八大錘(はいだいすい)Ba-da-chui
これから見ていただくのは、八大錘、八つの戦闘用ハンマー、という芝居です。
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宋の岳飛将軍の、四人の武将が、馬に乗って登場します。
京劇では、馬のきぐるみは使わず、俳優の演技や手に持っている小道具によって馬に乗っていることを表わします。
この四人の武将は、それぞれ両手に二つづつ、「戦闘用ハンマー」という武器を使います。この「戦闘用ハンマー」が四人で合計八つになることから、この芝居の題名がつけられたのです。
四人の武将は、せりふで、自分たちが食料輸送の任務についていることを言います。
場面かわって、こちらは金の軍隊です。
若武者・陸文龍が登場し、歌います。
「(歌)わが金の軍隊が、勇ましく行軍している
わたしは、義理の父でもある金の司令官の命令によって、この戦場に来た
馬にむちをあてれば、血わき肉おどる
わたしの赫々(かくかく)たる戦功は、天下にとどろくだろう
朱仙鎮(しゅせんちん)で、宋の軍隊を撃退するのだ
宋軍の武将たちをことごとく、わたしの槍(やり)で倒すのだ
いざ、戦車をまえに進めよう
宋軍を全滅させ、義理の父でもある司令官どのを喜ばせよう」
場面かわって、宋の軍隊の総司令官・岳飛が登場します。
岳飛は、中国では三国志の関羽(かんう)と並び称される悲劇の名将とされ、岳飛をまつる神社が今もあちこちにあるほどの人気をもっています。
岳飛は言います。
「皇帝陛下の御命令をうけ、わが軍は、これより朱仙鎮を死守する。情報によれば、敵の将軍はまだ子供で、陸文龍という名前の少年だという。もうすぐ手合わせすることになる。みなの者、朱仙鎮にむけ出陣じゃ」
場面かわって、朱仙鎮の戦場です。
陸文龍は戦車をくりだして攻めます。さすがの岳飛も苦戦します。
京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
日本の歌舞伎で俳優が「みえ」を切るときは、観客はその役者の屋号などを呼びます。京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。
陸文龍の戦いにより、岳飛は退きます。
岳飛の四人の武将が、勝負の結果をたずねます。岳飛は「陸文龍はたいしたやつだ。殺さずに生け捕りにせよ」と命令します。
陸文龍は戦車をくりだして攻めます。岳飛の四人の武将は勇ましく戦いますが、結局、勝つことができずに退きます。
陸文龍は、朱仙鎮から岳飛の軍隊を追い出すことには成功し、勝利をおさめます。しかし、岳飛の軍隊を全滅させることまではできませんでした。
(完)
(その2:長編版)
八大錘(はちだいすい)Ba-da-chui
これからご覧いただくのは、八大錘(はちだいすい)、八つの「戦闘用ハンマー」、というお芝居です。
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岳飛の武将たちが登場します。 武将たちは岳飛の命令を受けて、戦場まで食料を運ぶ任務を行っています。
金の軍隊の総司令官・兀朮が登場します。
金は、満州人が建てた王朝です。そのため、兀朮のメイクや衣装も、なんとなく異民族風になっています。
兀朮はせりふで自己紹介します。
「余は、大金帝国の四番目の王子、兀朮である。いま、わが父なる皇帝の命令を受け、わが帝国の総力を結集した中国統一のための大作戦を行っている。
余はさきに、小商河の戦いにおいて、宋の名将・楊再興(よう・さいこう)を弓矢で討ち取った。宋の軍隊も、このまま黙っては引っ込むまい。そこで余は、わが息子・陸文龍に加勢に来るよう伝えた。
皆のもの、今度の戦いはわが帝国の命運を決する決戦である、心してかかれ」
