打焦賛(だしょうさん)Da-jiao-zan
これからご覧いただくのは、打焦賛、焦賛をやっつける、という芝居です。
|
ここは、中国の国境地帯を守る軍隊の司令部です。
中国軍の総司令官は、名門中の名門、楊一族の棟梁である楊延昭(よう・えんしょう)です。
京劇では、この楊一族が活躍する芝居がたくさんあります。
さて、中国軍の司令官である楊延昭は、いま、手強い外国の敵とたたかい、てこずっています。敵の将軍の名前は、韓将軍と言います。この韓将軍はとてつもなく強く、司令官の息子までもが捕えられて連行されてしまいました。
いま国境を守る中国の軍隊には、二十四人の武将がいます。しかし、二十四人の将軍がたばになっても、敵のたった一人の韓将軍には勝てないのです。
司令官は、中国の本土に、救援部隊の派遣を要請しました。
司令官の家来が入ってきて、報告します。
この家来の名前を、孟良(もうりょう)と言います。京劇では、いろいろな芝居に出てくる人気キャラクターの一人です。
司令官は家来に、救援部隊の兵隊の数を聞きます。
家来は、救援部隊の人数は、たったひとり。しかもそれは、女中の少女である、と答えます。
女中をしていた少女の名前は、排風(はいふう)、と言います。
彼女はもともと、司令官の本国の屋敷で、炊事係をつとめていました。
司令官は、自分の屋敷で働いていたというこの少女の顔に見覚えがありません。
少女は司令官に、ものおじすることなく答えます。
「あらいやだ、私の顔を、お忘れになっちゃったんですか。私は、司令官さまのお母上におつかえしている女中で、名を排風と申します。いつか一度、司令官さまがお屋敷に休暇でおもどりになったとき、お茶を入れて差し上げたじゃないですか」
排風は続けて、自分が女だてら、前線までやってきた訳を説明します。
「お屋敷で、おふれを聞いたからですよ。そのときの声色をまねして申しますと『若旦那さまが武運つたなく敵の手に落ちられた。もし若旦那さまを敵の手より救い出せた者がいたら、褒美恩賞は思いのままだぞ』。で、わたくしが志願したわけです」
排風は、自分の主人である、司令官の母親からも前線に行く同意を得たことを、司令官に申し上げます。
排風は、この国境地帯まで馬に乗ってくる道中の様子を、ユーモラスに語ります。
排風が得意とするのは、棒術でした。
排風は自分の棒術の腕前を自慢します。
「私には槍も刀もいりません。一本の棒だけでじゅうぶんです。私が馬にまたがって、棒をひとふりすれば、敵はイチコロ、トラも龍も逃げ出します。小娘だからと、甘くみないでくださいね。敵をやぶって、国の平和を守りましょう」
武将がひとり舞台に登場します。
この武将の名前を、焦賛(しょうさん)といいます。この芝居の題名、焦賛をやっつける、の焦賛です。
この焦賛もまた、いろいろな芝居に出てくる人気キャラクターです。京劇に「三岔口」(さんちゃこう)という題名の、闇の中で二人の男が死闘をくりひろげるという芝居があります。この芝居の最後にちょっとだけ顔を出すヒゲづらの大男が焦賛です。
さて、焦賛はいま、戦場から帰ってきたばかりです。
焦賛は、孟良にたずねます。本国から、救援部隊として、いったい何人の兵隊を連れてきたのか、と。
孟良は、たったひとり、女の子を連れてきただけだ、と答えます。
焦賛は「相手は、われわれ二十四人の勇敢な武将が、束になってもかなわぬ強敵だぞ。それなのに、小娘ひとりが援軍だなんて、どうかしてる」と、あきれます。
孟良は言います。「いやいや、あの小娘は見た目に似ず、実はものすごい武術の達人なのだ、彼女の腕前は、われわれ男をはるかにしのいでいる」
焦賛は、女が男より強いわけはない、と、信じません。
排風は、焦賛にあいさつします。
焦賛は、相手の姿形を見て「なんだ、ただの小娘じゃないか」と彼女を馬鹿にします。
排風の方も、焦賛の顔をみて「なんだ、普通のおじさんなのですね」と言い返します。
焦賛は「女中のぶんざいで、俺を馬鹿にするな」と怒ります。
排風は、うそ泣きします。
焦賛は、女だてらノコノコと戦場にやってきた理由をたずねます。
排風は答えます。
「私は、敵の手強い大将・韓将軍の息の根を止めるためにきたのです。小娘だからといって、見くびらないでください」
排風は言います。
「おそらく、いまこの陣地の中で一番強いのは、私でしょう」
焦賛は信じません。孟良は、それでは試合をして実際に腕前をくらべてみたら、と、焦賛にすすめます。
焦賛は、もし自分がこの小娘に負けたら、棒でぶつなり刃物で刺すなり、すきにしてもらおうじゃないか、と言います。
孟良は焦賛に言います。
「そんな大げさなのはやめて、万一、彼女に負けたら、土下座してあやまりなさい」
焦賛は、自分が絶対に負ける訳はない、と思ってたので、もし試合に負けたら彼女に土下座してあやまることを約束します。
司令官みずから、この約束の証人になりました。
焦賛と排風は、試合をするために、司令官のいるテントの外に出ます。
孟良は排風の実力をよく知っています。孟良は彼女に、手加減しないで本気で焦賛と戦いなさい、責任は自分が取るから、と言います。
一同は外に出ました。
司令官は馬に乗って、試合を見ます。
焦賛は彼女に、好きな武器を選べ、と言います。
排風は、棒で戦いたい、と言います。
焦賛は、はやく棒を取って戦え、とせかします。しかし排風は、自分の方が焦賛よりずっと強いことを知っているので、相手を傷つけてしまわないか、心配します。
排風はためらい、なかなか試合をはじめようとはしません。
排風は、自分が強すぎて、相手の焦賛に怪我をさせてはいけないと思い、なるべく試合をひきのばそうとします。
排風は、焦賛の顔をたてるため、最初わざと負けるふりをします。
焦賛は、ほれ見ろ、やはり自分の方が強い、と糠喜びします。
孟良は、排風はわざと手加減して負けたふりをしていることを見抜きます。
孟良は、排風の実力を百パーセントひきだすため、ウソをつきます。
「司令官のお許しが出た。排風よ、焦賛に熱いお灸(きゅう)をすえてやれ。これは、司令官命令だぞ」
焦賛は、排風に、こてんぱんにやられてしまいます。
焦賛は、排風の実力をみとめ、褒めちぎります。
司令官と孟良は、いじわるく焦賛をからかいます。
「約束はどうした、もし排風に負けたら、土下座してあやまるというあの約束は」
焦賛は、女に頭をさげるのが嫌なので、なんとかごまかそうと、あの手この手でトボケます。
排風は「女だてら生意気な口をきいて申し訳ございませんでした」と、焦賛にあやまります。
こうして武家の名門・楊一族の軍隊に、また新しい力が加わったのでした。
(完)