研究報告 「ネットワーク関連訴訟事件の審理における問題点について」

(報告要旨)

by 夏井高人


1997/10/30

明治大学法学部法学研究会


初出:法律論叢(明治大学法律研究所)第70巻第4号(1998)


 

第1 はじめに

 近年,コンピュータ技術の発達さらには組織や国境の障壁を超えたグローバルなネットワーク環境の拡張・普及に伴い,コンピュータ・ネットワークに関連するさまざまな法的紛争も増加しつつある。
 これまでのところ,ネットワーク関連の法的紛争に関する公的な司法統計資料は存在しない。しかし,現実に発生した事件を眺めてみると,たとえばインターネット上でのアダルト画像が日本国刑法上の猥褻物に該当するとして検挙・起訴された事例[1]のように,インターネットならではとも言うべき事件が続々と出現してきている。あるいは,日本の裁判所における知的財産権関連訴訟の新受事件数は過去数年間急増しているところであるが[2],その中にはネットワーク接続を前提とする機械組み込みソフトウェア関連特許も少なからず含まれているものと推測される。パソコン通信上のメッセージによる名誉毀損の問題が主たる争点となった「ニフティ事件」の判決[3]は,司法関係者のみならず,コンピュータ・ネットワークに興味を持つ非常に多くの人々の関心を集めている[4]。他国に目を転ずると,アメリカ合衆国では,ネットワーク上のトラブルの裁判管轄権に関する裁判例も着々と集積されつつあるようである[5]。これらの事象の存在からすると,おそらく,現実の問題として,ネットワーク関連の訴訟事件の数も増加しているものと推論することが可能である。そして,この傾向は,今後ますます顕著になるであろう。
 本報告では,以上のような現状認識を踏まえ,次の順に従って,ネットワーク関連訴訟事件の審理における問題点を論ずる。

(1) まず,最初にネットワーク関連事件を定義する。現在,最高裁判所の司法統計[6]の項目にネットワーク関連訴訟事件という項目が存在しないことからも理解できるように,この概念は,生成過程にある未成熟なものであると言わざるを得ない。しかし,社会的実存としてのネットワーク関連訴訟は存在するのであり,訴訟の類型別にその定義を試みる。

(2) 次に,この種事件の審理における問題点を指摘する。伝統的な司法システムの下においては,ネットワーク社会[7]への対応が基本的に困難であるようなさまざまな法的制約が存在する。ここでは,司法システムを形成している法曹の側の問題,システムそれ自体の問題,ネットワーク社会の到来によって必然的にもたらされた法のグローバル化[8]の問題に分けて分析・検討する。

(3) 最後に,ネットワーク社会の到来によって,司法システムがどのように対応すべきか,また,司法システムを現実に担う法曹の主たる供給源としての大学法学部がどのような教育システムを準備しなければならないかを考察し,いくつかの提案をする。

第2 ネットワーク関連訴訟の概念

 ネットワーク関連訴訟事件は,その事件の審理のためにコンピュータ・ネットワークの問題に立ち入ることを必須の要件とするような事件を類型化した概念である。たとえば,民事事件では,訴訟物や要件事実の全部または一部にネットワークが関係している事件であり,刑事事件では,構成要件要素や訴因の重要部分にネットワークが関係している事件である。これらの事件では,ネットワークに対する正しい認識と正確な用語理解がなければ,そもそも訴訟関係人が法廷で議論をすることさえできない。まして,ネットワーク社会における正義に適った判決を生成することなど不可能である。

1 民事事件

 民事訴訟事件としてのネットワーク関連訴訟事件を類型化すると,ネットワーク取引上のトラブルにまつわる損害賠償請求事件,ネットワーク・コミュニケーション上のトラブルにまつわる損害賠償請求事件(たとえば「ニフティ事件」),ネットワークに関連する知的財産権にまつわる差止請求・損害賠償請求事件[9],ネットワーク上の詐欺商法等にまつわる損害賠償請求事件,その他ネットワークの利用に固有の損害賠償請求事件等が考えられる。これらの中には,現実に判決が出されているものもあり,今後,ネットワーク環境での電子ショッピングや電子マネーの利用が拡大するとすれば,これらに関連する民事訴訟事件も増加する可能性がある。

