1999.2
殺四門(さつしもん)Sha-si-men 劉金定殺四門とは別の芝居

 これから見ていただくのは、殺四門、城のまわり東西南北の四つの城門で戦う、という芝居です。
 今から千四百年まえのこと。唐(とう)の太宗(たいそう)皇帝は、みずから軍隊をひきいて東にむかって遠征しましたが、敵の逆襲をうけて包囲され、城のなかにたてこもりました。この芝居の主人公・秦懐玉(しんかいぎょく)は、太宗皇帝を助けるため、援軍をつれて城にかけつけます。秦懐玉は、城の東西南北を包囲している敵の軍隊を打ち破り、見事に皇帝を助け出します。
 ひとりで次々と多数の敵を倒してゆく主人公の、痛快な立ち回りがみどころの芝居です。それでは京劇「殺四門」、どうぞお楽しみください。

(梅蘭芳劇団:40分)

 敵の軍隊が登場します。軍隊をひきいているのは、蓋蘇文(がいそぶん)という名前の武将です。
 この敵の軍隊はいま、唐の太宗皇帝を包囲しています。

 場面はかわって、主人公の秦懐玉が登場します。
 秦懐玉は、父親が亡くなったばかりなので、喪服(もふく)を着ています。日本の喪服は黒い色ですが、中国では白い喪服を着ます。
「(詩)あたまに白い麻のかんむりをかぶり
  体にも霜のように真っ白な喪服を着る
  父上も、息子の俺も、忠義の武将
  全力をつくして皇帝陛下をお守りいたそう
(せりふ)わたしの名前は秦懐玉。敵国(てきこく)の武将・蓋蘇文が、軍隊をひきいてわが国の領土を奪おうと侵略してきた。われらが皇帝陛下は家来たちが止めるのを振り切って、みずから防衛軍をひきいて遠征なされたが、武運つたなく敵に負け、越虎城(えつこじょう)という城で敵の大軍(たいぐん)に包囲されてしまっている。程咬金(ていこうきん)さまが本国に戻り援軍を要請されたのをうけて、この不肖(ふしょう)・秦懐玉が軍隊をひきいて、皇帝陛下の救出作戦を指揮することになった。今日、これから出陣する。みなの者! これより越虎城に向かい、皇帝陛下の救出作戦を実行する。憎むべき外国の敵兵どもめ、必ずおまえたちの陣地をわが軍の馬のひづめで踏みならしてくれようぞ」

 場面かわって、こちらは敵に包囲されている越虎城という城です。
 唐の皇帝を守っている武将・尉遅恭(うっちきょう)が登場し、歌います。
「戦いの太鼓の音は鳴りやまず
 傷つき、戦死する兵隊たちの叫び声がこだまする
 城の高いところから見下ろすと
 だれかが遠くから、城に近づいてくるのが見える」

 秦懐玉が馬に乗って登場し、城に近づきます。
 京劇では、馬のきぐるみは使わず、俳優の演技や手に持っている小道具によって馬に乗っていることを表わします。
 秦懐玉は「城のなかの味方に告げる。援軍を連れてきたぞ、はやく門をあけて中にいれてくれ」と呼びかけます。

 尉遅恭は「おまえは誰だ」とたずねます。秦懐玉は「わたしは秦懐玉です」と答えます。
 尉遅恭は秦懐玉の大先輩にあたります。しかし尉遅恭は、以前、人前で秦懐玉に殴られたという不愉快な経験がありました。尉遅恭は心のなかで秦懐玉のことを憎んでいたので、援軍を連れてきたのが秦懐玉だと知り、複雑な気持ちになります。

