明治大学数学科における数学教育の考え方

数学科において学生に学んでほしいことが3つある。 それは,数学を「使うこと」「作ること」, そして「伝えること」である。

前二者が重要であること, そしてその習得に多くの時間と努力が必要であることは言を俟たない。 しかし数学を学ぶことの意義を考えるとき, 数学を伝えることの重要性を見落としてはならない。 それは次のような理由による。

第一に, 伝えることと教えることはほとんど同義であるが, 伝えるということは, 教師として教壇に立って教えることに限定されない。 人の社会におけるすべての意思伝達は教えることであるとも言える。 このような観点に立てば, 数学を学ぶことは, 数学を伝えることを学ぶことであってよい。 実際, 理解するとは自分自身に教えることであろう。

第二に, 他者に伝えることを通して, 人は物事を深く理解するようになる。 即ち, 伝えるための努力は認識を深める経験に他ならず, 数学を超えてさらに広い視野をもつことに通じるであろう。

第三に, 何事にせよ学ぶためにはある種の感性が必要だが, 特に教育的感性を開花させるには良き師を必要とする。 数学科において教育的感性を深めることに成功した学生は, 社会のどの領域においても良き導き手となり得るであろう。

さて, 数学科におけるすべての授業は数学を伝える場である。 数学を伝えることを学ぶのに, これ以上の機会はない。 この意味において, 誤解を恐れずに言えば, 数学科におけるすべての授業は数学教育の授業でもあろう。 また学ぶということは自分自身に教えることを学ぶことであるとすれば, 「教育とは最長距離を教えることである」 というジャン・ギトンの至言が腑に落ちるように思う。

数学科の教育理念に, 数学を「伝えること」を加えるという着想の背景には, 上記のような問題意識がある。 詳細については, より包括的な論考 数学教育の過去・現在・未来 をご覧いただきたい。