電脳学園シナリオTバージョン2・0事件第一審判決


宮崎地裁平成5年(行ウ)第2号行政処分取消請求事件


控訴審 : 電脳学園シナリオTバージョン2・0事件控訴審判決

上告審 : 電脳学園シナリオTバージョン2・0事件 上告審判決


判        決

原       告     株式会社ガイナックス
右代表者代表取締役     澤  村   武  伺
右訴訟代理人弁護士     山  城   昌  巳
同             中   尾     昭

被       告     宮 崎 県 知 事
右訴訟代理人弁護士     日  野   直  彦
右指定代理人        谷  口   睦  生
                   (ほか5名)

主        文

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第一 請  求

 被告が,フロッピーディスクである「電脳学園シナリオTバージョン2・0上巻・下巻」について,平成4年7月17日にした,宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例(昭和52年7月28日条例第27号)第13条1項に基づく,右フロッピーディスクを有害図書類と指定する処分を取り消す。

第二 事案の概要

一 原告は「電脳学園シナリオTバージョン2・0上巻・下巻」との題名のコンピューターソフトをフロッピーディスク(以下「本件フロッピーディスク」という。)として製造販売しているものであるが,被告は,平成4年7月17日,本件フロッピーディスクを宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例(以下「本件条例」という。)13条1項に基づき,有害図書類と指定する処分をした(同月24日告示,以下「本件指定処分」という。)。原告は,平成4年9月18日,被告に対し,本件指定処分につき異議申立てをしたが,同年12月16日,原告は右申立てに対する棄却決定を受けた(以上の事実は当事者間に争いがない。)。

 そこで原告は,本件条例が憲法21条等に違反し,無効である等と主張して,本件指定処分の取消しを求めて本訴を提起した。

二 本件条例による性的表現にかかわる有害図書類規制の内容(以下,性的表現の問題に限って検討する。)

1 本件条例13条による有害図書類指定処分

 本件条例13条1項は,知事は,図書類(同10条2号により「書籍,図画,写真,フロッピーディスク」等をいう。)の内容の全部又は一部が「著しく青少年(同10条1号により「18歳未満の者」をいう。)の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれのあるもの(同項1号)」であると認めるときは,当該図書類を青少年に有害な図書類として指定することができる旨規定する。また,本件条例25条は,知事が同13条1項による指定をする場合には緊急を要すると認める場合を除き,あらかじめ宮崎県青少年健全育成審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴かなければならないとしている。

2 本件条例13条2項によるみなし指定処分

 本件条例13条2項は,「前項第1号の規定に該当する図書類(同項の規定により指定された有害な図書類を除く。)のうち,次の各号のいずれかの内容を有する写真又は図画で知事が宮崎県青少年健全育成審議会の意見を聴いて規則で定めるもの及びこれらの写真又は図画を掲載する紙面が総紙面の3分の1以上を占める書籍又は文書は,青少年に有害な図書類とする。」と規定し,右に該当するものとして,同項1号は「全裸,半裸又はこれらに近い状態での卑わいな姿態」を,同項2号は「性交又はこれに類する性行為」を,それぞれ掲げており,前記条項を受けて,宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例施行規則(以下「規則」という。)3条が,写真等の内容につき詳細な定めをしている。

3 有害図書類の販売等の規制

 本件条例13条3項は,図書類の販売又は貸付けを業とする者(以下「業者」という。)は,青少年に,同条1項の規定により指定された図書類又は同条2項の規定に該当する図書類(以下「有害図書類」という。)を販売し,頒布し,又は貸し付け(以下「販売等」という。)てはならないと規定し,同条4項は,業者は,有害図書類を陳列するときは,当該図書類を屋内の監視できる場所に置き,かつ,他の図書類と区分して,容易に青少年の目に触れないような措置を講じ,及びその場所に規則で定める標識を掲示しなければならないと規定している。

4 有害図書類の指定等の告示

 本件条例24条は,知事は,同13条1項の規定による指定又は同23条の規定による指定の取消しをしたときは,その旨を告示するものとすると規定している。

5 罰則

 本件条例29条4項は,同13条1項の規定による指定のあった有害図書類に関し,同条3項の規定に違反した者に20万円以下の罰金を科すことを定めている。

第三 当事者の主張

一 原告

1 憲法21条2項違反

 本件条例13条が定める制度,すなわち,知事において一定の図書等を有害図書類として指定するなどし,有害図書類については,青少年に対する販売等が許されない制度(以下「本件制度」という。)は,憲法21条2項にいう検閲に該当する。

