1999.2
三岔口(さんちゃこう)SanChaKou

 これからご覧いただくのは、「三岔口」、三叉(さんさ)路に面した宿屋で、真夜中、二人の男が死闘を繰り広げる、というお芝居です。
 『楊家将演義』(「楊家の物語」)の一節。三叉路に面した場所にある宿屋の主人・劉利華(りゅうりか)は、焦賛(しょうさん)という名前の豪傑をかくまっていました。その宿屋に、偶然、焦賛の親友である任堂恵(じんどうけい)が泊まります。実は、任堂恵は焦賛を助けるために旅してきたのですが、宿屋の主人は、てっきり任堂恵が焦賛を殺しに来たのだと誤解します。夜更け、宿屋の主人は任堂恵の部屋に忍び込み、殺そうとします。二人は何も見えない闇のなかで戦います。最後に焦賛と宿屋の主人の妻が駆けつけて、みんなが実は仲間だったことがわかり、めでたく幕となります。
 それでは、京劇の立ち回り物の代表作「三岔口」、どうぞお楽しみください。

(簡略版=20分)

 清代の昇平署の絵図より。
 昔の「三岔口」では、劉利華は同音の「瑠璃滑」とも表記される
悪役だった。
三岔口
 宿屋の主人・劉利華が登場します。
「私は、この三叉路に面したこの場所で、しがない宿屋を妻と一緒に経営している劉利華と申すものです。ゆえあって、焦賛という豪傑をかくまっておりますが、彼の命を狙う刺客(しかく)がいつ来るかと、気が気ではありません」という内容のせりふを、歯切れよく言います。
 劉利華は、蝶々の模様の服を着ていますが、これは彼が蝶のように軽やかに、身軽であることを示します。

 この芝居の主人公・任堂恵が背中に刀をおって登場します。

 任堂恵は自己紹介します。
「私の名前は、任堂恵。親友の焦賛を助けるため、旅をしてまいった」という内容のせりふを言います。

 任堂恵は、日が暮れたので、宿屋に泊まることにします。

 宿屋の中から、劉利華が出てきます。劉利華は、任堂恵が背中に大きな刀をおい鋭い目つきをしているのを見て、てっきり、焦賛を殺しにきた刺客であると誤解します。

 劉利華は、任堂恵を宿屋の中に入れます。もう日はくれて、あたりは暗くなっています。

 劉利華は何度か、任堂恵の刀を盗もうとしますが、失敗します。

 任堂恵は、劉利華の挙動が怪しいので、警戒します。

 任堂恵は、寝る前に、手に灯りを持ちながら、部屋の戸締りを確認します。

 任堂恵は灯りを吹き消し、あたりはまっくらになります。舞台の照明は明るいままですが、芝居としては暗くなったつもりです。
 周囲が真っ暗であることは、楽隊の太鼓の叩き方によって表現されます。

 任堂恵は、ベッドのうえに横になって休みます。実際には、俳優はテーブルの上に寝ていますが、京劇の約束ごとで、この場合はテーブルでなくベッドになります。

 劉利華が刀を持って、こっそり廊下を走ってきます。

 劉利華は、刀を使って、任堂恵の部屋の扉をこじあけます。
 京劇は、一般に舞台装置をあまり使いません。俳優の演技によって、家の壁や扉、敷居などを表わします。

 劉利華は、扉を押しあけ、まっくらな部屋の中に忍び込みます。任堂恵は物音に気がついて起き上がりますが、二人とも相手の姿が見えません。

 京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
 立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
 京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
 舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。

[*のついた部分は、順不同も可]

*俳優が使っている刀は、現在では木製の模造刀ですが、19世紀までは本物の刀を使っていました。そのため、上演中、しばしば不測の事故が起き、とうとう時の政府から舞台の上で本物の刀を使うことを禁止する法令が出されたことが、昔の記録に残っています。

*二人の顔の横に、玉のようなものがぶらさがっていますね。これはコブではなく、闘魂の象徴であると言われていますが、本当のことは現在では誰にもわからなくなっています。京劇には、このように、現在ではその起源がわからなくなってしまった古い習慣が、いろいろと伝承されています。

*「三岔口」を演ずる俳優が一番苦労するのは、体の動きもさることながら、実は目の動きです。「闇の中での戦い」という設定なので、たとえ俳優の目の前3センチのところを相手の刀が横切っても、絶対に刀に目の焦点を合わせてはいけないのです。刀だけではなく、相手の俳優の体、舞台の床、唯一の舞台装置であるテーブルなど、全てのものに目の焦点を合わせてはなりません。これは人間の本能に反する不自然で過酷な演技ですが、京劇の俳優は、きびしい訓練によって、この目の演技をマスターしているのです。

*「三岔口」の俳優たちの動きに、厳密なきまりはありません。それぞれの俳優が、自分たちの演技力に応じて、独自の「芸」を披露します。ただし、個々の動きは、京劇の伝統的な「型」によっています。

*立ち回りものでは、ドラや太鼓などの打楽器が大変、重要な意味を持っています。楽隊の人が万一打楽器のリズムをはずしてしまうと、俳優の立ち回りのリズムも狂ってしまい、事故のもとになります。立ち回りの打楽器は、このように、俳優の呼吸とぴったり合わねばならないため、今でも、録音テープではなく、楽隊の生演奏にたよっています。

 宿屋の奥の部屋から、かくまわれていた焦賛が登場。立ち回りは、三つ巴(みつどもえ)になります。

 劉利華の妻が、灯りを持って登場します。
 焦賛は任堂恵に、この宿屋の主人は私をかくまってくれた命の恩人だ、と言います。

 一同は、実はみんな味方どうしだったことがわかり、なごやかに笑います。

(完)


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