめ(自分の爪を伸ばすか、人工の爪を指にはめる)でひきます。京胡=月琴=京二胡が、細かい装飾音をきざみながら演奏するのに対して、三弦は、その装飾音を間引いて、旋律の基幹部分を弾きます。副次的な伴奏楽器ゆえ演奏法は比較的自由で、月琴のようにタララララ・・・と弾いてもよいし、飛び石のようにポン、ポン、ポンと要所要所のみを弾く場合もあります。
    6. [歴史] 三弦は広い地域で古くから使われてきた楽器です。特に南方の「南管(なんかん)」「梨園戯(りえんぎ)」などでは重要な伴奏楽器となっています。京胡や京二胡が純粋に京劇のための楽器であるのとは、性格が異なります。
    7. [特長] 月琴より音を間引いて弾けるので、ここぞと思うところでリズムを強調することができます。また三弦が合奏に加わることで、音に暖かみが加わります。
    8. [設計思想] 京胡や日本の三味線同様、楽器の耐用年数は、わざと演奏者の寿命を大幅に越えないように作ってあります。
    9. [ヴァリエーション] 三弦のサイズは、低音用の大型のものから、高音用の小型のもの(沖縄の三線はかなり小型の三弦)まで各種あります。京劇では普通、中型のものが使われます。
    10. [その他] 京劇の弦楽器について、昔は「二、一、三」という言い方がありました。二本の弦がはってある京胡、一本の弦がはってある月琴、三本の弦がはってある三弦、という意味です。ただし、楽隊の人数に余裕のないときは、三弦は省略されます。
    11. [注意] ヘビの皮なので、証明書がないと税関でひっかかります。



    中阮(ちゅうげん チョンルアン zhongruan)



    1. [語源] 「竹林(ちくりん)の七賢(しちけん)」のひとり、阮咸(げんかん)が愛用したと伝えられる楽器「阮咸」の子孫(ないし改良型)であることから。
    2. [音色] 西洋のギターのような、よく響く澄んだ低音。
    3. [構造] 月琴のさおを延長して全体を大型化したような外形の撥弦(はつげん)楽器です。二つの小さな共鳴孔を開けた円形の平たい胴から、フレットが並んだ長い棹が突き出ています。弦は金属弦四本が標準で、音域も広いです。
    4. [調弦] 京劇では、二本づつ五度に調弦するのが普通です(例えば「(低い)D-A、D-(高い)A」のように)。奏者によっては独自の「オープン・チューニング」を使う人もいます。
    5. [奏法]  京劇の場合は普通、弾片(ピック)で弾きます。弾片は、日本なら、ベース用の三角ピックを流用し、硬さは25から35ぐらいまでの間のものが良いでしょう。またギターと同様、指の腹で弾いてやわらかい音を出したり、自分の爪で弾いたりすることもあります。
    6. [歴史] 中阮の原形である「阮咸」は非常に古い楽器で、奈良の正倉院(しょうそういん)の国宝の中にも豪華な阮咸が収納されているほどです。中国各地の伝統音楽で広く使われている楽器ですが、京劇には比較的新しく採用された楽器です。
    7. [特長] 京劇音楽の弱点である低音域をおぎないます。また、西洋音楽の「ベース」同様の効果をもたらします。
    8. [設計思想] 京劇専用の楽器ではないので、つぶしがききます。音色はギターに似ていますが、ギターよりフレットがずっと高いので、弦にかける指の力の加減で、表情がつけやすくなっています。
    9. [ヴァリエーション] 胴体の穴の形と装飾に多少の種類があり、最近では西洋楽器の「f字孔」(えふじこう)をまねたものまで登場しています。またサイズにより、中阮より小さな「小阮」(京劇では使わない)、中阮より大きくより低い音が出る「大阮」(京劇でも使う)もあります。
    10. [その他] 「蛇の皮」がはってないので、日本への輸入規制はありません。中国楽器の常として、単旋律を弾くのが基本奏法ですが、中阮の構造上、その気になれば西洋的な和音(コード)も弾くこともできます。
    11. [注意] 京劇における中阮・大阮はあくまで他の楽器のひきたてやく。京劇でこれらを弾くときは、あくまで「京劇の合奏を下から支える」気持ちで、旋律を弾くといより、リズムの頭に低音を乗せてゆく感覚で弾きましょう。



    大阮(だいげん ダールアン daruan)

    1. 中阮を更に大型化した、より低音の撥弦楽器です。構造・奏法・調弦は中阮に準じます。



    秦琴(しんきん チンチン Qinqin)

