諏訪パチンコ・カード(パッキーカード)詐欺事件第一審判決


長野地裁諏訪支部平成8年(わ)第6号,12号有価証券偽造,同行使,電子計算機使用詐欺,同未遂被告事件


判        決

<被告人氏名等省略:以下,関係者名等は仮名>

主        文

被告人を懲役2年に処する。

未決勾留日数中60日を右刑に算入する。

理        由

(犯罪事実)

 被告人は,長野県岡谷市<番地略>に本店を置く株式会社X(代表取締役A)に勤務していたものであるが,

第一 Yレジャーカードシステム株式会社のパチンコ用プリペイドカード(パッキーカード)の支払いに関する事務処理が,同会社に設置された電子計算機システムを使用し,パッキーカードの消費金額を自動的に積算した上,右パッキーカードを取り扱っているパチンコ店(加盟店)が右会社に支払うべきパッキーカードの販売代金等よりパッキーカードの消費金額が大きい場合には,右会社から加盟店に対し,同消費金額から同販売代金等を差し引いた差額を支払うこととなっているのを奇貨として,使用済みとなった右会社作成にかかる有価証券であるパッキーカードの磁気情報部分に記載された使用可能残高を改ざんし,これをパチンコ遊技機に併設された右システムの端末であるカードユニット(自動玉貸装置)のカード挿入口に挿入してパチンコ玉を排出させ,右会社から加盟店である前記株式会社Xに支払われるべきパッキーカードの消費金額名下に右株式会社Xに財産上不法の利益を得させようと企て,B,C,D及びEらと共謀の上,行使の目的をもって,ほしいままに,平成8年2月7日午前10時ころ,長野県諏訪市<番地略>パチンコZ諏訪インター店2階従業員寮の被告人D及びFことG子(当時の姓はF)の居室において,FことG子が,使用済みのパッキーカード合計160枚のパンチ孔をパンチ屑で埋めた上,同日午後8時30分ころ,同所において,被告人Dが,磁気情報複写装置(平成8年押第5号の2)を用いて右パッキーカード合計160枚に真正なパッキーカード(使用可能残高1万円)の磁気情報を複写し,右Yレジャーカードシステム株式会社作成にかかる使用可能残高1万円のパッキーカード合計160枚の変造を遂げ,別表一記載のとおり,同月8日午前零時40分ころから同日午前1時38分ころまでの間,同県岡谷市<番地略>パチンコZ長地店ほか2箇所において,同表行為者欄記載のとおり被告人Bほか6名が,右変造パッキーカード合計160枚を各店に設置されたパチンコ遊技機に併設されたカードユニット(自動玉貸装置)合計160台のカード挿入口にそれぞれ挿入し,パチンコ玉を排出させて使用し,もって,変造有価証券を行使し,同所に設置されたターミナルボックスから電話回線を通じて,東京都中央区<番地略>四丁目ビル内の右会社管理本部経理部が管理する電子計算機に対し,いずれも使用可能残高1万円の真正なパッキーカードの使用によりカードユニットからパチンコ玉が排出されたものである旨の虚偽の情報を与え,同電子計算機において同月分のパッキーカードの消費金額として合計160万円を積算させた上,同月分のパッキーカードの購入代金等とパッキーカードの消費金額との相殺決済をさせて財産権の得喪,変更に係る不実の電磁的記録を作らせ,右株式会社Xに財産上不法の利益を得させようとしたが,被告人Bらが逮捕されたため,その目的を遂げなかった。

第二 前同様変造パッキーカードを使用してパチンコ玉を排出させ,前記Yレジャーカードシステム株式会社から加盟店である前記株式会社Xに支払われるべきパッキーカードの消費金額名下に,右株式会社Xに財産上不法の利益を得させようと企て,B,C,D及びEと共謀の上,別表二記載のとおり,平成7年12月22日から同8年1月25日までの間,前後34回にわたり,長野県岡谷市<番地略>パチンコZ長地店ほか2箇所において,右システムの端末であるカードユニット(自動玉貸装置)に使用可能残高がないのにこれがあるように改ざんした変造パッキーカードを挿入してパチンコ玉を排出させることにより,同所に設置されたターミナルボックスから電話回線を通じて,東京都中央区<番地略>四丁目ビル内の右Yレジャーカードシステム株式会社管理本部経理部が管理する電子計算機に対し,いずれも使用可能残高が残っている真正なパッキーカードの使用によりカードユニットからパチンコ玉が排出され,別表二財産上の不法の利益額欄記載のとおり消費されたものである旨の虚偽の情報を与え,同電子計算機においてパッキーカードの消費金額を積算させた上,同8年1月29日ころ,同電子計算機により,同7年12月22日から同8年1月25日までの間のパッキーカードの購入代金等とパッキーカードの消費金額との相殺決済をさせ,真実は,右株式会社Xが右Yレジャーカードシステム株式会社に対し合計約3,186万7,004円を支払うこととなるべきところ,右会社が右株式会社Xに対し合計約1,588万2,996円を支払うものとする旨の財産権の得喪,変更に係る不実の電磁的記録を作り,よって,右株式会社Xに対し,合計約4,775万円相当の財産上不法の利益を得させたものである。

