1999.2
響馬伝(きょうばでん)Xiang-ma-zhuan

 これから見ていただくのは、響馬伝、ヤクザたちの伝説、という芝居です。
 日本で聖徳太子(しょうとくたいし)が活躍していたころ、中国の民は、隋(ずい)王朝の圧政に苦しんでいました。三十六人の豪傑(ごうけつ)の男たちが世直しのために集まり、義兄弟のちぎりを結びました。
 この芝居の主人公・秦瓊(しんけい)は、訳あって義兄弟たちと袂(たもと)を分かち、敵である政府軍の中にいました。しかし秦瓊は、三十六人の義兄弟たちを助けるため、王周(おうしゅう)という男の協力を得て、政府軍の陣地を調査します。
 秦瓊は、変装して敵の状況をスパイしている義兄弟たちに次々と出会います。しかし、政府軍に腹の底を知られたら、みな命がありません。秦瓊は他日(たじつ)の決起にそなえ、心のなかで義兄弟たちの無事を祈るのでした。
 それでは、男たちの人間模様を描いた響馬伝、どうぞこの京劇の舞台で御堪能ください。

(中心35分)

 秦瓊が登場します。
「明るい月のもと、馬に乗る
 夜は静かで、聞こえるのはただ風にはためく旗の音だけ
 陣地の模様をくわしく偵察してみよう」

 王周が言います。
「ご覧ください。政府軍の指揮官・楊林(ようりん)めは、世直しの豪傑たちを一網打尽につかまえるため、綿密に陣地を作っております」
 秦瓊は言います。
「この陣のかまえは、まさしく連環(れんかん)・金鎖(きんさ)の陣。八門に精鋭を配し、四方に伏兵をかくし、東南の方角に爆薬をしかけ、西北の方角に弓隊(ゆみたい)を並べておる。危ない罠(わな)は、しかと見切った。次にわたしは、この陣地の弱点を見よう」

 王周は、秦瓊が戦争の陣地のことに詳しいので、感心します。
 秦瓊は「このような陣地は、定石(じょうせき)どおりだ。楊林の手並は平凡だ」と言います。

 ふたりは橋のところにやってきます。
 王周は、実はこの橋には仕掛けがしてあることを打ち明けます。敵の馬と兵隊が橋をわたろうとすると、この橋の床板をはずし、兵隊と馬を川に落として溺れさせる、という罠がしかけてあるのです。

 ふたりは橋をわたります。
 王周は「ここには、大量の火薬がしかけてあります」と打ち明けます。敵がここに来たとき、一度に発火させ、粉微塵(こなみじん)に吹き飛ばしてしまうのです。

 ふたりは運動場にやってきます。
 王周は「この運動場には、何千何万という兵隊と馬が隠れています。政府軍の指揮官は、秘密の赤いともしびを使い、暗号を送り、ここにかくしてある何千何万という兵隊と馬を、自由にあやつるのです」と言います。
 たとえ敵が、さっきの火薬から身をかわし、橋のしかけを越えられたとしても、最後はこの運動場にかくしてある伏兵にやっつけられるという寸法です。

 秦瓊は、あらためて敵の陣地の手強さを思い知ります。そして自分ひとりの力ではしょせん天下を変えることはできないこと、三十六人の義兄弟たちと力をあわせて、政府軍をやっつけたいことを歌います。


 三十六人の義兄弟のひとり、徐茂公(じょ・もこう)があらわれます。
 秦瓊はなつかしく思い、声をかけます。 「おお、なつかしい。兄弟、俺だよ。シンケイだよ」
「おやおや、神経衰弱にお悩みかな。あいにくカゼぐすりしか売っていないが」
 秦瓊は「あんたは義兄弟のひとり、徐茂公だろ」と言います。しかし相手は「お人ちがいです。わたしは薬を売り歩く薬売りですよ」と言い、立ち去ります。
 義兄弟たちも、変装して、敵の陣地の様子をさぐりに来ていたのです。しかし、ここで正体を名乗れば、お互いに命が危ないので、名乗るに名乗れなかったのです。

 次に、義兄弟のひとり、尤俊達(ゆうしゅんたつ)が登場します。
 尤俊達は馬を売るふりをしています。
 秦瓊が「俺はシンケイだ」と声をかけると、尤俊達は「俺だって真剣(しんけん)だ。まじめに馬を売っているんだ」と言い、立ち去ります。
 秦瓊は「尤俊達もまた、名前をかくして、変装している」と歌います。

 次に、義兄弟のひとり、程咬金(てい・こうきん)が登場します。彼は「焼餅(やきもち)」を売るふりをしています。焼餅というのは小麦粉で作ったタネなしパンのことで、インドのナンのような食べ物です。
 秦瓊は、すでにふたりの義兄弟の態度を見て、事情を察していました。
 秦瓊は今度は、相手にあわせて、見知らぬ他人のふりをして声をかけます。
「どんな商売をしてるんだね」
 程咬金も、調子をあわせて答えます。
「焼餅を売ってます」
「数はどれくらいこっちに持ってきたんだね?」
「全部、根こそぎこっちに持ってきてます」
 焼餅が、義兄弟たちのことを暗示しています。
 秦瓊は更にたずねます。
「これから焼餅をどこに運んで行くんだね?」
「運動場に運んで行きます」
「運動場は、見かけによらず、人間がたくさんいるよ。用心しなさい」
「ご心配は無用。この焼餅は、見かけは小さくとも天下無敵。たとえ千軍万馬(せんぐんまんば)の強い相手といえども、私のこの焼餅を食らえば、たちまち足腰はフラフラ、目もクラクラ。きっとやつらをコテンパンにやっつけて、秦瓊の兄貴を敵の中から助けだしてやるんだ・・・あらら、誘導尋問(ゆうどうじんもん)にかかって、全部しゃべっちまった」
 程咬金は「おいしい焼餅はいかがですか」と言いながら、立ち去ります。
 秦瓊は、お互いに堂々と名乗りあうことはできませんでしたが、 義兄弟たちの本当の心がわかり、嬉しく思いました。

 王周は、さっきから秦瓊と話しをしていた男たちが、世直しのために集まった三十六人の豪傑であることを見抜きます。
 王周は、自分もぜひ、世直しのための義兄弟に加えてほしいと、秦瓊に頼みます。
 秦瓊と王周は、他日の決起を誓うのでした。

(完)

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