鍾馗嫁妹(しょうきかめい)Zhong-kui-jia-mei
これからご覧いただくのは、鍾馗嫁妹、鍾馗(しょうき)という名前の神さまが自分の妹をとつがせる、という芝居です。
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舞台にたくさんの鬼が登場します。
鬼といっても、日本の鬼とは、ずいぶん服装が違いますね。日本の鬼は、腰にトラのパンツをはき、頭の髪形はパンチパーマで、手にはイボイボつきの棍棒を持っていますが、それは日本独特のスタイルなのです。
鬼たちの主人である鍾馗が登場します。
鍾馗は、まず自己紹介をします。
「わたしはもともと、高級官僚になるための国家試験の受験生でした。試験をうけるため、田舎から都に出てゆく途中、道ばたの妖怪にいたずらされて、顔かたちを化け物のように醜くされてしまいました。わたしはそれでも都にのぼり、国家試験を受けて、筆記試験は最優秀でパスしたのですが、最後に直接、皇帝陛下にお会いする面接試験で、顔が醜いことを嫌われて、悪い点数をつけられました。人間の価値は外見ではなく、中味で決まるはずなのに。私は無念のあまり、その場で抗議の自殺を遂げました。
私はこうして死にましたが、天の神さまは私をあわれんでくださいました。私は魔よけの神に任命され、鬼や悪霊から人間を守る役目をもらいました。
私には、この世に残してきた心残りがあります。私にはひとり、同じ田舎出身の親友がいます。彼は私が死んだあと、私の葬式をしてくれたのみならず、皇帝陛下に私の名誉回復をとりなしてくれました。おかげで私は、死んだあと、国家試験トップ合格者の名誉を回復することができました。
私は生前、妹をこの親友と結婚させる約束をしていましたが、私が死んでしまったため、妹と親友の結婚はそのままになっております。そこで今夜、わたしは一時的にこの世によみがえって、妹を親友の家に送りとどけようと思います」
鍾馗は家来の鬼たちをひきいて、夜の闇の中を進んでゆきます。
鍾馗はうたいます。
「青い鬼火のたいまつをつらねて、ヨタヨタ歩きのロバにまたがり、いざ、夜中の結婚行列だ。嫁入り道具もととのえて、めざすは、この世に残してきた妹の家。・・・」
うたの調子が、普通の京劇とちょっと違います。これは、この「鍾馗が妹をとつがせる」という芝居が、もともと京劇の出しものではなかったからです。この芝居は、京劇よりもっと古い別の芝居から、京劇に移しかえた出しものなのです。
場面は変わって、鍾馗の生前の親友が登場します。
この若者は、名前を杜平(とへい)と言います。鍾馗の親友だった彼は、鍾馗が抗議の自殺をとげたあと、鍾馗の葬式を出してやっただけでなく、鍾馗の名誉回復を皇帝に頼んで実現した恩人でもあります。
この親友は、今は大出世して、高級官僚になりました。そして今日はたまたま、自分の家のお墓参りのため、故郷に帰ってきたのです。
場面はかわって、鍾馗の一行がまた出てきます。
一行は橋にさしかかりました。橋にはまだ、雪が残っています。
鍾馗はとうとう自分のふるさとの村に帰ってきました。村には鍾馗の妹が住んでいます。
鍾馗は、家の中にいる妹を呼び出します。
妹は、こんな遅い時分に誰がきたのかしら、といぶかります。
鍾馗の妹は、死んだはずの兄があの世から帰ってきたので、びっくりするやら嬉しいやらで、気持ちが揺れ動きます。
妹は、兄の姿かたちが昔とすっかり変わってしまっているので、不思議に思います。
鍾馗は、自分のすがたがこんなに醜くなってしまったいきさつを、妹に歌ってきかせます。
「兄さんは、試験をうけるため都にのぼる途中、まちがえて妖怪の住む巣窟に迷いこんでしまった。
そして妖怪の毒気のせいで、兄さんの顔はこんなになってしまった。
それでも都で試験を受けて、筆記試験は優秀な成績で合格したのだが、
最後の面接試験でひっかかってしまった。
最後の面接試験で、皇帝陛下が、この醜い顔を見て、びっくりなさって、それでたちまち不合格さ。
兄さんは腹がたって、その場で抗議の自殺をした。
でも、親友の杜平くんが、ぼくの骨をひろってくれて、名誉回復までしてくれた。
そういう訳で、おまえを恩人の杜平くんと結婚させようと、こうして、この世に帰ってきたのだ」
妹は、初めて自分の結婚話のことを兄の口から聞いて、驚きます。
「そんな、結婚だなんて、急に言われても困ります。なこうどだって探さなければ」
妹の女中が登場します。
女中は、鍾馗の姿を見て、びっくりします。しかし、自分の主人のお兄さんであるとわかって、礼をします。
鍾馗は妹に言います。
「結婚の媒酌人が必要なら、とりあえず、この女中さんになってもらえばいいじゃないか。親友の杜平は、よい男だ。はやく結婚しなさい」
鍾馗は、妹も杜平と結婚する気になったのを見てよろこびます。
場面は変わって、親友の杜平が登場します。彼は大出世して、みやこの高級官僚になっているのですが、いまはたまたま、お墓参りのために、ふるさとに帰省しているのでした。
杜平は、夜なのに、笛や太鼓のにぎやかな音が聞こえるので「もしや狐の嫁いりでは」と、不思議に思います。
鍾馗は杜平の姿を見つけ、語りかけます。
杜平は、幽霊の声のぬしが鍾馗であることを知り、この場にとどまってくれ、ゆっくり旧交を暖めよう、と、頼みます。
しかし鍾馗は、親友の申し出をことわります。
残念ながら、鍾馗はもはやあの世の神、杜平はこの世の人間。ふたりの住むべき世界は違うのです。鍾馗は、いつかまた再会することを約束して、去ってゆきます。
杜平は、去ってゆく鍾馗たちの行列を見送りながら、鍾馗が死んだあとあの世で立派な神さまになったことを、親友として喜ぶのでした。
(完)