小放牛(しょうほうぎゅう)Xiao-fang-niu

 これから見ていただくのは、小放牛、小さな牛飼い、というお芝居です。
 ある村娘(むらむすめ)が、お酒を買いにゆくため農村の道を歩いていました。そこへ牛飼(うしか)いの少年が通りかかります。少年は娘に、歌と踊(おど)りを披露してくれなければ道を通さないぞ、とからかいます。村娘と少年は二人一緒に歌と踊を楽しむのでした。
 登場人物は、少女と少年のたった二人。音楽も普通の京劇と違い、笛をつかった民謡風の素朴な曲です。ほのぼのとした異色の京劇「小さな牛飼い」、どうぞごゆっくりお楽しみください。

(「一団」版:約17分)

 村娘が、幕の中で歌います。
「春、三月になりました」
 村娘が登場して、歌いながらおどります。
「三月になって、桃の赤い花が咲き、杏の白い花も咲きます
 月季の花は赤く燃え、シャクヤクやボタンの花も色あざやかに咲きみだれます
 ランラン、 ラララ、・・・
 みどりの草の坂道で、牛飼いの男の子と出会います
 むぎわら帽子を頭にかぶり、みのを身につけた男の子
 手には短い笛をもち、口にあててピュルリ、ピュルリと吹いてます
 ピュルリ、ピュルピュル、ピュルリリ、リ・・・
 牛飼いさん、こっちにおいで
 道を教えてちょうだいな、あたしは杏花村(きょうかそん)に行きたいの。
 ランラン、 ラララ、・・・」

 牛飼いの男の子が歌います。
「ぼくの言葉を、よくおきき。
 ぼくが指さす、あの急な坂。あの坂のうえに何軒(なんげん)か家が見えるよね。
 あそこのヤナギの木に、ほら、大きな看板がかかっているだろう。
 ほら、こっちだよ、すぐあそこが杏花村だよ
 ランラン、 ラララ、・・・
 あの急な坂みちのうえが杏花村だよ」

 村娘は、牛飼いの男の子に言います。
「牛飼いさん、こんにちは」
「こちらこそ。きみはどこからやって来たんだい」
「あたしは、阿里村(ありそん)から来て、杏花村へ行くの」
「ああ、阿里村ね。ほれ、ぼくの手の指ししめす方をごらん。あの前の坂を越えたら、そこはもう杏花村さ」
「ありがとう」
「どういたしまして。・・・おーい、ちょっと戻ってきなよ」
「戻れと言われれば戻りますけれど。ねえ、あたしに何の用ですか」
「きみの村の、若い娘がうたう民謡はとてもすてきだと、聞いたことがある。ぼくの前で、うたってくれよ」
「うたうのはかまわないけど、一緒にうたってくれる人がいなけりゃ、だめです」
「一緒にうたう人が必要なのかい? じゃあ、ぼくが一緒に歌ってあげるよ」
「あなた、できるの?」
「まかしてくれ」
「一緒に歌えるなら一緒にどうぞ。歌えないなら、だまって聞いてて」
「一緒に歌えなくても、歌っちゃうよ。歌えなくても、一緒に歌う。歌うことに決めた」
「それなら、一緒に歌いましょう」
「いいよ」

 ふたりは歌います。
「お正月がすぎて、まっさきに咲く迎春花(いんちゅんほあ)の花は
 春の風をひとりじめ。なんて気持ちがよいのでしょう
 花がひとつ咲き、花がふたつ咲き、花がみっつ咲き、よっつ咲き、
 お正月に咲く、水仙の花。花びらは咲き開きます
 七つ、ランラン、ラララ。八つ、ランラン、ラララ。
 ひとつ、また、ひとつ、ハスの花。花びらが咲き開きます」

 村娘は言います。
「牛飼さん、あたしの歌はどうでしたか?」
「とってもいいよ」
「それじゃあ、あたしはもう行きます」
「まだだよ。ぼくが上(かみ)の句(く)を歌うから、きみは下(しも)の句を即興(そっきょう)で歌ってくれ。きみがうまく下の句をうたえたら、きみを送っていってあげる」
「あなたが上の句をうたって、わたしがそれにあわせて下の句を即興で歌えたら、わたしを送っていってくださるのね」
「そのとおり」
「それじゃ、牛飼さん。料金は前払いですよ」
「どういう意味だい?」
「はやくお代(「題」にかけたシャレ)をくださいな」

 牛飼いが上の句を歌い、村娘がそれに続けて下の句を歌いつづけてゆきます。
「天の上では女神(めがみ)の西王母(せいおうぼ)さまが布を織る」
「下の大地では大きな龍が黄河(こうが)をひらきます」
「楊家(ようけ)の六男坊(ろくなんぼう)の将軍が、三関(さんかん)の関(せき)を守る」
「夫を裏切った嫦娥(じょうが)は、月のなかに逃げていまだにそのまま」
「趙州(ちょうしゅう)の大きな橋を作ったのは、伝説の名大工(めいだいく)、魯班(ろはん)」
「玉石橋(ぎょくせききょう)の橋の欄干(らんかん)を作ったのは、むかしのひとです」
「張果老(ちょうかろう)さんがロバにまたがり、橋のうえを通ってゆく」
「柴(さい)の旦那(だんな)さまが車を手でおして、お掘りの道はおおさわぎです」
「きみの家のまえに橋がかかっている。どうしても、ぼくはその橋をわたらねばならぬ」
「橋をわたって来ないでね。来たら、あなたをつきおとします。ランラン、ラララ・・・」
「つきおとされたら、ちょうどいい。
 ぼくは川の魚になるからね。魚のぼくは、水のなかで君を待つ。
 君が川の水を汲みにきたら、魚のぼくは、君の服をびしょ濡れにしてやるよ」
「あたしの服が濡れても、気にしません。
 あたしの兄は、投網(とあみ)の名人。たちまち魚のあなたをつかまえます。
 魚のあなたはサシミになって、スープの具になって、食べられちゃうのよ。ランラン、ラララ・・・」
「食べられちゃっても、平気のへいざ。
 ぼくは孫悟空(そんごくう)に変身して、雲のなかに隠れていて、きみが家から出てくるのを待つ。
 孫悟空の如意棒(にょいぼう)で、君をぶつのさ。逃げ場はないよ。ランラン、ラララ・・・」

 村娘は言います。
「牛飼さん、あたしの歌はどうでした?」
「とっても良かったよ」
「即興(そっきょう)で、よく答えられたでしょ」
「即興でよく答えられたね」
「それじゃ、あたしを送って行って」
「このロバにお乗り。ぼくがロバの口をひっぱって行ってやるよ」
「牛飼さん、あの牛は、だれの牛?」
「ぼくの牛さ、ラララ・・・」
「ラララ・・・」

 ふたりは無邪気に歌とおどりを楽しんだあと、仲良く道を進んでゆきます。

(完)


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