2 刑事事件

 刑事公判事件としてのネットワーク関連訴訟事件を類型化すると,日本国刑法においてコンピュータ犯罪として処罰対象となっている電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)などのコンピュータ犯罪(構成要件要素としてコンピュータが登場する場合)[10]だけではなく,ネットワーク・システムに向けられた一般犯罪(システム破壊行為等),ネットワーク・システムの悪用(電子メール等を利用したマルチ商法,猥褻画像の掲示等),ネットワーク・システムの利用権に向けられた犯罪(テレホン・カード[11]やパチンコ・カード[12]の偽造・変造等),その他のネットワーク・システムに固有の刑事事件等が考えられる。今後,電子認証を不正に実行する行為やシステムに対する不正侵入行為等も立法によって処罰対象になってゆくとすれば,これもまたネットワーク関連事件となる。
 他方,刑事公判に固有の問題としては,ワープロその他の電子機器を用いて作成された調書の証拠能力等の問題もすでに出現しつつあるが[13],今後,調書作成事務それ自体がネットワーク化されたコンピュータ・システムで実施されるようになるとすれば,この問題がさらに複雑化する可能性がある。また,法務省のいわゆる盗聴法案に対する議論[14]にも見られるように,タッピングして獲得したデータの証拠としての許容性の問題がにわかに現実化するものと予測される。

3 行政事件

 現在,国及び地方自治体などの行政機関におけるデータ処理は,次第に電子化され,ネットワークで相互に接続されたデータベースによって処理されるようになりつつある。戸籍,不動産登記簿,商業登記簿などがそうであるし,将来的には,おそらくほぼすべての種類のデータが電子処理の対象となると予想されている。そのような状況認識を前提にすると,これまでのところでは紙の書類とそのタイトル等を特定しての行政情報公開を求める訴訟[15]であったものが,今後は一定の電子ファイルや電子データの開示を求める訴訟へと変質することが考えられ,これもまたネットワーク関連訴訟の類型の一つになるものと予測される。

第3 問題点の指摘

1 ネットワーク社会に対する裁判所における全体的取り組みの欠如

 これまでのところ,裁判所において全体的な取り組みとしてネットワーク社会へ向けた組織的研修がなされたことはない。
 たしかに,司法研修所及び裁判所書記官研修所には情報処理研修のための施設が構築されており,少なくとも書記官研修に関しては研修員全員が一度は必ず情報処理研修を受けるようにカリキュラム編成がなされている[16]。しかし,司法研修所においては,司法研修の一環としての情報処理研修が実施されたことはなく,仮にそれを実施しようとしても現在の司法修習生の員数が施設規模に比較して余りに多すぎるため,まるで実現可能性のないような状態である。したがって,裁判官だけではなく検察官も弁護士も,組織だった情報処理研修とりわけネットワーク研修を全く受けない状態のままに法律実務家となってゆくわけである。しかも,司法試験合格者数の増加と引き替えに司法研修所の研修期間が今後さらに短縮される見込みであることを考えると,ネットワーク社会の法律問題に対応すべき研修機関として司法研修所を期待するのは無理ではないかと思われる。
 しかしながら,これからの法曹にあっては,たとえば民事訴訟事件における法曹の共通語が「要件事実」であるのと全く同様の意味で,ネットワークに関係する情報処理の基礎知識と用語理解もまた司法の専門家としての法曹の共通語でなければならない。そして,それを共通語として認識・理解するための共通研修の場の必要性が深く認識されなければならないであろう。

2 裁判官における基本的事実認識の欠如

 1996年以降,裁判官については1名につき1台,裁判所書記官及び事務官については1部につき1台ずつのパソコンが貸与され,原則として,パソコンを用いて判決書その他の裁判書類が作成されるようになった[17]。正確な統計資料は存在しないが,今日,おそらく全判決書中の95パーセント以上がパソコン上のワープロ・ソフトによって作成されているものと思われる。しかし,裁判官用パソコンは,あくまでもスタンド・アロンとしての利用に限定され,個々の裁判官が日常業務の中でインターネット接続を含めたネットワーク環境での仕事のあり方を実感することは滅多にない。大半の裁判官は,いまだにワープロとしての利用の域を出ていないものと推測して良いであろう。
 他方,東京地裁や大阪地裁のような大規模庁においては,民事執行事件や破産事件等の進行管理のためにネットワーク・システムが導入されていることは周知のところである。さらに,1998年1月施行予定の新民事訴訟法では,コンピュータ・ネットワークによる督促手続処理を前提とする法改正がなされ(397条),東京簡裁などの大規模庁では,既にコンピュータ処理が導入されている。しかしながら,これらの機器は,非常に特殊な目的で設計・配置されたシステムである。しかも,これらの機器と接することのできる裁判官は,きわめて少ない。
 加えて,近時の新受訴訟事件数の急増に伴い,裁判官の職務は非常に多忙を極めている。このため,最高裁の事務総局に配置されているような特殊な裁判官はともかく,大多数を占める現場の裁判官については,個人的に情報リテラシ涵養のための自己研鑽をするだけの時間的・精神的余裕などほとんど残されていないと言っても過言ではない。
 これらのことは,今後,ネットワーク関連事件の審理に対して重大かつ深刻な影響を及ぼすものと危惧される。