 検閲とは,公権力が発表行為に先立ち,思想等の内容について,事前に網羅的一般的に審査し,不適当と認めるときに発表行為を禁止することをいうが,戦前の発禁処分の存在に鑑みれば,発表行為の範囲は厳格にとらえるべきではなく,青少年への販売行為等も発表行為に含めて考えるべきである。被告は,本件制度は当該図書類の製作者がこれを表現物として発表すること及び業者がこれを青少年以外の者に対して販売することは何ら規制していないと主張するが,現実には本件指定処分を受けたことによって,本件フロッピーディスクは流通経路から締め出され,その販売活動は事実上不可能となり,原告は自己の作品を発表する機会を失わされている。加えて,内容において,思想等とその他の表現行為とを区別することの困難性を考えれば,本件フロッピーディスクの内容も思想等に該当するというべきである。

 したがって,本件条例13条1項は憲法21条2項に違反し,これに基づく本件指定処分は違法である。

2 憲法21条1項違反

(一) 事前抑制禁止の原則違反

 表現の自由は,民主主義の根幹をなす重要な権利であり,その制約に対する違憲審査基準の1つとして事前抑制禁止の原則がある。これによれば,表現行為の事前抑制は,規制目的に厳格な合理性があり,かつ,表現者側が受ける制約が必要最小限度となる方法による場合に限り許容されることになる。ところが,本件指定処分は,青少年の健全な育成という規制目的を有するとしても,前記一1で述べたとおり,表現者側の被る被害が大きく,規制手段は必要最小限度とは到底いえない。したがって,本件条例13条1項は,事前抑制禁止の原則に違反し,違憲無効の規定である。

(二) 漠然性故に無効の法理

 表現の自由の制約根拠となる法令の文言上,規制対象となる行為の範囲が明確でなく,どのような表現行為が規制されるのかが分からないとすると,国民が表現行為を差し控えるようになるおそれがあり(萎縮的効果),民主主義の根幹を傷つける結果となる。したがって,表現の自由に対する制約の違憲審査基準の 1つとしていわゆる漠然性故に無効の法理が妥当し,表現の自由の制約根拠となる法令の文言上,規制対象となる行為の範囲が客観的に明白でなければ,当該法令はそのことによって違憲無効となる。また,本件条例13条1項により有害図書類と指定された図書類について同条3項の規定に違反して販売等をした者には罰則が科されることを考慮すれば,本件制度による表現行為の制約は刑罰ではないものの,刑罰に類する形態で表現の自由を制約するものとみるべきである。したがって,本件制度による表現行為の制約が許される場合においても,制約される行為の内容は罪刑法定主義に準じて客観的かつ明確でなければならない。しかるに,本件条例13条1項1号は「著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれのあるもの」と規定するのみで,それにより制約される行為の内容は漠然としており,通常の判断能力を有する一般人の理解により,その内容を明らかにすることができるものではなく,表現の自由の制約基準として客観性がなく不明確である。したがって,本件条例13条1項は憲法21条1項に違反し,違憲無効の規定である。

(三) 有害図書類指定に関する手続規定の不存在

 表現の自由の重要性や憲法31条の趣旨からすると,表現の自由を条例で制約する場合には,制約のための手続規定を整備し,制約を受けることになる者に対して規制の内容を告知し,釈明や弁解の機会を与えなければならない。ところが,本件条例には有害図書類指定処分を受けることになる者に対する告知,釈明及び弁解に関する規定は全く存在しない。ところで,被告は,審議会における審議が有害図書類指定についての弁明ないし聴聞手続を代替する機能を果たしている旨主張する。確かに,本件条例25条によれば,同13条1項に基づく有害図書類指定処分をする場合には,知事は,原則として,審議会の意見を聴かなければならないことになっている。しかし,弁明等の機会は,処分の効果を直接受ける原告らに対して与えられるべきであり,審議会における審議手続によって代替できるものではなく,仮にこの点を措くとしても,審議会は,被告から独立した中立の機関ではないから,弁明等の代替機関としての機能を肯定することはできない。よって,本件条例13条1項はこの点からも憲法21条1項に違反し,違憲無効である。

