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 雪山偈
SESSEN GE / Himalayan Verses

[English Translation]
最新の更新2023年7月6日  最初の公開2020-12-25
[雪山偈] Himalayan Verses
[概説] [画像・かな付き] [読みかた・ローマ字] [読み方・かな]
[漢字だけの原文] [和音] [漢文訓読・読み下し] [中国語の発音 ピンイン]
[英訳] [梵文] [巴文]
[附録 ディグリー・ネーム][いちばん下]

雪山偈

 日本の「いろは歌」の意味内容のベースとなったとされる有名な「偈」(げ)。漢訳仏典では
諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽

いろは歌雪山偈サンスクリットパーリ語
色は匂へど
散りぬるを
諸行無常
しょぎょうむじょう
anityā vata saṃskārāaniccā vata saṅkhārā
わが世誰ぞ
常ならむ
是生滅法
ぜしょうめっぽう
utpādavyayadharmiṇaḥ |uppādavayadhammino |
有為の奥山
今日越えて
生滅滅已
しょうめつめつい
utpadya hi nirudhyanteuppajjitvā nirujjhanti
浅き夢みじ
酔ひもせず
寂滅為楽
じゃくめついらく
teṣāṃ vyupaśamas sukham ||tesaṃ vūpasamo sukho ||

 漢訳の偈の出典は「北本涅槃」すなわち曇無讖(どんむしん)訳40巻本『大般(だいはつ)涅槃経』巻 14。別名「諸行無常偈」。『遊行経』その他にも出てくる有名な偈。
 その昔、釈尊は過去世において、雪山(ヒマラヤ山脈)で修行していた。当時は雪山童子(ヒマラヤの少年)と呼ばれていた。 山の中で、羅刹 (ラークシャサ ) の形がこの偈の前半をとなえていた。釈尊は羅刹に、ぜひ後半を教えてください、と頼むと、 羅刹は交換条件として釈尊の命を求めた。釈尊は承諾し、羅刹から偈の後半を聞くと、それを文字であたりに書き残し、 約束どおり山から身を投げた。すると羅刹が飛んできて、釈迦を空中で受け止めた。羅刹の正体は、実はインドの神・ 帝釈天(インドラ)だった。釈尊はこのように、前世で数々の善根を積み、釈尊として生を享けたあと成道(じょうどう)して仏陀(ブッダ)となったのである ――という説話が伝えられている。
 日本の「いろは歌」は、漢訳の雪山偈の意味内容を、やさしい日本語に直したものである。
 「色は匂へ散りぬるを(諸行無常)、わが世たれぞ常ならむ(是生滅法)。有為の奥山、今日、越えて(生滅滅已)、浅き夢みじ、酔ひもせず(寂滅為楽)」。
 むかし、インドの山奥に人食い鬼がいました。鬼はいつも、この世の真理を歌っていました。
「色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならむ」
 歌にはつづきがあるのに、鬼はいつも、そこまでしか歌いませんでした。
 ある人が、この山奥の鬼をたずねてきて、言いました。
「ぜひ歌のつづきをおしえてください」
 鬼はいいました。
「おまえを食わせてくれるなら、教えてやろう」
「はい。かならず私の命をさしあげます。ですから、歌を教えてください」
 鬼は歌いました。
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず
(諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽)
 その人は言いました。
「ありがとうございます。この歌を、ほかの人にも知ってもらうため、これから書き残します。そうしたら私は谷底に飛び込んで死にます。どうぞ私をお食べください」
 その人は、その歌を、あたりの葉っぱや岩のうえに書き残すと、鬼との約束どおり、高い山のうえから身をおどらせて、深い谷底にむかって落ちてゆきました。――


工事中

読みかた・ローマ字
sho gyō mu jō, ze shō metsu hō, shō metsu mestu i, jaku metsu i raku.

読み方・かな
しょぎょうむじょう、ぜしょうめつほう、しょうめつめつい、じゃくめついらく。

漢字だけの原文
繁体字:諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為樂。
日本の常用漢字:諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽。
中国の簡体字:诸行无常,是生灭法,生灭灭已,寂灭为乐。


和音
「令和声明(れいわしょうみょう)」(漢訳仏典の句の切れ目を、和音の変化で耳で聞いてもわかるように、加藤徹が私的に和音をふったもの)の一例。
令和声明 雪山偈と以呂波歌

Dm諸行無常、B♭是Gm生滅C法。F生滅Gm滅已、Am寂滅B♭為楽。
Dm諸行無常、B♭是Gm生滅C法。F生滅Gm滅已、Am寂滅D為楽。

Dm色はAm/EにFほへどG散りぬDm/AるB♭を
Dm我が世Am/EーF誰ぞG常なDm/AらB♭む
Dm有為のAm/EおFく山G今日越Dm/AえB♭て
Dm浅きAm/EーF夢見じG酔ひもDm/AせB♭ず
F有為のG奥やDm/AまB♭今日CこえDmて
F浅きG夢見Dm/AじB♭酔ひCもせDmず

DmいろはAm/EにFほへとGちりぬDm/AるB♭を
DmわかよAm/EーFたれそGつねなDm/AらB♭む
DmうゐのAm/EおFくやまGけふこDm/AえB♭て
DmあさきAm/EーFゆめみしGゑひもDm/AせB♭す
FいろはGにほへDm/AとB♭ちりCぬるDmを
FわかよGたれDm/AそB♭つねCならDmむ