3 心証形成に関する弁護士と裁判官との間の認識の齟齬

 ネットワーク関連訴訟事件は,心証形成の程度に関する予測にも影響を及ぼすであろう。
 現実の問題として,ネットワーク関連訴訟事件を担当する弁護士や検察官は,裁判官がどの程度まで電子情報技術についての知識を有し,当該事件に対する理解・認識を正しく持っているかを知ることができず,常に不安な状態に置かれている。このため,裁判官側ではすでに心証形成が終了していても,念押し的にコンピュータ・システムやデータ等の鑑定や検証などの申し出がなされ,これが却下されると,そのような訴訟運営について無用な議論が派生し,訴訟の円滑な進行を妨げるといったような事態が既に散見している。たとえば,ネットワーク上の名誉毀損事件を例にとると,ニューズ・グループにしろ電子掲示板にしろ,文字列で表現されたテキストの内容が名誉毀損に該当するような違法性を有しているか否かが問題となるのであるから,それがCRT上ではどのように表現されるのか,といった問題はあまり重要性を持たない。また,たまたまその事件の担当裁判官がパソコン通信やインターネットに精通していたとしても,通常は,そのことを情報開示しないであろう。その結果,仮に裁判官が十分な心証を形成していたとしても,弁護士や検察官は,疑心暗鬼にとらわれ,不必要な証拠申請が頻発するというような不幸な事態が発生し得る。また,結果的に敗訴した当事者は,「訴訟代理人が申し出た証拠の採用を裁判官が拒否したために敗訴してしまったのだ」と信じてしまうことになる。逆に,弁護士や検察官の側では十分な立証をすることができたと認識していても,裁判官の側ではその事件の本質をまるで理解しておらず,結果的に,弁論の再開が繰り返されるというようなことも起こる可能性もある。
 ここまで論じてきたように,現在の法曹研修システムの下においては,情報処理に関して共通語を形成する機会のないままに法曹となった者同士が「法律専門家」として裁判の場に居合わせるわけであるから,今後,この点について何らの方策もとられないのであれば,危惧される事態が現実に頻発することも十分にあり得る。
 この問題に対する解決策は,いろいろ考えられる。その中でも一番採用可能な解決策は,適切な時期に合理的な争点整理がなされることである。とりわけネットワーク関連訴訟事件では,新民事訴訟法で採用された新たな争点整理手続(164条以下)等を大いに活用すべきである。そして,裁判官の側でも積極的に心証開示をし,訴訟関係人全員が,早期の正しい紛争解決のために,先入観なしに相互意見交換をしてゆくという努力を積み重ねる必要があるのではないかと思われる。

