憶十八(おくじゅうはち)Yi-shi-ba

 これから見ていただくのは、憶十八、十八里の道を思い出す、という芝居です。中国では有名な梁山伯(りょうざんはく)と祝英台(しゅくえいだい)の恋愛物語の一場面です。
 学生・梁山伯と祝英台のふたりは、仲のよい同級生でした。祝英台は「自分の妹と結婚してくれ」と親友の梁山伯に言い、実家にもどります。実は、祝英台の正体は女の子で、彼女は男性と対等の条件で勉強するため、男の子に変装していたのでした。梁山伯はあとで先生の奥さんから、親友の祝英台が本当は女性だったことを知らされ、びっくりします。祝英台に惚れなおした梁山伯は、学校を抜け出し、祝英台のふるさとに向かいます。
 梁山伯の歌と踊りが見どころの芝居です。どうぞごゆっくりお楽しみください。

(青年団:20分)

 幕があき、「四九(しく)」という名前の召使(めしつかい)が登場します。
「(詩)不思議、不思議、摩訶(まか)不思議
 おいらは不思議でたまらない
 梁山伯の旦那ときたら
 親友の祝英台さんと別れたその日から
 飯も茶ものどを通らず
 ふぬけになって、書斎にこもりきりだった
 でも、先生の奥さんと、二言三言(ふたことみこと)話しただけで
 旦那はたちまち元気いっぱい
 まだ夜明け前なのに、ふとんから起きて
 筆とすずりをかばんにしまい
 旅行かばんの準備をして
 おいらをしたがえ、旅に出た
 おいらは汗まみれ、息はゼイゼイ
 けれど旦那ときたら、歩いたり、止まったり
 ゆっくりしたり、急いだり
 わははと笑うかと思ったら
 ぶっちょうづらに、なったりして
 手はぶらぶら、脚はふらふら
 旦那の挙動は不思議じゃないか
 ねえ、旦那ー!!」

 四九は幕の中に向かって呼びかけたあと、「おいらは先に行って待ってますんで、旦那はごゆっくり、でも、急いで来てくださいね」と言い、先に進んで行きます。

 主人公・梁山伯が幕の中で歌います。
「祝英台のふるさとの村に行くのが、本当に楽しみだ」

 梁山伯が登場し、歌います。
「同級生の祝英台が、実は女の子だったなんて
 歩きながら考えてみる
 ぼくは彼女と机を並べ、仲良く勉強していた
 歩きながら、狐に鼻をつままれた気分
 彼女と三年間も一緒に生活したのに、彼女が女とは気付かなかった
 歩きながら、思い出す
 卒業して実家に帰ってゆく彼女を、ぼくは十八里のみちのりを見送っていった
 そのときの道を、いま、たどっている
 思い当たる節を検討してゆくと、嬉しくもあり、驚きでもあり
 彼女は男のふりをしていたとき、ぼくに謎めいた言葉をかけた
 今にして思えば、ぼくは鈍感だったんだなあ」

 梁山伯は、歌の調子を少し変えて、続けて歌います。
「関所を過ぎて、町を出る
 そういえば彼女は、きこりが木をきるのは妻のためだと、謎めいたことを言っていた
 山を過ぎて、峠を越える
 そういえば彼女は、きれいなボタンの花をもらってくれる人はいないかと、謎めいたことを言っていた
 花と柳の春のみずうみ
 そいいえば彼女は、仲のよいおしどりがうらやましいと謎めいたことを言っていた、仲のよいおしどり」

 そのとき、ガチョウの声がします。
「白いガチョウ・・・ああ、ぼくはなんて鈍感だったんだ!!
 ぼくは、どうしようもなく鈍感な朴念仁(ぼくねんじん)
 朴念仁、朴念仁、ああ、女ごころがわからない朴念仁だった
 丸木橋・・・
(早口で歌う)ぼくたちは前に、手をとりあってこの丸木橋をわたった
 そのとき彼女は言った、おり姫とひこぼしのラブロマンスを
 彼女は謎めいたことを言った、村のイヌが娘に噛みつくとか
 井戸のなかに男女ふたりの影が映るとか
 男女ふたりが、ほこらの中に入って拝むとか
 彼女が言った謎めいた言葉を、いまもう一度考えてみよう
 彼女は言った、馬の耳に念仏だと
 その馬とは・・・あっ、ぼくのことだったんだ
 あやうく彼女の恋心に気付かぬところだった・・・
 目の前に、あずまやが見える
 このあずまやで、彼女はぼくに結婚相手を紹介してくれた
(せりふ)祝英台。君はぼくに、君の妹と結婚しないかと申し出た。あっ、いまわかったぞ。君の妹とは、実は君自身のことなんだ。男のふりをしていた君は、自分自身をぼくに結婚相手として紹介してたんだ
(早口で歌う)祝英台の妹と結婚する話をしたのは、このあずまやの中
 妹とは、実は男のふりをしていた君自身のこと
 今まで君の言葉は謎だらけだった、いま、謎はすべて解けた
 目からウロコがポロポロと落ちた
 袖の中から、婚約の証拠の扇を取り出してみる
 気分もうきうき、大事にしまっておこう
 祝英台は、彼女は、ぼくが来るのを待っている!
 彼女はぼくと結婚したがってる!
 ぼくにも幸せがやってめぐってきたんだ、心はうきうき
 召使に呼びかける・・・」

 召使は幕の中から「ここでお待ちしてます」と答えます。

 梁山伯は続けて歌います。
「祝英台のふるさとの村に走ってゆこう
 ぼくの気分は舞い上がる
 背中から羽が生えて、彼女のもとに飛んでゆけたらなあ」

 梁山伯は扇を手でいじくりながら、心もうきうきと道を急ぎます。

(完)


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