(四) 本件条例10条2号の改正は立法事実を欠くこと

 一般に憲法上の人権に対する制約を加重する方向で法令を改正するためには,その必要性について客観的かつ合理的な根拠が存することが必要であり,右人権が表現の自由である場合にはなおさらである。ところで,本件条例10条2号は,平成4年3月30日に改正され,右改正によって「図書類」中にフロッピーディスクが含まれることになり,本件フロッピーディスクは,その直後に本件指定処分を受けたものである。しかし,本件フロッピーディスクのような内容を有するものにつき青少年に対する販売等をしたからといって,青少年の健全育成に支障が生じるとの事実は科学的に証明されていないし,また,本件フロッピーディスクを有害図書類として規制することによって,宮崎県における青少年の非行の減少に実効性があるとの科学的な裏付けはないから,右改正は立法事実を欠いている。したがって,本件条例13条1項は,少なくともフロッピーディスクに適用される限りにおいて,憲法21条1項に違反し,違憲無効である。

3 本件指定処分自体の違法性

(一) 本件フロッピーディスクは本件条例13条1項1号に該当しない。

 本件条例13条1項が規定する有害図書類の範囲は非常に漠然としている反面,同条2項は,同項に定める有害図書類の解釈につき相当に詳細な規定を置いており,これを受けて規則3条も詳細な規定を置いている。このような本件条例13条1項と同条2項の規定の仕方からすると,同条1項においては,同条2項の枠におさまらず,かつ明白に青少年に有害であるという特段の事情のある図書類を有害図書類とするというのが立法者の意思であると考えられる。

 ところが,本件フロッピーディスクは,わいせつ性の程度において青少年に有害であると認めるべき特段の事情はない。そもそも,本件フロッピーディスクの目的は性的感情を刺激することではなく,青少年の世界で話題になるような事柄に関するクイズによるゲームを楽しませることにあり,クイズ解答者を飽きさせないために,女子高生を登場させ,正解率が高くなるに比例して衣服を脱ぐ絵がコンピューターディスプレイ(以下「画面」という。)上に現れるというにすぎないものである。陰毛の影が見える部分もあるが,そのシーンは2か所だけであり,写実性に乏しい。しかも,そのような場面はクイズがほとんど満点になったときに初めて画面上に表現されるものであり,プレーヤーが任意に出現させることはできない仕組みとなっている。

 また,本件フロッピーディスクが青少年に対する有害性を有していないことは,本件フロッピーディスクの販売と宮崎県における青少年の非行や犯罪との間に因果関係が存することを証明する科学的,客観的調査さえ存在しないことからも明らかである。

(二) 本件フロッピーディスクのどの部分が本件条例13条1項1号の要件に該当するかが不明確であること

 本件指定処分の関係機関への通知書には,処分の理由として「著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれがあるため」と記載されているのみであり,本件フロッピーディスクのどの部分が本件指定処分の右処分理由に該当するのかが明確でない。

(三) 本件指定処分をするにあたり原告に弁解等の機会を与えなかったことの違法性

 表現の自由を制約する行政処分を行う場合には,処分に先立ち処分の相手方に処分内容を告知し,これに対する釈明や弁解を聴取しなければならない。ところが,本件指定処分にあたって原告には右のような機会は与えられなかった。

(四) 審議会の審議不十分の違法

 被告は,本件指定処分を行うにあたり審議会の意見を聴取したと主張している。しかし,審議会における審議は,本件フロッピーディスクを使用して画面上に画像を現す方法により現実にゲームを進行させてなされたものではなく,ごく一部分についての解析写真のみを使用してなされたものである。また,右審議の際には,本件フロッピーディスクの内容のうちいかなる部分が本件条例13条1項1号の要件に該当するのか否かについての検討は全くなされていない。したがって,本件指定処分の前提となった審議会の審議手続には重大な瑕疵があり,これに基づいてなされた本件指定処分は違法である。

二 被告

1 憲法21条2項違反の主張に対する反論

 憲法21条2項にいう検閲とは,行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認められるものの発表を禁止することをその特質として備えるものを指すと解すべきである。

 本件制度は,既に発表された図書類について,その内容が著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれがあると認められるときに,業者が青少年に販売等を行うことを禁じるものであって,発表行為を制限するものではないから,検閲に該当しないことは明白である。