 秦懐玉は尉遅恭にむかい「父上が亡くなったばかりなので、喪服を着て参りました。お許しください。さあ、早く城の門をあけてください」と言います。
 尉遅恭は「あいにくだが、この門をあけることはできない。今、この門をあければ、その隙に、城のまわりの敵までもが一緒になだれこんでくるだろう」と言い、城の門をあけるのを拒みます。
 尉遅恭は、以前、秦懐玉に殴られたときの仕返しをしているのです。
 尉遅恭は秦懐玉にむかって「敵を殺しながら南の門に行け。わしはそこでおまえを待っている」と言います。尉遅恭は、あわよくば秦懐玉が敵の手にかかって殺されてくれれば、と思っていたのでした。
 秦懐玉はしかたなく、敵の兵隊がウヨウヨいるなかを強行突破して、南の門の方にむかいます。

 京劇の戦闘場面では、俳優たちは激しい打楽器の音色にあわせて、立ち回りをします。
 立ち回りの途中、ときどき打楽器の音がやみ、俳優が動きをとめ、「みえ」を切るときがあります。
 京劇の俳優が「みえ」を切るときは、中国の観客は「好(ハオ)!」と声をかけます。「ハオ」とは中国語で「良い」という意味です。
 舞台のうえで俳優が「みえ」を切ったとき、日本の観客のみなさんも、拍手と同時に大きな声で「ハオ」と言ってあげてください。舞台の俳優も、心のなかで嬉しく思うことでしょう。

 秦懐玉は、城の南の門の前にやってきます。
 秦懐玉は城のなかに向かって「南門につきました。さあ、門をあけて中にいれてください」と叫びます。
 しかし尉遅恭は「この門もあけられない。いま、この門をあければ、皇帝陛下からお叱りを受ける。西の門に行け。わしはそこで待っている」と、冷たく突き放します。
 秦懐玉は歌います。
「尉遅恭は、どうしても城の門をあけようとはしない
 わたしは納得がいかないものの、しかたがないので
 疲れた体にむち打って、西の門へと攻めて行こう
 命を捨てる覚悟で、敵の軍隊をしりぞけよう」

 尉遅恭は「西の門へ行け」と言い、歌います。
「わしは皇帝陛下にしたがって、遼東(りょうとう)半島に遠征し
 遠征の途中、敵の軍隊をたたきつぶしてきた
 しかし、敵の武将・蓋蘇文めは、悪運がつよく
 わが皇帝陛下と家来たちを、この城のなかに押し込めて包囲した
 いま幸いにも、秦懐玉が援軍を連れてやって来た
 秦懐玉の小僧(こぞう)めが、どれほどのタマか見極めてやろう
 わたしは部下を連れて城壁の高いところにのぼり
 秦懐玉が手柄をたてるかどうか、見とどけよう」

 秦懐玉は、やっとの思いで西の門にたどり着きます。
 秦懐玉は歌います。
「人も馬も疲れてぼろぼろ
 汗が滝のように流れてやまない
 馬のたづなを手でつかみ、西の門にひたはしる
 尉遅恭どの、どうか早く門をおあけください」

 尉遅恭は城壁のうえから「この門は開けるわけにはゆかん」と言います。
 秦懐玉が理由をたずねると、尉遅恭は「この西の門は、皇帝陛下がお休みの場所から近すぎる。いま門をあければ、皇帝陛下をお騒がせすることになる。北の門にまわれ。わしは北の門でおまえを待っているぞ」と、理不尽なことを言います。
 秦懐玉は歌います。
「尉遅恭は、むかしの恨みをいま晴らそうとしているのだ
 わたしは心のなかで、悩んでいる
 体を怒りの炎で燃やしながら、敵の兵隊のなかに突っ込んでゆこう
 わたしは手に一本の槍をにぎり、馬をとばし、ひとりで四つの門を制覇(せいは)してみせよう」

 秦懐玉は、北の門に向かいます。

 尉遅恭の部下は「城の門をお開きなさいませ」と、尉遅恭に言います。
 尉遅恭は「もちろん城の門は開ける。おまえたちは北の門に行き、門をあけて、秦懐玉を中に入れてやれ」と命令します。

 こうして秦懐玉は、敵の囲みをやぶり、見事に唐の太宗皇帝を救い出したのでした。

(完)


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