1999.2
孫悟空借扇(そんごくうしゃくせん)Sun-wu-kong-jie-shan

 これからご覧いただくのは、「孫悟空借扇」、孫悟空が魔法の扇(おうぎ)を借りる、というお芝居です。
 孫悟空が、三蔵法師(さんぞうほうし)のお供をして、猪八戒(ちょはっかい)や沙悟浄(さごじょう)たちと一緒に、天竺(てんじく)にゆく旅の途中のことです。道の行く手に、永遠の業火(ごうか)ではげしく燃え上がる火炎山という山がありました。この火炎山を越えるためには、魔法の扇を使って大風を起こし、山の火を吹き消さなければなりません。
 孫悟空は、魔法の扇を借りるため、扇の持ち主である牛魔王(ぎゅうまおう)の洞窟をたずねます。しかし、牛魔王はあいにく留守でした。洞窟にいたのは、牛魔王の妻・鉄扇公主(てっせんこうしゅ)、鉄のおうぎの姫、でした。悟空は、むかし鉄扇公主の息子と戦ってやっつけたことがあるので、鉄扇公主は孫悟空のことを恨んでいました。悟空が魔法の扇を貸してほしい、と頼んでも、鉄扇公主は扇を貸さないばかりか、悟空を魔法の扇で吹き飛ばしてしまいます。悟空はそれでもあきらめず、最後は苦労の末、扇を借りることに成功します。
 京劇の海外公演でもよく演じられる人気演目「孫悟空借扇」、今日はダイジェスト版でお楽しみください。

(中心=時間30-35分)

 鉄扇公主、鉄の扇のひめ、が登場して歌います。
「魔法の薬草をつみおわり、周囲の景色をみまわすと
雲がかかる高い山々は、まさに仙人の住む世界。
空には龍や鳳凰(ほうおう)が飛びかい、谷ではサルが鳴いています
藤のツルが幾重にもからみあう、涼しきわが住まい」

 鉄扇公主はせりふで自己紹介します。
「険(けわ)しい山の奥深く、
芭蕉洞(ばしょうどう)という洞窟(どうくつ)に、
わたしの家はございます。
金銀財宝たんまりと、
人も羨(うらや)む財産を、
ため込む私は有名人。
 私は人よんで鉄扇公主と申す者。この芭蕉洞で仙人になる修行中の身ですが、すでに神通力を身につけております。今日は後ろの山に魔法の薬草を取りに参りましたが、なんとまあ、素晴しい大自然の風景ですこと」

 鉄扇公主は続けて、自分の境遇を歌います。
「私は毎日、山奥で仙人になる修行をつんでいます。
私の魔法の宝の中に、芭蕉扇という扇があります。
この扇をひとふりすれば、そよ風が吹き、
ふた振りすれば、火事を吹き消し、
三回あおげば、嵐の雲がムクムクあらわれ、
どんな日照りも、たちまちどしゃぶり。
魔法の扇は、本当にたいした威力です。
もし、この扇を借りたい人がいたら、
私に、うま酒と桃の実と線香を捧げて、
心をこめてお祈りしなさい。
さて、空にはめでたく光る雲が見えます。
私はもっと山奥に進み、景色を楽しむことにしましょう」


 孫悟空が登場します。
「険しい山々を駆け抜けて、
お師匠さまを守りつつ、
天竺に行く旅の途中、
火炎山へとさしかかる。
燃え盛る火が、旅路(たびじ)をふさぐ。
火を消すためには、魔法の扇を借りねばならぬ」

 悟空は続けて言います。

「俺たちは、火炎山の手前で立ち往生している。この炎の山の火を消すためには、鉄扇公主が持っている魔法の扇を借りなければならない。しかし、俺はむかし、鉄扇公主の息子と派手にやりあったことがある。その結果、鉄扇公主の息子は、仏の力によって南洋の山の中に封じ込められてしまった。
 鉄扇公主は、息子に会えなくなったのは、俺のせいだと逆恨みしている。ひとすじなわでは、扇を貸してくれまい。困ったなあ」

 悟空は悩みながらも、芭蕉洞をたずね「どなたかいませんか」とたずねます。

 「牛おばあさん」が登場します。
「牛はもともと菜食主義者、
だから悟りも開きやすい。
 さて、わしを呼ぶのは誰かいな」
 この「牛おばあさん」は、洞窟の管理人です。

 悟空は、鉄扇公主の夫である牛魔王がいるかどうかをたずねます。しかし、あいにく、牛魔王は用事があってよそに出かけていました。

 悟空が「それなら妻の鉄扇公主を呼んでくれ」と言うと、牛おばあさんは答えます。
「鉄扇公主さまは、ケチなお方だから、お土産(みやげ)をたっぷり持って来なければ、会ってもくれんじゃろう」と。

 悟空は言います。「土産は持っていないけど、俺は牛魔王の兄弟ぶんだ。手ぶらでも、会ってくれるはずだ」と。

 牛おばあさんは洞窟に入り、悟空が来たことを鉄扇公主に伝えます。
 鉄扇公主は、孫悟空のことを息子の仇と思い恨んでいました。家来たちに武器を持たせて、孫悟空に会いに行きます。

 悟空は「俺は牛魔王の弟ぶんだから、あんたは俺にとって姉きぶんにあたる」と言います。鉄扇公主はますます怒ります。

 鉄扇公主は悟空をののしって言います。
「この恩知らずのエテ公め。おまえは、わが夫の弟ぶんでありながら、私の息子を遠い南の山の中に閉じ込めるとは、あまりにひどい仕打ちじゃないか」

 悟空は言います。「お怒りはごもっとも。長居(ながい)は致しません。魔法の扇を拝借して、火炎山の炎を吹きけしたら、すぐに扇をお返しいたします。なにとぞ扇はお貸しください」

 鉄扇公主は、扇を貸すことを拒否して、歌います。
「私から、かわいい息子を奪った恨みは忘れない。
のこのこ扇を借りに来るとは、飛んで火にいる夏の虫。
さあ、家来たちよ、このエテ公の首を落としておしまい」

 鉄扇公主は、あくまで悟空と戦うつもりです。
 悟空も仕方なく、鉄扇公主と戦うことにします。

 鉄扇公主は「おまえみたいなエテ公は、私の扇で、ゴミのように扇(あお)ぎ飛ばしてやる」と歌います。

 鉄扇公主が魔法の扇で悟空をあおぐと、たちまち大風が起こり、孫悟空ははるか遠くに吹き飛ばされてしまいます。


 悟空は吹き飛ばされたあと、あきらめず、もう一度、鉄扇公主のところに尋ねてきます。

 鉄扇公主は「もしも私が三回おまえをあおいでも吹き飛ばなかったら、おまえにこの扇を貸してやろう」と言います。

   悟空は「もしも自分が扇の風で吹き飛んだら、自分は『斉天大聖』(せいてんたいせい)、天と同格という称号を返上しよう」と申し出ます。
 実は悟空は、鉄扇公主の扇に負けないための秘密の手段を用意していたのです。

 悟空は、さっき鉄扇公主の扇で雲のうえまで吹き飛ばされたとき、雲のうえで霊吉菩薩(りょうきつぼさつ)と出会い、どんな強風に吹かれても吹き飛ばないという魔法の宝石をもらってきたのでした。

 鉄扇公主は何度もあおぎますが、悟空はびくともしません。

 鉄扇公主は、魔法の扇の力が悟空に通用しなくなったのを見て、逃げ出します。

(完)


[「京劇実況中継」目次に戻る]