坐宮(ざきゅう)Zuo-gong
これからご覧いただくのは、坐宮(ざきゅう)、宮殿のなかですわりながら、というお芝居です。
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楊四郎が登場します。
彼は自分の今までの人生をふりかえって、ため息をつきます。そして、ふるさとの中国に残してきた自分の家族、特に自分の母親と、一目でいいから会いたいという望郷の念を、切々と語り、うたいます。
「わたしは、中国の軍人一家、楊家の四番目の息子、楊四郎です。いまは訳あって、中国にとって敵国であるこの外国で生活しています。
思いかえせば、今から十五年前。この国と中国との戦争で、私の一族の多くは討ち死に。私はかろうじて、この国の捕虜になりました。私は、自分の正体が中国の名門軍人一家の一員であることを悟られぬよう、名前をかえて正体をかくしました。ところが、なんという運命のいたずらか、私は自分が戦って負けた敵の国の皇后にみとめられ、彼女のむこ、すなわちこの国の王女の夫となりました。以来、十五年。聞くところによると、中国の軍隊はふたたび国境地帯に集まりつつあり、その中国の軍隊の中には、私の弟や母親も従軍しているとのこと。ああ、一目でいいから、国境のすぐむこうにいる母と弟に会いたい。
私は、むれからはぐれた渡り鳥のように孤独だ。私は、浅瀬にのりあげてあっぷあっぷしているドラゴンのように胸がつまる。私は、かごの中の鳥のように自由が無い。
いま、この国と中国のあいだに緊張感がたかまり、国境のすぐむこうには祖国の軍隊が集結している。その中に、わたしの母も、弟もいる。ああ、会いたい。お母さんに、一目だけでも」
楊四郎の妻である、この国の王女さまが登場します。
彼女の名前は、鉄鏡公主(てっきょうこうしゅ)、日本語に直訳すると、鉄かがみ姫、となります。外国のお姫さまらしい、強そうな名前ですね。
王女は歌います。
「うららかな日、庭には、シャクヤクやボタンの花があでやかに咲き誇る。
愛する夫と、ふたりで春の日差しのなかを散歩したいのに、
夫は最近、ため息をついているばかり」
王女は楊四郎にたずねます。
「私たちは結婚して十五年。毎日たのしい日々を送っているはずなのに、なにを悩んでらっしゃるのですか。」
夫は「なにも悩んでいないよ」と、ウソを答えます。
しかし妻は「私の目はごまかせません、あなたは悩みごとをかかえてらっしゃる」と言います。
夫があくまで自分の悩みを打ち明けようとしないので、王女は「 それでは私があなたの悩みの内容をあててみましょう」と言います。
王女は「ひょっとしてムコ・シュウトメの関係でおなやみなのでは? 私の母上に対して、なにか気持ちのうえでモヤモヤがあるのでは?」とたずねます。
夫は「ちがう、はずれだよ」と否定します。
王女は続けて推理します。
「それじゃあ、あなたは、私たち夫婦が倦待期にはいってしまった、結婚生活に新鮮味がなくなってしまった、と悩んでいるんでしょう」
夫は「それも違うよ、ぼくたちの夫婦関係はまだ新鮮だよ」と言います。
王女は「あなたはこの宮殿にあきて、外に遊びに行きたくなったんでしょう」と、夫にたずねます。
夫は「ますます違うよ、この宮殿ほど素敵なところはないよ」と答えます。
王女は「それじゃああなたは、ちょっと浮気してみたいんじゃないの。不倫願望があるんでしょ」と言います。
夫はあわてて「私たちは十五年も一緒に暮らしてきたベテラン夫婦、しかも子供までいるのに、こんな不潔なことを考える訳ないじゃないか」と否定します。
王女は、自分の推測がみんなはずれるので、途方にくれてしまいます。
王女は最後に「あなたは自分の親戚に会いたくて、たまらないのではないか」と夫にたずねます。
楊四郎は、王女の推測が当たったことを認めます。
楊四郎は王女に言います。
「自分はこれから重大な秘密をうちあける。絶対に誰にもこの秘密を漏らさないと、天地神明(てんちしんみょう)に誓ってくれ」と。
王女はむくれて言います。
「天地神明に誓ってくれ、なんて、そんな中国風の誓いのしかたはわかりません。私は、中国人ではないのですから」
楊四郎は王女に、誓いのしかたを教えます。
「地上にひざまづき、はるか天なる神さまに申し上げます。わたくしめは、もし夫の秘密を余人に漏らしたならば、あまんじて天地神明の罰を受けるでありましょう」
王女は、わかった、と言って、夫のまねをします。
「地上にひざまづき、天なる神さまに申し上げます。わたくしめは、もし夫の秘密を余人に漏らしたならば、漏らしちゃったら、さあ、あたしはどうなるのかしら」
夫は王女に、もっと真面目にやれ、と言います。
王女は、今度は真面目に、秘密を漏らさないと誓います。
夫はついに、王女に秘密をうちあけます。
まず、自分の名前が、実は偽名であって、本当の名前でないことを打ち明けます。
王女は、夫が十五年も自分にウソの名前を名乗ってきたということを、初めて知ります。
楊四郎は、とうとう自分の本当の正体を、歌で告白します。
「私はもともと、中国の名門軍人一家の四男坊。
いまから十五年前、この国と中国の戦争で、兄弟はほとんど戦死。生き残った私の本名は、
本名は・・・」
楊四郎はとうとう、自分の正体が、有名な楊四郎であることを打ち明けます。
妻は、夫の正体が、敵国の有名な武将だったことを初めて知り、あらためて夫に敬意を表するのでした。
妻は、夫にあやまります。
「あなたが正体をかくしていたとはいえ、私は妻として、愛する夫の心の悩みを、もっと早くに察するべきでした。鈍感な妻であるわたくしを、どうかお許しください」
楊四郎は、自分の悩みをすべて妻に打ち明けます。
「いま、国境のすぐむこうに、中国の軍隊が集結している。その軍隊の中に、自分の母親もいる。一目でいいから会いたい」と。
楊四郎は言います。
「国境の守りは固く、王女の夫である自分といえども、国境の関所を通過することはできない。どうしたらよいか」
王女は答えます。
「国境の通行許可証は、わたしがなんとか都合します。しかし、必ずここに帰ってきてください。そのまま中国に帰ってしまわないでください」と。
楊四郎は、一目肉親に会ったら、かならずここに帰ってくることを、天地神明に誓います。
楊四郎は、国境のすぐむこうの肉親に会うため、よろこびいさんで、外出の準備をするのでした。
(完)