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少女の漢詩

 このページは、加藤徹担当「中国文学A」教材プリントの一部をアップしたものです。原文のルビはアップロードに際して割愛しました。
2003.9.7
  1. 碧玉歌 無名氏
  2. 六憶詩 沈約
  3. 木蘭詩  無名氏
  4. 無題 李商隠
  5. 長干行 李白

 

碧玉歌  宋 無名氏

碧玉破瓜時  碧玉 破瓜の時
郎爲情顚倒  郎は為に情 顚倒す
感郎不羞郎  郎に感じて郎に羞ぢず
囘身就郎抱  身を回らして郎に就いて抱かる
 
碧玉(ある少女の名前)は花の十六歳
彼女の魅力に、男の胸は高鳴る
彼の気持ちに感動した彼女は、恥じらいも忘れ
身をひるがえし、彼の腕のなかに飛び込む


六憶詩四首 梁 沈約 (四四一ー五一二)


    其一
 憶來時     来る時を憶ふ
的的上階墀  的的として階墀を上る
勤勤敍離別  勤勤として離別を叙べ
慊慊道相思  慊慊として相思を道ふ
相看常不足  相看るも常に足らず
相見乃忘飢  相見れば乃ち飢を忘る
 
    其二
 憶坐時     坐る時を憶ふ
點點羅帳前  点点たり羅帳の前
或歌四五曲  或は四五曲を歌ひ
或弄兩三絃  或は兩三絃を弄す
笑時應無比  笑ふ時は応に比無かるべし
嗔時更可憐  嗔る時は更に憐むべし
 
    其三
 憶食時     食ふ時を憶ふ
臨盤動容色  盤に臨みて容色を動かす
欲坐復羞坐  坐らんと欲して復た坐るを羞ぢ
欲食復羞食  食せんと欲して復た食するを羞づ
含哺如不飢  哺を含んで飢ゑざるが如く
擎甌似無力  甌を擎げて力無きに似たり
 
    其四
 憶眠時     眠る時を憶ふ
人眠强未眠  人眠りて強ひて未だ眠らず
解羅不待勸  羅を解くは勧むるを待たず
就枕更須牽  枕に就けば更に牽かるるを須つ
復恐傍人見  復た傍人の見んことを恐れ
嬌羞在燭前  嬌羞、燭前に在り
 
  その一
 彼女が来たときを思い出す。パッと明るく階段をのぼってくる。分かれていた間の気持ちを諄々と述べ、恋しい気持ちを切々と述べる。互いに見つめあっても、いつまでも見つめ足りない。ようやく会えた嬉しさは、飢えも忘れるほど。
  その二
 彼女とすわるときを思い出す。うすぎぬのとばりの前に、ちょこんとすわる。彼女は四五曲を歌い、二三本の絃を手でかなでる。笑顔はたまらなくかわいいだろう。怒った顔はもっとかわいいだろう。
  その三
 彼女との食事を思い出す。大皿の料理を目の前に、顔色がちょっと緊張する。すわろうとして、はにかみ、食べようとして、またはにかむ。小さな口に一口ふくむ様は、まるで少しもお腹がすいていないかのよう。かわいい手で食器を持ち上げる様は、まるで力が無いかのよう。
  その四
 彼女と寝るときを思い出す。人が寝床に入っても、彼女はわざと眠ろうとしない。羅の着衣は自分から脱いだが、枕につくと、私に引き寄せられるのを待ったまま。誰かにのぞき見されているのではないか、と、なまめかしく、いつまでもともしびの前で恥じらっている。
 