2 憲法21条1項違反の主張に対する反論

(一) 事前抑制禁止の原則違反の主張に対する反論

 本件制度による有害図書類の規制が表現の自由を制限するものであること,表現の自由が民主主義の根幹をなす重要な権利であってこれに対する規制は慎重かつ厳格な判定基準に基づいて行うべきであることは原告の主張するとおりである。しかし,本件制度は,青少年の健全な保護育成を目的として,青少年に向けられた表現行為を規制し,青少年の知る自由を制限するものであるところ,青少年の有する知る自由は,成人に保障された知る自由と同等ではなく,青少年の人格形成に及ぼす害悪から青少年を保護するという内在的制約を受けるものであるから,青少年に向けられた表現行為の規制については,成人に対する表現行為の規制の場合に要求される厳格な基準は適用されないと解すべきである。したがって,事前抑制禁止の原則も成人の場合に比べて緩和された形で適用される。右の見地から本件制度をみると,本件制度は,成人に対する有害図書類の販売等や青少年が業者以外の者からそれらを入手することを規制するものではなく,青少年保護の観点から必要最小限度の規制にとどまっており,いまだ事前抑制禁止の原則に反するとはいえないというべきである。

(二) 漠然性故に無効の法理の主張に対する反論

 本件条例13条1項1号の「著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれのあるもの」との規定は,健全な一般人の判断能力を基準とすればそれ自体でも十分に規制の対象が明確化されている。また,右規定に基づく有害図書類の指定については,審議会が定めた具体的な認定基準が存在し,かつ右認定基準は宮崎県発行の「宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例の解説」の中にも明示され公表されており,本件条例13条1項1号によって規制される行為の対象は十分に明確化されている。

(三) 有害図書類指定に関する手続規定の不存在の主張に対する反論

 行政庁の処分によって表現の自由を何らかの形で制約されることになる者に,あらかじめ告知,釈明,弁解の機会を与えるべきことは,表現の自由の重要性等からして一般論としてはこれを肯定することができる。しかし,本件条例に右のような手続規定がないからといって,本件条例13条1項が違憲無効となるものではない。すなわち,本件制度は,既にみたように,有害図書類の製作者がこれを表現物として発表すること自体は何ら規制しておらず,本件制度に基づく有害図書類指定処分は特定の者に対して向けられたものではないから,本件制度によって規制を受ける業者は不特定多数となる。したがって,これらの者すべてに対しあらかじめ規制の内容を告知し,釈明ないし弁解の機会を与えることは事実上不可能である。また,本件制度による有害図書類の指定については時機を失わないことが要求されるところ,仮に不特定多数の業者に告知,釈明,弁解の機会を与えるとすると,指定に至るまでに相当の期間を要することになって,本件制度の実効性はなくなってしまう。ところで,本件条例25条は,同13条1項に基づく指定をするには,知事は原則として審議会の意見を聴かなければならないと規定しているところ,審議会は一定の客観的基準によって指定をなすべきかどうかを審議・決定して知事に答申することになっており,有害図書類指定についての弁明手続ないし聴聞手続を代替する機能を有している。以上の理由から,本件制度において,指定によって不利益を受ける者に対し告知,釈明,弁解の手続を置いていないことには合理的な理由がある。

(四) 本件条例10条2号の改正は立法事実を欠くとの主張に対する反論

 本件制度が規制の対象とする有害図書類によって,一般的に思慮分別が浅く精神的に未熟な青少年の性的好奇心が歯止めなく肥大化され,ひいては青少年の性的放縦や性犯罪につながるおそれのあることは社会共通の認識となっており,本件条例10条2号の改正の立法事実として原告の主張するような種々の調査は必要ではない。

3 本件指定処分自体の違法性の主張に対する反論

(一) 本件フロッピーディスクは本件条例13条1項1号の要件に該当しないとの主張に対する反論

 本件フロッピーディスクは,クイズの正解率が高くなるにしたがって画面の女子高生が衣服を脱ぎ,最終的には全裸になるものであり,原告が本件フロッピーディスクを製作した意図は何であれ,本件フロッピーディスクの遊戯者にとっては,その目的はクイズを楽しむこと自体ではなく,女性を裸にすることないしはその過程を楽しむことにあることは明白である。さらに,本件フロッピーディスクの内容は,画面上の女性の乳首や性器周辺をマウスと呼ばれる器具で触れることによって画面上の女性が反応するといった,性行為又はわいせつ行為を容易に連想させ,青少年にいわばゲーム感覚で性的行為の擬似体験をさせるものであり,精神的に未熟な青少年の性的感情を著しく刺激し,女性を性行為の対象としてしかとらえないような誤った性的好奇心を助長して,青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるというべきである。