(証  拠)

<省  略>

(弁護人の主張に対する判断)

一 弁護人は,判示第一の事実につき,電子計算機使用詐欺の実行の着手は認められないから同未遂罪は成立しないと主張しているので,この点について検討する。

二 パッキーカードを使用した場合の電子計算機システムについて

1 関係各証拠によれば,パチンコ用プリペイドカードであるパッキーカードを使用した場合の,右使用の情報がどのように処理されるのかという電子計算機システムは以下のようなものである。
 Yレジャーカードシステム株式会社(以下,「被害会社」という。)のパッキーカードが使用可能なパチンコ店(以下,「加盟店」という。)において,パチンコ遊技客がパッキーカードをカードユニットという球貸機とパチンコ台が連動するような装置に挿入してパチンコ玉を排出させると,その際のカードの消費金額がカードユニット,光LAN中継機を経て,加盟店に設置されたターミナルボックス(球貸機からカードの消費金額を収集,集計する装置。以下,「Tボックス」という。)に集信される。
 Tボックスに集められたカード消費金額は,日毎に電話回線を通じて被害会社の決済センターのコンピューターに自動伝送され,そこで集計されたデータが被害会社管理本部経理部で管理するホストコンピューターに日毎に伝送される。
 右ホストコンピューターで,毎月1回,各加盟店ごとに,被害会社の加盟店に対する請求額とカード消費金額を比較して相殺決済を自動的に処理して,被害会社に債権が残る場合には加盟店にその支払いを請求し,加盟店に債権が残る場合には,支払通知書が作成されて被害会社の取引銀行から加盟店の指定する預金口座に振り込み入金することになる。
 Tボックスは,加盟店の者が電源を入れて開始ボタンを押して開始処理がなされて以降,カードユニットからのデータを集めボックス内部に電子的に記録し,Tボックスの締めボタンを押すと締め処理がなされ1日分のカード消費金額が確定する。
 また,カードユニットはTボックスが稼働していなくともパッキーカードを使用できるようになっており,本件のようにTボックス締め処理後に,カードユニットに対しパッキーカードを使用した場合は,翌営業日にTボックスの開始処理がなされると,その分の情報がまとめてTボックスに収集され,その後に収集された情報とともにその後の締め処理の際に一括して,電話回線を通じて被害会社決済センターのコンピューターに自動伝送される。
 いったんカードユニットに入力されたカード消費金額の情報は加盟店側で改変することはできず,Tボックスから決済センターのコンピューターに伝送された後は,コンピューターの機械的な処理によって被害会社と加盟店との間で相殺決済される。

2 以上のような本件のコンピューター処理システムをみると,カードユニットは,被害会社のホストコンピューターに連なる一連のコンピューターシステムの端末としての意味を有しており,右端末に入力された情報はもはや変更されることなくホストコンピューター内においてパッキーカードの消費金額として処理されることが予定されている。
 右一連の過程が,コンピューターによる自動処理という正確かつ機械的な処理であることからすれば,端末たるカードユニットに対して虚偽の情報を与えた時点で,電子計算機使用詐欺罪で予定されている法益侵害の具体的な危険が発生しているものとして,実行の着手を肯定すべきである。

3 弁護人は,Tボックスから被害会社の電子計算機に情報を送った段階で実行の着手を認めるべきであると主張される。
 たしかに,弁護人の指摘するように,本件の場合,翌営業日にTボックスの開始処理をし,さらに締め処理をしなければ,虚偽のカード消費情報は被害会社の領域に到達しない。
 しかし,右の行為は人為的な行為とはいうものの,加盟店が営業する限り,必ず誰かが,虚偽の情報が入力されていることを知っていても知らなくても機械的に行う行為であり,その操作方法も簡単で,操作する者がその方法を誤る危険性は極めて少ない。
 カードユニットに蓄積された情報は,Tボックスの締め処理以前の段階で,既に被害会社のホストコンピューター内の情報となることが確実になっているものといってよく,このような事情に鑑みるときは,右のTボックス処理の点は,もはや因果の流れの中にあるものと解するのが相当である。

4 ちなみに,詐欺罪に関し,電報為替により金員を騙取しようと虚偽の電信をしたため郵便局に提出したが,その発電前に発覚した事例につき,実行の着手を認めなかった判例や,いわゆる隔離犯において到達主義をとった判例が存在していることは事実であるが,他面,次のような裁判例もある。
 恐喝罪につき,会社重役を畏怖させて金員を喝取しようとして,重役に従属し補助行為をするにすぎない会社庶務係に恐喝手段を施して重役に通達させようとした時点で,恐喝罪の実行の着手があるものと解した裁判例(大判昭和11年2月24日,刑集15巻162頁)が存在するほか,鉄道手荷物の荷札を管理者不知の間に犯人方に輸送させるように付け替え,犯人方に輸送させ,または輸送させようとした事案において,輸送の途中に発覚して犯人方に輸送させられなかった場合に窃盗未遂を肯定している裁判例(最判昭和27年11月11日,最高裁判所裁判集刑事69巻175頁)や,郵便局の区分係が,郵便物の受取人名義を自分の住所地の同姓虚無人に訂正して郵便物区分棚に置いて,その一部を配達担当者に配達させたが,残りを上司に怪しまれて配達させることができなかった事案において,配達させることのできなかった分につき,郵便物区分棚においた時点で窃盗の実行の着手を認めたものと解される例(東京高判昭和42年3月24日,高刑集20巻2号229頁)も存在しているところである。