4 紙の訴状,起訴状,判決書という制約

 これまでの社会では,社会の諸要素を文字列を使った自然言語表現によって紙の媒体に記録することによって情報の伝達や保存をすることが可能であった。人類は,そのようにして紙媒体に記録された情報によって文化を継承し発展させてもきた。しかし,ネットワーク社会では,文字列を使った自然言語では記述不可能な事象が爆発的に増加する可能性がある。
 いわゆるマルチメディア環境の下においては,基本的にコンテンツの特定が困難になるであろう。たしかに,たとえば現在日常的に目にすることの多くなったCD-ROMで供給されるマルチメディア・コンテンツなどでは,そのコンテンツ全体を表現するのに商品名の記載だけでも足りるかもしれない。しかし,実際に,訴訟物の特定や訴因の記載,請求原因事実の特定,文書提出命令,検証物提示命令などに必要なのは,そのようなコンテンツ全体を表現するための文字列の記述ではなく,コンテンツの部分を構成する1個または数個のモジュールであったり,画面または空間に映像や音響や質感を伴って出現する一定の物理現象そのものであったりすることが少なくない。そのようなものは,コンテンツの商品名,モジュールのファイル名や機能などの文字列記述だけでは特定し切れない。まして,ネットワークに接続されている時にのみアニメーション効果を伴って一定の運動をするコンテンツのその運動状態そのものが問題になったときは,これをどのように表現したらいいのであろうか。
 このことの本質は,これまでの文明社会が静的な文化的産物のみを前提に構築されており,ネットワークに接続されて日々刻々変化するような動的な文化的産物の存在を予想していなかったことにある。このため,たとえば特許明細書もまた,すべての発明が文字列による静的表現によって特定可能であることを暗黙の前提にしており,空間的・時間的・動的要素を含む発明のためには,まったく不向きな法システムのままなのである。
 おそらく,これからの世界では,「判決」や「訴状」にあたる「司法コンテンツ」を適当な情報コンセントに接続するとネットワーク空間から必要なモジュールが転送され,画面表示または立体映像として一定の物理現象が発生し,その実際の動作そのものによって訴訟物や訴因や請求原因事実等が特定されるというような物理的な仕組みが必要になってくるであろう。このことは,すなわち,紙媒体による訴訟運営そのものが行き詰まりに来ていることを意味している。
 ただ,このことに対処するために,現時点で採用可能な解決方法が全くないわけではない。すなわち,紙媒体による裁判の全部または一部を廃止し,原則として,ネットワーク上のファイルという形式で裁判記録が存在することを可能にするような法改正を大至急進めることである。今回改正された新民事訴訟法は,その根幹において明治時代以前の「近代的」司法ポリシーをそのまま残存させた法律である。3年程度を目処に,全面的にネットワーク社会に対応した全く新しい民事訴訟法を創るための改正作業を開始すること,そして,そのような司法システムが円滑に機能するように,ネットワーク化された司法組織への人的・物的再編成作業を大胆に進めることが急務であろうと思われる。そして,仮にこのように電子化された司法システムが実現すれば,訴訟記録,法廷の状況,判決などの法情報[18]は,かなり容易かつオン・デマンドかつ安価に供給可能となる[19]
 仮にそこまでいかないとしても,マルチメディア・コンテンツのような動的現象に関する法的紛争に対処するために,法解釈論としては,どのようにすれば新しい文化現象を古い文字列表現で記述可能になるかについての研究・検討がなされるべきである。また,他方では,ファイル名やコンテンツ名あるいはシステム名の特定が困難だという理由によって,たとえば行政情報の開示請求とか会社帳簿の閲覧請求ができなくなってしまうというような不都合な事態の発生を避けるために,立法論としては,電子認証が保証されており個人情報の保護が確保されている限り,原則として,必要なデータが常に公開されていることが法的に義務づけられるように各種法規の法改正作業を進める必要があろうかと思われる。

5 グローバルなネットワーク環境における適用法の確定の困難

 ネットワーク社会の基盤は,グローバルなネットワーク環境であり,そこには国境も行政区画もない。他方では,現実の社会には主権国家とその領土権の一部としての司法権が存在し,ネットワーク環境の下で発生した法的トラブルをそれぞれの主権国家にとってできるだけ有利に解決しようと争っている。これは,ネットワーク関連訴訟事件では,国際裁判管轄権と準拠法の問題として出現する。しかし,グローバルなネットワーク環境の下において,一体,どの主権国家が優先的な国際裁判管轄権を持ち,どの主権国家の法が優先的な準拠法になるのか,について国際的に一致した合意ないし慣習は存在しない。ここに,適用法の確定の困難という問題が発生する。
 他方では,適用法の確定の困難を避けるためという目的と,当事者双方が特定の国とりわけ日本の司法システムによる紛争解決を避けるという目的から,日本国の裁判権と法律の適用を排除すべく,契約によって専属的国際裁判管轄と準拠法を定め,それに従って,たとえばシンガポールの裁判所やニューヨーク州の裁判所で司法的解決が図られるというような事態が現実化している。少なくとも,国際貿易に関する法的トラブルに関しては,成文法としての日本の民法や商法や関連する特別法が適用される場面が非常に狭くなってきているのは事実である。このため,日本国内には,アメリカ人やイギリス人の弁護士がかなり多数存在し,現実に法律実務に携わっていることも周知のとおりである。
 この問題を抜本的に解決するためには,これからさらに100年くらいの時間を要するであろう。だが,法学研究者として,現時点でしておかなければならないことがないわけではない。それは,これまでの日本の解釈論を機軸とする法学研究のあり方を根本的に見直し,日本法の母国法であるドイツ,フランスあるいはアメリカ等の法律を調べ,日本法の文言をいじくりまわすという作業を中心とするものから,フィールド・ワークを重視し,約款,個別の契約条項,条約,国際協定,国際機関からの勧告や団体の自治的規則等を含む「生きた法」の発見と批判的分析を中心とするものへと変化させることである。このことは,これまでの日本の法学会では比較的軽視されてきた「経験法学」への傾斜ということを意味する。そして,フィールド・ワークとしての生きた法の情報の探索は,ネットワーク環境をフルに活用し,国際協力を大幅に進めることによって,その効果を最大限に発揮するであろう。そのための学問的基盤こそがまさに「法情報学」[20]の任務とするものである。