 また,原告は,本件フロッピーディスクが青少年に対する有害性を有していないことは,本件フロッピーディスクの販売と宮崎県における青少年の非行や犯罪との間に因果関係が存することを証明する科学的,客観的調査さえ存在しないことからも明らかであると主張しているが,そのような具体的因果関係の存在及びその証明は事実上不可能であるだけでなく必要ともいえず,通常一般人の判断として,著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれがあると認められれば十分である。

(二) 本件フロッピーディスクのどの部分が本件条例13条1項1号の要件に該当するかが不明確であるとの主張に対する反論

 本件フロッピーディスクは部分部分が独立しているものではなく,クイズを通して徐々に女子高生の衣服を脱がして性的行為の擬似体験をさせるものであるから,全体が一体として本件条例13条1項1号に該当するものである。

(三) 本件指定処分をするにあたり原告に弁解等の機会を与えなかったことが違法であるとの主張に対する反論

 既に述べたとおり,本件制度は有害図書類との指定をするにあたり指定をうける者に告知,釈明,弁解の手続を要求しておらず,右手続規定のないことには十分な合理性があるから,本件指定処分にあたり原告にこれらの機会を与えなかったことは何ら違法ではない。また,実質的にみても,本件指定処分は,原告の本件フロッピーディスク製造及び業者に対する販売は何ら規制されないのであるから,原告に対し弁解等の機会を与えなかったとしても違法ではない。

(四) 審議会の審議が不十分であったとの主張に対する反論

 本件フロッピーディスクに関する審議会の審議(平成4年7月17日開催)においては,審議会の委員らに対し,あらかじめ本件フロッピーディスクと似た内容のコンピューターソフトを用いて実際にゲーム操作を行ってみせた上,本件フロッピーディスクの操作説明書を交付してその内容を説明しているから,右委員らは本件フロッピーディスクの内容について概括的な知識を有しており,その上で本件フロッピーディスクの解析写真集を回覧しているのであるから,有害性を審議するのに必要な資料は提示されており,審議会の審議は十分になされている。

第四 争点に対する当裁判所の判断

一 憲法21条2項違反の主張について

 憲法21条2項にいう検閲とは「行政権が主体となって,思想内容等の表現物を対象とし,その全部又は一部の発表の禁止を目的として,対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に,発表前にその内容を審査した上,不適当と認めるものの発表を禁止することを,その特質として備えるものを指す」(最高裁昭和59年12月12日判決)ところ,本件制度は,既に発表された図書類について,その内容が著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれがあると認められるときに,業者が青少年に有害図書類の販売等を行うことを禁ずるものであって,発表行為自体を制限するものでないことはもとより,発表後においても,購入等の制限を受ける対象者は青少年のみなのであるから,本件制度を憲法21条2項にいう検閲であるということはできない。原告は,本件指定処分は青少年に対する販売等を規制するだけであるといっても,現実には,本件指定処分がなされた結果,本件フロッピーディスクは流通経路から締め出され,その販売活動は事実上不可能になったとの事実を前提とし,そのような結果を惹起する本件制度は検閲にほかならないと主張する。しかし,この点の立証はなされていない上,仮にそのような事実が本件事例において生じたとしても,それは,本件制度から通常生じる事態とは認め難く,右事実の存在をもって本件制度が検閲に該当するということはできない。

