坐寨盗馬(ざさいとうば)Zuo-zhai-dao-ma
これから見ていただくのは、坐寨・盗馬、隠し砦(とりで)の山賊が名馬を盗む、という芝居です。 (この話は京劇「天覇拝山」に続く) |
梁九公が登場します。
梁九公は、皇帝の日常の身のまわりの世話をする宦官です。梁九公は皇帝からたいそう気に入られているので、大臣たちも梁九公には一目おいています。
梁九公は、皇帝からいただいた名馬(めいば)を準備させ、北京の城門から出発します。
場面はかわって、ここは狩猟場です。
狩猟の獲物が、山のように大量につまれているので、梁九公は満足げです。
梁九公は、狩猟の成果によろこび、軍隊の労をねぎらうため、ここに三日のあいだ滞在することにします。
梁九公は、皇帝からもらった大切な馬の世話をしっかりするよう、家来に命令します。
場面はかわって、山賊(さんぞく)の手下が登場します。
手下は、梁九公が皇帝からもらった名馬を連れて、狩りに来ているという情報を、山賊の砦(とりで)に伝えます。
場面はかわって、ここは山賊の砦です。
この砦の大頭目(だいとうもく)に呼ばれ、それぞれの頭目が集まってきます。
この砦の大頭目(だいとうもく)、竇爾敦が登場します。
顔には青を基調としたくまどりをぬり、赤く長い髭(ひげ)をつけています。顔が青い色に塗ってあるのは、京劇の約束ごとで、彼が山賊であることを示します。また、髭が赤いのは、かなりクセのある人物であることを示します。
竇爾敦は、なみいる頭目たちの中心にすわります。
竇爾敦は、もともと「河間」(かかん)という地方の親分だったのですが、二十年ほどまえ、その土地の顔役(かおやく)といざこざを起こし、河間の地をはなれ、この砦の大頭目となっていたのでした。
竇爾敦は頭目たちに、いまの自分があるのは、諸君のおかげである、と感謝します。
手下がとびこんできて、梁九公が近くに狩りに来ていること、皇帝からもらったすばらしい馬を連れてきていること、を報告します。
竇爾敦は、その報告をきいて「これで、復讐(ふくしゅう)ができるぞ」と喜びます。
竇爾敦は部下たちに、自分の過去の秘密をうちあけます。
「俺はもともと、この砦の大頭目になる前は、河間地方で一家をかまえていた。あるとき、やくざの黄三太(こうさんたい)が、手下をよこして、金を借りたいと言ってきた。俺は断わったが、その話がこじれて、黄三太の野郎と果たし合いをするこになった。果たし合いのとき、黄三太は俺の腕前にかなわぬとみて、いきなり不意討ちをかけて、分銅(ふんどう)の武器をふりまわして、俺を地面のうえに倒しやがった。河間地方一帯の渡世人(とせいにん)たちは、若い俺が、五十歳の峠をこえた黄三太に不覚(ふかく)を取ったと面白そうにうわさをしたので、俺は腹をたてて、そのまま河間の地を捨てて、この砦に飛び込んできたというわけさ。
それから二十年、俺は一日たりとも、あの日の屈辱を忘れたことはない。
いまちょうど、梁九公が、皇帝からもらった馬を連れて、砦の山のふもとに狩りにきている。俺はこれからひとりで山をおり、その馬を盗みだし、その罪を黄三太になすりつけてやる」
梁九公は、軍隊を連れて狩りに来ています。地元での仕事とはいえ、軍隊に守られたなかから馬を盗み出すのは、容易ではありません。
頭目たちは竇爾敦に、考えなおすよう促しますが、竇爾敦の決意はゆるぎません。
頭目たちは、大頭目の成功をいのって乾杯することにします。
竇爾敦は、頭目たちの好意に感謝し、酒宴の席で歌をうたいます。
この歌は、京劇では非常に有名なうたです。
「(歌)男のかどでの酒宴(さかもり)を、仁義(じんぎ)の間(ま)でひらく」
竇爾敦は、頭目たちと乾杯したあと、歌で自分の半生を述懐(じゅっかい)します。
「いならぶ兄弟たちに腹をわってうちあけよう。
山賊の世界で、この竇爾敦の名を知らぬものはいない。
むかしの俺は、河間(かかん)地方で一家(いっか)をかまえて、弱きを助け強きをくじく義賊(ぎぞく)だった。
黄三太(こうさんたい)、鼻もちならねえ老いぼれ野郎が
手下を使い、金を無心(むしん)し、山賊たちを圧迫した。
そこで俺はやつと決闘(けっとう)し、落とし前をつけることになった。
俺の腕の鈎刀(かぎがたな)の威力の前じゃ、やつは赤子(あかご)も同然だった。
そこでやつは、分銅(ふんどう)の鎖(くさり)でいきなり俺の左肩(ひだりかた)を打った。
完全に卑怯(ひきょう)な不意打ちだった。
俺も男だ。むかしの落とし前をつけぬまま、のんべんだらりと暮らすなら、
満天下に男の恥をさらすことになっちまう。
さあ、この酒を飲み干したら、着替えて出かけるぞ」
頭目たちは、口々に竇爾敦の成功をいのって歌います。
竇爾敦は、墨と筆と紙を手下に持ってこさせます。
竇爾敦は紙のうえに、仇の黄三太の名前を書きます。
竇爾敦は歌います。
「この手紙で、やつは地獄ゆきまちがいなし」
頭目たちは、竇爾敦を見送ります。
竇爾敦は歌います。
「兄弟たちよ、ここまでで結構だ。あとは、この山のうえから見守っていてくれ。
虎穴(こけつ)に入(い)らずんば虎児(こじ)を得ず、いざ、これより死地(しち)に乗り込もう」
竇爾敦は背中に刀をおい、ひとり、巻き狩りの野営地(やえいち)に乗り込んでゆきます。
暗い夜のやみの中を、竇爾敦がひとり山をおりて、野営地にしのびこみます。
野営地の中では、番人(ばんにん)たちが警備しています。
番人は、まさかこんな闇のなか、誰かがしのびこんでくるとは思ってもみませんから、すっかり油断して、世間話(せけんばなし)などをしています。
番人が油断しているすきに、竇爾敦はちかくのものかげに隠れます。
馬の係が、皇帝からいただいた名馬を連れてきて、警備の兵隊にわたします。
兵隊たちと、見回りの警備員は、一致協力して馬の番をすることにします。
竇爾敦は、睡眠薬の成分の香(こう)を焚(た)きます。その煙で、馬の番をしている兵隊は気絶してしまいます。
竇爾敦はなかに入り、馬を盗みだします。
ちょうどそこへ、見回りからかえってきた二人の警備員が出くわします。
竇爾敦は刀で二人を斬(き)り殺します。
そして竇爾敦は、さっき書いた手紙を犯行現場に残し、馬を盗んで夜のやみのなかに立ち去ります。
別の兵隊がやってきて、警備員の死体につまづき、驚きます。
兵隊は、現場に残された犯人の手紙を見つけます。
兵隊は、毒の煙を吸って気絶していた仲間の兵隊に、水をかけて、目をさまさせます。
兵隊は馬が盗難にあったことを、上司に報告します。
竇爾敦は盗んだ馬に意気揚々(いきようよう)とまたがり、山の砦に帰ってゆきます。
(ものがたりは、京劇「天覇拝山」に続きます) (完)