サイバー法とは何か?

− サイバー法研究会 −

[文責:岡村久道,夏井高人,平野 晋]

 (Version 1.3)

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 「サイバー法 Cyberlawは、もとより実定法上の概念ではない。また,少なくともわが国においては必ずしも確立した法学領域ということはできないというのが現状である。

 しかしながら,米国などの状況に鑑みれば,サイバー法を「電子ネットワークに関連する法領域一般」を指す概念として定義付けることが可能であり,また必要であるように思われる。

 すなわち,使い古された表現ではあるが,インターネットをはじめとする電子ネットワーク社会の急速な進展は,その特質から派生する数々の未知の法律問題を生起させており,また現在進行形において生起しつつあるという状況にある。そして,電子ネットワークの大衆化という現象が進展することにより現実空間における諸問題が急激にサイバースペース[1]に流入している。

 このサイバースペースでは,たとえば,次のような新たな諸問題が発生してきている[2]

第1に,サイバースペースは国境の壁を超えた存在であるから,既存の国家単位での法律の適用には限界を認めざるをえない[3]

第2に,これらの問題の多くは,電子技術との交錯の中で発生する問題であるから,技術的観点を含めた検討により初めて決の糸口を見いだすことが可能となる。逆に,技術的観点を含めた検討なしには,正しい解決が導き出せない[4]

第3に,従来の憲法学では情報の受け手と送り手とを分離して考えてきた。ところが,サイバースペースでは,個人であっても,単に情報の受け手であるだけではなく,情報の送り手となりうるという点で,全く新しい問題状況を発生させている。

第4に,複製及び改変が極めて容易で情報の質の劣化を伴わないデジタル情報の流通という点で,既存のアナログ情報の世界とは全く異なった特殊性を含んでいる。とりわけ,著作権を中心とする知的財産権の保護に関しては,現に非常に大きな影響を及ぼしている。

第5に,サイバースペースでは,現実空間と異なり,何らかの法的トラブルが起きると,その影響が瞬時に当該空間の隅々にまで及んでしまうという。たとえば,電子マネーの恐慌が発生すると,その極限状態においては,瞬時にしてすべての企業が倒産してしまうといういことがあり得る。また,誹謗中傷ドキュメントの伝播や電子犯罪の手口の流布等についても,現実空間とは全く異なる速度と広がりがある。

 翻って考えるならば,かかる状況は,いうまでもなく人類が初めて遭遇する問題である。したがって,我々法律家はこれに対する有用な経験を欠くという事実を率直に承認せざるをえないというのが実状である。このほか,本領域の特色から生じるべき対処すべき法律的な諸問題を掲げるときには,枚挙に暇がないといわなければならない。

 しかるに,諸国における既存の法秩序は,当然のことながら,このような状況に対応した形では作られていない。条約制定に向けての国際的なハーモナイゼーションの動向は著作権法等において垣間見られるものの,その困難性ゆえに,これに対応した国内法の制定を急ぐとともに,既存の法律を適用することにより,困難を承知の上で当面の問題に対処しようとしているという状態である。また,敢えて比喩することが許されるのであれば,本問題は「海」の如く公報領域から私法領域までの広大且つ横断的な法領域を含んでいる。このため,法分野を峻別した既存の分野別における法学研究及び法律実務においては対処することが困難な交錯性を有する領域であるということもできよう。

 このような状況の中において,サイバースペースに関連して生起する諸問題につき,現実空間におけるそれと比較して,如何なる点で共通であり,如何なる点で相違しているのかを分析することは,かかる諸問題に対し法的な対応をおこない[5],また適用されるべき法のあり方を考察する上において不可欠の要請であると思われる[6]

 そのために,既存の法分野に関する峻別を超えて確立されるべき新たな法分野,それこそが,ここにいう「サイバー法」という領域なのである。

 


FOOTNOTES

[1] 「サイバースペース」(cyberspace)とは、SF作家ウィリアム・ギブスンが「クローム襲撃(Burning Chrome : 1982)」及び「ニューロマンサー(Neuromancer : 1984)」というSF小説の中で初めて使用した言葉である。現在では,インターネットをはじめとする電子ネットワークが作り出す新しいコミュニケーション空間を総称する言葉として使われている。

[2] 岡村久道「インターネットと法律」 <http://www.iaj.or.jp/IAJNEWS/vol4/4-1-r2.html>,藤田康幸「インターネットの法律問題」 <http://www.ne.jp/asahi/law/y.fujita/comp/index.html>

[3] 夏井高人「(講演)ネットワーク社会の文化と法」 <http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/prof/doc/doc1997-5.htm>

[4] 平野 晋「インターネットにおけるサービス業と公衆の利益〜「リンク」と「フレイム」慣行の分析〜」 <http://www.fps.chuo-u.ac.jp/~cyberian/recent.article.html>

[5] Law of the Horse : What Cyberlaw Might Teach by Lawrence Lessig <http://cyber.law.harvard.edu/works/lessig/finalhls.pdf>

[6] Cybertime, Cyberspace and Cyberlaw by M. Ethan Katsh  <http://www.wm.edu/law/publications/jol/katsh.html>

 

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Last Modified : Feb/13/2001

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