木蘭詩  北魏 無名氏


喞喞復喞喞  喞喞 復た喞喞
木蘭當戸織  木蘭 戸に当たって織る
不聞機杼聲  機杼の声を聞かず
惟聞女歎息  惟だ女の嘆息を聞くのみ
問女何所思  女に問ふ「何の思ふ所ぞ」
問女何所憶  女に問ふ「何の憶ふ所ぞ」
女亦無所思  「女に亦た思ふ所無く
女亦無所憶  女に亦た憶ふ所無し
昨夜見軍帖  昨夜 軍帖を見るに
可汗大點兵  可汗 大いに兵を点ず
軍書十二巻  軍書十二巻
巻巻有爺名  巻巻に爺の名有り
阿爺無大児  阿爺に大児無く
木蘭無長兄  木蘭に長兄無し
願爲市鞍馬  願はくは為に鞍馬を市ひ
從此替爺征  此れより爺に替って征かん」
東市買駿馬  東市に駿馬を買ひ
西市買鞍韉  西市に鞍韉を買ひ
南市買轡頭  南市に轡頭を買ひ
北市買長鞭  北市に長鞭を買ふ
朝辭爺嬢去  朝に爺嬢を辞し去りて
暮宿黄河邊  暮には黄河の辺りに宿る
不聞爺嬢喚女声    爺嬢の女を喚ぶ声を聞かず
但聞黄河流水鳴濺濺  但だ聞く 黄河の流水鳴ること濺濺たるを
旦辭黄河去  旦に黄河を辞し去り
暮至黒山頭  暮れに黒山の頭に至る
不聞爺嬢喚女声   爺嬢の女を喚ぶ声を聞かず
但聞燕山胡騎鳴啾啾 但だ聞く 燕山の胡騎鳴くこと啾啾たるを
万里赴戎機  万里 戎機に赴き
関山度若飛  関山 度って飛ぶが若し
朔気傳金柝  朔気 金柝を伝へ
寒光照鐵衣  寒光 鉄衣を照らす
将軍百戰死  将軍 百戦して死し
壯士十年歸  壮士 十年にして帰る
歸來見天子  帰り来って天子に見ゆれば
天子坐明堂  天子 明堂に坐す
策勲十二轉  策勲 十二転し
賞賜百千强  賞賜 百千強なり
可汗問所欲  可汗 欲する所を問へば
木蘭不用尚書郎 「木蘭 尚書郎たるを用ゐず
願馳千里足  願はくは千里の足を馳せて
送兒還故ク  児を送りて故郷に還らしめよ」
爺嬢聞女來  爺嬢は女の来るを聞きて
出郭相扶將  郭を出でて相扶将す
阿姊聞妹来  阿姉は妹の来るを聞きて
當戸理紅妝  戸に当たって紅妝を理む
小弟聞姊來  小弟は姉の来るを聞きて
磨刀霍霍向豬羊 刀を磨きて霍霍として豬羊に向ふ
開吾東閣門  我が東閣の門を開き
坐我西閣牀  我が西閣の牀に坐し
脱我戰時袍  我が戦時の袍を脱ぎ
著我舊時裳  我が旧時の裳を着け
當窗理雲鬢  窓に当って雲鬢を理め
對鏡帖花黄  鏡に対して花黄を帖く
出門看火伴  門を出でて火伴を看れば
火伴皆驚惶  火伴 皆驚惶す
同行十二年  「同行すること十二年
不知木蘭是女郎 知らず木蘭は是れ女郎なるを」
雄兎脚撲朔  雄兎は脚 撲朔たり
雌兎眼迷離  雌兎は眼 迷離たり
雙兎傍地走  双兎 地に傍ふて走れば
安能辨我是雄雌 安んぞ能く我の是れ雄か雌かを弁ぜん
 
パタンパタンまたパタン
木蘭は戸口に向かって機を織る
でも、今日は機の音が聞こえない
木蘭の溜息だけが聞こえてくる
「木蘭よ、誰かに恋をしたのかね?
何かを思い出しているのかね?」
「恋をしているのでも
思い出してるのでもありません
ゆうべ、軍の徴兵名簿を見たの
皇帝は大々的に兵隊をお集めです
軍書十二巻の徴兵名簿の
どの巻にも父さんの名前があります
うちには、大人の男は父さんだけ
わたしに兄さんはいません
だから、私が鞍と馬を買って
父さんの替わりに出征します」
彼女は東の市場で駿馬を買って
西の市場で鞍と鞍敷を買って
南の市場でくつわを買って
北の市場でむち買った
彼女は朝、父と母に別れを告げて
日暮れには黄河のほとりに泊まった
父母が彼女を呼ぶ声は、聞こえない
聞こえるのは滔々たる黄河の音のみ
夜明けに黄河を出発して
夕暮れに黒山のふもとに着いた
父母が彼女を呼ぶ声は、聞こえない
聞こえるのは軍馬の悲しい声だけ
万里の道を決戦場にむかい
関所や山々を飛ぶように越える
北の寒い風はドラの音を伝え
冷たい光が鉄のよろいを照らす
将軍は百戦のすえに戦死し
勇士は十年たって凱旋した
戦場から帰り、皇帝に謁見した
皇帝は御殿の玉座にすわっていた
木蘭は功績抜群で、十二階級特進
褒美にもらった品は百千余り
皇帝がさらに希望をたずねると
「尚書郎のような官位はいりません
私めは、千里の馬を駆って
故郷に帰ることを希望します」
両親は、娘が帰ってくると聞いて
城郭の外に出て寄り添いつつ待った
姉は、妹が帰ってくると聞いて
戸口に向かって化粧を直した
弟は、姉が帰ってくると聞いて
豚や羊をさばくため包丁を磨いた
木蘭は帰ると、東の建物の門をあけ
西の建物の寝台に腰掛けた
そして軍服を脱ぎ
昔の衣装に着替えた
窓辺に向かって豊かな髪を整え
鏡を見ながら、おしろいをつけた
そして門を出て、戦友たちに会った
戦友はみな、腰をぬかして言った
「十二年もいっしょにいたのに
木蘭、君が女性とは気づかなかった」
「雄ウサギはピョンピョンはねるし
雌ウサギは目がチラチラしてるけど
もし二匹が並んで走ったら
どっちがオスかメスか、見分けられるものではありません」
 