二 憲法21条1項違反の主張について

1 青少年に対する表現の自由の制約の違憲審査基準

 本件制度は,業者の青少年に対する有害図書類の販売等を規制するものであるところ,この規制は,その対象となった図書類を製作し,又は右図書類を業者に販売している原告の表現行為を制約する結果を来すものである。一般に,国民の有する表現の自由が民主主義の根幹を支える重要な人権であることは多言を要しないところであるが,青少年は,一般に精神的に未熟であって,提供される知識や情報を選別して自らの人格形成に資するものを吸収していく能力に乏しいから,偏ったあるいは正確性を欠く興味本位の情報にさらされた場合には,その被る悪影響は成人の場合に比して著しいものがある。したがって,青少年を対象とする表現行為を,その他の場合と同様に認めることは,表現の自由の重要性を考慮に入れても,相当でない。右の見地からすれば,表現の自由が一般に優越的地位を有する人権であるとはいえ,それが青少年に向けられている限りにおいては,その表現の自由の制約に関する合憲性判断の審査基準(より制限的でない他の手段が存するときは他の手段によらなければならない,事前の抑制は原則として許されない,規制の対象は明確でなければならない)は,通常の場合ほど厳格性を要求されないものというべきである。

2 事前抑制禁止の原則違反の主張について

 右1にみたように,青少年に向けられる表現の自由の制限については,一般の表現の自由の制限の場合に比して,合憲性の審査基準は緩和された形で適用され,事前抑制禁止の原則についても,青少年の健全育成という目的を達成するために,青少年に対する表現の自由を制限するにあたっては,その規制方法に相当な合理性が認められれば足りるものと解される。そして,本件制度は,その規制目的において青少年の健全な育成という合理性を有していることは明らかであり,規制手段をみても,有害図書類の青少年に対する販売等を規制するのみであって,成人に対する有害図書類の販売等や青少年が業者以外の者から有害図書類を入手することを規制するものではないこと,後に述べるように,規制の対象に明確性が認められること,本件条例23条は,知事は,有害図書類指定をした理由がなくなったと認めるときは当該指定を取り消すものとすると規定していることからすると,青少年保護の観点から必要かつ合理的な規制にとどまっており,事前抑制禁止の原則に反しないと認められる。

3 漠然性故に無効との主張について

 本件条例13条1項1号にいう「著しく青少年の性的感情を刺激し,その健全な成長を阻害するおそれのあるもの」との文言は,それ自体をみる限りにおいては,規制対象が明確であるとは必ずしもいい難い。しかし,証拠 <省略>によれば,審議会においては,本件条例の解釈の基準となる内規(以下「内規基準」という。)を定めており,そこでは,本件条例13条1項1号にいう「著しく青少年の性的感情を刺激し」とは,「ア 人の肉体の全部又は一部を劣情的に表現したもの,イ 性行為又はわいせつ行為を露骨に表現し,又は容易に連想させるもの,ウ 18歳以上の者を対象とした性典もの,エ 変態的な性欲による行為を表現したもの,オ いわゆるストリップショー又はヌードショーにあたるもの」をいうと規定されており,その内容は明確であるということができる。右の認定基準は,審議会の内規ではあるけれども,右基準の内容は,一般に公表されていることが認められる。ある法令につき,それを具体化,明確化する下位の法規範が存する場合には,右法令は,下位の法規範とあいまち,それ自体として明確性を備えているとみることができる場合があるところ,本件においては,法令の内容を具体化しているものは下位の法規範ではなく,行政機関の内規であって,法規範性を有しないとの問題はあるものの,青少年に向けられた表現の制約については,先に述べたとおり,規制対象の明確性の程度はこれを緩やかに解することが許されることや,有害図書類の規制については,その性質上,ある程度の抽象的文言を使用せざるを得ないとの事情を考慮し,また,前述の基準は,審議会の内規であるとはいえ,本件条例の具体的な運用基準となっており,一般人もそれを知り得る点において萎縮的効果の発生を配慮する必要がないことからすると,下位の法規範に準じ,本件条例の内容を明らかにしているものと認めることができる。

 以上のとおり,本件条例13条1項1号の内容は十分な明確性を有していると認められる。

4 有害図書類指定に関する手続規定が存在しないとの主張について

 憲法31条は刑事手続に関する規定であって直接的には行政手続に関する規定ではない。もっとも,行政手続の性質が刑罰ないし刑事手続上の強制処分に類似する場合には,右行政手続にも同条の趣旨を類推適用すべきではあるが,右のような性質を有しない行政手続については,憲法31条違反の問題 は生じ得ず,当該行政処分が相手方に対して与える不利益と当該行政処分によって達成しようとする利益との比較考量の見地から,合理的な手続が定められていれば足りると解される。

