1999.2
天女散花(てんにょさんか)Tian-nyu-san-hua

 これからご覧いただくお芝居は、天女散花、天の女神が花の雨を降らせる、というお芝居です。
 仏教のお経(きょう)の一つに、『維摩経』(ゆいまきょう)というお経があります。この「天女散花」は、『維摩経』の物語にもとづく歌と踊りのお芝居です。
 あるとき、『維摩経』の主人公・維摩居士(ゆいまこじ)が病気になりました。お釈迦(しゃか)さまは、維摩居士の病気のお見舞のため、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)をはじめとする仏弟子(ぶつでし)たちを派遣します。そのとき天女は、空から沢山の花を雨のように降らせて、世界を清めるのでした。
 名優・梅蘭芳(メイ・ランファン)の代表作の一つでもあった「天女散花」。まるでシルクロードの壁画の中から抜け出してきたような天女の優雅な歌と舞いを、どうぞごゆっくりお楽しみください。

(梅蘭芳団版その1=時間は10分くらい)

 天女(てんにょ)が登場して歌います。
「めでたい雲が、青い空にひろがっています
 わたくしは 、お釈迦さまのお言い付けで
 花の香の国から 空を飛んで
 三千世界(さんぜんせかい)を雲の下に見下ろしながら
 この山まで飛んで参りました」

 舞台のうえには、雲も、山も、海もありません。天女を演ずる俳優は、遠くを見下ろすしぐさや、舞台の上をすべるように動く独特の足はこびなどで、いかにも空中を舞っているように演技します。

 この歌は、普通の中国人が耳で聞いてもわからないような、難解な仏教用語を、わざと沢山つかっています。たとえ正確な意味が観客に通じなくても、なんとなくマンダラの絵を見るような仏教的な雰囲気が観客に伝わればよい、というのが、この歌の演出上の狙いです。

 天女は空中を舞っている、という設定なので、俳優が舞台の上で踊るときは、いかにも宙を飛んでいるように見えるよう、踊りに工夫をこらしています。

 天女は歌います。
「南海(なんかい)にいらっしゃる観音菩薩(かんのんぼさつ)さまは
満月のように美しいお顔をしていらっしゃいます
観音菩薩さまのお弟子さんたちが、うやうやしく列をつくって立ち並び
菩提樹(ぼだいじゅ)と美しい花のあいだを、白いオウムが飛び交っています
緑の柳からしたたる天の甘露(かんろ)は、三千世界をうるおします
まるで私が、花を空から世界中にばらまくのと同じように」
 この歌も、中国人が耳で聞いてわからない難解な言葉を、沢山使っています。

 天女は、くるくる激しく回転しはじめます。これは、彼女が空を垂直にのぼっていることを表わします。
 天女は激しい回転のあと、ぱったりと、舞台の上に上をむいて倒れ伏します。これは目が回ったためではなく、天女が昇天(しょうてん)する姿勢を、絵のように静止画像で示しているわけです。

 天女は、空から沢山の花を雨のように降らせて、世界を清めたあと、さらに別の世界へと飛んでゆきます。

(完)


(梅蘭芳団版その2=時間は17分くらい)

 天女(てんにょ)が登場して歌います。
「めでたい雲が、青い空にひろがっています
わたくしは 、お釈迦さまのお言い付けで
花の香の国から 空を飛んで
三千世界(さんぜんせかい)を雲の下に見下ろしながら
この山まで飛んで参りました」

 舞台のうえには、雲も、山も、海もありません。天女を演ずる俳優は、遠くを見下ろすしぐさや、舞台の上をすべるように動く独特の足はこびなどで、いかにも空中を舞っているように演技します。

 天女は言います。
「仏のさとりは果てしなく
仏の慈悲(じひ)は底知れず
夢、まぼろしの世界の中で
仏の奇蹟だけは真実です
 私は天女です。お釈迦さまのお言い付けで、風に乗って、三千世界を飛びこえて、はるばる飛んで参りました。
 あざやかな朝日が、青空に美しくきらめいている山の景色は、なんと美しいことでしょうか」

 天女は、仏教の経典に出てくる地名や、仏教の神々の名前を読み込んだ歌を歌います。
「世界の中心にそびえたつ須弥山(しゅみせん)は、
色即是空(しきそくぜくう)の超越した世界、
はるか無限の彼岸(ひがん)へと通ずるさとりの入り口。
巨大なオオトリが、太陽を背負って空を飛び、
迦陵(かりょう)の鳥たちも、翼を広げて踊っています。
仏教を守る龍天八部(りゅうてんはちぶ)の神々は金色に光り輝き、
海の中にはドラゴンが身をひそめています。
青く果てしない大宇宙の中で
うっすらと見えているのは、普陀岩(ふだげん)です」

 この歌は、普通の中国人が耳で聞いてもわからないような、難解な仏教用語を、わざと沢山つかっています。たとえ正確な意味が観客に通じなくても、なんとなくマンダラの絵を見るような仏教的な雰囲気が観客に伝わればよい、というのが、この歌の演出上の狙いです。

 天女は、せりふで言います。
「世界の四大陸(よんたいりく)の一つ、南セン部洲に着きました。あちらに見える落迦山(らっかせん)の山の景色は、なんとも、おごそかでございます」

 天女は空中を舞っている、という設定なので、俳優が舞台の上で踊るときは、いかにも宙を飛んでいるように見えるよう、踊りに工夫をこらしています。

 天女は歌います。
「南海(なんかい)にいらっしゃる観音菩薩(かんのんぼさつ)さまは
満月のように美しいお顔をしていらっしゃる
観音菩薩さまのお弟子さんたちが、うやうやしく列をつくって立ち並び
菩提樹(ぼだいじゅ)と美しい花のあいだを、白いオウムが飛び交っています
緑の柳からしたたる天の甘露(かんろ)は、三千世界をうるおします
まるで私が、花を空から世界中にばらまくのと同じように」
 この歌も、中国人が耳で聞いてわからない難解な言葉を、沢山使っています。

 天女は、くるくる激しく回転しはじめます。これは、彼女が空を垂直にのぼっていることを表わします。
 天女は激しい回転のあと、ぱったりと、舞台の上に上をむいて倒れ伏します。これは目が回ったためではなく、天女が昇天(しょうてん)する姿勢を、絵のように静止画像で示しているわけです。

 天女は、空から沢山の花を雨のように降らせて、世界を清めたあと、さらに別の世界へと飛んでゆきます。

(完)


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