5 今日のような高度情報化社会において,コンピューターシステムの果たしている役割は絶大なものがあり,今後もコンピューターシステムの果たす役割はますます大きくなることは確実である。コンピューターシステムにおいては,端末に入力された情報は,極めて正確にホストコンピューターに伝送され,各種事務処理の基本情報として右システムで予定されたとおりの機械的な処理による活用がなされている。端末に虚偽の情報が入力された時点で,電子計算機使用詐欺罪の実行の着手を肯定すべきである。

 以上により,弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

一 罰  条

第一の行為

 有価証券変造の点はいずれも刑法60条,162条1項,変造有価証券行使の点はいずれも刑法60条,163条1項,電子計算機使用詐欺未遂の点は,各店舗ごとにいずれも刑法60条,250条,246条の2

第二の行為

各日付の各店舗ごとに刑法60条,246条の2

二 科刑上一罪の処理

 判示第一の有価証券の各変造と各行使と電子計算機使用詐欺未遂につき,刑法54条1項後段,10条(一罪として犯情の最も重い電子計算機使用詐欺未遂罪の刑で処断。ただし,短期は変造有価証券行使罪の刑のそれによる。)

三 併合罪加重

 刑法45条前段,47条本文,10条,犯情の最も重い判示第二の電子計算機使用詐欺罪(平成7年12月22日の諏訪インター店のもの)に法定の加重(ただし,短期は変造有価証券行使罪の刊のそれによる。)

四 未決勾留日数の算入

 刑法21条

(量刑の事情)

一 本件は,パチンコ店従業員らが,判示のとおり,使用済みのパチンコ用プリペイドカードを変造の上使用してパチンコ玉を排出させ,排出させた玉を特殊景品と交換して換金していたもので,犯行の組織性,計画性,継続性の顕著な事案である。
 また,本件による被害金額はまことに多額であり結果は非常に重大である。被害会社の莫大な損害により,最終的には株式会社X及び自己らの利害を図ったもので犯情は悪質である。
 本件のような犯行は模倣性が強く,社会に及ぼした影響も軽視できない。

二 被告人は,株式会社Xの営業企画部長として,実務的には相当大きな権限を有し,また責任を負っていた者であるが,本件犯行を主導した者としてその責任は重大である。
 すなわち,被告人は,犯行の計画段階から関与し,本件犯行に必要不可欠であった変造機を実際に調達し,各店舗の責任者クラスに不正行為を行うことを承諾させて実行させていたもので,本件犯行をいわば取り仕切っていたと評価できる。部下の従業員らは,被告人の強い影響力の故に被告人の意に抗しきれず本件違法行為に手を染めてしまったといった面があることは明らかである。
 また,本件を含む一連の不正行為によって得た利益は,被告人の言によっても合計金900万円にもなっている。
 以上のような事情に照らすと,被告人の刑事責任は重大であると言わざるを得ない。

三 弁護人は,被告人もまた上司の命令によって本件に関わったことを強調している。たしかに,被告人及び被告人の部下の共犯者らの供述からみる限り,被告人よりもさらに会社での地位が上にある役員が本件に関わっているのではないかとの疑いはこれを否定できないが,さればといって,被告人が本件において従属的な立場にあったと評価することはできない。一連の不正行為によって得た利益が株式会社Xまたは本件に関与していると疑いの持たれる役員の方がずっと多かったとしても,現実に本件を実践していった際の被告人の役割はやはり主導的であったと評価されるのである。
 被告人は,パチンコ業界で長く働き,平成4年の本件とは別のパチンコ店に勤務していた際のいわゆる裏ロム事件で,平成5年10月,略式命令により罰金30万円に処せられていたにもかかわらず,今回もパチンコ営業に関する犯罪を惹起しており,被告人の規範意識に問題があると言わざるを得ない。

四 前述のように被告人自身も,会社の上司によって本件犯行を指示された可能性のあること,また,その背景に,裏ロム事件があったにもかかわらず株式会社Xが被告人を暖かく迎えたことに被告人が恩義を感じていたとの事情が存在した可能性のあること,既に680万円の被害弁償をし,今後も弁償の意思のあること,さらには,被告人が内妻とその娘にとって今やかけがえのない存在であること,勤務先を懲戒解雇となっていること,被告人の反省と更生への決意等を十分考慮しても,本件犯行の結果の重大さ,態様の悪質さ,被告人の本件への関わり方等からみて,被告人には主文掲記の実刑は免れないものと思料する。

(求刑懲役3年6月)

 よって,主文のとおり判決する。

裁 判 官      村  山   浩  昭

 


<別表:いずれも省略>


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最終更新日: 1998/03/14

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