 これを本件についてみると,本件制度による有害図書類の指定は,業者に対し有害図書類の青少年への販売等を規制するのみであり,罰則や強制処分類似の不利益を課すものではない(業者が本件条例13条3項の規定に違反して有害図書類の販売等をなし,同29条により罰則が科される場合には刑事手続上の適正手続の保障がなされることはいうまでもない)こと,指定には迅速性が要求され,本件制度により規制を受ける業者や指定についての取消訴訟の原告適格を有すると解される原告ら製作者は不特定多数であり,有害図書類と指定される図書類も膨大な数量に及ぶから,業者や製作者につき,あらかじめ告知,釈明,弁解の機会を与えることは,事実上不可能又は著しく困難であること,本件制度による有害図書類の指定は,争いのある事実関係の確定が前提となるものではなく,一定の明確な内容を有する図書類に価値判断を加えることによってされるものであるから,事前に製作者や業者に弁解等の機会を与えなければ有害性の判断が困難であるとは解されないこと,さらに,本件条例25条は,同13条1項に基づく指定をするには,知事は,原則として,審議会の意見を聴かなければならないと規定していること,同24条は,知事は,同13条1項による有害図書類の指定をしたときにはその旨を告示するものとすると規定していることからすれば,本件制度の手続規定は十分合理的であると認められる。なお,行政手続法(平成5年11月12日法律第88号。未施行)38条の趣旨を考慮しても,本件制度の手続規定は適正なものと解される。

5 本件条例10条2号の改正は立法事実を欠くとの主張について

 一般に,基本的人権を制約する法令の制定,改正につき,右法令の成立,存続を支え,裏付ける事実状況,すなわち立法事実が存しないときには,右法令は合憲とは認められないことになるが,青少年保護のための有害図書類の規制が合憲といえるためには,青少年が有害図書類に接することと青少年の非行や犯罪との間の因果関係について科学的証明がなされていることまでは必要なく,有害図書類が青少年の非行や犯罪などの害悪を生じさせる相当の蓋然性があれば足りると解される。そして,本件制度が規制の対象とする有害図書類が,一般に思慮分別の未熟な青少年の性的価値観に悪い影響を及ぼし,性的な逸脱行為を容認する風潮の助長につながるものであることは,既に社会共通の認識となっている。もっとも,本件条例10条2号が改正され,図書類の定義にフロッピーディスクが含まれるようになったことに関しては,フロッピーディスクが有害図書類となり得る実態を有しているのか否かとの点につき,別個の考慮が必要ではあるが,フロッピーディスクについても,その内包するコンピューターソフトの種類によっては,画面上に表示される画像は相当に写実性に富み,改正以前から規制対象とされていた図画や写真とその実質において同様のものがあることは公知の事実であるから,フロッピーディスクが有害図書類となり得ないということはできない。かえって,フロッピーディスクは,外観のみからはその内容が判然とせず,そのため,通常の場合,いかなる種類の内容を有するものであるかが一見して判明する図画や写真に比べると,購入に際しての心理的抑制が働きにくいことからすれば,弊害はより大きいともいい得るのである。要は,その内容が本件条例13条1項に該当するかどうかであり,フロッピーディスクをそれがフロッピーディスクであるとの理由のみで有害図書類から除外すべき理由はない。以上のとおり,図書類の定義にフロッピーディスクを含むこととした本件条例10条2号の改正には立法事実が認められる。

三 本件指定処分自体の違法性の主張について

1 本件フロッピーディスクは本件条例13条1項1号の要件に該当しないとの主張について

 証拠<省略>によれば,本件フロッピーディスクの主たる内容は,画面上に1人ずつ現れる3人の女子高生が出題する正誤式のクイズに本件フロッピーディスクの遊戯者が答えるものであり,各女子高生が各回出題するクイズの正解率が一定割合以上であれば,その女子高生が少し ずつ衣服を脱いでいき,最終的には全裸になるものであること,衣服を脱いだ状態の各女子高生の乳首や陰部周辺をマウスと呼ばれる器具で触れると画面上にその女子高生のせりふと表情が現れ,あたかもそれらの女子高生が遊戯者の愛撫に反応するかのような場面が現れる部分もあること,クイズの内容は主として青少年向けのアニメーション番組やアイドル歌手などに関する雑多な知識を問う単純なものであること,本件フロッピーディスクによって画面上に表示される画像は,相当に写実的なものであることが認められる。