伝令の兵隊が飛び込んできて報告します。「宋の軍隊は、朱仙涯(しゅせんがい)に布陣しました」
兀朮は「バートル!」と異民族の言葉で気勢をあげます。
パートル、というのは、北方遊牧民族の言葉で「勇者」の意味です。ちなみに、モンゴル国の首都の名前を「ウラン・バートル」と言いますが、これは「赤い勇者」の意味です。
場面は代わって、こちらは金の国の本国です。
陸文龍が登場して、せりふで自己紹介します。
「孫子の兵法を完璧にマスターした
戦場に出たら、必ず功名(こうみょう)を立ててみせよう。
私の名は陸文龍。わが父・兀朮は、長年、南の宋の国と戦い、赫赫(かくかく)たる武勲(ぶくん)をたててきたものの、いまだ決定的勝利を得られないでいる。聞くところによれば、いま、わが軍は朱仙涯を決戦場にして、宋軍と決戦をまじえようとしている」
陸文龍は、幼いころ宋の国から連れてこられたため、自分の本当の素性を知りません。
陸文龍の本当の父親は、宋の国の節度使(せつどし)で、十六年前の金との戦争で命を落としたのです。陸文龍の養父・兀朮は、実の父親の仇(かたき)にあたるのですが、陸文龍はそのことを知りません。
兀朮からの使いが入ってきます。
使いの者は陸文龍に言います。
「宋の軍隊は思いのほかに手ごわく、お父上は苦戦なさっています。若様にすぐに加勢に来ていただきたい、と、お父上からのご命令です」と。
陸文龍は、自分を育ててくれた乳母(うば)の薛氏(せつし)といっしょに、前線に行くことにします。
場面は変わって、ここは戦場です。
岳飛が、軍隊を率いて登場します。
岳飛は民族を救った悲劇の英雄として、中国では『三国志』の関羽(かん・う)と並ぶ人気があります。
岳飛はせりふで自己紹介します。
「私は宋の軍隊の総司令官、岳飛である。さきの小商河の戦闘において、わが軍は楊再興将軍を失った。今日はその弔(とむら)い合戦である」
岳飛は、敵の総司令官・兀朮と向かい合います。
兀朮は岳飛にむかい「岳飛将軍、そなたの国の皇帝親子は、余が捕まえてわが国に抑留しているが、毎日、井戸の底に座って空をながめておる。カエルのようにな」と言って挑発します。
岳飛は兀朮にむかい「今日は、わが軍の楊再興将軍の弔い合戦だ、覚悟せよ」と言います。
岳飛は武将たちに、食料輸送の任務が無事に終わったことを確認します。
戦闘開始です。舞台の上では、激しい立ち回りが繰り広げられます。
戦闘は、宋軍の勝利に終わりました。岳飛は武将たちに、敵に大打撃を与えたことを告げます。
場面かわって、こちらは金の軍隊の陣地です。
陸文龍が、養父・兀朮の陣地にやってきて歌います。
「夜を日についで馬を駆り
父の偉業の助太刀にかけつけて参った」
陸文龍を育てた乳母も、兀朮の陣地に到着します。陸文龍の生い立ちの秘密を知っているのは、この乳母と兀朮だけです。
陸文龍の乳母が登場します。
兀朮は彼女に「長旅ご苦労。さがって休め」と言います。
陸文龍が兀朮に目通りします。
何も知らない陸文龍は、兀朮のことを本当の父親のように思っています。本当は、兀朮こそ陸文龍の実の親を死なせた仇なのですが。・・・
陸文龍と兀朮が話しているところへ、伝令の兵隊が報告に飛び込んできます。
「岳飛の軍隊が、また攻撃をしかけてきました」
陸文龍は「父上。わたしに出陣させてください。岳飛の軍隊を蹴散らしてみせます」と兀朮に言います。
兀朮は「気をつけて戦うように」と陸文龍を激励します。
陸文龍は戦場に出て、攻めこんできた岳飛の軍隊と向いあいます。
陸文龍は、獅子奮迅(ししふんじん)の戦いをして、岳飛の武将たちを次々と打ち負かします。
陸文龍は、岳飛の軍隊を撃退しました。兀朮は窮地から救われました。
皮肉なことに、金の軍隊を全滅から救ったのは、運命の子・陸文龍のはたらきでした。
(完)