Dm諸行無常、B♭是Gm生滅C法。F生滅Gm滅已、Am寂滅D為楽。
雪山偈の楽譜は以下のツイートの添付画像をご覧ください。

一瞬だけ現実逃避しようと思い、「雪山偈」(せっせんげ。ヒマラヤの詩)にメロディーと和音伴奏をつけて コンサーティーナ で弾きがたりしてみたら、ますます迷妄の闇に落ち込んだ??https://t.co/2mcOItYVNx pic.twitter.com/PJedVc6fR2

— 加藤徹(KATO Toru) (@katotoru1963) January 30, 2022

漢文訓読・読み下し
諸行無常、是れ生滅の法なり。生滅、滅し已り、寂滅を楽と為す。(ショギョウはムジョウなり。コれショウメツのホウなり。ショウメツ、メッしオワり、ジャクメツをラクとナす)

中国語の発音 ピンイン
zhū xíng wú cháng, shì shēng miè fǎ, shēng miè miè yǐ, jì miè wéi lè.

英訳1 
パーリ語の原文からの英訳。https://en.wikipedia.org/wiki/Śakraより引用。閲覧2022年1月29日。引用開始。
Impermanent, alas, are compounded things. It is the nature of things to arise and pass away. Having come into existence they cease. Their appeasement is the highest bliss. (引用終了)
英訳2 漢訳の「雪山偈」の英訳例。
以下、https://en.wikipedia.org/wiki/Iroha#Origin より引用。閲覧日2022年1月29日。引用開始。
All acts are impermanent
That's the law of creation and destruction.
When all creation and destruction are extinguished
That ultimate stillness (nirvana) is true bliss.
引用終了。
英訳3 以下 https://ko-fi.com/post/A-Buddhist-song-of-cessation-D1D1GGNQZ より引用。閲覧日2023年7月6日。引用開始。
Lo! Formations have never stayed;
Rises and falls mark their being.
Now arisen, they are unmade;
Blissful therefore is their ceasing.
引用終了。


梵文 サンスクリット語(梵文)
以下 https://ko-fi.com/post/A-Buddhist-song-of-cessation-D1D1GGNQZ より引用。閲覧日2023年7月6日。引用開始。
anityā vata saṃskārā
utpādavyayadharmiṇaḥ |
utpadya hi nirudhyante
teṣāṃ vyupaśamas sukham ||
引用終了。

以下、
ネット上に公開されている「Mahāparinirvāṇasūtra」のテクストのより引用。閲覧日2023年7月6日。引用開始。
44.5 (anityā vata saṃskārā utpādavyayadharmiṇaḥ ||

utpadya hi nirudhyante
teṣāṃ vyupaśamas) sukham |
引用終了。

西野翠「『維摩経』と在家仏教」 (『佛光學報』新四卷 第二期、2018年7月) p.270の注43で引用されている文。引用開始。
anityā vata saṃskārā utpādavyayadharminaḥ,
utpadya hi nirudhyante teṣāṃ vyupaśamas sukham
引用終了。


巴文 パーリ語(巴文)を示す。
以下 https://ko-fi.com/post/A-Buddhist-song-of-cessation-D1D1GGNQZ より引用。閲覧日2023年7月6日。引用開始。
aniccā vata saṅkhārā
uppādavayadhammino |
uppajjitvā nirujjhanti
tesaṃ vūpasamo sukho ||
引用終了。

以下、「真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺」のサイトの http://www.horakuji.com/BuddhaSasana/Theravada/paritta/Himavanta_gatha.htm#PALI より引用。閲覧日2022年1月29日。引用開始。
Himavanta gāthā[雪山偈]
1.
Aniccā vata saṅkhārā uppādavaya dhammino.
Upajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
(アニッチャー ヴァタ サンカーラー ウッパーダヴァヤ ダンミノー.
ウパッジトヴァー ニルッジャンティ、テーサム ヴーパサモー スコー.)
日本語訳:沙門覺應(以下同じ)諸々のつくられた事物は、実に無常である。生じては滅する法である。
それらは生じては滅びる。それらの寂滅が安楽である。
2.
Dukkhā vata saṅkhārā uppādavaya dhammino.
Upajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
(ドゥッカー ヴァタ サンカーラー ウッパーダヴァヤ ダンミノー.
ウパッジトヴァー ニルッジャンティ、テーサム ヴーパサモー スコー.)
諸々のつくられた事物は、実に苦である。生じては滅する法である。
それらは生じては滅びる。それらの寂滅が安楽である。
3.
Anattā vata saṅkhārā uppādavaya dhammino.
Upajjitvā nirujjhanti, tesaṃ vūpasamo sukho.
(アナッター ヴァタ サンカーラー ウッパーダヴァヤ ダンミノー.
ウパッジトヴァー ニルッジャンティ、テーサム ヴーパサモー スコー.)
諸々のつくられた事物は、実に無我である。生じては滅する法である。
それらは生じては滅びる。それらの寂滅が安楽である。
(以上「真言宗泉涌寺派大本山 法樂寺」のサイトより引用)

以下 https://j-theravada.com/dhamma/kantouhouwa/kantou289/ より引用。閲覧日2023年7月6日。引用開始。
(前略)
Aniccā sabbasaṅkhārā
Uppādavayadhammino
Uppajjitvā nirujjhanti
Tesaṃ vūpasamo sukho
(略)
あらゆる行は無常なり
生じ滅する性質のもの
生じてはまた滅しゆく
その寂滅は安楽なり
(和訳:片山一良『パーリ仏典 第三期1相応部(サンユッタニカーヤ)有偈篇T』大蔵出版より ※一部改変)
引用終了

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