 右のとおり,本件フロッピーディスクは,クイズとしては単純な知識を問うだけのものであり,その主眼は女性を裸にすることないしはその過程を楽しむことにあるものと認められ,また,画面上の女子高生の乳首等をマウスで触れることによってその女子高生が反応するといった場面は,性行為又はわいせつ行為を容易に連想させるものであり,何よりも,クイズに正解することで女子高生が衣服を脱いでいくという本件フロッピーディスクの基本的な構成自体が,青少年に女性を自己の性的欲求を満たすための道具とみるような誤った異性観を植え付け,その健全な成長を阻害するおそれがあるということができる。したがって,本件フロッピーディスクは本件条例13条1項1号及びこれを具体化する内規基準に該当するものということができる。

 原告は,本件フロッピーディスクが青少年の健全な育成にとって有害であると認めるためには,本件フロッピーディスクの販売等と宮崎県における青少年の非行や犯罪との間に因果関係が存することを証明する科学的,客観的調査が存在しなければならないと主張しているが,この点については,前記二5で述べたとおりであり,右主張は採用できない。また,原告は,本件条例13条1項と同2項の規定の相違に鑑みると,同1項においては,同2項の枠におさまらず,かつ明白に青少年に有害であるという特段の事情のある図書類を有害図書類とするというのが立法者の意思であると主張しているが,本件条例による有害図書類規制の構造は,青少年の健全な精神的発達にとって好ましくない影響を与えると考えられる一団の図書類の存在を前提とし,その規制については,原則として本件条例13条1項1号,25条により,知事が審議会の意見を聴取した上で個別指定をなすこととしながら,同条は,審議会の意見を聴取する間に完売してしまうような有害図書類に対処するため,緊急を要すると認められる場合には審議会の意見を聴取せずに指定をすることができると定め,さらに右緊急指定方式によっても間に合わない有害図書類に対処するために,本件条例13条2項がみなし指定処分を定めているというものであるから,本件条例13条1項と同2項の関係を原告主張のように理解することは相当でない。したがって,原告の右主張は理由がない。

2 本件フロッピーディスクのどの部分が本件条例13条1項1号の要件に該当するかが不明確であるとの主張について

 前記のとおりの本件フロッピーディスクの内容からすると,本件フロッピーディスクは部分部分が独立しているものではなく,全体が一体として本件条例13条1項1号に該当するものというべきであり,被告による本件指定処分もそのようなものとしてされていると認められる。したがって,原告の右主張は理由がない。

3 本件指定処分をするにあたり原告に弁解等の機会を与えなかったことの違法性の主張について

 前記二4で述べたとおり,本件制度は有害図書類との指定をなすにあたって指定をうける者に告知,釈明,弁解の手続を要求しておらず,これを違憲違法と解することはできないから,本件指定処分にあたって原告にこれらの機会を与えなかったことは違法ではない。

4 審議会の審議不十分の違法の主張について

 本件条例25条1項は審議会の設置を規定し,同条2項は,本件条例13条1項の指定をなすには,知事はあらかじめ審議会の意見を聴かなければならないと定めているけれども,本件条例は審議会の審議手続,内容については何ら規定していない。したがって,個々の図書類を有害図書類と指定するにつき,審議会の意見を聴取するに際しての審議の手続や内容については審議会の合理的な裁量に委ねられていると解される。そして,証拠 <省略>によれば,平成4年6月12日開催の審議会において,本件フロッピーディスクと似た内容のコンピューターソフトを用いて実際にゲーム操作が行われ,その内容が審議会委員に説明されたこと,本件フロッピーディスクに関する審議が行われた平成4年7月17日開催の審議会においては,宮崎県警察本部防犯少年課作成の本件フロッピーディスクの解析写真集を各委員に回覧して審議がされたことが認められ,これらの事実からすれば,本件指定処分に先立つ審議会の審議は,合理的な裁量の範囲内で十分に行われていると認めることができる。

第五 結  論

 以上のとおりであって,本件指定処分には違法な点はないから,原告の本訴請求を棄却し,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

宮崎地方裁判所民事第二部

裁 判 長  裁 判 官   加   藤     誠

       裁 判 官   重   富     朗

       裁 判 官   西  田   時  弘

 


Copyright (C) 1998-2001 Takato Natsui, All rights reserved.

Published on the Web : Apr/03/1998

Error Corrected : Jun/18/2001

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