1999.2
小上墳(しょうじょうふん)Xiao-shang-fen

 これから見ていただくのは、小上墳、若い未亡人が夫のお墓まいりをする、という芝居です。
 むかしむかし、ある新婚の夫婦がいました。夫の劉禄景(りゅう・ろくけい)は高級官僚になるための国家試験を受けに、都にのぼり、そそのまま三年のあいだ消息不明になりました。妻の蕭粛貞(しょう・しゅくてい)はてっきり、夫はどこか旅の身空で死んでしまったものと思い、夫のお墓にお墓まいりします。ちょうどそこへ、試験に合格し立身出世をとげた夫が、三年ぶりに帰ってきました。
 死んだと思っていた夫の突然の帰還。果たして夫婦は、元どおりになれるでしょうか。
 登場人物はたった二人。夫と妻が歌で自分の気持ちを歌う、というシンプルなお芝居です。長年、中国の民衆に愛されてきた京劇「小上墳」、どうぞお楽しみください。

(20-25分)

 若い未亡人である蕭粛貞が登場して歌います。
 歌の内容は、結婚のあとすぐに夫と分かれ、そのまま未亡人になってしまった境遇を、せつせつと歌うものです。
「わたしは今日、夫のお墓にもうでに行きます
 わたしが嫁(とつ)いだ劉家(りゅうけ)のあたらしいお墓に、お墓まいりに行きます
 歩いてゆくうちに、涙でほほが濡れてきます」

 蕭粛貞は続けて、昔の中国で有名だった物語を歌います。

  「その昔、蔡[巛/邑](さいゆう。[巛/邑]は、巛=サンボンガワの下に邑=ユウと書く一文字)という男がいて、
 都に試験を受けに行き、そのまま三年のあいだ故郷の家族をほったらかしにしていました
 蔡[巛/邑]の両親は、親不幸の息子に見捨てられ、実家で飢え死にしました
 蔡[巛/邑]の妻はお墓を作り、夫の両親の冥福(めいふく)を祈りました
 すると天の神さまは、楽器の琵琶(びわ)を天からさずけました
 妻は背中に琵琶をせおい、夫の似顔絵を手にして
 琵琶の弾き語りで路銀(ろぎん)を得ながら、都にのぼってゆきました
 妻は都の道で、夫に会いました
 夫は行列をしたがえ、馬に乗っていました
 なんと夫は出世して大臣になっていたのです
 出世した夫は、昔の妻を認知(にんち)しません
 そればかりか夫は、馬で、妻を踏み殺してしまいました
 天罰てきめん、天からカミナリが夫の頭に落ちました」

 蕭粛貞は、昔の中国の伝説を歌ったあと、今の気持ちを歌います。

「ふと見れば、いつの間にやらお墓につきました
 お墓の前ではお線香やら、冥福を祈る紙のお金やら
 夫の両親も泣いています
 ああ、わたしも泣き崩れます」

 夫の劉禄景が、役人のすがたで登場します。
 妻の蕭粛貞は、夫の墓にむかって泣いています。

 夫婦は三年ものあいだ分かれていたので、すぐには相手が分かりません。
 夫の劉禄景は「わが家の墓の前で、だれか女性が泣いている。なにか訳があるにちがいない」と言います。

 妻の蕭粛貞は、相手が夫とわかりませんでした。三年前分かれたときは、夫はまだ少年の面影を残す若さでしたが、今は高級官僚となり、立派なヒゲを生やしていたからです。
 彼女は、目の前にいる役人が夫であると知らぬまま、歌で訴えます。
「お役人さま。わたくしは、わたしのおじにあたる李大公(りだいこう)を訴えます。おじは毎日、何度もわたしの家に足をはこび、余計な口だしをしました。わたしに、早く再婚しろと迫りました。わたしは再婚なんかしたくないのに」

 夫の劉禄景がうなずくと、妻の蕭粛貞は続けて歌で訴えます。
「わたしは次に、わが夫・劉禄景を訴えます。結婚してまだ三月(みつき)というのに、新婚の妻を置いて、都に試験を受けに行き、そのまま帰ってきませんでした」

 夫の劉禄景は「都にのぼった夫から、手紙は来なかったのか?」とたずねます。
 妻の蕭粛貞は「夫が都で死んでしまった、という手紙が一通、来ただけです」と答えます。
 実は、夫の劉禄景はちゃんと妻に手紙を送っていました。しかし、おじさんにあたる李大公がその手紙を握りつぶし、そのうえ劉禄景が都で死んだとウソの手紙まで偽造していたのです。
 夫の劉禄景は事情を知り、烈火のごとく怒ります。

 妻の蕭粛貞は、目の前にいる役人が、夫の劉禄景であるらしいと気付きます。
「あなたがもし本当に私の夫ならば、家の住所、親戚の名前、家族構成を全部いってみてください」

 夫の劉禄景は、家の住所、親戚の名前、家族構成などをすべて正確に言います。

 妻は、死んだとあきらめていた夫が帰ってきたので、喜びます。

 妻は「あなたはどうしてヒゲなんか生やしたの?」とたずねます。
 夫は「ぼくは小顔(こがお)だから、貫祿(かんろく)を出そうと思ったんだ。でも、君がきらいなら、このヒゲを剃るよ」と言います。

 夫婦は仲良く、家に帰ります。

(完)


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