    1. [語源]  秦(しん)は、陜西(せんせい)省の古名です。
    2. [音色] バンジョーに似た、ポチョンポチョンという音です。
    3. [構造]  外形はやや中阮に似ていますが、全体に華奢(きゃしゃ)な作りです。本来、胴は木製ですが、最近では西洋の「バンジョー」そっくりの胴体にしあげた改良型も作られています。
    4. [調弦] 特に厳格な規定はありません。
    5. [奏法] 中阮同様、旋律の要所要所を部分的になぞって弾片(ピック)で弾きます。
    6. [歴史] もともと京劇以外の民間伝統音楽で使用されていた楽器です。京劇音楽でもそれほど普及している訳ではなく、一部の劇団の楽隊で人数に余裕のあるときに採用されるくらいです。
    7. [特長]
    8. [設計思想]
    9. [ヴァリエーション] フレットの並べ方は、最近のものは半音も弾けるようびっしり並んでますが、伝統的なものは全音階のみ弾くため飛び飛びに並んでいます。
    10. [その他]  京劇ではありませんが、日本の音楽家・深草アキ氏はこの秦琴に魅せられ、独自のオープン・チューニングで演奏し、秦琴のためのオリジナル曲まで作曲してCDを出しています。
    11. [注意] ポピュラーな楽器ではないので、中国の普通の楽器店でもあまり見かけません。また、さお(ネック)が細いので、そってしまわないよう、メンテに注意しましょう。



    管楽器類




    打楽器類



     京劇音楽は「文場」と「武場」に分けられます。上述の旋律系楽器による演奏が「文場」と呼ばれるのに対して、以下の打楽器群による打撃音楽は「武場」と呼ばれます。
     京劇における打楽器は大変重要で、風の音、水の音はもとより、本来耳で聞くことのできない暗闇のようなものすら打楽器で表現されます(昔は照明施設など無かったので、闇も音で表現した)。
     打楽器の中で最も重要なのは、
    • 檀板(タンバン tanban)
    • 単皮鼓(ダンピーグー danpigu)
    の二つで、併せて「鼓板」と呼ばます。これらは、西洋音楽の指揮者にあたる「司鼓」(「鼓師」とも)が一人で演奏します。司鼓は左手で檀板を、右手で単皮鼓を叩きます。単皮鼓のみを両手で「カタカタカタ・・・」と連打するときは、檀板は単皮鼓の台に置いておきます。
     次に重要なのは金属製の打楽器群で、
    • 大鑼(ダールオ daluo) 大きなドラ 音色は中国語の擬声語では「クワーン」「ツァーン」等と表現。
    • 鐃鈸(ナオボー naobo) にょうばち いわば「深鉢型の超小型シンバル」。音色は中国語の擬声語では「チ」「プ」等と表現。
    • 小鑼(シャオルオ xiaoluo) 小さなドラ 音色は中国語の擬声語では「テイ」「リン」等と表現。
    など、楽隊員がひとり一種類ずつ分担して持ち、司鼓にあわせて演奏します。
     初心者の耳には工事現場の削岩機のように聞こえるかもしれませんが、言うまでもなく、打楽器の演奏にも伝統的な厳密な型が存在します(京劇の打楽器用の楽譜も市販されています)。決して楽隊員各自がでたらめに打っている訳ではありません。
     京劇で常用されるリズムパターンは約60種類で、その1種ずつに「急急風」「四撃頭」「紐糸」「水底魚」など名前がつけられています。これらは、主要登場人物の登場、立ち回りの場面など、場面によって使用される型がだいたい決まっています。
     その他、日本の太鼓にあたる、
    • 堂鼓(タングー tanggu)
     も、曲目によって演奏に加えられます。

    参考 京劇のリズムパターンについては拙文「鑼鼓経(らこきょう)の妙味」もご参照ください。



    そのほか 西洋楽器・電子楽器など



    • 現在はほとんど上演されませんが、「文化大革命」中盛んに上演されていた革命的現代京劇では、中国在来の伝統楽器群と一緒に西洋の管弦楽を大々的に演奏に加え、勇壮な感じを出していました。
       また最近は、伝統演目の場合でも、効果音としてシンセサイザー電子キーボードを楽隊に加える場合があります(特に上海京劇)。
       旧来の伝統楽器と電子機器を組み合わせることも、今では普通になっています。例えば、大阮など低音弦楽器にPU(ピックアップ)を付けるのは、普通に行われています。




    付録: 楽隊あれこれ

     写真: 向かって左から、司鼓・中阮(筆者。後列、眼鏡)・京二胡(女性)・月琴(一部のみ)。
    秘密写真館参照。


    最後に、楽隊のあれこれをスケッチ風に書いておきます。

    *楽隊の人数に厳格な規定は無いが、8人前後が普通。楽隊は、客席から見て、舞台の右側の袖のところに引っ込んで陣取る。

    *このように楽隊が観客から見えない位置に遷ったのは20世紀前半の京劇改革運動以降のことで、昔は(台湾では今でも)観客席からよく見える舞台上で演奏することが多かった。かの名優・梅蘭芳(メイランファン)が、戦前、初めて東京で公演したときのこと。至高の芸を熱演する梅蘭芳のうしろで、楽隊員が平然とラーメンを食べていたので、日本人の観客は呆然とした、というエピソードが残っている。