第4 提言:大学法学部における今後のあり方

1 法曹における情報リテラシの重要性

 好むと好まざるとにかかわらず,我々の世代はすでにネットワーク社会の最初の入口をくぐり抜けてしまった。法も司法も広い意味での文化現象の一部である以上,社会の情報化の影響を避けることはできない。
 このような時代に生きる法曹は,すべからく一定程度の情報リテラシ(情報を活用する能力)を身につけている必要がある。情報に関する用語は,英語と同様の意味で世界の共通語である。したがって,現代の法曹に対して求められる技術的能力には,社会ツールとしての法を使う能力だけではなく,物理的社会的技術基盤そのものである情報リテラシも同等に含まれることになる。このことは,従来の教育政策上の分類であるいわゆる「文系」と「理系」との区別または相違を全く無意味なものにすることになるであろう。また,それなしには,ネットワーク関連訴訟事件について,正義に適った解決を求めることはできない。

2 大学における新たな法学教育

 以上のような観点からすると,法曹の最大の供給源である大学法学部もまた,大幅に教育指針を変更する必要がある。項目的に列挙することによって,本報告のまとめとしたい。

(1) まず,法学教育と情報処理教育とを別個のものとしてではなく,一体のものとして理解する必要がある。

(2) 次に,「法に関するデータそれ自体」,「法に関する情報を合理的に獲得する能力」,「ツールとしての法を使いこなす能力」そして「法の本質に関して深く洞察する能力」とをきちんと峻別した上,そこから,情報ネットワークだけではなく法律文献等さまざまなチャネルから獲得された「法に関するデータ」を人間の側へ取り込んで内面化(情報化)し,「単なる法のデータ」を「法情報」とするための能力を養う法学教育カリキュラムを考えなければならない。

(3) そのためには,伝統的な法典編纂順序に従った科目構成を見直し,目的合理性に適った柔軟な科目・学科構成を模索する必要がある。

以  上


<注>

[1] 東京地裁平成8年4月22日判決・判タ929号266頁

[2] 「平成七年度知的財産権関係民事・行政事件の概要」法曹時報48巻12号37頁

[3] 東京地裁平成9年5月26日判決・判時1610号22頁

[4] http://www.asahi-net.or.jp/~VR5J-MKN/nifty.htm

  山口いつ子「サイバースペースにおける表現の自由」東京大学社会情報研究所紀要51号15頁
  山口いつ子「サイバースペースにおける表現の自由・再論」東京大学社会情報研究所紀要53号33頁
  山口いつ子「パソコン通信における名誉毀損」法律時報69巻9号92頁

[5] http://village.infoweb.ne.jp/~fwja5504/

[6] http://www.courts.go.jp/

[7] 夏井「ネットワーク社会の文化と法」(日本評論社)214頁以下

[8] 夏井前掲 95頁−120頁

[9] 東京地裁平成6年2月18日判決・知裁集26巻1号114頁

[10] 東京地裁平成7年2月13日判決・判時1529号158頁

[11] 最高裁平成3年4月5日決定・刑集45巻4号171頁

[12] 広島地裁平成7年7月18日判決・判時1549号145頁長野地裁諏訪支部平成8年7月5日判決・判時1595号154頁

[13] 東京地裁平成7年12月26日判決・判時1577号142頁

[14] http://pweb.pa.aix.or.jp/~ilc/frame/kaigisitu/kaigisituf.html

[15] 大阪高裁平成8年6月25日判決・判タ911号279頁,仙台地裁平成8年7月29日判決・判時1575号31頁など

[16] 「書記官研修所との座談会」書記官171号7頁

[17] 「最高裁総務局・人事局各課長,参事官を囲む座談会」全国書協会報135号2頁

[18] 夏井前掲214頁

[19] 判決情報がネットワーク環境で公的なものとして提供可能となると,従来の判例紹介雑誌を主体とする出版社は,判例分析や判例評論等を主体とする出版社へと変質せざるを得ないであろう。

[20] 夏井前掲247頁


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最終更新日:1998/04/09

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