無題  唐 李商隠 (八一二ー八五八)


八歳偸照鏡、  八歳 偸みて鏡に照らし
長眉已能畫。  長眉 已に能く画く
十歳去踏靑、  十歳 去りて青を踏み
芙蓉作裙衩。  芙蓉 裙衩と作す
十二學彈箏、  十二 箏を弾くを学び
銀甲不曾卸。  銀甲 曽て卸さず
十四藏六親、  十四 六親に蔵る
懸知猶未嫁。  懸めて知る 猶ほ未だ嫁せざるを
十五泣春風、  十五 春風に泣き
背面鞦韆下。  面を背く 鞦韆の下
八歳 こっそり鏡をのぞき おませな眉を 描いたわ
十歳 春の野原に出かけ 蓮花のスカート はいてたの
十二 お箏のけいこに夢中 銀の爪が お気に入り
十四 まだ嫁いでないから いつも家族の目を避けた
十五 春風に泣けてきて こっそり泣いたの、ブランコで
 

長干行  唐 李白 (七〇一ー七六二)

妾髪初覆額  妾が髪 初めて額を覆ひ
折花門前劇  花を折りて門前に劇る
郎騎竹馬來  郎は竹馬に騎りて来たり
遶牀弄青梅  牀を遶りて 青梅を弄ぶ
同居長干里  同じく長干の里に居り
兩小無嫌猜  両小 嫌猜無し
十四爲君婦  十四 君が婦と為り
羞顔未嘗開  羞顔 未だ嘗て開かず
低頭向暗壁  頭を低れて 暗壁に向かひ
千喚不一回  千たび喚ばるるも一回もせず
十五始展眉  十五 始めて眉を展べ
願同塵與灰  塵と灰とを同じうせんと願ふ
常存抱柱信  常に抱柱の信を存すれば
豈上望夫臺  豈に望夫の台に上らんや
十六君遠行  十六 君 遠行す
瞿塘艶澦堆  瞿塘の艶澦堆
五月不可觸  五月 触るべからず
猿聲天上哀  猿声 天上に哀し
門前舊行跡  門前 旧行の跡
一一生緑苔  一一 緑苔を生ず
苔深不能掃  苔深くして 掃ふ能はず
落葉秋風早  落葉 秋風早し
八月蝴蝶來  八月 蝴蝶 来たり
雙飛西園草  西園の草に双飛す
感此傷妾心  此に感じて妾が心を傷ましめ
坐愁紅顔老  坐に愁ふ 紅顔の老ゆるを
早晩下三巴  早晩 三巴を下らば
預將書報家  預め書を将って家に報ぜよ
相迎不道遠  相迎ふるに 遠きを道はず
直至長風沙  直ちに長風沙に至らん
 
わたしの前髪が、やっと小さな額をおおった幼いころ
家の門の前で、花を折ってあそんでいました
子供だったあなたは 一本の竹にまたがってやってきて
井戸のまわりを回って、青梅をおもちゃにしてました
同じ、長干の町に住んでいた私たちは、
ふたりとも、むじゃきな幼なじみでした
わたしは十四歳であなたの妻となり
はにかんで、顔をあわせることもできませんでした
わたしは顔をふせて、暗い壁にむかい
千回よばれても、一度もふりむけませんでした
十五歳ではじめて顔に喜びを浮かべ
死んで塵と灰になるまで一緒にいたい、と願いました
あなたがいつまでも尾生のようで、私を裏切らなければ
私も「帰らぬ夫を待って石と化した女」にはなりません
ても私が十六歳のとき、あなたは遠くに出かけました
行く先は、長江のはるか上流、瞿塘の艶澦堆
五月、いとしいあなたは手の届かぬところ
そちらでは猿の声が悲しく空にこだましてるでしょうね
わが家の門の前 昔わたしたちが歩いた道の足跡には
どれもこれも 緑のこけが生えています
こけは深く 掃除もできません
早くも秋風に落ち葉が舞っています
八月 蝶々がつがいで飛んできて
仲良く西の庭で飛んでいました
これを見て、わたしの胸はいたみます
わたしの若さは、どんどんうつろってゆきます
いずれあなたが、三巴をくだって帰るとき
どうぞ、あらかじめ手紙で知らせてくださいね
わたしは、きっと、あなたを迎えに行きます
はるか、長風沙あたりまでも
 

 
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