1999.2
鳳還巣(ほうかんそう)Feng-huan-chao

 これから見ていただくのは、鳳還巣、鳳凰(ほうおう)が巣に帰る、というラブコメディーです。
 登場人物は、結婚適齢期の姉妹ふたりです。
 いまから五百年前の明の時代。もと国防大臣の程浦(ていふ)には、娘が二人いました。姉の雪雁(せつがん)は顔が醜(みにく)く、妹の雪娥(せつが)は美しい顔をしていました。
 ふたりの姉妹の父親は、穆居易(ぼく・きょい)という名前の青年を、美しい妹の方と結婚させようと思いました。姉妹の父親は、穆居易を自宅にまねき、泊まらせます。顔が醜い姉は、妹ではなく自分の方が穆居易と結婚したいと願います。
 ひとりの青年と、姉と妹。ここからいろいろな行き違いが生まれ、軽妙なラブコメディーが転換します。
 長編のラブコメディー、京劇「鳳還巣」。今日は、物語の最初の方の一場面で、妹の婚約者の青年に興味津津(きょうみしんしん)の姉が、妹の腹をさぐるという一幕(ひとまく)を上演します。強い結婚願望を持ちながらも美貌にめぐまれなかった姉と、妹との微妙なやりとりが見所です。それではどうぞ、ごゆっくりお楽しみください。

(青年団:20分)

 妹の雪娥が、幕のなかで歌います。
「この前、わたくしは、お父さまから呼ばれました」
 雪娥が登場して、歌います。
「お父さまから呼ばれたわたしは、スダレの中からこっそりと、穆居易(ぼくきょい)さまのお顔を見ました
 穆(ぼく)さまは、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な好青年でしたけれど
 惜しむらくは、見るからに清貧(せいひん)の方で、質素な衣服を身にまとっていました
 穆さまは貧しくとも、志(こころざし)を立てて奮闘し、立身出世をなさる日が必ずくるはずです
 男の人は、才能さえあれば、家系や出自(しゅつじ)はたいした問題ではありません」

 雪娥はつづけてセリフで言います。
「このまえ、穆居易さまがわが家(や)に誕生日のお祝いにおいでになりました。お父さまは、穆居易さまと私の結婚をお決めになり、そのまま穆さまはわが家に滞在なさっています。女中の言葉によると、穆さまは毎日、一生懸命読書して、猛勉強なさっているとのこと。いつか穆さまは、きっと科挙(かきょ)の試験に合格なさり、出世なさるでしょう。わたくしは、自分の一生を託(たく)せる殿方(とのがた)にめぐまれたのでございます」

 姉の雪雁が登場し、ふしのついたセリフを言います。
「(詩)みんなは妹が美人だと言うけれど
  わたしだって、われながら、なかなかイイ線いってると思う
  立てばシャクヤク、すわればボタン、歩く姿はユリの花
  わたしは会う人ごとに、笑顔をふりまくの
 わたしは姉の雪雁です。お父さまは、わたしよりも先に妹の結婚話をまとめてしまわれました。妹の婚約相手の若者は、いま、わが家の書斎に滞在しています。わたしは今宵(こよい)、妹の婚約相手の穆さんのお部屋にたずねてゆき、穆さんとじっくりお話ししたいと考えています。でも、もし穆さまの部屋で妹と出くわしたら、バツが悪いことでございます。・・・
 わたしはまず、妹の部屋にゆき、彼女の様子をうかがいましょう。もし妹があの殿方の部屋に行かないならば、わたしがひとりで穆さんのところに行きましょう」

 雪雁は、妹の部屋に着きます。
 妹の雪娥は「お姉さま、そんなに綺麗な服を着て、着飾って、どちらにいらっしゃるの?」とたずねます。
 姉の雪雁は、これから二人で穆さまのお部屋におしゃべりに行きましょう、と妹を誘います。
 妹の雪娥は、嫁入り前の女性が自分から男性の部屋に行くなんて、と、恥ずかしがります。昔の中国は道徳がきびしく、たとえ婚約者といえども結婚前に男女が勝手に会って話をすることは女性の慎みに反すると考えられていたのです。
 姉の雪雁は「穆さんは、わたしにとっても義理の弟になる人だから、気にすることないわよ。それに穆さんも話し相手がいなくて寂しいはずよ」と、ぬけぬけと言います。
 妹の雪娥は、恥ずかしがって、行こうとしません。

 姉の雪雁は結局、恥ずかしがる妹を置いて、ひとりで穆居易に会いに行くことにします。

 姉が去ったあと、妹の雪娥は「困った姉さんだこと。女性として慎みを忘れるべきではないのに」と言ったあと、歌います。
「今夜、姉さんが本当にあの殿方の部屋に行くとして
 お父さまがそれを知ったら、ただでは済まないことでしょう」

(完)

[物語の続きは、「鳳還巣」の詳しいあらすじ参照]


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