1999.2
鎖五龍(さごりゅう)Suo-wu-long

 これからご覧いただくのは、鎖五龍(さごりゅう)、五匹のドラゴンをしばる、という芝居です。
 物語は、いまから一千四百年まえの中国。のちに唐の太宗(たいそう)皇帝となる英雄・李世民(り・せいみん)がまだ若く、中国がまだ戦乱の時代にあったころの話です。
 李世民は激戦のすえ、手強い宿敵を打ち破り、敵の武将を生け捕りにします。この敵の武将の名前を、単雄信(ぜん・ゆうしん)と言います。
 李世民は、敵ながら相手が勇猛な武将であることを惜しみ、もし自分の家来になるならば罪を許そう、と単雄信に言います。しかし単雄信は、自分は男らしく死にたい、おまえの家来になるくらいなら早く死刑にしてくれ、と、李世民の申し出を断わります。
 死刑場に連れてこられた単雄信は、今は李世民の部下になっている昔の友人たちと別れの言葉をかわします。そして、まったく死ぬのをおそれることなく、いさぎよく死刑になるのでした。
 死ぬことを、まるで自分の家に帰ることぐらいにしか感じない勇ましい死刑囚の、男らしい歌ごえをお楽しみください。

(中心:25分)

 李世民の部下、秦瓊(しんけい)が登場します。
 秦瓊は、命令を受け、軍隊の為に食料を運搬しているのでした。

(湖広会館ではここから)
 場面はかわって、ここは、唐(とう)の軍隊の陣地の中です。
 この芝居の主人公、単雄信(ぜんゆうしん)が登場します。彼は、唐との戦いで捕虜となり、これから死刑になるのです。
 単雄信は顔にくまどりをしています。このくまどりは、彼が非常に個性の強い人物であることを示します。
 単雄信は歌います。
「俺はたったひとり馬をかって、さんざんに唐の軍隊をけちらしてやった。俺は捕虜になり、李世民の野郎から、家来になってほしいと頼まれたが、ことわった。俺はこれから死ぬが、すぐに生まれかわって、二十年後、また一人の豪傑になってやって来るからな」
という内容の歌を、朗々とした声で歌います。

 唐軍の大将、李世民がやってきて、単雄信に、死刑の前の最後の乾杯をすすめます。
「この酒を飲みほして、今生(こんじょう)の恨みはお互いチャラにしよう」という内容の歌をうたいます。

 単雄信は、李世民をののしります。
「この大馬鹿野郎、きさまのせいで俺の兄貴は戦死した。とりあえず天下は貴様にくれてやる。けれど俺は、いつかこの世に帰ってくるぜ」という内容の歌をうたいます。

 次に、単雄信のむかしの仲間・徐茂公(じょもこう)が登場して、単雄信に最後の酒をすすめます。
 この徐茂公という人物は、むかし、単雄信と兄弟ぶんのさかづきを交し、同じ理想を求めた仲でしたが、その後、単雄信とたもとを分かち、李世民の部下になりました。

 単雄信は、徐茂公をののしります。
「この裏切りものめ、おまえは人間の皮をかぶったケダモノだ」という内容の歌をうたいます。

 次に単雄信のもと兄弟ぶんだった羅成(らせい)という人物が登場します。
 羅成は、「羅成叫関」すなわち「羅成が城の門のまえで叫ぶ」という芝居にも出てくる悲劇の武将です。
 羅成は歌いながら、最後の酒をすすめます。

 単雄信は、羅成をはげしく罵倒します。
「俺は、おまえの家族のことをずいぶん面倒みてやったのに、俺を裏切って李世民の家来になりさがるとは。おまえはきっと、タタミのうえでは死ねないぞ」という内容の歌を非常な早口で歌います。

 次にまた、単雄信のもと兄弟ぶんだった、程咬金という男が登場します。

 程咬金は「さあ兄貴、乾杯だ、これで兄貴の魂も極楽ゆきだ、間違いなし」という内容の歌をうたいます。

 単雄信は、程の言葉をよろこび、乾杯します。

 程咬金はさらに言います。
「さあ兄貴、また乾杯だ、これで兄貴の魂は天国ゆきだ、間違いなし」

 程咬金は「その昔、俺たちみんなが兄弟のさかずきをかわして義兄弟になったとき、俺は兄貴と一番ウマがあった。兄貴の名前は死後も不滅だ」という内容の歌をうたいます。

 単雄信は、程咬金の言葉によろこび、心ゆくまで酒を飲みます。

 単雄信は「あと一人、昔の仲間の秦瓊の姿が見えないが、彼はいまどこにいるか」という内容の歌をうたいます。
 秦瓊は、軍隊の食料を運ぶ任務のため、今日の単雄信の死刑には立ち合うことができないのでした。

 単雄信は、最後に秦瓊に会えなかったことを、残念に思います。

   単雄信は悠然と末期(まつご)の酒を飲みおえます。そして李世民にむかい「唐の小僧め、とっとと俺の首を切るがいい」という内容の歌をうたいます。

 単雄信の死刑は終わりました。

 李世民は、部下たちに言います。
「功労をねぎらう宴会を準備してある。さあ、みんなで行こう」

(完)


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