    *西洋の指揮者(バンドマスター)にあたるのは、ひとりで板と単皮鼓を預かる「司鼓(スーグー sigu)」である。少くとも司鼓ひとりだけは、ずっと舞台の俳優の演技を見つめ、カスタネットに似たカタカタカタ……という乾いた打楽器の音を奏で続ける。他の残りの楽団員は、必ずしも舞台を見ていなくてもよく、この司鼓にあわせそれぞれの楽器を演奏するのである。

    京劇の伴奏は生演奏にかぎる。京劇のうたや立回りは、絶妙のタイミングと呼吸を必要とするので、録音では俳優が演技しずらいからである。ただ、アマチュアの京劇愛好者のためには、家庭用京劇カラオケのCDが各種市販されている。

    楽器はそれぞれ一種類につき演奏者一名と限定されている。ただしスオナーのみは例外で、演奏中に息継ぎで旋律がとぎれるのを避けるため、二人で吹くのが普通。
     筆者の知人のプロの楽団員は、十数年前、日本で公演したとき、人数の都合上ひとりでスオナーを吹き続けねばならず、さすがに目が回って大変だった、と述懐したことがある。
     肺活量の関係で、スオナーや笛子の演奏者は男性が多い。

    *楽隊員は、俳優と同様、京劇の学校を卒業したプロである。家族の誰かも京劇関係の仕事についている場合が大半である。

    *京劇の楽器や楽譜は市販されているので、誰でも簡単に買うことができる。また、習いたければ、市販の独習用テキストを買ってもよいし、楽隊員に個人レッスンを受けることもできる。

    *中国の劇音楽において、京胡は弦楽器の王者、笛子は管楽器の王者である。両雄ならび立たず、というわけで、京胡と笛子は原則として同一曲内で合奏することはない。日本のTV番組でタモリとビートたけしが共演することがないのと同じである。ただし伴奏楽器中ナンバーツーの地位を占める月琴は、京胡とも笛子とも好んで合奏される。「所ジョージ」「明石家さんま」が、タモリともビートたけしとも共演できるのと同じである。

    *『孫悟空』では笛子の曲が大半であるため、京胡はあまり使われない。逆に、京胡が主伴奏楽器となる他の京劇の演目では、笛子はあまり使われない。

    *楽隊員は、バンドマスターである司鼓を除いて、原則として打楽器と旋律楽器を兼ねる。つまり、芝居の途中でしばしば楽器を持ち換える。

    *楽隊員は、どうせ客席から見えぬ位置にいるので、服装は自由である。Tシャツを着る者、背広を着る者などバラバラ。伴奏音楽がひまなときは、ガラスの空き瓶にお茶っ葉をいれて熱湯を注ぐという中国式スタイルのお茶をすすりながら一息つき、互いに小声で談笑している。また、芝居の幕が降りぬうちに自分のパートの楽器が終わると、さっさと先に楽屋に帰ってくつろぐ。
     観客席の前列で、舞台の袖の奥の楽隊がのぞきこめる位置に座って観劇すると、こうした楽隊の人達の表情も見えて面白い。

    *京胡、月琴、三弦など旋律系の楽器は、微妙な調律・調整を必要とし、メインテナンスも大変なので、普通、それぞれの演奏者のマイ楽器である。それに対して、銅鑼、ニョウ鉢などの打楽器は、普通、劇団の共有物である。

    *竹と皮という材質上の理由から、京胡にはバイオリンのストラティバリウスのような「数百年前の銘器」は存在しえない。京胡の楽器としての寿命は、ほぼ人間と同じになるように設計されている。仮に百年前の京胡があったとしても、骨董品的価値は別として、その音色は実際の演奏に耐えない。
     ちなみに、中国の楽器の寿命がすべて短い訳では無い。京劇では使わないが、古琴(グーチン guqin)という木製の弦楽器は寿命が長く、一千年以上の前の唐代の古銘器が、今も現役の演奏楽器として使用できるほどである。

    *京胡、三弦など蛇の皮を使っている楽器は、原則として日本国内へ持ち込めない。毎年、日本の空港の税関では、観光客が土産として買った楽器が多数、没収されている。仮に税関で「これは中国ではありふれた蛇の皮なんです。中国では蛇を食べる地方もあり、これはその食べ残しの皮を使ってるんです。ワシントン条約には触れませーん」と絶叫しても、まじめな日本の職員は許してくれない。
     ただし実際には、結構、税関をかいくぐってこれらの楽器が日本に持ち込まれているようである。
     京劇団が日本公演でこれらの楽器を一時的に持ち込むのは、もちろん全く問題が無い。


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